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第四章 王都からの洗礼
きな臭い香り
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「アキさん、助かりました。ありがとうございます」
そう言って、深々と頭を下げるミリアに。
アキは、軽く微笑むと「気にしないで」とこう言った。
「いやいや。それより、大変だったねぇー」
そう言って、気の毒そうに見遣るアキに。
ミリアは肩を竦めながらこう答える。
「はい、まさか王太子殿下に叱られただけであんなことになるなんて。もう、踏んだり蹴ったりというか、何が何だか……」
ミリアは未だ良く分からない、という風に眉を顰めると、思いっきり首を捻った。
そんなミリアの言葉にため息をひとつ吐くと、アキは困ったように肩を竦めてこう言った。
「だよねぇ。でもさ、彼女たちに絡まれてこの程度で済んだのは、不幸中の幸いかもよ? 事によっては、靴や鞄なんかを奪われて、それを王都のセビリア王橋から川に投げ落とされたり、髪の毛を切り落とされたり、挙句、眉をそり落とされたりするらしいから……」
「そ、そうなんですか……?」
余りに恐ろしい話に、ミリアは思わず声を上擦らせた。
そんな、恐怖で顔を強張らせるミリアに、アキは苦笑気味に頷くと、それでも、いつもの軽い調子でこう言った。
「うん。でもまあ、君の綺麗な蜂蜜色の髪が滅茶苦茶にされなくて良かったってことで。早速[子羊と狼亭]に行こっか」
「あ、はい!」
(ほんと、髪の毛とか……切られたりしなくて良かったぁ)
そんなことを心の底で感謝しながら。
アキの長く伸びた影を追いかけながら、酒場、[狼と子羊亭]を目指すのであった。
※ ※ ※
「おっ、エマ。お疲れさまー! なんか、すごい人だけど、良く席が取れたねー」
込み合った店内をするするとすり抜けながら、アキはエマの座っている席の前まで来ると、素直に驚いたようにそう言った。
「あら、アキ。実は、師匠の力でねじ込んで貰ったのよ。こういう時、酒場で働いているとお得よね」
そう言って笑うと、エマはアキとミリアに席に座るよう促した。
「ほら、ミリアも座って」
その言葉で、ミリアは席に着くと嬉しそうにこう言った。
「エマさん! 昨日ぶりです。あっ、これ……」
そう言って、茶色の肩掛け鞄の中から一個の瓶を取り出すミリア。
「あら、イチゴジャムじゃない。これ、くれるの?」
「はい、頂いちゃってください! あ、これはアキさんに」
「俺にも? これ、手づくりだよね、ありがと」
「いえいえ。あ、そう言えば……グレックさんはまだですか?」
そう言って、店内を見回すミリアに。
エマも、店内を一通り見まわすと肩を竦めてこう言った。
「まだみたいね」
「きっと、筋トレに忙しいのかも」
アキがそう言ってにやりと笑う。
その時――。
「よお、待たせたな!」
そう言って、ひときわ背の高いグレックが店内に姿を現し、ミリアは思わず嬉しさのあまり立ち上がってこう言った。
「グレックさん! こっち、こっちです!」
そう言って、両手を高く上げて手を振るミリアに優しく微笑むと、グレックはゆったりとした足取りでミリアたちの机に来ると、堂々と席に着いた。
そんなグレックの一連の仕草をしげしげと見つめていたアキは、「そういえばさ」と、切り出してこう言った。
「グレック、またデカくなったんじゃないのー?」
「そうか?」
そう言って、自分の両腕や体のあちこちに目をやるグレックに。
「言われてみれば、そんな気もするわね。毎日の訓練の賜物かしら」
エマも、顎に手を当て同意するようにそう言った。
そんなエマの何気ない言葉に、グレックは申し訳なさそうに頭をかくと、少し顔を赤らめながらこう言った。
「訓練帰りってこともあって、一応、公共浴場には言って来たんだが……汗臭かったらスマン」
そう言って頭を下げるグレックに、アキがカラカラと笑いながらこう言った。
「なぁに、大丈夫だって! あんまり細かいことは気にしない、気にしない!」
「お前に言われてもなぁ……」
そう言って、ジト目でアキを見るグレックに。
