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第七章 忍び寄る影
アキに纏わる光と影
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森の近くの家への帰り道。
街中を鋭い眼光で巡回する騎士たちに軽く会釈をしながら。
ミリアとグレックは、人通りの無い王城へと続く大通りを、王都の街灯と月の明かりだけを頼りに歩いていた。
フクロウやミミズクの声にびくびくと辺りを見回しながら、ミリアはグレックに、声を潜めてこう言った。
「アキさん、一人で酒場に残るって言ってましたけど。本当に一人、置いてきてしまって大丈夫でしょうか」
そう言って、ひどく不安そうに尋ねるミリアに。
グレックは、苦笑い気味にこう言った。
「自分でも言っていたが、一応あいつも大人だ。状況を理解した上での判断なんだろうから、俺には何とも言えない。まあ、帰りの道中は騎士たちの巡回もあるし、問題ないとは思うが。ただ、ひとつ心配があるとすれば、それは、あいつのメンタルだな」
そう言って、渋い顔をすると、グレックは片手で顎を扱きながらそう言った。
「メンタル、ですか……」
そう言って、グレックを食い入るように見つめるミリアを横に。
グレックは、ふとミリアから視線を逸らすと、満天の星空を見上げながらこう言った。
「自分の大好きだった兄が、この王都では、あること無いこと散々言われているんだ。気にするなという方がおかしいだろう」
自尊心が高い、金の亡者――自分の家族がそんな風に言われていると知ったら、ミリアだって、普通の精神状態じゃいられないだろう。
(お兄さんのこと、あんな風に言われて……アキさん、凄く悔しいし、辛いよね)
そう思い至ると。
ミリアは、改めてアキの置かれている状況に心を痛めた。
「そう、ですよね。辛くない訳がないですよね」
「辛いから、一人で酒を呷りたいって時もあるだろう。まあ、あいつのことだから、自分独りで心に折り合い付けるんだろうが……」
そう言って渋い顔をするグレックに。
ミリアは、ふつと黙り込むと、普段から少し気になっていることを躊躇いつつ口に出してこう言った。
「あの……アキさんて、あんまり自分のこと人に話したがらないところ、ありますよね。私なんかは自分一人で抱え込むなんて出来なくて、良く家族に相談したりとかしてましたから。ちょっと気になってしまって……」
そう言って、口を噤むミリアに。
グレックも、大きく頷いてこう言った。
「そうだな。俺も、家族との仲は悪くなかったから、あいつが何を考えているのかは、はっきり言って良く分からない。ただ……」
「ただ……?」
そう言って、グレッグを真っ直ぐに見つめるミリアに。
グレックは、ふっと視線を落とすと、いつになく真面目な顔でこう言った。
「時々、あいつの明るさは、本来のあいつのものではないんじゃないかと、そう思うことはある」
「それ、私も時々感じていました」
ミリアもそう言って大きく頷く。
時々見え隠れする、アキの明るさの影に潜む昏い影、そして物悲しさ。
それを見る度、感じずにはいられない、得体の知れない恐れや不安。
それが何なのか、何を意味するのか、ミリアには未だ分からない。
そんなミリアの相槌に。
グレックは足を止めると、徐に空を見上げながらこう言った。
「そうやって笑い飛ばすことで自分を奮い起こして生きて来たのか、自分を偽ることで苦境をやり過ごしてきたのか……分からない。だが、どっちにしろ、本来の自分を殺しながら生きている訳で、息苦しい事には変わりないんだろうな」
そう言って、じっと天を見つめるグレックに、ミリアはしょんぼりと肩を落とすとこう言った。
「アキさん、大変だったんですね」
「ああ、察するに余りあるな」
そう言って、空から視線をミリアに戻すグレック。
そんなグレックに、ミリアは口元に片手の指を軽く添えると、口惜しそうにこう言った。
「アキさんが、もう少し私たちを信用してくれれば……」
「まあ、信用されたとして、俺たちが出来る事と言えば、話を聞いてやることぐらいしか出来ないだろうがな」
そう言って、やはり悔しそうに顔を歪めるグレック。
でも、そんなグレックにミリアは首を横に振ってみせると、グレックを真剣な眼差しで見つめてこう言った。
「でも、話を聞いてあげるだけでも、全然違うと思うんです。独りで辛いって悩むより、みんなでその辛さを分け合えば、辛さは独りの時よりも軽くなると思うし、それに、嬉しい事も、みんなで分かち合えば嬉しさは何倍にも膨れ上がります。今日の[武術大会]の時みたいに……」
そう言って、顔を赤くしながら下を向くミリアに。
グレックは、優しい笑みを浮かべるとこう言った。
「そうだな、それをアキも理解してくれればいいんだが……今のアキには、難しいだろうな」
そう言って、厳しい顔で虚空を見つめるグレックに。
ミリアは不安そうにこう尋ねる。
「どうしてですか」
「あいつの育った環境が、それを許さないんじゃないかと。何となくな」
「育った環境……」
親にも、村の人たちにも、[忌み子]と蔑まれ、罵られてきたアキ。
村の不幸な出来事を全てその身に背負わされ、古井戸に投げ込まれていたアキ。
喜ばれようと努力しても、「不吉だ」と片付けられ、また井戸へと放り込まれる日々。
そして、唯一自分のことを愛してくれた兄は、もうこの世にはいない……。
その事実を思い、ミリアの眼には思わず涙が込み上げて来る。
そんな憂いに沈むミリアの肩を二回、軽く叩くと。
グレックは、自分に言い聞かせるかのようにこう言った。
