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第三章 生きることの罪
反撃の狼煙
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雲一つない秋晴れの、爽やかな陽の光の下。
大通りに面したカフェテラスに席を取り、エフェルローンたちは各々自分の好きなものを注文し終え、ホッと一息ついていたそのとき。
カーレンリース伯レオンは、思い出したようにこう言った。
「そう言えば、アダムくんのことなんだが」
「アダムはまだ、目覚めませんか」
レオンのその話題に、エフェルローンはすかさず食らい付いた。
そんなエフェルローンに、レオンは思わず苦笑するも、真面目な顔でこう言った。
「ああ、色々手は尽くしているんだが。すまないね」
(まだ、目覚めないということは……アダムはもしかしたら)
日記の信憑性を裏付ける、唯一の証人であるアダム。
そのアダムの最悪の事態を想定し、エフェルローンは唇を噛んだ。
それでも、こうして身寄りのないアダムを手厚く面倒見てくれるカーレンリース伯爵には感謝しかない。
エフェルローンは、心の底から感謝の意を込めて頭を下げるとこう言った。
「いえ、彼の面倒を見て下さっているだけでありがたい限りです」
「そう言って貰えると助かるよ」
そう言って、ホッとしたように肩を落とすカーレンリース伯レオンに。
エフェルローンは、申し訳なさそうにこう言った。
「本当に何もご助力できず、ご迷惑ばかりお掛けして……本当にすみません。それと、伯爵」
そう言葉を切ると。
エフェルローンは背筋を正し、声のトーンを少し落とすと、慎重に辺りを伺いつつこう言った。
「もしかしたら、アダムを狙って何者かが伯爵の館を襲う可能性があります」
「それは、バックランド候の意向、ということだろうか」
慎重に、やはり声を低めてそう確認するレオンに。
エフェルローンは、大きく頷くとこう言った。
「多分、そうなると思います」
「分かった、心得ておこう」
そう言って、力強く頷くカーレンリース伯レオンを一瞥すると。
エフェルローンは、次にダニーとルイーズに向かって、いつもよりも数段強い口調でこう言った。
「というわけで、ダニー、それにルイーズも。今後、いつにもまして身辺には気を付けるように。命にかかわることだ、頼むぞ」
そんなエフェルローンの、有無を言わさぬ強い視線に。
ダニーもルイーズも、背筋を伸ばし緊張気味にこう言った。
「り、了解です」
「はい、気を付けます」
と、そんな、焦りすら感じさせるエフェルローンの言動を、不審に思ったのだろう。
カーレンリース伯レオンは、紫の瞳をスッと眇めると、顎に片手を当ててこう言った。
「クェンビー伯爵。ひょっとして、君の身辺で何か動きでもあったのかい?」
その鋭い指摘に。
エフェルローンは、隠すことなくこう言った。
「実は……キースリーが、圧力を掛けて来ました」
「バックランドの婿養子、キースリー伯爵か……」
そう言って、面倒くさそうにため息を吐き、視線を落とすカーレンリース伯に。
エフェルローンは、包み隠さずこう語る。
「はい。『アダム・バートンから預かったものを渡せ』と。まあ、今回は圧力だけで済みましたが、いつ、どんな手で強引に奪いに来るかは……」
そう言って、語尾を濁すエフェルローンに。
カーレンリース伯レオンは、ふっと表情を曇らせると、意を決したようにこう言った。
「こうなったら時間の問題だな。クェンビー伯爵、君たちの日記の調査はどのぐらい終わっているんだい?」
「概要は、全て把握した上で既に書面に起こしています。今は、更に細かい補足事項を抜粋し、概要に付け加える形で書き出しているところです」
エフェルローンのその頼もしい仕事ぶりに。
カーレンリース伯レオンは力強く頷くと、紫の瞳に挑戦的な色を湛えながらニヤリと笑ってこう言った。
「では、そろそろこちらから仕掛けてみるとするか」
「仕掛ける?」
カーレンリース伯レオンの不穏な言葉に、エフェルローンは思わずそう聞き返す。
と、そんなエフェルローンに、レオンは両眼に悪戯っぽい笑みを浮かべつつこう説明する。
「なに。ただ、この日記の内容を国王陛下にご覧くため、義姉上に掛け合ってみようと、そう云うことだ」
「皇后様に? 出来るんですか、そんなこと……」
