正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

文字の大きさ
上 下
127 / 127
第三章 生きることの罪

仕事への姿勢

しおりを挟む
 レオンたちと別れてから数時間後の夜の七刻半頃。
 エフェルローンとルイーズは、各机のオイルランプと壁に吊るされた数個のランタンで明かりを取りつつ、各々の業務に励んでいた。

「日記の捜査資料の進捗はどうだ」

 作業の傍ら、机の端に放り置いていた新聞の見出しに目を留めながら。
 エフェルローンは、日記から抜粋した資料と補足情報をまとめつつ、そうルイーズに尋ねる。

「原本を各項目ごとに振り分け直したものに、今、補足情報を書き足しているところで……きちんとした資料を作るには、まだまだ時間がかかりそうです」

 資料を机の至る所に並べながら、ルイーズはそう言って資料と格闘していた。

(十日後までに耳を揃えて日記の資料を提出しなきゃならないからな。今は、ともかく時間が惜しいところだが……)

 そう心で呟きながら、チキンサンドを頬張るエフェルローン。
 それを、ルイーズが無理やり入れたビターなココアで流し込むと。
 エフェルローンは、もう一度新聞の見出しに目をやりこう呟く。

「ユーイング先輩は言葉を濁していたけど、やっぱり冬になる前にもう一度、クランシールの攻勢がありそうだな」

 そんなエフェルローンの、最悪の予想に。
 ルイーズは、ふっと手に持った万年筆の手を止めると、目を伏せ、俯き加減にこう言った。
 
「べトフォード……折角、復興し始めてるのに、また戦争の危険に曝されるんですね」
「まあ、そうならないように騎士団が存在しているんだけどな」

(そういえば、ユーイング先輩はまた戦場に駆り出されるんだろうか)

 つい先日、前線から戻ってきたばかりだったはずだが、大規模な戦争になるとすれば、いつ駆り出されてもおかしくはない。

「前線での戦闘経験も豊富な先輩が、前線に駆り出されないわけがない、か。先輩も色々と大変だよな……」

 大陸でも数少ない[二つ名]を持つユーイングである。
 国民の期待と、肩にかかる国家の威信の重さは並大抵のものではないだろう。

(それを、そうとは見せないのがあの人の凄い所だけど。でも、その期待と威信に、ユーイング先輩がどのくらい重きを置いているのかと考えると、ちょっと難しい所だな……)

 元々、普通の感性では測れないひとである。
 人の心の内側を抉り出すのが仕事であるエフェルローンですら、ユーイングに関しては、一体何を考えて生きているのか全く分からないところがある。
 もしかしたら、案外「何も考えていない」だけなのかもしれないが。

(悪運だけは強い人だから、どんな手を使ってでも、どうにかこうにか生き延びそうではあるけど)

 と、そんなことをぼんやり考えながら、資料の原本に補足情報を加えつつ、提出用の捜査報告書を仕上げていた、まさにその時――。

「先輩、焼き芋食べます?」

 そう言ってルイーズ持ってきたのは、新聞紙でくるんだ焼き芋であった。

「お前、何処からそんなもの……」

 何となく状況が見えてきたエフェルローンは、声を低くしてそう尋ねる。
 ルイーズはと云うと、きょとんとした顔でほくほくの焼き芋の先端(先っちょは切り落としている)に嚙り付くと、美味しそうに顔を綻ばせこう言った。

「薪ストーブだし、折角だから焼き芋焼いてみました。夜食にも美容にも良いし、何より美味しいですよ? しかも旬ですし」
「ああ、そうかい」

「本当に仕事する気があるのか!」と突っ込みを入れたくなるような、ルイーズの不安を感じさせる一連の行動に。
 エフェルローンは心の中で頭を抱えた。
 だが、そんなエフェルローンの心中などお構いなしと云うように。
 ルイーズは、手際よく芋を割ると、口を付けていない方の半分を、新聞紙で包み、エフェルローンの執務机の上に置いてこう言った。

「先輩の分、ここに置いておきますね。あ、昨日の新聞使わせて頂きました」
「新聞使わせていただきましたってな、お前……」

(職務中に、ストーブで芋を焼いて食べるか、普通……)

 机の上に置かれた、出来立てほやほやの焼き芋を見つめながら。
「もう何を言っても無駄だ」と九割方諦めたエフェルローンは、焼き芋を手に取ると、それにやけくそ気味にかぶり付くのだった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...