猛獣・災害なんのその! 平和な離島出の田舎娘は、危険な王都で土いじり&スローライフ! 新品種のジャガイモ(父・作)拡散します!

花邑 肴

文字の大きさ
上 下
28 / 90
第四章 王都からの洗礼

きな臭い香り

しおりを挟む
「アキさん、助かりました。ありがとうございます」

 そう言って、深々と頭を下げるミリアに。
 アキは、軽く微笑むと「気にしないで」とこう言った。

「いやいや。それより、大変だったねぇー」

 そう言って、気の毒そうに見遣るアキに。
 ミリアは肩を竦めながらこう答える。

「はい、まさか王太子殿下に叱られただけであんなことになるなんて。もう、踏んだり蹴ったりというか、何が何だか……」

 ミリアは未だ良く分からない、という風に眉を顰めると、思いっきり首を捻った。
 そんなミリアの言葉にため息をひとつ吐くと、アキは困ったように肩を竦めてこう言った。

「だよねぇ。でもさ、彼女たちに絡まれてこの程度で済んだのは、不幸中の幸いかもよ? 事によっては、靴や鞄なんかを奪われて、それを王都のセビリア王橋から川に投げ落とされたり、髪の毛を切り落とされたり、挙句、眉をそり落とされたりするらしいから……」
「そ、そうなんですか……?」

 余りに恐ろしい話に、ミリアは思わず声を上擦らせた。
 そんな、恐怖で顔を強張らせるミリアに、アキは苦笑気味に頷くと、それでも、いつもの軽い調子でこう言った。

「うん。でもまあ、君の綺麗な蜂蜜色の髪が滅茶苦茶にされなくて良かったってことで。早速[子羊と狼亭]に行こっか」
「あ、はい!」

(ほんと、髪の毛とか……切られたりしなくて良かったぁ)

 そんなことを心の底で感謝しながら。
 アキの長く伸びた影を追いかけながら、酒場、[狼と子羊亭]を目指すのであった。



     ※     ※     ※


「おっ、エマ。お疲れさまー! なんか、すごい人だけど、良く席が取れたねー」

 込み合った店内をするするとすり抜けながら、アキはエマの座っている席の前まで来ると、素直に驚いたようにそう言った。

「あら、アキ。実は、師匠の力でねじ込んで貰ったのよ。こういう時、酒場で働いているとお得よね」

 そう言って笑うと、エマはアキとミリアに席に座るよう促した。
 
「ほら、ミリアも座って」

 その言葉で、ミリアは席に着くと嬉しそうにこう言った。

「エマさん! 昨日ぶりです。あっ、これ……」

 そう言って、茶色の肩掛け鞄の中から一個の瓶を取り出すミリア。

「あら、イチゴジャムじゃない。これ、くれるの?」
「はい、頂いちゃってください! あ、これはアキさんに」
「俺にも? これ、手づくりだよね、ありがと」
「いえいえ。あ、そう言えば……グレックさんはまだですか?」

 そう言って、店内を見回すミリアに。
 エマも、店内を一通り見まわすと肩を竦めてこう言った。

「まだみたいね」
「きっと、筋トレに忙しいのかも」

 アキがそう言ってにやりと笑う。

 その時――。

「よお、待たせたな!」

 そう言って、ひときわ背の高いグレックが店内に姿を現し、ミリアは思わず嬉しさのあまり立ち上がってこう言った。

「グレックさん! こっち、こっちです!」

 そう言って、両手を高く上げて手を振るミリアに優しく微笑むと、グレックはゆったりとした足取りでミリアたちのテーブルに来ると、堂々と席に着いた。

 そんなグレックの一連の仕草をしげしげと見つめていたアキは、「そういえばさ」と、切り出してこう言った。

「グレック、またデカくなったんじゃないのー?」
「そうか?」
 
 そう言って、自分の両腕や体のあちこちに目をやるグレックに。

「言われてみれば、そんな気もするわね。毎日の訓練の賜物かしら」

 エマも、顎に手を当て同意するようにそう言った。
 そんなエマの何気ない言葉に、グレックは申し訳なさそうに頭をかくと、少し顔を赤らめながらこう言った。

「訓練帰りってこともあって、一応、公共浴場には言って来たんだが……汗臭かったらスマン」

 そう言って頭を下げるグレックに、アキがカラカラと笑いながらこう言った。

「なぁに、大丈夫だって! あんまり細かいことは気にしない、気にしない!」
「お前に言われてもなぁ……」

 そう言って、ジト目でアキを見るグレックに。
 エマは、余裕の笑みでこう言った。

「大丈夫よ。石鹸のいい香りがするから」

 確かに、グレックからミリアが雑貨化の主人から貰ったピンクの石鹸のようなにおいがする。

「ほんとですね、とっても良い香りがします」

 ミリアがそう正直に感想を漏らすと。
 グレックは、人差し指で頬を搔くと、恥ずかしそうにこう白状する。

「妹が、こっちに来る前に何個か持たせてくれたものなんだが、なんだか匂いが可愛過ぎてな……もうちょっと安っぽい匂いの物で良かったんだが」

 そう言って、肩を落とすグレックに。
 エマは、口元に指を添えると、ふぅん……と微笑みながらこう言った。

「何言ってるのよ。良い妹さんじゃない」
「あーあ、妹さんかー。俺も欲しいなぁー、妹ー」

 アキも、羨ましそうにそう言って頬杖を突く。
 
「あのなぁ。妹ってのは、そんな生易しい生き物じゃないぞ……」

 そう言って、げんなりと肩を落とすグレックの背中を、アキはポンポンと叩くと。
 テーブルにあるメニュー表を手に取り、笑顔で軽く片目を瞑るとこう言った。

「あっと、このままだらだら話していても時間が勿体無いから、先に飲み物と食べ物頼んじゃわない?」

 その提案に。
 グレックも、賛成だとばかりにこう言った。

「そうだな、じゃあ俺は先ず麦酒エールを」

 グレックに続き、エマは慣れた様子でこう言った。

「私は、そうね……いつもと同じ、白ワインをボトルで貰おうかしら」
「ボトル……?」

 そう言って、エマをまじまじと見るグレックをよそに。
 ミリアはメニュー表をゆっくりと目で追いながらこう言った。

「えっと。私は、ロゼワインをグラスでお願いします」
「了解。んじゃ俺は……」

 と、アキがメニュー表を目で追い始めたその時――。

「おっと、これは[忌み子]のアキ様じゃないですか。今度は、他人の席を勝手に奪って酒盛ですか……いやはや、お行儀の悪いことで」

 そこには、黒髪を後ろで一本に結んだ青い目の男と、赤毛の短髪の男の姿――。

「そこは、元々俺たちの席なんだけど?」

 アキの顔に顔を近づけると、赤毛の男はそう言って、下卑た笑みを浮かべる。

「……ッ、またかよ」

 そう小さく呟き、明らかにその場で固まるアキに。
 何かを察知したグレックは、静かに男たちを見据えるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

処理中です...