常軌を逸した内容に、ダニーがそうまじまじと質問する。
エフェルローンも、あまりに突飛な話に思わず閉口してしまう。
(カーレンリース伯爵ならば……という思いもあるが、いくら何でもこれは無理だ。王宮で開く舞踏会以外で、陛下に会える確率は、三大貴族以外の上級貴族といえどもほぼ無いに等しい。いくら皇后さまの力を以てしても、国王陛下が首を縦に振らない限りは、陛下に謁見するのは至難の業だろう)
そう心の中で、結論を下すエフェルローンの心を読んでいるかのように。
カーレンリース伯レオンは、ニヤリと笑うとこう言い切った。
「私を誰だと思っているんだい? 皇后陛下の義弟で陛下の叔父だよ、私は」
「そう言われてみれば、そうでしたね」
(だからと言って、大船に乗った気でいる訳にもいかないだろう)
全てが覆った時のことを考え、エフェルローンは話半分聞き流すことにする。
そんなエフェルローンを知ってか知らずか。
カーレンリース伯レオンは、椅子に背を預けると口をへの字に曲げ、大層面白くなさそうにこう言った。
「防戦一方ってのは、どうも私の性に合わなくてね。君だって、巻き返しを狙いたいだろう?」
そう言って、誘うような視線を投げかけて来るレオンに。
エフェルローンは冷静に頷くと、掛値のない本音を吐露してこう言った。
「そうですね。出来れば、巻き返しとは言わず、こちらが主導権を握りたいぐらいですけど」
そう、大それたことを淡々と口にするエフェルローンを豪快に笑い飛ばすと。
カーレンリース伯レオンは満足げにニヤリと笑い、腹の上に両手を組みつつこう言った。
「また大きく出たものだな、クェンビー伯爵。だが、嫌いじゃない。むしろ、そのぐらいの気概が欲しい所でもある。いいだろう、私も義姉だけとは言わず、義兄や、出来るならば陛下本人にも掛け合ってみよう」
「ありがとうございます」
(とはいえ、これは厳しい賭けになる。それでも、今はもうカーレンリース伯爵の人脈に賭けるしかない。だが、この賭けに勝てれば勝機は一気に跳ね上がる。後はもう、伯爵が成功するよう祈るしかない、か)
そうエフェルローンが、諦めにも似た決意を固めていると。
カーレンリース伯レオンは、とても愉快そうに片方の口角を吊り上げると、あくどい悪戯を思い付いた子供のように瞳をギラリと光らせ、エフェルローンにこう言った。
「全てが整い次第、対決だ。クェンビー伯爵、君も必ずバックランド候を落とせるよう、準備を怠るなよ」
「勿論です」
そう短く簡潔に答えるエフェルローンに。
カーレンリース伯レオンは、更に、言い含めるよう重ね重ねこう言った。
「バックランド候は、元は君の義理の父上になる人だった人物。そして、その娘は君の元婚約者。情けを掛けることの無いよう願っているよ」
「無論、心得ています」
(心得ています、か……そう言う俺も、バックランド候と変わらず、ある意味不純だな)
エフェルローンの胸元に光るのは、バックランド候の娘、クローディアから貰った翡翠のブローチである。
先日べトフォードであった件のこともあり、レオンに対して気まずくないと云えば噓になるが、それでも、私情を今この場で披露したところで何がどうなる訳でもないと結論を下し、ここは黙っておくことにする。
そんなエフェルローンの真っ黒な心情など読める筈もなく。
レオンは、エフェルローンの曇りのない言葉に力強く頷くと、更なる提案を打ち出し、こう言った。
「では、期限を切るぞ。決戦は今日を含め十日後とする。それまでに、クェンビー伯爵とダニー君、そしてルイーズは、報告書をしっかりまとめておくように」
「分かりました」
「はい、仕事時間外だけしか働けませんけど、頑張ります!」
「任せて下さい!」
エフェルローンと、ダニー、そしてルイーズの決意の籠った言葉を聞き届けると。
カーレンリース伯レオンは、上機嫌でこう言った。
「じゃ、諸君。よろしく頼むよ」
そう言って、カフェテラスをゆっくりと去って行くカーレンリース伯レオンとその従者ヨハンの後ろ姿を眺めながら。
ダニーが、感慨深げにこう言った。
「やっと、この事件の真相を世間に知らしめることが出来るんですね!」
その言葉に、ルイーズが決意も新たにこう意気込む。
「[爆弾娘]事件の真相、伝えなきゃ……絶対に」
そんな、気合十分の二人を前に。
