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第三章 生きることの罪
戦争の音
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既に陽は落ち、墨を落としたかのような闇が支配し始める、夕方も五刻を少し過ぎた頃――。
昼間、賑わっていた大通りも今では静けさを取り戻し、暗く、疎らになった人通りを歩くには、等間隔に並ぶ街灯の微かな明かりだけが頼りであった。
ただ、大通りから路地脇に入ると、状況は一変する。
窓から漏れる蠟燭やランタンの明かりが、まるで昼間を思わせるかのように細い路地を明るく照らし出している。
木製のメニュー看板が狭い道のあちらこちらに置かれ、肉や魚を焼く美味しそうな匂いが、いよいよ食欲を誘う。
そんな、裏路地で薄手のコートを羽織り、震えながら待つこと約十五分。
ユーイングは、特に慌てた様子もなく待ち合わせ場所にふらりと現れた。
「よう、わりい。待たせたなぁ」
黒い革のコートを肩に羽織り、片手を軽く上げ、何食わぬ顔で歩いて来るユーイングを前に。
エフェルローンはこれ見よがしに懐中時計を上着のポケットから取り出すと、忌々し気にこう呟く。
「ったく、今何時だと思って……」
ユーイングが普段時間にルーズなのは初めから分かってはいた事だが、何となく腹が立つ。
そんなエフェルローンを苦笑しながら見遣ると。
ダニーは、エフェルローンを宥める様にこう言った。
「まあまあ、先輩。今日はユーイング先輩の奢りですし。ともかく、たくさん奢って貰いましょう?」
(まあ、ダニーの言うことも一理ある、か……)
そんなダニーの提案に、若干溜飲の下がったエフェルローンは、不本意だったが懐中時計をポケットに戻した。
すると、皆に合流したユーイングは、急き立てる様にエフェルローンたちを店の両開きドアの入り口に急き立てこう言った。
「ほら。まあ、入れ入れ。予約は入れてあるから、空いてるところに座っとけ。俺も少ししたら行くから、てきとーに飲み物、頼んでな」
そう言うと、ユーイングはいったん店の外へ出て行く。
そんなユーイングを、目で追いかけると。
ダニーは、少し心配そうにこう言った。
「ユーイング先輩、仕事でしょうか?」
そう言って、視線をエフェルローンに移したダニーに。
エフェルローンは顎に片手を当て、持っている情報から瞬時に答えを弾き出すとこう言った。
「数日前べトフォードを襲ったグランシールの襲撃に関して、上の指示で何か調べてるのかもな」
「べトフォードの襲撃……何かが起こる前触れなんでしょうか。例えば、せ……戦争、とか」
少しネガティブな感情が入り混じったダニーの言葉に。
エフェルローンはため息をひとつ吐くと、はっきりとこう言った。
「あり得るな。グランシールのアルカサールの鉱山への執着は、元々並々ならぬものがある。[爆弾娘]事件から六年。兵力も兵糧も十分整った頃合いだろう。有ってもおかしくは無い」
額を突き合わすかのように、こそこそと話をするエフェルローンとダニーを。
ルイーズは羨ましそうに見遣ると、思い出したように尋ねて言った。
「先輩にダニーさん。今日は何飲みますか? あ、先輩はお酒は駄目ですよ!」
そう言って、釘をさすルイーズに。
ダニーが、メニュー表を見ながら少し思案するようにこう言った。
「じゃあ、僕は……パイナップルサワーで」
「あ、ダニーさん。今日は飲むんですか?」
そう言って、ルイーズが珍しそうにダニーを見る。
そんなルイーズに、ダニーは恥ずかしそうにこう言った。
「ユーイング先輩と折角飲める機会ですから。少し羽目を外そうと思います。あ、ルイーズさんはどうします?」
そう言って、ルイーズにメニュー表を渡すダニー。
ルイーズはメニュー表を指で追うと、お目当てのお酒をとんとんと叩いてこう言った。
「私は、白ワインを頂きます。ユーイング先輩は何がいいんでしょうか」
そう言って、首を捻りながらメニューを見るルイーズに。
