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第七章 忍び寄る影
視線の先に
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「みんな、テーブルと椅子を使って窓と入り口を塞ぐんだ、急げ!」
厨房から出て来たエマの師匠が、そう言って店の客たちに指示を出す。
その緊迫した声に。
客たちは、恐怖に慄きながらも、窓に近い者は椅子やテーブルを窓辺へ、扉の方に近い者は扉の方へと運び始める。
ミリアもエマも、自分たちの座っていた椅子を持ち、窓の方へと向かって急いで走った。
「ここでいいかな」
そう言って、ミリアは手に持った椅子を乱雑に重ねられた机や椅子の上に積み上げる。
と、その時――。
ミリアの視界の前を、何か黒いものがよぎった気がし、ミリアの心臓はドクンと跳ね上がった。
(まさか、も、猛獣……?)
恐怖に駆られながらも、ミリアは意を決して椅子の隙間から窓を見る。
すると、薄い窓ガラス越しに、二つのつぶらな黒い瞳が、月の光にギラギラと光っているのが見えた。
そしてそれは、あちらこちらと左右に彷徨っていたが、ミリアの瞳を捕えると、恐ろしい程の殺気をその瞳に宿しつつ、あろうことか、その場でピタリと制止した。
(う、うそ……も、猛獣と目が――)
恐る恐る、ミリアが視線を逸らした次の瞬間――。
窓ガラスが割れる大きな音と、バリバリという木を引き剥がすような音と共に、二本足で大地を踏みしめ立ちはだかる大熊が、大きな唸り声を上げた。
――ぐぉぉぉぉおおおお! ぐわぁぁぁぁああああ!
「ミリアー!」
そう叫ぶと、エマは、恐怖のあまり立ち竦んでしまっているミリアを背中から抱き抱えると、そのまま店の端の方へと転がり込んだ。
「え、エマさん! わ、私……」
恐怖で体を震わせるミリアの背中を優しく撫でると。
エマは、自分に言い聞かせるようにこう言った。
「大丈夫……もう、大丈夫よ」
そんなエマの慰めの言葉も虚しく。
大熊は、二本足から四つ足になって堂々と店内に入り込むと、何故か店の片隅で小さくなって震えるミリアとエマに狙いを定め、唸りながらゆっくりと歩み寄って来る。
――グゥウウウウウウ、グゥロロロロロロ。
「え、エマさん!」
「ミリア!」
そう言って、目をギュっと瞑り、固く抱き負う二人に。
涎を垂らし鋭い牙を剥く大熊が、大きな咆哮と共に二本足で立ちあがると、勢いよく飛び掛かった。
――グワァァァァァァォォォオオオオオ――!
と、次の瞬間――。
――ドスッ。
そう、何かが深くめり込むような音がして、ミリアとエマは恐る恐る目を開ける。
すると、そこには――。
「……こんな街中にまで大熊が現れるとは、[武術大会]があったからとはいえ、今日の警備はどうなっているんだ、全く……」
そう言って、気絶して前のめりに倒れている大熊を鋭い眼光で凝視すると。
ミリアとエマの前に立ちはだかっている、灰みを帯びた深い緑色の制服の男は、腰の高さまでありそうな大きな戦斧を、首の後ろに軽々と担ぐのであった。
厨房から出て来たエマの師匠が、そう言って店の客たちに指示を出す。
その緊迫した声に。
客たちは、恐怖に慄きながらも、窓に近い者は椅子やテーブルを窓辺へ、扉の方に近い者は扉の方へと運び始める。
ミリアもエマも、自分たちの座っていた椅子を持ち、窓の方へと向かって急いで走った。
「ここでいいかな」
そう言って、ミリアは手に持った椅子を乱雑に重ねられた机や椅子の上に積み上げる。
と、その時――。
ミリアの視界の前を、何か黒いものがよぎった気がし、ミリアの心臓はドクンと跳ね上がった。
(まさか、も、猛獣……?)
恐怖に駆られながらも、ミリアは意を決して椅子の隙間から窓を見る。
すると、薄い窓ガラス越しに、二つのつぶらな黒い瞳が、月の光にギラギラと光っているのが見えた。
そしてそれは、あちらこちらと左右に彷徨っていたが、ミリアの瞳を捕えると、恐ろしい程の殺気をその瞳に宿しつつ、あろうことか、その場でピタリと制止した。
(う、うそ……も、猛獣と目が――)
恐る恐る、ミリアが視線を逸らした次の瞬間――。
窓ガラスが割れる大きな音と、バリバリという木を引き剥がすような音と共に、二本足で大地を踏みしめ立ちはだかる大熊が、大きな唸り声を上げた。
――ぐぉぉぉぉおおおお! ぐわぁぁぁぁああああ!
「ミリアー!」
そう叫ぶと、エマは、恐怖のあまり立ち竦んでしまっているミリアを背中から抱き抱えると、そのまま店の端の方へと転がり込んだ。
「え、エマさん! わ、私……」
恐怖で体を震わせるミリアの背中を優しく撫でると。
エマは、自分に言い聞かせるようにこう言った。
「大丈夫……もう、大丈夫よ」
そんなエマの慰めの言葉も虚しく。
大熊は、二本足から四つ足になって堂々と店内に入り込むと、何故か店の片隅で小さくなって震えるミリアとエマに狙いを定め、唸りながらゆっくりと歩み寄って来る。
――グゥウウウウウウ、グゥロロロロロロ。
「え、エマさん!」
「ミリア!」
そう言って、目をギュっと瞑り、固く抱き負う二人に。
涎を垂らし鋭い牙を剥く大熊が、大きな咆哮と共に二本足で立ちあがると、勢いよく飛び掛かった。
――グワァァァァァァォォォオオオオオ――!
と、次の瞬間――。
――ドスッ。
そう、何かが深くめり込むような音がして、ミリアとエマは恐る恐る目を開ける。
すると、そこには――。
「……こんな街中にまで大熊が現れるとは、[武術大会]があったからとはいえ、今日の警備はどうなっているんだ、全く……」
そう言って、気絶して前のめりに倒れている大熊を鋭い眼光で凝視すると。
ミリアとエマの前に立ちはだかっている、灰みを帯びた深い緑色の制服の男は、腰の高さまでありそうな大きな戦斧を、首の後ろに軽々と担ぐのであった。
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