「まずは、時が解決してくれるのをある程度待つしかないのかもな」
そう言って、グレックはまた、大通りをゆっくりと歩きだすのであった。
街中を鋭い眼光で巡回する騎士たちに軽く会釈をしながら。
ミリアとグレックは、人通りの無い王城へと続く大通りを、王都の街灯と月の明かりだけを頼りに歩いていた。
フクロウやミミズクの声にびくびくと辺りを見回しながら、ミリアはグレックに、声を潜めてこう言った。
「アキさん、一人で酒場に残るって言ってましたけど。本当に一人、置いてきてしまって大丈夫でしょうか」
そう言って、ひどく不安そうに尋ねるミリアに。
グレックは、苦笑い気味にこう言った。
「自分でも言っていたが、一応あいつも大人だ。状況を理解した上での判断なんだろうから、俺には何とも言えない。まあ、帰りの道中は騎士たちの巡回もあるし、問題ないとは思うが。ただ、ひとつ心配があるとすれば、それは、あいつのメンタルだな」
そう言って、渋い顔をすると、グレックは片手で顎を扱きながらそう言った。
「メンタル、ですか……」
そう言って、グレックを食い入るように見つめるミリアを横に。
グレックは、ふとミリアから視線を逸らすと、満天の星空を見上げながらこう言った。
「自分の大好きだった兄が、この王都では、あること無いこと散々言われているんだ。気にするなという方がおかしいだろう」
自尊心が高い、金の亡者――自分の家族がそんな風に言われていると知ったら、ミリアだって、普通の精神状態じゃいられないだろう。
(お兄さんのこと、あんな風に言われて……アキさん、凄く悔しいし、辛いよね)
そう思い至ると。
ミリアは、改めてアキの置かれている状況に心を痛めた。
「そう、ですよね。辛くない訳がないですよね」
「辛いから、一人で酒を呷りたいって時もあるだろう。まあ、あいつのことだから、自分独りで心に折り合い付けるんだろうが……」
そう言って渋い顔をするグレックに。
ミリアは、ふつと黙り込むと、普段から少し気になっていることを躊躇いつつ口に出してこう言った。
「あの……アキさんて、あんまり自分のこと人に話したがらないところ、ありますよね。私なんかは自分一人で抱え込むなんて出来なくて、良く家族に相談したりとかしてましたから。ちょっと気になってしまって……」
そう言って、口を噤むミリアに。
グレックも、大きく頷いてこう言った。
「そうだな。俺も、家族との仲は悪くなかったから、あいつが何を考えているのかは、はっきり言って良く分からない。ただ……」
「ただ……?」
そう言って、グレッグを真っ直ぐに見つめるミリアに。
グレックは、ふっと視線を落とすと、いつになく真面目な顔でこう言った。
「時々、あいつの明るさは、本来のあいつのものではないんじゃないかと、そう思うことはある」
「それ、私も時々感じていました」
ミリアもそう言って大きく頷く。
時々見え隠れする、アキの明るさの影に潜む昏い影、そして物悲しさ。
それを見る度、感じずにはいられない、得体の知れない恐れや不安。
それが何なのか、何を意味するのか、ミリアには未だ分からない。
そんなミリアの相槌に。
グレックは足を止めると、徐に空を見上げながらこう言った。
「そうやって笑い飛ばすことで自分を奮い起こして生きて来たのか、自分を偽ることで苦境をやり過ごしてきたのか……分からない。だが、どっちにしろ、本来の自分を殺しながら生きている訳で、息苦しい事には変わりないんだろうな」
そう言って、じっと天を見つめるグレックに、ミリアはしょんぼりと肩を落とすとこう言った。
「アキさん、大変だったんですね」
「ああ、察するに余りあるな」
そう言って、空から視線をミリアに戻すグレック。
そんなグレックに、ミリアは口元に片手の指を軽く添えると、口惜しそうにこう言った。
「アキさんが、もう少し私たちを信用してくれれば……」
「まあ、信用されたとして、俺たちが出来る事と言えば、話を聞いてやることぐらいしか出来ないだろうがな」
そう言って、やはり悔しそうに顔を歪めるグレック。
でも、そんなグレックにミリアは首を横に振ってみせると、グレックを真剣な眼差しで見つめてこう言った。
「でも、話を聞いてあげるだけでも、全然違うと思うんです。独りで辛いって悩むより、みんなでその辛さを分け合えば、辛さは独りの時よりも軽くなると思うし、それに、嬉しい事も、みんなで分かち合えば嬉しさは何倍にも膨れ上がります。今日の[武術大会]の時みたいに……」
そう言って、顔を赤くしながら下を向くミリアに。
グレックは、優しい笑みを浮かべるとこう言った。
「そうだな、それをアキも理解してくれればいいんだが……今のアキには、難しいだろうな」
そう言って、厳しい顔で虚空を見つめるグレックに。
ミリアは不安そうにこう尋ねる。
「どうしてですか」
「あいつの育った環境が、それを許さないんじゃないかと。何となくな」
「育った環境……」
親にも、村の人たちにも、[忌み子]と蔑まれ、罵られてきたアキ。
村の不幸な出来事を全てその身に背負わされ、古井戸に投げ込まれていたアキ。
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そして、唯一自分のことを愛してくれた兄は、もうこの世にはいない……。
その事実を思い、ミリアの眼には思わず涙が込み上げて来る。
そんな憂いに沈むミリアの肩を二回、軽く叩くと。
グレックは、自分に言い聞かせるかのようにこう言った。
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