正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第三章 生きることの罪

譲れないもの

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 エフェルローンが、プロファイルの事実に驚愕していたまさにその時――。

「クェンビー捜査官、入るよ」

 まさに、今プロファイルし、浮かび上がってきた人物――キースリーが、ノックも無しに入って来る。
 エフェルローンは動揺を悟られないよう感情をコントロールすると。
 いつも通りに、皮肉を交えてこう言った。

「これはこれは、キースリー長官。こんなむさ苦しい所にわざわざ来られなくても、メモでも伝言でもことづけて下されば、こちらから出向きましたものを」

 エフェルローンはそう心にもない事を言うと、アダムの父の日記をさり気無く机の引き出しにしまい、そっと鍵を掛ける。
 そんないつになく挑戦的なエフェルローンを、キースリーは侮蔑のこもった黒い瞳で見下ろすと、口の端を吊り上げこう言った。

「なに、君がこの部屋で瀕死の重傷を負ったと聞いてね。どんな塩梅あんばいかと思って覗きに来ただけさ。でも、全部片付いちゃってるんだねぇ、残念……」

 そう言うと、キースリーはずかずかとエフェルローンの執務机の前までやって来る。
 そんな、無遠慮で失礼極まりないキースリーを椅子の上からすがめ見ると。
 エフェルローンは、口元に皮肉な笑みを浮かべつつ、鼻で笑うとこう言った。

「部下が有能でな、ご希望に添えなくて悪かったな」
「いや、別に。この部屋には監察が入っているときに一度見に来てるからね。君の血で穢された、憲兵にとっての神聖な執務室をね」

 意地悪くそう言うと、キースリーは黒い瞳に更にどす黒い悪意の色を湛えてそう言った。

(こいつ、ほんと性格悪いの……)

 そんなキースリーに、心の中で呆れた様にそう言うと。
 エフェルローンは悪びれもせずにこう言った。

「悪趣味だな」
「そう?」

 そんなエフェルローンの感想を、愉快そうに受け返すと。
 キースリーは、好奇に満ちた眼差しでエフェルローンに尋ねて言った。

「で。どうだい? すぐ後ろにいた犯人も満足に捕まえられず、しかも、死に損なったこの部屋でまた指揮を執るってのは」

 キースリーの棘を含んだその物言いに。
 エフェルローンは心の中で、唖然としながらため息をひとつ吐く。

(死に損なった部屋で指揮を執るのは、か。こいつ、どこまで俺を蔑んで扱き下ろせば気が済むんだ……)
 
 いい加減うんざりしないでもなかったが、エフェルローンは皮肉な笑みを浮かべて見せると、いつものように鼻で笑い飛ばしてこう言った。

「別に、いつもと何ら変わりませんよ。与えられた任務を、命ある限りこなすのが私の仕事ですから。違いますか」

 そうおどけたように意見を叩きつけると。
 エフェルローンは、キースリーを挑発的にねめつけた。
 そんな、エフェルローンの挑発を、キースリーは鼻で笑いとばすと、話もろくに聞かず、しかめっ面でこう言った。

「まぁ、そんなの君の好きなようにすればいいと思うけどさ。で、その話は一旦、置いておいて……」

 そう前置きしつつ。
 キースリーは顔にかかる銀色の前髪を鬱陶しそうに掻き揚げると。
 顎を上げ、エフェルローンを見下すようにこう言った。

「それより。僕の情報筋から君たちのことに関して、ちょっと放っておけない情報が入って来ていてね」
「へぇ」

(情報筋、ねぇ。数日前、べトフォードで襲って来たあいつらのことか)

 そう予測を立て、話を無表情で聞き流すエフェルローンに。
 キースリーは、少し強い語調でこう言った。

「アダム・バートン。知らないとは言わせないよ」

 そう言って、キースリーは執務机に両手を突き、エフェルローンを睨み付ける。
 エフェルローンも負けじと睨み返す。
 そうして、睨み合うこと数秒。
 キースリーは、エフェルローンの前に片掌を突き出すと、机に乗り出すようにしてこう言った。

「彼から預かっているものがあるんだろう? それを渡して貰おうか」

 そう言って、口の端を吊り上げ意味ありげに笑うキースリーを前に。

(そう言われて、「はい、そうですか」なんて出す訳ないだろ)

 エフェルローンはそう心の中で舌を出すと、躊躇うことなくこう言った。

「たとえ、それを持っていてもいなくても、お前にだけは絶対に渡さない……」

 そう言って、挑むように笑うエフェルローンに。
 キースリーも、ニヤリと笑うと、直ぐに真面目な顔でこう言った。

「それなら、こちらもそれなりの手段で対応させて貰うだけだけど」

 そう言って、無造作に縛った後ろ髪の一部を、片方の手の指で弄びながら。
 キースリーはエフェルローンの口撃などどうにでもなる、と云うようにそう答える。
 そんな、エフェルローンの強硬な態度にも全く動じないキースリーに。
 エフェルローンは、心底、呆れたようにこう言った。

「権力の乱用も甚だしいな、キースリー」

 そんな呆れ顔のエフェルローンなど全く意に返さず、キースリーはいけしゃあしゃあとこう言った。

「正義の為なら使えるものは使わないと、でしょ? それもこれも、全てはこの国を守るためだよ、クェンビー。君には理解できないと思うけれど」

(権力の乱用が正義で、それが国を守るだ? 悪いが、俺には全く分からん……)

 そう言って、心の中で口をへの字に曲げるエフェルローン。
 そんなエフエルローンを気に留める様子もなく、キースリーは机に両手を突き、ずいと詰め寄ると、ゆっくりとした口調でこう言った。

「もう一度言う。アダム・バートンから預かったものを渡せ」
「知らないな、そんなもの」

 即答で、そううそぶくエフェルローンに。
 キースリーは、肩を竦めて更なる圧力を掛けてこう言った。

「クェンビー、君がどんなにとぼけたところで、君の動きは全て把握済だ。悪い事は言わない、その手にしているものを渡して貰おうか」

 そんな横暴なキースリーをしたからねめつけると、エフェルローンは片方の口角上げ、冷やかな笑みを向けこう言い返す。

「持っていたとしても、渡しはしない。欲しければ、俺を殺してから持っていけばいい。殺したいんだろ、俺のこと……」

 そう恐ろしい事をおくびにも出さずに言葉にすると、エフェルローンは下から睨み上げ、薄笑った。
 そんなエフェルローンを負けずに見下すと、キースリーは恐ろしい程ゾッとするような笑みを浮かべてこう言い放つ。

「まだ殺しはしないさ、クェンビー。まだだ、まだまだだ。君にはもっと苦しんで貰わないと面白くない。それに、君を殺しても構わないという上からの許可も下りてないし。そんなわけで、今日はこのぐらいにしといてあげるよ。でも。後で後悔しても遅いからね、クェンビー捜査官?」

(後悔? そんなものするかよ……)

 心の中で吐き捨てる様にそう言うと、エフェルローンはそのことを顔には出さずにこう言った。

「ご忠告ありがとうございます、キースリー長官」

 そんな、可愛げも何もないエフェルローンに。
 キースリーは、面白くなさそうに鼻を鳴らすと、こう捨て台詞をひとつ吐く。

「ふん。まぁ精々、今を楽しむんだな」

 そうして、エフェルローンの執務机を拳で軽く一回殴ると、その前で苛立たし気に踵を返す。
 更に、その苛立ちを執務室の扉に強く込めると、キースリーはその扉を勢いよく閉めるのであった。
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