エマは、余裕の笑みでこう言った。
「大丈夫よ。石鹸のいい香りがするから」
確かに、グレックからミリアが雑貨化の主人から貰ったピンクの石鹸のようなにおいがする。
「ほんとですね、とっても良い香りがします」
ミリアがそう正直に感想を漏らすと。
グレックは、人差し指で頬を搔くと、恥ずかしそうにこう白状する。
「妹が、こっちに来る前に何個か持たせてくれたものなんだが、なんだか匂いが可愛過ぎてな……もうちょっと安っぽい匂いの物で良かったんだが」
そう言って、肩を落とすグレックに。
エマは、口元に指を添えると、ふぅん……と微笑みながらこう言った。
「何言ってるのよ。良い妹さんじゃない」
「あーあ、妹さんかー。俺も欲しいなぁー、妹ー」
アキも、羨ましそうにそう言って頬杖を突く。
「あのなぁ。妹ってのは、そんな生易しい生き物じゃないぞ……」
そう言って、げんなりと肩を落とすグレックの背中を、アキはポンポンと叩くと。
テーブルにあるメニュー表を手に取り、笑顔で軽く片目を瞑るとこう言った。
「あっと、このままだらだら話していても時間が勿体無いから、先に飲み物と食べ物頼んじゃわない?」
その提案に。
グレックも、賛成だとばかりにこう言った。
「そうだな、じゃあ俺は先ず麦酒を」
グレックに続き、エマは慣れた様子でこう言った。
「私は、そうね……いつもと同じ、白ワインをボトルで貰おうかしら」
「ボトル……?」
そう言って、エマをまじまじと見るグレックをよそに。
ミリアはメニュー表をゆっくりと目で追いながらこう言った。
「えっと。私は、ロゼワインをグラスでお願いします」
「了解。んじゃ俺は……」
と、アキがメニュー表を目で追い始めたその時――。
「おっと、これは[忌み子]のアキ様じゃないですか。今度は、他人の席を勝手に奪って酒盛ですか……いやはや、お行儀の悪いことで」
そこには、黒髪を後ろで一本に結んだ青い目の男と、赤毛の短髪の男の姿――。
「そこは、元々俺たちの席なんだけど?」
アキの顔に顔を近づけると、赤毛の男はそう言って、下卑た笑みを浮かべる。
「……ッ、またかよ」
そう小さく呟き、明らかにその場で固まるアキに。
何かを察知したグレックは、静かに男たちを見据えるのであった。
そう言って、深々と頭を下げるミリアに。
アキは、軽く微笑むと「気にしないで」とこう言った。
「いやいや。それより、大変だったねぇー」
そう言って、気の毒そうに見遣るアキに。
ミリアは肩を竦めながらこう答える。
「はい、まさか王太子殿下に叱られただけであんなことになるなんて。もう、踏んだり蹴ったりというか、何が何だか……」
ミリアは未だ良く分からない、という風に眉を顰めると、思いっきり首を捻った。
そんなミリアの言葉にため息をひとつ吐くと、アキは困ったように肩を竦めてこう言った。
「だよねぇ。でもさ、彼女たちに絡まれてこの程度で済んだのは、不幸中の幸いかもよ? 事によっては、靴や鞄なんかを奪われて、それを王都のセビリア王橋から川に投げ落とされたり、髪の毛を切り落とされたり、挙句、眉をそり落とされたりするらしいから……」
「そ、そうなんですか……?」
余りに恐ろしい話に、ミリアは思わず声を上擦らせた。
そんな、恐怖で顔を強張らせるミリアに、アキは苦笑気味に頷くと、それでも、いつもの軽い調子でこう言った。
「うん。でもまあ、君の綺麗な蜂蜜色の髪が滅茶苦茶にされなくて良かったってことで。早速[子羊と狼亭]に行こっか」
「あ、はい!」
(ほんと、髪の毛とか……切られたりしなくて良かったぁ)
そんなことを心の底で感謝しながら。
アキの長く伸びた影を追いかけながら、酒場、[狼と子羊亭]を目指すのであった。
※ ※ ※
「おっ、エマ。お疲れさまー! なんか、すごい人だけど、良く席が取れたねー」
込み合った店内をするするとすり抜けながら、アキはエマの座っている席の前まで来ると、素直に驚いたようにそう言った。
「あら、アキ。実は、師匠の力でねじ込んで貰ったのよ。こういう時、酒場で働いているとお得よね」
そう言って笑うと、エマはアキとミリアに席に座るよう促した。
「ほら、ミリアも座って」