エフェルローンは敵の娘であるクローディアを愛しく想う気持ちと、敵であるバックランド候に、『犯した罪を償って欲しい』という、ある種、懇願と憤りの気持ちを抱えながら、その感情の間で呻いていた。
(カーレンリース伯爵には、『無論、心得えます』なんて言ったけど、クローディアに心を残しながら、バックランド候を落とすことが俺に出来るのか……)
カーレンリース伯爵の、念を押す言葉が脳裏を過る。
――バックランド候は、元は君の義理の父上になる人だった人物。そして、その娘は君の元婚約者。情けを掛けることの無いよう願っているよ。
(バックランド候、クローディアのお父上、か……)
それに、クローディアは父親に対して強い愛着・執着を持っているところがあるのはエフェルローンは基、周知の事実でもある。
それが、どのようにエフェルローンの行動に関わってくることになるかは、全くを以て未知数であった。
(私情を挟まないのは、捜査の鉄則。けれど……クローディアの命と立場だけは何としても守りたい、何としても)
そんな、何とも煮え切らないエフェルローンの心に、首元の翡翠が重く圧し掛かる。
(それに、問題はこれだけじゃない)
今回のカーレンリース卿の動きを知れば、キースリーもバックランド候も本気で日記を消しに掛かって来るのは否めないだろう。
(クローディア云々の前に、まずは日記と自分の立場を守り抜くことが先決か)
そう優先順位を定めると。
エフェルローンは、難しい顔で腕を組みつつこう言った。
「さてそうなると、どうやって十日間、日記を守り通すかだが……」
(更に言えば、日記を失った場合、どうやってバックランド候とキースリーの罪を暴くのか……)
裏付ける日記がなく、日記を元に書き上げた報告書だけでは、バックランド候とキースリーを落とすことは出来ないだろう。
そうなってしまった場合、エフェルローンに出来る事といえば、諸手を上げて降参し、憲兵の立場だけでも国に保証して貰うことぐらいしか思い浮かばない。
「そうなると、日記を守るのは必須か」
バックランド候とキースリーに罪を償わせ、事件とは関係の無いクローディアを必ず守り通すためにも。
何としても、日記を死守する必要がある。
「どう転んでも、日記が全て、か」
日記、日記、日記――。
とはいえ、誰かの命を盾に取られ、日記を要求された場合。
その盾に取られた命を犠牲にしてまで日記を守り通す自信は、エフェルローンには、全くを以て無かったのであった。
大通りに面したカフェテラスに席を取り、エフェルローンたちは各々自分の好きなものを注文し終え、ホッと一息ついていたそのとき。
カーレンリース伯レオンは、思い出したようにこう言った。
「そう言えば、アダムくんのことなんだが」
「アダムはまだ、目覚めませんか」
レオンのその話題に、エフェルローンはすかさず食らい付いた。
そんなエフェルローンに、レオンは思わず苦笑するも、真面目な顔でこう言った。
「ああ、色々手は尽くしているんだが。すまないね」
(まだ、目覚めないということは……アダムはもしかしたら)
日記の信憑性を裏付ける、唯一の証人であるアダム。
そのアダムの最悪の事態を想定し、エフェルローンは唇を噛んだ。
それでも、こうして身寄りのないアダムを手厚く面倒見てくれるカーレンリース伯爵には感謝しかない。
エフェルローンは、心の底から感謝の意を込めて頭を下げるとこう言った。
「いえ、彼の面倒を見て下さっているだけでありがたい限りです」
「そう言って貰えると助かるよ」
そう言って、ホッとしたように肩を落とすカーレンリース伯レオンに。
エフェルローンは、申し訳なさそうにこう言った。
「本当に何もご助力できず、ご迷惑ばかりお掛けして……本当にすみません。それと、伯爵」
そう言葉を切ると。
エフェルローンは背筋を正し、声のトーンを少し落とすと、慎重に辺りを伺いつつこう言った。
「もしかしたら、アダムを狙って何者かが伯爵の館を襲う可能性があります」
「それは、バックランド候の意向、ということだろうか」
慎重に、やはり声を低めてそう確認するレオンに。
エフェルローンは、大きく頷くとこう言った。
「多分、そうなると思います」
「分かった、心得ておこう」
そう言って、力強く頷くカーレンリース伯レオンを一瞥すると。
エフェルローンは、次にダニーとルイーズに向かって、いつもよりも数段強い口調でこう言った。
「というわけで、ダニー、それにルイーズも。今後、いつにもまして身辺には気を付けるように。命にかかわることだ、頼むぞ」
