34 / 90
第四章 王都からの洗礼
肘掛け椅子のような絵
しおりを挟む
――「兄は、死んだんだよ。この王都で、騎士としてね」
自分のことを唯一心配し、可愛がっくれた兄が亡くなる。
それはきっと、アキにとって、酷く孤独で怖いことに違いない。
それこそ、幼い頃、井戸の中に放り込まれて閉じ込められるくらいに――。
そう思うと、ミリアの心は酷く傷んだ。
(すごく孤独で傷ついているはずなのに、アキさんはいつもあんなに明るくて)
そのギャップに、更に心を痛めるミリアの瞳に、一枚の絵が映る。
「これ、は……」
アキの手帳からはみ出た手のひらサイズの絵をじっと見つめるミリアに。
アキは、その絵をスッと引き抜くと、テーブルの上に大事そうに置いてこう言った。
「これはね、兄が書いた絵だよ。筆運びが繊細で、しかも細部まで細かく描かれていて……上手いもんだよね。本当は絵をかくために王都に行ったはずなのに、何故か兄は騎士になっていて……俺は、何で兄が絵を描くことを辞めてまで騎士になったのか、それが知りたいんだ」
そう言って、アキは手帳の隙間に兄の絵をしまい込む。
そのとき。
「あ、これは?」
今度は、アキが手帳の隙間に入れ込んでいた時に、ひょっこり出て来てしまった絵を指差し、ミリアはそう尋ねる。
その質問に、アキは少しぎょっとするものの、直ぐに観念したようにこう言った。
「ああ、これは俺が書いた絵。あまり人に見せられるようなもんじゃないよ。兄と比べたら雲泥の差だからさー」
そう言って、自然を装って手帳にしまおうとするアキに。
ミリアは真面目な顔でこう言った。
「そんなことないですよ。この絵、私には肘掛け椅子のような絵に見えます」
「え……肘掛け、椅子?」
戸惑うアキに力づよく頷くと、ミリアは確信に満ちた口調でこう言った。
「人の心を癒すような、そんな優しい絵です。良かったら、グレープフルーツジュース代という事で、この絵、頂けませんか」
スッと、アキの手から絵を取り上げると、ミリアは悪戯っぽくそう言った。
そんなミリアに、アキは首を竦めて見せると、諦めたとばかりにこう言う。
「こんな、落書きみたいな絵で良いんなら。あーあ、こんな絵が欲しいなんて……君の感性を疑うよ」
そう言って、諦めも悪く吠えるアキを背に。
ミリアは鼻歌交じりにこう言った。
「どこに飾ろうかなぁー」
そうこうしているうちに、アキは窓を見遣るとこう言った。
「お、雨……止んだかな?」
「少し、日が差してきた気がしますね」
ミリアもそう言って窓に近づくと、窓の外をじっと覗き込む。
アキは、ゆったりとした動作で手帳をバッグにしまい込むと、バッグを片手に持ち、席を立ってこう言った。
「じゃ、俺、行くわ。グレープフルーツジュース、ありがと」
そう言うと、アキは何処へ行くとも告げず、王都の市場の方へと姿を消すのであった。
自分のことを唯一心配し、可愛がっくれた兄が亡くなる。
それはきっと、アキにとって、酷く孤独で怖いことに違いない。
それこそ、幼い頃、井戸の中に放り込まれて閉じ込められるくらいに――。
そう思うと、ミリアの心は酷く傷んだ。
(すごく孤独で傷ついているはずなのに、アキさんはいつもあんなに明るくて)
そのギャップに、更に心を痛めるミリアの瞳に、一枚の絵が映る。
「これ、は……」
アキの手帳からはみ出た手のひらサイズの絵をじっと見つめるミリアに。
アキは、その絵をスッと引き抜くと、テーブルの上に大事そうに置いてこう言った。
「これはね、兄が書いた絵だよ。筆運びが繊細で、しかも細部まで細かく描かれていて……上手いもんだよね。本当は絵をかくために王都に行ったはずなのに、何故か兄は騎士になっていて……俺は、何で兄が絵を描くことを辞めてまで騎士になったのか、それが知りたいんだ」
そう言って、アキは手帳の隙間に兄の絵をしまい込む。
そのとき。
「あ、これは?」
今度は、アキが手帳の隙間に入れ込んでいた時に、ひょっこり出て来てしまった絵を指差し、ミリアはそう尋ねる。
その質問に、アキは少しぎょっとするものの、直ぐに観念したようにこう言った。
「ああ、これは俺が書いた絵。あまり人に見せられるようなもんじゃないよ。兄と比べたら雲泥の差だからさー」
そう言って、自然を装って手帳にしまおうとするアキに。
ミリアは真面目な顔でこう言った。
「そんなことないですよ。この絵、私には肘掛け椅子のような絵に見えます」
「え……肘掛け、椅子?」
戸惑うアキに力づよく頷くと、ミリアは確信に満ちた口調でこう言った。
「人の心を癒すような、そんな優しい絵です。良かったら、グレープフルーツジュース代という事で、この絵、頂けませんか」
スッと、アキの手から絵を取り上げると、ミリアは悪戯っぽくそう言った。
そんなミリアに、アキは首を竦めて見せると、諦めたとばかりにこう言う。
「こんな、落書きみたいな絵で良いんなら。あーあ、こんな絵が欲しいなんて……君の感性を疑うよ」
そう言って、諦めも悪く吠えるアキを背に。
ミリアは鼻歌交じりにこう言った。
「どこに飾ろうかなぁー」
そうこうしているうちに、アキは窓を見遣るとこう言った。
「お、雨……止んだかな?」
「少し、日が差してきた気がしますね」
ミリアもそう言って窓に近づくと、窓の外をじっと覗き込む。
アキは、ゆったりとした動作で手帳をバッグにしまい込むと、バッグを片手に持ち、席を立ってこう言った。
「じゃ、俺、行くわ。グレープフルーツジュース、ありがと」
そう言うと、アキは何処へ行くとも告げず、王都の市場の方へと姿を消すのであった。
1
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる