猛獣・災害なんのその! 平和な離島出の田舎娘は、危険な王都で土いじり&スローライフ! 新品種のジャガイモ(父・作)拡散します!

花邑 肴

文字の大きさ
上 下
35 / 90
第五章 それぞれの闘い

礼儀正しい都人(みやこびと)

しおりを挟む
 グレック、アキ、そしてエマと酒場で別れてから六日後。

 ミリアはいざというときに備えて、王城のすそ野に広がる森の、少し下の方に位置する国営農場で、臨時の収穫アルバイトをしていた。
 収穫というだけに、出来た野菜を明け方の五時から市場が始まる朝の八時まで収穫し続けるだけなのだが、王都民全ての胃袋を満たす必要を担っている仕事なだけに、その作業量は半端なかった。

 ミリアが収穫したキャベツたちが、大きなかごに詰め込まれ、男たちの引くリアカーに乗せられ市場へと運ばれていく。

「確か、これが最後のリアカーだよね……」

 そう言って、春の日差しに軽く汗ばんだ額をそっと拭うと、ミリアはホッとため息をひとつ吐く。

 と、そんなミリアの前に。

 国営農場の運営管理人の一人である、壮年の小太りの男性――チャド・ブーン管理人が、満面の笑みを浮かべながら近づいて来てこう言った。

「いゃあ、今日は助かったよ、ヘイワードさん。やっぱり農業経験者は未経験者と比べて手さばきが違うねぇ! ははは」

 そう言って、心底喜ぶブーン管理人に。
 ミリアも、人の役に立てた嬉しさから、心底嬉しそうにこう言った。

「ありがとうございます! それに、お役に立ててうれしいです!」

 そう言って、屈託なく笑うミリアに、ブーン管理人は腰に帯びた革のバッグの中から、茶色の封筒を取り出してこう言った。

「これは今日の分の賃金だよ。経験者という事もあるし、少し多めに入れさせて貰ったよ。今日は本当に良く働いてくれたね、お疲れさま。それじゃ、また明日もよろしく頼むよ!」
「あ、はい! 喜んで!」

 ミリアのその元気な返事に。
 
 ブーン管理人は目を細めて笑うと、満足そうに頷いて農場の方へと去って行くのだった。



 それから、十数秒後――。

 ブーン管理人の後ろ姿をしばらく目で追っていたミリアは、ふと思い出したようにに茶封筒に目をやると、期待に満ちた眼差しでそれをじっと見つめる。

(少し多めに入れてくれたって言ってたけど、どのくらいなんだろう。なんかちょっと、ドキドキしちゃうな)

 そんなことを思いながら、ミリアは茶封筒を恐る恐る開けた。

 すると、そこには――。

「あ、四タラント(約4千円)! 初めの約束より一タラント(約千円)も多い……」

 当初は、一時間一タラント(約千円)で働かせてもらう予定だったのに、最終的に一タラント(約千円)も賃金が跳ね上がっている。
 ミリアは、自分の働きが認められたことに嬉しさを感じ、思わず小躍りしそうになってしまう。

(多めって言っても、多くて1ルーヴ(百円)ぐらいだと思ってたから……ほんと、びっくり! それにしても、お父さんの農場手伝っていて良かったぁー。ありがとう、お父さん!)

 心の中でそう父に感謝すると、ミリアは、賃金袋を胸に抱え、嬉しそうに家路に着くのであった。



     ※     ※     ※



 家路に向かう途中、とある立札が目に入って、ミリアは足を止める。

 そこには――。

――バーン王国主催[武術大会]剣士団騎士選抜トーナメント、明日開催!

「あ、[武術大会]! そうだ。お弁当、どうしようかなぁ」

 そんなことをぼんやり考えていると。
 ミリアは自分の背後に何やら人の気配を感じ、思わず後ろを振り返った。

 すると、そこには――。

「お嬢さんも、この大会に出場するのですか?」

 そこには、十八、九ぐらいの、ミリアより一、二歳年上の青年が、顎に片手を当て、興味深そうにミリアを見つめていた。
 ミリアは、青年の醸し出す都人みやこびとの洗練された雰囲気に圧倒されながらも、意志を強く持ってこう言った。

「い、いいえ! 私は違います!」

 声を上擦らせ、そう完全否定するミリアに。
 青年は、顎のラインで綺麗に切り揃えた栗色の髪を、片手で鬱陶し気に搔き揚げると、灰茶色はいちゃいろ瞳を軽く伏せつつこう言った。