そんなエフェルローンの、有無を言わさぬ強い視線に。
ダニーもルイーズも、背筋を伸ばし緊張気味にこう言った。
「り、了解です」
「はい、気を付けます」
と、そんな、焦りすら感じさせるエフェルローンの言動を、不審に思ったのだろう。
カーレンリース伯レオンは、紫の瞳をスッと眇めると、顎に片手を当ててこう言った。
「クェンビー伯爵。ひょっとして、君の身辺で何か動きでもあったのかい?」
その鋭い指摘に。
エフェルローンは、隠すことなくこう言った。
「実は……キースリーが、圧力を掛けて来ました」
「バックランドの婿養子、キースリー伯爵か……」
そう言って、面倒くさそうにため息を吐き、視線を落とすカーレンリース伯に。
エフェルローンは、包み隠さずこう語る。
「はい。『アダム・バートンから預かったものを渡せ』と。まあ、今回は圧力だけで済みましたが、いつ、どんな手で強引に奪いに来るかは……」
そう言って、語尾を濁すエフェルローンに。
カーレンリース伯レオンは、ふっと表情を曇らせると、意を決したようにこう言った。
「こうなったら時間の問題だな。クェンビー伯爵、君たちの日記の調査はどのぐらい終わっているんだい?」
「概要は、全て把握した上で既に書面に起こしています。今は、更に細かい補足事項を抜粋し、概要に付け加える形で書き出しているところです」
エフェルローンのその頼もしい仕事ぶりに。
カーレンリース伯レオンは力強く頷くと、紫の瞳に挑戦的な色を湛えながらニヤリと笑ってこう言った。
「では、そろそろこちらから仕掛けてみるとするか」
「仕掛ける?」
カーレンリース伯レオンの不穏な言葉に、エフェルローンは思わずそう聞き返す。
と、そんなエフェルローンに、レオンは両眼に悪戯っぽい笑みを浮かべつつこう説明する。
「なに。ただ、この日記の内容を国王陛下にご覧くため、義姉上に掛け合ってみようと、そう云うことだ」
「皇后様に? 出来るんですか、そんなこと……」
常軌を逸した内容に、ダニーがそうまじまじと質問する。
エフェルローンも、あまりに突飛な話に思わず閉口してしまう。
(カーレンリース伯爵ならば……という思いもあるが、いくら何でもこれは無理だ。王宮で開く舞踏会以外で、陛下に会える確率は、三大貴族以外の上級貴族といえどもほぼ無いに等しい。いくら皇后さまの力を以てしても、国王陛下が首を縦に振らない限りは、陛下に謁見するのは至難の業だろう)
そう心の中で、結論を下すエフェルローンの心を読んでいるかのように。
カーレンリース伯レオンは、ニヤリと笑うとこう言い切った。
「私を誰だと思っているんだい? 皇后陛下の義弟で陛下の叔父だよ、私は」
「そう言われてみれば、そうでしたね」
(だからと言って、大船に乗った気でいる訳にもいかないだろう)
全てが覆った時のことを考え、エフェルローンは話半分聞き流すことにする。
そんなエフェルローンを知ってか知らずか。
カーレンリース伯レオンは、椅子に背を預けると口をへの字に曲げ、大層面白くなさそうにこう言った。
「防戦一方ってのは、どうも私の性に合わなくてね。君だって、巻き返しを狙いたいだろう?」
そう言って、誘うような視線を投げかけて来るレオンに。
エフェルローンは冷静に頷くと、掛値のない本音を吐露してこう言った。
「そうですね。出来れば、巻き返しとは言わず、こちらが主導権を握りたいぐらいですけど」
そう、大それたことを淡々と口にするエフェルローンを豪快に笑い飛ばすと。
カーレンリース伯レオンは満足げにニヤリと笑い、腹の上に両手を組みつつこう言った。
「また大きく出たものだな、クェンビー伯爵。だが、嫌いじゃない。むしろ、そのぐらいの気概が欲しい所でもある。いいだろう、私も義姉だけとは言わず、義兄や、出来るならば陛下本人にも掛け合ってみよう」
「ありがとうございます」
(とはいえ、これは厳しい賭けになる。それでも、今はもうカーレンリース伯爵の人脈に賭けるしかない。だが、この賭けに勝てれば勝機は一気に跳ね上がる。後はもう、伯爵が成功するよう祈るしかない、か)
そうエフェルローンが、諦めにも似た決意を固めていると。
カーレンリース伯レオンは、とても愉快そうに片方の口角を吊り上げると、あくどい悪戯を思い付いた子供のように瞳をギラリと光らせ、エフェルローンにこう言った。
