小さな食堂

希紫瑠音

文字の大きさ
上 下
5 / 17
沖と郷田の話

心配する

しおりを挟む
 店を閉め何気なくコンビニに行こうと外へ出たのだが、店の前にある外套に立つ男の姿を見て、心臓が止まるかと思った。

 こんな時間にまさか誰かが居るとは思わなかったから。だからその相手が郷田だとわかりホッとした。

 一週間ぶりだ。

 店に何日もこないことも珍しくはないが、ちゃんとご飯を食べているのか気になるようになった。

 それは自分だけではない。河北も郷田のことを気にしていた。

「郷田君、今日も来ないねぇ。それとも違う時間にきているの?」
「いいえ。この頃、お店自体にきてません」
「そっか」

 忙しくて食べにこれないのだろうと思っていたが、もしかしたら別に気に入った店ができたのかもしれない。

 そんなことが頭をよぎり、はたっと考え直す。美味しそうに食べる姿を見れないのは残念だが、別に自分の店で食べる食べないは郷田の勝手だ。

 どうしてそんなことを思ってしまったのかと疑問に思いつつ、

「また、店にきてくれたらいいですね」

 と口にする。

「そうだね。郷田君、食いっぷりいいからねぇ。駿ちゃんのタイプだろ」

 河北は今まで沖が付き合ってきた恋人の事を良く知っている。しかも性別など関係ない。

 食べる姿を見るのが好きで、大抵、彼女から「これ以上は太りたくない」と言って別れを告げられる。

 男とも付き合った事があるが、そのうち便利で都合のいい相手という扱いになり、気がつけば女性と浮気をされて別れる事になるのだ。

「何を言っているんですか。俺は作った料理を美味しく食べてくれたらそれでいいんで」
「駿ちゃん、まだ三十二歳だろ? 君の親父さんと歳の近い俺ならともかくさぁ、枯れるにはまだ早いよ」

 恋愛に臆病になりつつある自分。それを心配する河北の気持ちが伝わってきた。

 その時はそれで話を終わらせたが、それを急に思い出してしまった。

「沖さん」

 玄関ドアの開錠をする手が止まっていた。

「あ、ごめん」

 先に中へと入り、上へと上がると、どうぞと郷田を迎えた。

「はい。失礼します」

 玄関先で一礼し、靴を綺麗にそろえて部屋へあがる。

 そういう所も好感が持てる。

「すぐに用意するから座って待っていてね」

 座布団を指さし、食事の用意をしはじめる。

 とはいっても冷凍庫にある作り置きを温めて出すだけなのだ。

「ごめんね。作り置きを温めただけなんだけど」
「いえ。頂きます」

 いつものように食事の前の挨拶をする。料理は次々と郷田の胃袋へと納まっていく。

 気持ちの良い食べっぷり。これが見たかったんだと、沖はその食事の様子をじっと眺める。

「あの……」

 二人きりの空間で、遠慮なく見つめる視線が気になるのだろう。

「ごめん! 俺さ、自分の作った物を美味そうに食べて貰えるのが嬉しくて、つい見ちゃうんだ」
「いえ。前から見られているとは思っていたんですが、そういう理由だったんですね」
「あ、店でも見ていたの気が付いていたんだ」