「そうですよね。最近は、女性の方でも試合に参加されることがあるので、つい興味がわいてしまって。すみません」

 そう言って、深々と頭を下げる青年に。
 ミリアは両手を横に何度も振ると、困ったようにこう言った。

「い、いえ。そんな……気にしないで下さい。それより、女性の方も大会に出るって……そんなことがあるんですか?」

(女性が出場するなんて。グレックさんならその時点で試合を欠場しちゃいそう)

 そんなことを本気で心配していると。
 栗色の髪の青年は、背筋をピンと伸ばしたまま、片手を顎に当てこう言った。

「ええ、たまにあります。今回は、無いとは思いますが。たぶん」
「そうですか。良かった……」

(それならグレックさん、自分の実力を十分に発揮できるよね)

 そうホッと胸を撫で下ろし、ため息ひとつ吐くミリアに。
 栗色の髪の青年は、ふと気付いたようにこう言った。

「ひょっとして、お嬢さんは今回、誰かの応援で試合を観戦予定なのですか」

 そう真面目な顔で尋ねて来る栗色の髪の青年に。
 ミリアは、この都人みやこびとの青年に失礼が無いよう、ひとつひとつ言葉を選びながら正直にこう言った。

「はい。友人が出場しますので。その応援に行くつもりなんです」

 そう言って、ミリアは青年の灰茶色はいちゃいろの瞳を、あどけない顔で見上げる。

 と、そんな無防備なミリアの愛らしい表情かおに。

 思わず見とれてしまっていた栗色の髪の青年は、軽く咳ばらいをすると、平静を装いながらこう言った。

「そう、でしたか。それでは、そのご友人の為に、健闘を願わせて頂きましょう」

 そう言って微笑びしょうする栗色の髪の青年に、ミリアは嬉しそうに微笑むとこう言った。

「ありがとうございます!」 

 まるで、春の日差しのように優しく微笑むミリアに。
 栗色の髪の青年は眩しそうに目を細めるも、直ぐに厳しい表情かおを作りこう言った。

「今回の大会は、かなりシビアな戦いになるという予想があちこちで聞かれます。私も、気を引き締めていかないと……」

 その青年の言葉に。
 ミリアは眼をまん丸く見開くと、驚いたようにこう言った。

「あ、あなたも大会に出場されるんですか?」

 ミリアのその問いに。

 栗色の髪の男は、灰茶色はいちゃいろの眼を鋭く細めると、きっぱりとした口調でこう言い切った。

「ええ。出るからには優勝を目指しています。絶対に、負けはしません。いや、負けられない……!」
「優勝……」

 そんな栗色の髪の青年の、勝利に対する並々ならぬ執着を目の当たりにし、ミリアは思わずたじろいでしまう。

(グレックさん、こんな人と戦うの……?)

 グレックの強さを信じていないわけではないが、この青年の執念を見るにつけ、ミリアは思わず、不安に駆られてしまう。
 
「お嬢さん? どうかしましたか」

 眉を顰め、体を固くするミリアを心配そうに見つめながら。
 栗色の髪の青年は、そう言ってミリアに声を掛ける。

「あ、ごめんなさい。ちょっと、考え事をしていて……」

 そう言って、少し引きつった笑みを浮かべるミリアに。
 男は、申し訳なさそうに微笑むと、直ぐに真面目な顔でこう言った。

「すみません、私事わたくしごとの話を長々と……。ですが、ここであったのも何かの縁。よろしければ、お嬢さんのお名前を教えて頂けませんか?」

 そう言って、真摯な眼差しでミリアを見つめる青年に。
 ミリアは、少しドギマギしながらこう言った。

「あ、わ……私は、ミリア。ミリア・ヘイワードと言います。し、島からの移住者です」
「ミリアさん、ですか。可愛らしい名前ですね。私は、フェリクス・シールズと言います。今後、気兼ねなくフェリクスとお呼び下さい」

 そう言って、片手を胸に当て軽く礼をするフェリクス。

「あ、はい。えっと……フェリクス、さん?」

 ミリアのその言葉に満足げに頷くと。
 フェリクスは、癖のない前髪を徐に掻き揚げると、灰茶色の瞳をゆっくり閉じつつこう言った。

「では、私は行くところがありますのでこの辺で。ミリアさん、またお会いしましょう」

 そう言って、深くミリアに礼をすると。
 フェリクスは、颯爽と身を翻し、王都の人混みの中へと去って行くのであった。

「あの人が、グレックさんの対戦相手の一人……」

――『出るからには優勝を目指しています。絶対に、負けはしません。いや、負けられない……!』

(ううん、いくら相手が強くても、グレックさんなら大丈夫だよね!)

 と、心の中で呟くミリアではあったが。

「フェリクスさん、か……」

 フェリクスの、いや、大会に参加するであろうすべての人たちの勝利への執念を思うと、ミリアは、何とも言えない胸騒ぎを覚えるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

処理中です...