正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第三章 生きることの罪

先輩の権利

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「あ、ユーイング先輩。もう用事は良いんですか」
「ああ、悪かったな。誘っておいて、初っ端から席外しちまって」

 そう言って慌ただしく戻ってきたユーイングは、革のコートを椅子の背もたれに引っ掛けると、エフェルローンの前の席に着いた。
 
「ちゃんと飲み物、頼んだか?」

 そう言って、酒のメニューをざっと眺めるユーイング。
 そこへ、店の女給仕が銀の盆片手に飲み物を運んでくる。
 ルイーズはそれを手際よく受け取ると、心底楽しそうにこう言った。

「先輩方ー! 飲み物来ましたよー。はい、ユーイング先輩。麦酒です!」

 そう言って、ユーイングに白い泡が眩しい麦酒エールを手渡すルイーズ。

「お、麦酒エールねぇ……頼んでおいてくれたのか。良く分かってんじゃねーか、俺の好み」

 そう言って、機嫌よく机の上に冷えた麦酒エールを置くユーイング。
 そんなユーイングに、ダニーがくすくす笑いながらこう言った。

「先輩が……クェンビー先輩が、先輩にはそれを頼んでおけって」
「へぇ、お前さんがねぇ……」

 そう言って、意外そうに眼を見開くユーイングに。
 エフェルローンは憮然とした表情でこう言った。

「何となく、そう思っただけですよ。偶然です。偶然」


(これも憲兵の性。別に、ユーイング先輩に別段興味があるって訳でもない)

 あくまでもそう否定するエフェルローンに。
 ダニーが、苦笑しながらこう呟く。

「はぁ、どうして先輩はそう……」
「なんだ……」

 じろりと、そうひと睨みするエフェルローンに。
 ダニーは、困ったように眉を竦めるとこう言った。

「いえ、何でも」

 そんな二人のやり取りを面白そうに眺めていたユーイングは、肩を竦めると両掌を上に向けてこう言った。

「全く……お前さん、もう少し素直になれないのかねぇ。そうすれば今よりずっと楽に生きられんぞ?」

 真顔でそう言うユーイングにムッとした顔を向けると。
 エフェルローンは、鼻を鳴らしてこう言った。

「ほっといて下さい」

(まったく、余計なお世話を……)

 そうしてそっぽを向き、水を煽るエフエルローンを困ったように見つめると。
 ユーイングは、呆れた様に肩肘を突くとため息交じりにこう言った。
 
「しゃーねーなぁ……まったく。ま、いっか」

 そう言ってさっさと気持ちを切り替え、メニューを手に取ると。
 ユーイングは、ダニーとルイーズにこう言った。

「んじゃ、早速なんか食べるとするか。お前らも適当に頼めよー」
「はい! じゃあ僕は……」

 そう言って、ウキウキとメニューを眺めるダニーを尻目に。

「私は、シーザーサラダと白身魚のフライとポテトで! 白身魚のフライはビネガー付きでお願いします」

 ルイーズは、早速、安定の[白身魚のフライとポテトフィッシュ・アンド・チップス]を注文する。
 そんなルイーズを、「信じられない」というように唖然とした顔で見遣ると、エフェルローンはゆっくりと手元のメニューに視線を落とし、こう呟いた。

「俺は……」

 そう言って顎に片手を添えるエフェルローンから、サッとメニュー表を取り上げると。
 ユーイングは、エフェルローンに含むような笑みを浮かべてこう言った。

「おっと。お前さんには、あさりの酒蒸しと、ボンゴレロッソ、かつおのカルパッチョを食べて貰う。あと、牛ステーキは……食えそうか?」

 一連の、畳み掛けるような言葉の応酬に。
 エフェルローンは面食らいながら答えて言った。

「まぁ、ちょっとずつなら食べられなくはないと思いますけど……それ、一体どういう基準なんです?」

 意味が分からず困惑するエフェルローンに。
 ユーイングは、少し得意げに胸を反らすとこう言った。

「あさりもかつおも牛肉も、血を作る鉄分が多く含まれてる食べ物だってことで、俺が選んだ。なんか文句あるか?」
「……いえ、ありがとうございます」

 俺様気質のユーイングである。
 今更、エフェルローンが「これが食べたい」と言ったところで、まともに受け合ってはくれないだろう。
 上手く言いくるめられてユーイングの思い通りに事が運ぶのがオチだ。

 そう結論を下すと、エフェルローンは早々にユーイングに抵抗するのを諦め、水を啜る。
 そんなエフェルローンの胸中など知ってか知らずか。
 ユーイングは、我が道を行くとでも云うように、ガンガン仕切り始めてこう言った。

「ってことで、ここら辺は全部頼むとして。ダニー、お前はどうする?」

 そう振られたダニーは、嬉しそうに顔を紅潮させると、好きなものが無料で食べれる幸せに、心からの感謝を捧げつつこう言った。

「えーと。僕は、ホタテのバター焼きと、カキのフラ……」
「あ、ダニー。俺ら、牛ステーキとかつおのカルパッチョ頼むから、お前も食うの手伝え」
 
 突然の先輩の命令に、ダニーは狼狽えながらこう言った。

「え。あ……はい。じゃあ、僕は……海鮮サラダだけ頼んでもいいですか?」

 遠慮しいしいそう伺うように話しかけるダニーに。
 ユーイングは、問題ないというようにこう言った。

「おう、頼め頼め!」
「は、はい……はは」

(だから云わんこっちゃない……)

 そう心の中で眉を顰めると、エフェルローンは哀れむようにダニーを見遣る。
 そうして。
 先輩の横暴に振り回され、頼みたいものも頼めなかったダニーはというと。
 パイナップルサワー片手に深いため息をひとつ吐くと、一人、悲しみに沈むのであった。
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