エフェルローンは不本意そうにこう言った。
「まずは、麦酒だろ、あの人は」
「先輩、良く見てますね」
感心したように目を見開くダニーに。
エフェルローンは、ため息交じりにこう言った。
「職業病だよ、気付けば色々、覚えたくないことまで覚えてる」
「そうなんですか。何か、大変そうですね……」
苦笑気味にそう言うダニーに。
ルイーズが、注文内容を復唱しながらこう言った。
「それじゃあ、飲み物……注文しておきますね」
「すみません、ルイーズさん。お願いします」
ダニーのゴーサインで、ルイーズがウェイトレスを呼び止め注文をし始める。
「それにしても、ユーイング先輩が上からの命令で動いてるなら、今年中にグランシールと一戦あるんでしょうかね」
再び、額を突き合わせるように。
ダニーはエフェルローンにそう尋ねる。
「さあな。まあ、戦があるとするなら雪で国境が絶たれる前までだろうから、あと一……一か月ちょいぐらいか」
そう言って、指折り数えるエフェルローンの指を不安そうに見つめながら。
ダニーは眉を顰めると、呟くようにこう言った。
「大規模な侵攻じゃなきゃいいですけど……」
そんなダニーの囁くような言葉を耳聡く聞きつけると。
ルイーズは、ダニーの気持ちを慮るようにこう言った。
「ダニーさんの、お父様もお兄様も軍人でしたもんね。心配、ですね」
「はい。でも、父も兄たちも家族である前に軍人なので。覚悟はしてるんですけど、それでもやっぱり、無事を願ってしまいます」
そう言って、フッと黙り、物思いに沈むダニーを横に。
ルイーズが、一語一語、言葉を噛み締める様にこう言った。
「戦争、ですか……犠牲者が多くなければ良いですけど」
「犠牲者、か……」
(犠牲者が少ないに越したことはない。だが、敢えて身内から少ない犠牲を出すことで戦いを制するのか、それとも、多大な犠牲を出してでも、あくまで真っ当な手段で敵を制するのか……)
「分からないな……」
そう言って、ため息と共に腕を組むエフェルローンの両肩を。
「お? 何が『分からない』って?」
そう言って後ろから叩いたのは、今まで席を外していたユーイングであった。
昼間、賑わっていた大通りも今では静けさを取り戻し、暗く、疎らになった人通りを歩くには、等間隔に並ぶ街灯の微かな明かりだけが頼りであった。
ただ、大通りから路地脇に入ると、状況は一変する。
窓から漏れる蠟燭やランタンの明かりが、まるで昼間を思わせるかのように細い路地を明るく照らし出している。
木製のメニュー看板が狭い道のあちらこちらに置かれ、肉や魚を焼く美味しそうな匂いが、いよいよ食欲を誘う。
そんな、裏路地で薄手のコートを羽織り、震えながら待つこと約十五分。
ユーイングは、特に慌てた様子もなく待ち合わせ場所にふらりと現れた。
「よう、わりい。待たせたなぁ」
黒い革のコートを肩に羽織り、片手を軽く上げ、何食わぬ顔で歩いて来るユーイングを前に。
エフェルローンはこれ見よがしに懐中時計を上着のポケットから取り出すと、忌々し気にこう呟く。
「ったく、今何時だと思って……」
ユーイングが普段時間にルーズなのは初めから分かってはいた事だが、何となく腹が立つ。
そんなエフェルローンを苦笑しながら見遣ると。
ダニーは、エフェルローンを宥める様にこう言った。
「まあまあ、先輩。今日はユーイング先輩の奢りですし。ともかく、たくさん奢って貰いましょう?」
(まあ、ダニーの言うことも一理ある、か……)
そんなダニーの提案に、若干溜飲の下がったエフェルローンは、不本意だったが懐中時計をポケットに戻した。
すると、皆に合流したユーイングは、急き立てる様にエフェルローンたちを店の両開きドアの入り口に急き立てこう言った。
「ほら。まあ、入れ入れ。予約は入れてあるから、空いてるところに座っとけ。俺も少ししたら行くから、てきとーに飲み物、頼んでな」
そう言うと、ユーイングはいったん店の外へ出て行く。
そんなユーイングを、目で追いかけると。
ダニーは、少し心配そうにこう言った。
