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第三章 王都ブラウダークにて
それもまた目標
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次の日の早朝、ミリアはグレックから渡された住所の紙を頼りに、グレックの家を探していた。
手ぶらでは何なので、昨日市場で買って来ていたバケットと、卵とマヨネーズ、そしてキュウリを使ったサンドイッチを差し入れに持ち、ミリアは区画内のあちこちををうろうろとしていた。
と、その時――。
「よう、ミリアじゃないか。」
ミリアの背中越しに、聞きなれた声が聞こえて来る。
「あ、グレックさん! 良かった……」
(見つからなかったらどうしようって、すごくドキドキしていたから、会えて良かったぁー!)
そう言って、ホッとしたように後ろを振り返りつつ笑うミリアに。
グレックは、優しく微笑んで見せると、何故か心配そうにこう尋ねる。
「俺を訪ねて来たって事は、どうした? 何かあったのか」
そう言えば、とミリアは思いだす。
――『いいか、何かあったらいつでも尋ねて来いよ。分かったな?』
もしかしたら、グレックはミリアに何かあったのではと、勘違いしているのかもしれない。
そう思い至ると。
ミリアは両手を胸の前で小さく振ると、精いっぱい否定しつつこう言った。
「い、いえ! 何も、ないんですけど……あ、取り敢えず、もしよかったらこれを」
そう言って、肩にかけていた小ぶりのバッグの中から小さな茶色の紙袋をグレックに手渡す。
もちろんその中には、朝、片手間に作った卵サンドが三つ入っていた。
「ん、なんだ?」
茶色い袋を手渡されたグレッグは、それを徐に開くと、口元を綻ばせてこう言った。
「卵サンドか。気を使わせてしまったみたいで悪いな。だが、喜んでいただくよ」
「はい! ぜひ頂いちゃって下さい! それにしてもグレックさん……昨日会った時より、随分と、傷が増えている気がするんですけど」
グレックの顔や腕には小さい傷ではあったが、かすり傷や切り傷が沢山出来ている。
ミリアは神妙な顔をすると、心配そうにこう言った。
「傷、大丈夫ですか」
そんなミリアの優しい気遣いに。
グレックは温かい眼差しをミリアに向けると、そのまま、掌の豆に視線を落としてこう言った。
「俺は今、筋トレも兼ねて午前中は鉱山で働いてるんだ。それから、練兵場を使って木人相手に剣の訓練もしてる。傷は……きっと、そこで出来た傷だろう。問題はないさ。それにしても、鉱石堀りで生活費が稼げるとは……騎士を目指す俺にとっては、願ったり叶ったりってな」
「そうだったんですね。でも……なんか、いいですね。目標がある人って。ちょっと羨ましいです」
そう言って、しゅんとした顔で視線を落とすミリアに。
グレックは、何かを思案するように片手を顎に添えると、ミリアに尋ねてこう言った。
「そういえば、ミリアは……ジャガイモ以外に何か、好きなことは無いのか?」
その問いに、ミリアは胸の前で両手を組むと、眉を顰めて懸命な表情でこう言った。
「そうですね……お気に入りの万年筆で日記書いたりとか、柄の付いた紙でコラージュしたりとか。あ、あと、音楽聞くのも好きでした! 時々、島にやって来る音楽隊の曲を聴くの、すごく楽しみだったなぁー」
そういって、懐かしそうに遠くを見つめて微笑むミリアに。
グレックは、なるほど……というように頷くと、柔らかな笑みを浮かべてこう言った。
「そうか。俺も島にいた時、楽団の音を聞くと、何だか分からないがワクワクソワソワしたもんだ。まあ、そういうものを見たり聞いたりするために働くっていうのも、いい目標だと俺は思うけどな。王都には、そう言った芸術や音楽の催しものも沢山あると聞くし」
「ふふ、そう言われるとちょっと安心します。自分だけ、なんか目標が無い人みたいな感じがしてしまって……」
そう言って、畏まるミリアに。
グレックは、渋面を作ると、酷く真面目な口調でこう言った。
「おいおい、そんなこと言ったらアキはどうなるんだ。あいつの目標は、[遊ぶ]ことだぞ? 何も……悪いとは言わないが、安易としか言いようがない。それに、ミリアには、ジャガイモの夢があるじゃないか」
「あ……」
思い出したように口元を片手で押さえるミリアに。
グレックは、春の日差しのように優しく包み込むような笑顔を向けるとこう言った。
「お父さんが作ったジャガイモ、広めないとな」
「はい! あ、そうです! グレックさん、今日の夜なんですけど。アキさんとエマさんと私とグレックさんで、港近くの酒場で食事しないかって、アキさんから託ってきていまして……」
その言葉を聞いたグレックは、ニヤリと笑うとこう言った。
「お、いいねぇ。俺もここ数日、訓練ばかりで少し気が滅入ってたんだ。こんな時、気心知れた友人たちと飲めるのは嬉しいよ。ぜひ行くと伝えてくれ」
「はい! あ、そうそう! えっと……酒場の名前は、[狼と子羊亭]です。エマさんの、新しく決まった職場なんですよ!」
その話に、グレックは嬉しそうに笑うとこう言った。
「へぇ、そうなのか。それは……俺も負けてはいられないな。あっと、話の途中で悪いんだが、俺は鉱山で仕事があるからこのまま行かせて貰うよ」
「はい、頑張ってくださいね!」
「ああ。それと……確か、[狼と子羊亭]だったな」
「はい、それではグレックさん、また夜に」
「ああ、またな」
こうして、グレックの大きな背中を見送ると。
ミリアはアキから託された役目を無事に果たせたことに、ホッと胸を撫で下ろすのであった。
手ぶらでは何なので、昨日市場で買って来ていたバケットと、卵とマヨネーズ、そしてキュウリを使ったサンドイッチを差し入れに持ち、ミリアは区画内のあちこちををうろうろとしていた。
と、その時――。
「よう、ミリアじゃないか。」
ミリアの背中越しに、聞きなれた声が聞こえて来る。
「あ、グレックさん! 良かった……」
(見つからなかったらどうしようって、すごくドキドキしていたから、会えて良かったぁー!)