その言葉で、ミリアは席に着くと嬉しそうにこう言った。
「エマさん! 昨日ぶりです。あっ、これ……」
そう言って、茶色の肩掛け鞄の中から一個の瓶を取り出すミリア。
「あら、イチゴジャムじゃない。これ、くれるの?」
「はい、頂いちゃってください! あ、これはアキさんに」
「俺にも? これ、手づくりだよね、ありがと」
「いえいえ。あ、そう言えば……グレックさんはまだですか?」
そう言って、店内を見回すミリアに。
エマも、店内を一通り見まわすと肩を竦めてこう言った。
「まだみたいね」
「きっと、筋トレに忙しいのかも」
アキがそう言ってにやりと笑う。
その時――。
「よお、待たせたな!」
そう言って、ひときわ背の高いグレックが店内に姿を現し、ミリアは思わず嬉しさのあまり立ち上がってこう言った。
「グレックさん! こっち、こっちです!」
そう言って、両手を高く上げて手を振るミリアに優しく微笑むと、グレックはゆったりとした足取りでミリアたちの机に来ると、堂々と席に着いた。
そんなグレックの一連の仕草をしげしげと見つめていたアキは、「そういえばさ」と、切り出してこう言った。
「グレック、またデカくなったんじゃないのー?」
「そうか?」
そう言って、自分の両腕や体のあちこちに目をやるグレックに。
「言われてみれば、そんな気もするわね。毎日の訓練の賜物かしら」
エマも、顎に手を当て同意するようにそう言った。
そんなエマの何気ない言葉に、グレックは申し訳なさそうに頭をかくと、少し顔を赤らめながらこう言った。
「訓練帰りってこともあって、一応、公共浴場には言って来たんだが……汗臭かったらスマン」
そう言って頭を下げるグレックに、アキがカラカラと笑いながらこう言った。
「なぁに、大丈夫だって! あんまり細かいことは気にしない、気にしない!」
「お前に言われてもなぁ……」
そう言って、ジト目でアキを見るグレックに。
エマは、余裕の笑みでこう言った。
「大丈夫よ。石鹸のいい香りがするから」
確かに、グレックからミリアが雑貨化の主人から貰ったピンクの石鹸のようなにおいがする。
「ほんとですね、とっても良い香りがします」
ミリアがそう正直に感想を漏らすと。
グレックは、人差し指で頬を搔くと、恥ずかしそうにこう白状する。
「妹が、こっちに来る前に何個か持たせてくれたものなんだが、なんだか匂いが可愛過ぎてな……もうちょっと安っぽい匂いの物で良かったんだが」
そう言って、肩を落とすグレックに。
エマは、口元に指を添えると、ふぅん……と微笑みながらこう言った。
「何言ってるのよ。良い妹さんじゃない」
「あーあ、妹さんかー。俺も欲しいなぁー、妹ー」
アキも、羨ましそうにそう言って頬杖を突く。
「あのなぁ。妹ってのは、そんな生易しい生き物じゃないぞ……」
そう言って、げんなりと肩を落とすグレックの背中を、アキはポンポンと叩くと。
テーブルにあるメニュー表を手に取り、笑顔で軽く片目を瞑るとこう言った。
「あっと、このままだらだら話していても時間が勿体無いから、先に飲み物と食べ物頼んじゃわない?」
その提案に。
グレックも、賛成だとばかりにこう言った。
「そうだな、じゃあ俺は先ず麦酒を」
グレックに続き、エマは慣れた様子でこう言った。
「私は、そうね……いつもと同じ、白ワインをボトルで貰おうかしら」
「ボトル……?」
そう言って、エマをまじまじと見るグレックをよそに。
ミリアはメニュー表をゆっくりと目で追いながらこう言った。
「えっと。私は、ロゼワインをグラスでお願いします」
「了解。んじゃ俺は……」
と、アキがメニュー表を目で追い始めたその時――。
「おっと、これは[忌み子]のアキ様じゃないですか。今度は、他人の席を勝手に奪って酒盛ですか……いやはや、お行儀の悪いことで」
そこには、黒髪を後ろで一本に結んだ青い目の男と、赤毛の短髪の男の姿――。
「そこは、元々俺たちの席なんだけど?」
アキの顔に顔を近づけると、赤毛の男はそう言って、下卑た笑みを浮かべる。
「……ッ、またかよ」
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