 さすが刑事さんだね、と、苦笑いを浮かべる。

「郷田君、口いっぱい頬張るでしょ、それが可愛いんだよね」

 リスみたいだと、頬を指で突っつく。

「はぁ。かわいい、ですか」

 それは納得できないか、首を傾げる郷田に、沖はクスクスと笑い声をあげる。

「見られるのが嫌なら言ってね。台所に行っているから」
「いえ。料理が美味いんで、気にならないです」

 それは料理人としては喜んでいいことだろうが、意識して貰えない存在ということか。

 それはちょっと悲しいなぁ、と、何故だろうかそういう気持ちになる。

「郷田君、俺は自分の作った料理を褒められるの嬉しいけど、彼女とかには言っちゃ駄目だよ?」

 その言葉の意味を理解できなかったか、小首を傾げるだけだった。



 食事を終え、家に帰るという郷田と共に外へと出る。

「ごちそうさまでした。明日は店に行きますね」
「うん。待ってる」
「それでは、おやすみなさい」
「おやすみなさい。またね」

 頭を下げて歩き出す郷田の背中を見送る。

 明日、店に来てくれることに胸が弾む。少し手の込んだ料理でもだそうかなと思うほどだ。
 
 また明日ね。 
 
 既に姿が見えなくなった郷田へ向けて呟き、沖は部屋の中へと戻った。


※※※


 約束通り店にやってきた郷田に、河北がさっそく声をかける。

「郷田君、来ない間、心配してたんだよ。ねぇ、駿ちゃん」
「実は、昨日、郷田君に会ったんですよ」

 ね、と、目を合わせる。

「夕食をご馳走になりました」
「え、えっ、ちょっと、どういうこと」

 期待するような目で沖を見る河北に、違いますからねと先に釘をさす。

「コンビニに行こうと思って外に出たら、偶然会ったんです。で、食事に誘っただけですから」
「へぇ、そうなんだぁ」

 にやにやとした表情を浮かべている河北に、これ以上、余計な事を言われないうちに二人の前に食事を出す。

「今日は鶏もも肉のトマト煮です」

 目の前に食事に郷田の意識はそちらへと向いた。

「頂きます」

 いつものように手を合わせる郷田に、召し上がれと言葉を返す。

 鶏肉は出す前に一口大にカットするのだが、それを箸でつかんで一口。そしてご飯を口の中へとつめる。

 目元が細められる。それは味を気に入ってくれたということ。いつも見ていたのでわかるようになった。

「やー、今日もおいしねぇ」

 河北も気に入ってくれたようで、二人はしばし食事に夢中になっていた。

 あっという間に皿が綺麗になり、ごちそうさまと手を合わせる。

「お粗末様でした」
「そうだ。郷田君、連絡先の交換しようよ」

 河北がポケットからスマートフォンを取り出すと、

「はい。あまりこちらから連絡はできませんが、何か気になることがあれば連絡ください」

 とスマートフォンを取り出して連絡先を交換しあう。それを眺めていたら郷田と目が合った。

「ほら、駿ちゃん、スマホ」
「へ、俺も?」

 自分のまで聞かれるとは思わず、嬉しくて声が上ずってしまった。

 だが、郷田は別の意味にとらえたようで、スマートフォンをテーブルに伏せておいた。

「勘違いしてしまいました」
「あ、いや、教えて欲しいな」
「わかりました」

 河北のお蔭で郷田の連絡先を手に入れることができた。またご飯を食べにおいでと誘うことができる。

 口元がふよふよと緩みだす。バレぬようにスマートフォンをしまうふりしてカウンターに背を向けた。




 最後の客が帰り、片づけをして奥の住居スペースへと向かう。ここには祖父と祖母が住んでいたのだが、店と共に譲り受けた。

 河北が探るような目で見るから、あれからずっと郷田の事を意識してしまっている。

 余り物を冷蔵庫に入れ、風呂に入って寝てしまおう。そう思っていたのに、いざ、布団に入っても気持ちが変に高ぶっていて眠れそうにない。

「参ったな……」

 携帯のバイブが鳴り、誰からだろうと画面を見る。友人は家庭もちが多く、用事がない限り送ってこないし、家族はメールよりも電話をしてくるからだ。

「え、郷田君?」

 メールを開き読む。

<今日のご飯も美味かったです。おやすみなさい。郷田より>

 あまり連絡が出来ないといっていた癖に、すぐにメールを送ってよこすなんて。

 嘘つきめと呟きながら、熱くなる頬を冷ますように両手で扇ぐ。

「……これじゃ河北さんの思惑通りだな」

 かなり郷田の事を気に入っている。礼儀正しいし食べる姿も可愛い。

「俺、郷田君の事が好きだ」

 今までの経験が沖を慎重にさせていた。だが、もう溢れだす気持ちを押さえる事などできそうになかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