「ユーイング先輩、仕事でしょうか?」
そう言って、視線をエフェルローンに移したダニーに。
エフェルローンは顎に片手を当て、持っている情報から瞬時に答えを弾き出すとこう言った。
「数日前べトフォードを襲ったグランシールの襲撃に関して、上の指示で何か調べてるのかもな」
「べトフォードの襲撃……何かが起こる前触れなんでしょうか。例えば、せ……戦争、とか」
少しネガティブな感情が入り混じったダニーの言葉に。
エフェルローンはため息をひとつ吐くと、はっきりとこう言った。
「あり得るな。グランシールのアルカサールの鉱山への執着は、元々並々ならぬものがある。[爆弾娘]事件から六年。兵力も兵糧も十分整った頃合いだろう。有ってもおかしくは無い」
額を突き合わすかのように、こそこそと話をするエフェルローンとダニーを。
ルイーズは羨ましそうに見遣ると、思い出したように尋ねて言った。
「先輩にダニーさん。今日は何飲みますか? あ、先輩はお酒は駄目ですよ!」
そう言って、釘をさすルイーズに。
ダニーが、メニュー表を見ながら少し思案するようにこう言った。
「じゃあ、僕は……パイナップルサワーで」
「あ、ダニーさん。今日は飲むんですか?」
そう言って、ルイーズが珍しそうにダニーを見る。
そんなルイーズに、ダニーは恥ずかしそうにこう言った。
「ユーイング先輩と折角飲める機会ですから。少し羽目を外そうと思います。あ、ルイーズさんはどうします?」
そう言って、ルイーズにメニュー表を渡すダニー。
ルイーズはメニュー表を指で追うと、お目当てのお酒をとんとんと叩いてこう言った。
「私は、白ワインを頂きます。ユーイング先輩は何がいいんでしょうか」
そう言って、首を捻りながらメニューを見るルイーズに。
エフェルローンは不本意そうにこう言った。
「まずは、麦酒だろ、あの人は」
「先輩、良く見てますね」
感心したように目を見開くダニーに。
エフェルローンは、ため息交じりにこう言った。
「職業病だよ、気付けば色々、覚えたくないことまで覚えてる」
「そうなんですか。何か、大変そうですね……」
苦笑気味にそう言うダニーに。
ルイーズが、注文内容を復唱しながらこう言った。
「それじゃあ、飲み物……注文しておきますね」
「すみません、ルイーズさん。お願いします」
ダニーのゴーサインで、ルイーズがウェイトレスを呼び止め注文をし始める。
「それにしても、ユーイング先輩が上からの命令で動いてるなら、今年中にグランシールと一戦あるんでしょうかね」
再び、額を突き合わせるように。
ダニーはエフェルローンにそう尋ねる。
「さあな。まあ、戦があるとするなら雪で国境が絶たれる前までだろうから、あと一……一か月ちょいぐらいか」
そう言って、指折り数えるエフェルローンの指を不安そうに見つめながら。
ダニーは眉を顰めると、呟くようにこう言った。
「大規模な侵攻じゃなきゃいいですけど……」
そんなダニーの囁くような言葉を耳聡く聞きつけると。
ルイーズは、ダニーの気持ちを慮るようにこう言った。
「ダニーさんの、お父様もお兄様も軍人でしたもんね。心配、ですね」
「はい。でも、父も兄たちも家族である前に軍人なので。覚悟はしてるんですけど、それでもやっぱり、無事を願ってしまいます」
そう言って、フッと黙り、物思いに沈むダニーを横に。
ルイーズが、一語一語、言葉を噛み締める様にこう言った。
「戦争、ですか……犠牲者が多くなければ良いですけど」
「犠牲者、か……」
(犠牲者が少ないに越したことはない。だが、敢えて身内から少ない犠牲を出すことで戦いを制するのか、それとも、多大な犠牲を出してでも、あくまで真っ当な手段で敵を制するのか……)
「分からないな……」
そう言って、ため息と共に腕を組むエフェルローンの両肩を。
「お? 何が『分からない』って?」
そう言って後ろから叩いたのは、今まで席を外していたユーイングであった。
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