「全てが整い次第、対決だ。クェンビー伯爵、君も必ずバックランド候を落とせるよう、準備を怠るなよ」
「勿論です」
そう短く簡潔に答えるエフェルローンに。
カーレンリース伯レオンは、更に、言い含めるよう重ね重ねこう言った。
「バックランド候は、元は君の義理の父上になる人だった人物。そして、その娘は君の元婚約者。情けを掛けることの無いよう願っているよ」
「無論、心得ています」
(心得ています、か……そう言う俺も、バックランド候と変わらず、ある意味不純だな)
エフェルローンの胸元に光るのは、バックランド候の娘、クローディアから貰った翡翠のブローチである。
先日べトフォードであった件のこともあり、レオンに対して気まずくないと云えば噓になるが、それでも、私情を今この場で披露したところで何がどうなる訳でもないと結論を下し、ここは黙っておくことにする。
そんなエフェルローンの真っ黒な心情など読める筈もなく。
レオンは、エフェルローンの曇りのない言葉に力強く頷くと、更なる提案を打ち出し、こう言った。
「では、期限を切るぞ。決戦は今日を含め十日後とする。それまでに、クェンビー伯爵とダニー君、そしてルイーズは、報告書をしっかりまとめておくように」
「分かりました」
「はい、仕事時間外だけしか働けませんけど、頑張ります!」
「任せて下さい!」
エフェルローンと、ダニー、そしてルイーズの決意の籠った言葉を聞き届けると。
カーレンリース伯レオンは、上機嫌でこう言った。
「じゃ、諸君。よろしく頼むよ」
そう言って、カフェテラスをゆっくりと去って行くカーレンリース伯レオンとその従者ヨハンの後ろ姿を眺めながら。
ダニーが、感慨深げにこう言った。
「やっと、この事件の真相を世間に知らしめることが出来るんですね!」
その言葉に、ルイーズが決意も新たにこう意気込む。
「[爆弾娘]事件の真相、伝えなきゃ……絶対に」
そんな、気合十分の二人を前に。
エフェルローンは敵の娘であるクローディアを愛しく想う気持ちと、敵であるバックランド候に、『犯した罪を償って欲しい』という、ある種、懇願と憤りの気持ちを抱えながら、その感情の間で呻いていた。
(カーレンリース伯爵には、『無論、心得えます』なんて言ったけど、クローディアに心を残しながら、バックランド候を落とすことが俺に出来るのか……)
カーレンリース伯爵の、念を押す言葉が脳裏を過る。
――バックランド候は、元は君の義理の父上になる人だった人物。そして、その娘は君の元婚約者。情けを掛けることの無いよう願っているよ。
(バックランド候、クローディアのお父上、か……)
それに、クローディアは父親に対して強い愛着・執着を持っているところがあるのはエフェルローンは基、周知の事実でもある。
それが、どのようにエフェルローンの行動に関わってくることになるかは、全くを以て未知数であった。
(私情を挟まないのは、捜査の鉄則。けれど……クローディアの命と立場だけは何としても守りたい、何としても)
そんな、何とも煮え切らないエフェルローンの心に、首元の翡翠が重く圧し掛かる。
(それに、問題はこれだけじゃない)
今回のカーレンリース卿の動きを知れば、キースリーもバックランド候も本気で日記を消しに掛かって来るのは否めないだろう。
(クローディア云々の前に、まずは日記と自分の立場を守り抜くことが先決か)
そう優先順位を定めると。
エフェルローンは、難しい顔で腕を組みつつこう言った。
「さてそうなると、どうやって十日間、日記を守り通すかだが……」
(更に言えば、日記を失った場合、どうやってバックランド候とキースリーの罪を暴くのか……)
裏付ける日記がなく、日記を元に書き上げた報告書だけでは、バックランド候とキースリーを落とすことは出来ないだろう。
そうなってしまった場合、エフェルローンに出来る事といえば、諸手を上げて降参し、憲兵の立場だけでも国に保証して貰うことぐらいしか思い浮かばない。
「そうなると、日記を守るのは必須か」
バックランド候とキースリーに罪を償わせ、事件とは関係の無いクローディアを必ず守り通すためにも。
何としても、日記を死守する必要がある。
「どう転んでも、日記が全て、か」
日記、日記、日記――。
とはいえ、誰かの命を盾に取られ、日記を要求された場合。
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