そう言って、ホッとしたように後ろを振り返りつつ笑うミリアに。
グレックは、優しく微笑んで見せると、何故か心配そうにこう尋ねる。
「俺を訪ねて来たって事は、どうした? 何かあったのか」
そう言えば、とミリアは思いだす。
――『いいか、何かあったらいつでも尋ねて来いよ。分かったな?』
もしかしたら、グレックはミリアに何かあったのではと、勘違いしているのかもしれない。
そう思い至ると。
ミリアは両手を胸の前で小さく振ると、精いっぱい否定しつつこう言った。
「い、いえ! 何も、ないんですけど……あ、取り敢えず、もしよかったらこれを」
そう言って、肩にかけていた小ぶりのバッグの中から小さな茶色の紙袋をグレックに手渡す。
もちろんその中には、朝、片手間に作った卵サンドが三つ入っていた。
「ん、なんだ?」
茶色い袋を手渡されたグレッグは、それを徐に開くと、口元を綻ばせてこう言った。
「卵サンドか。気を使わせてしまったみたいで悪いな。だが、喜んでいただくよ」
「はい! ぜひ頂いちゃって下さい! それにしてもグレックさん……昨日会った時より、随分と、傷が増えている気がするんですけど」
グレックの顔や腕には小さい傷ではあったが、かすり傷や切り傷が沢山出来ている。
ミリアは神妙な顔をすると、心配そうにこう言った。
「傷、大丈夫ですか」
そんなミリアの優しい気遣いに。
グレックは温かい眼差しをミリアに向けると、そのまま、掌の豆に視線を落としてこう言った。
「俺は今、筋トレも兼ねて午前中は鉱山で働いてるんだ。それから、練兵場を使って木人相手に剣の訓練もしてる。傷は……きっと、そこで出来た傷だろう。問題はないさ。それにしても、鉱石堀りで生活費が稼げるとは……騎士を目指す俺にとっては、願ったり叶ったりってな」
「そうだったんですね。でも……なんか、いいですね。目標がある人って。ちょっと羨ましいです」
そう言って、しゅんとした顔で視線を落とすミリアに。
グレックは、何かを思案するように片手を顎に添えると、ミリアに尋ねてこう言った。
「そういえば、ミリアは……ジャガイモ以外に何か、好きなことは無いのか?」
その問いに、ミリアは胸の前で両手を組むと、眉を顰めて懸命な表情でこう言った。
「そうですね……お気に入りの万年筆で日記書いたりとか、柄の付いた紙でコラージュしたりとか。あ、あと、音楽聞くのも好きでした! 時々、島にやって来る音楽隊の曲を聴くの、すごく楽しみだったなぁー」
そういって、懐かしそうに遠くを見つめて微笑むミリアに。
グレックは、なるほど……というように頷くと、柔らかな笑みを浮かべてこう言った。
「そうか。俺も島にいた時、楽団の音を聞くと、何だか分からないがワクワクソワソワしたもんだ。まあ、そういうものを見たり聞いたりするために働くっていうのも、いい目標だと俺は思うけどな。王都には、そう言った芸術や音楽の催しものも沢山あると聞くし」
「ふふ、そう言われるとちょっと安心します。自分だけ、なんか目標が無い人みたいな感じがしてしまって……」
そう言って、畏まるミリアに。
グレックは、渋面を作ると、酷く真面目な口調でこう言った。
「おいおい、そんなこと言ったらアキはどうなるんだ。あいつの目標は、[遊ぶ]ことだぞ? 何も……悪いとは言わないが、安易としか言いようがない。それに、ミリアには、ジャガイモの夢があるじゃないか」
「あ……」
思い出したように口元を片手で押さえるミリアに。
グレックは、春の日差しのように優しく包み込むような笑顔を向けるとこう言った。
「お父さんが作ったジャガイモ、広めないとな」
「はい! あ、そうです! グレックさん、今日の夜なんですけど。アキさんとエマさんと私とグレックさんで、港近くの酒場で食事しないかって、アキさんから託ってきていまして……」
その言葉を聞いたグレックは、ニヤリと笑うとこう言った。
「お、いいねぇ。俺もここ数日、訓練ばかりで少し気が滅入ってたんだ。こんな時、気心知れた友人たちと飲めるのは嬉しいよ。ぜひ行くと伝えてくれ」
「はい! あ、そうそう! えっと……酒場の名前は、[狼と子羊亭]です。エマさんの、新しく決まった職場なんですよ!」
その話に、グレックは嬉しそうに笑うとこう言った。
「へぇ、そうなのか。それは……俺も負けてはいられないな。あっと、話の途中で悪いんだが、俺は鉱山で仕事があるからこのまま行かせて貰うよ」
「はい、頑張ってくださいね!」
「ああ。それと……確か、[狼と子羊亭]だったな」
「はい、それではグレックさん、また夜に」
「ああ、またな」
こうして、グレックの大きな背中を見送ると。
ミリアはアキから託された役目を無事に果たせたことに、ホッと胸を撫で下ろすのであった。
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