コネクト

大波小波
BL
 オメガの少年・加古 青葉(かこ あおば)は、安藤 智貴(あんどう ともたか)に仕える家事使用人だ。  18歳の誕生日に、青葉は智貴と結ばれることを楽しみにしていた。  だがその当日に、青葉は智貴の客人であるアルファ男性・七浦 芳樹(ななうら よしき)に多額の融資と引き換えに連れ去られてしまう。  一時は芳樹を恨んだ青葉だが、彼の明るく優しい人柄に、ほだされて行く……。

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

SODOM7日間─異世界性奴隷快楽調教─

槇木 五泉(Maki Izumi)
BL
冴えないサラリーマンが、異世界最高の愛玩奴隷として幸せを掴む話。 第11回BL小説大賞51位を頂きました!! お礼の「番外編」スタートいたしました。今しばらくお付き合いくださいませ。(本編シナリオは完結済みです) 上司に無視され、後輩たちにいじめられながら、毎日終電までのブラック労働に明け暮れる気弱な会社員・真治32歳。とある寒い夜、思い余ってプラットホームから回送電車に飛び込んだ真治は、大昔に人間界から切り離された堕落と退廃の街、ソドムへと転送されてしまう。 魔族が支配し、全ての人間は魔族に管理される奴隷であるというソドムの街で偶然にも真治を拾ったのは、絶世の美貌を持つ淫魔の青年・ザラキアだった。 異世界からの貴重な迷い人(ワンダラー)である真治は、最高位性奴隷調教師のザラキアに淫乱の素質を見出され、ソドム最高の『最高級愛玩奴隷・シンジ』になるため、調教されることになる。 7日間で性感帯の全てを開発され、立派な性奴隷(セクシズ)として生まれ変わることになった冴えないサラリーマンは、果たしてこの退廃した異世界で、最高の地位と愛と幸福を掴めるのか…? 美貌攻め×平凡受け。調教・異種姦・前立腺責め・尿道責め・ドライオーガズム多イキ等で最後は溺愛イチャラブ含むハピエン。(ラストにほんの軽度の流血描写あり。) 【キャラ設定】 ●シンジ 165/56/32 人間。お人好しで出世コースから外れ、童顔と気弱な性格から、後輩からも「新人さん」と陰口を叩かれている。押し付けられた仕事を断れないせいで社畜労働に明け暮れ、思い余って回送電車に身を投げたところソドムに異世界転移した。彼女ナシ童貞。 ●ザラキア 195/80/外見年齢25才程度 淫魔。褐色肌で、横に突き出た15センチ位の長い耳と、山羊のようゆるくにカーブした象牙色の角を持ち、藍色の眼に藍色の長髪を後ろで一つに縛っている。絶世の美貌の持ち主。ソドムの街で一番の奴隷調教師。飴と鞭を使い分ける、陽気な性格。

【完結】闇オークションの女神の白く甘い蜜に群がる男達と女神が一途に愛した男

葉月
BL
闇のオークションの女神の話。 嶺塚《みねづか》雅成、21歳。 彼は闇のオークション『mysterious goddess 』(神秘の女神)での特殊な力を持った女神。 美貌や妖艶さだけでも人を虜にするのに、能力に関わった者は雅成の信者となり、最終的には僕《しもべ》となっていった。 その能力は雅成の蜜にある。 射精した時、真珠のように輝き、蜜は桜のはちみつでできたような濃厚な甘さと、嚥下した時、体の隅々まで力をみなぎらせる。  精というより、女神の蜜。 雅成の蜜に群がる男達の欲望と、雅成が一途に愛した男、拓海との純愛。 雅成が要求されるプレイとは? 二人は様々な試練を乗り越えられるのか? 拘束、複数攻め、尿道プラグ、媚薬……こんなにアブノーマルエロいのに、純愛です。 私の性癖、全てぶち込みました! よろしくお願いします

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

処理中です...