正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第三章 生きることの罪

チョコレート、かく語りき

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「よお、お前ら。元気にしてるかぁ?」
 
 そう言って、エフェルローンの執務室にふらりと現れたのは。
 焦げ茶のピタッとしたベロアシャツの前を寛げ、シルバーの重そうなアクセサリーを身に着けた赤黒い革パン姿のユーイングであった。

「ユーイング先輩! どうしたんです、こんな真昼間から」

 そう言って、驚いたように黒い瞳を見開くダニーに。
 ユーイングは、「それを言うか!」とでもいうように、少しおどけてこう言った。

「なぁに、見ればわかるでしょーが。休暇中で暇してんの」

 そう言って、ソファーにドカッと腰を下ろし、ふんぞり返るユーイング。
 そんなユーイングの手元で燦然と輝く赤と白のストライプの紙袋に目を留めると。   
 ルイーズは、少し興奮したように目敏く尋ねてこう言った。

「あ、それ! チョコの老舗・ヴィル・メーダの限定チョコレートの紙袋ですね。開店から凄い行列が出来てるって聞いてますけど。彼女さんとかへのプレゼントですか?」

 そう言って、期待に目を輝かせるルイーズに。
 ユーイングは「期待に沿えず悪いね」と苦笑しながら謝ると、紙袋をルーズに手渡しこう言った。

「これは、君たちと君たちの上司への差し入れだよ。限定だから量はそんなに無いけど、後で皆で適当に食べておくれ」
「やったぁ! ありがとうございます、ユーイング先輩」

 素直に袋の中を覗いて喜ぶルイーズを横目に。
 ダニーは恐縮したように尋ねて言った。

「いいんですか、先輩。あんな高そうなもの……」

 ヴィル・メーダと言えば、王家御用達のチョコレート店として、アルカサール王国内では知らぬ者のいない名店である。 
 そんなこともあり、そのチョコレートのお値段はというと、たくさんあるチョコレート店の中でもトップクラスであり、ヴィル・メーダのチョコレートを一ディール(一ダース)買うだけで、一か月分の昼代が飛ぶと言われていた。
 確かに、それだけの材料と手間を掛けているだけあり、そのお味は王室お墨付きではあったが。

「いいって、いいって。チョコレートはこう見えて、血液を作るのに必要な鉄分を多く含んでるからね。チョコが大好きなエフェルには丁度いいでしょ」

 ユーイングはそう言うと、ダニーに片目を瞑って見せる。
 そんなユーイングを嬉しそうに見つめると。
 ルイーズは、感動したというようにこう言った。

「ふふ。皆、考えることは同じなんですね」
「ん? てことは、ひょっとしてルイーズちゃんたちも?」

 そう言って、ソファーから身を乗り出すユーイングに。 
 ルイーズは控えめに笑うとこう言った。

「はい、ブランドは違いますけど。私たちは、ラペルです」
「おー、ラペルかぁ。ちょっと甘めだけど、それがまた美味しいんだよね。それにしても……愛されてるじゃないの、エフェル。おにーさん、超ー安心したよ……」

 そう言って、泣き真似をするユーイング。
 そんな、ある意味後輩想いであろうユーイングを横目に。
 ルイーズはというと、さっきから神妙な顔をして顎に手を当てるエフェルローンを不審に思い、声を掛けてこう言った。

「……先輩? 先輩ってば!」
「あ?」

 顎から、弾かれたように片手を離すと。
 エフェルローンは、目を二、三回瞬かせると、「何事か」というようにルイーズを眇め見る。
 そんなエフェルローンに。
 ルイーズは、困ったように大きなため息をひとつ吐くと、ずんずんとエフェルローンに近づきこう言った。

「先輩、大丈夫ですか? 何だか、ぼぉーっとしてたみたいですけど。あ、もしかして、貧血、ですか……?」

 ルイーズはそう言うと、心配そうにエフェルローンの顔を真剣な面差しで覗き込もうとする。
 と、そんなルイーズを片手で押し退けると。
 エフェルローンは、目の前のソファーに我が物顔で座るユーイングを見つけ、明らかに不審そうにこう言った。

「……ユーイング先輩? 何で先輩がここに……?」
「何でって、お前のことが気になってだな……って。おい、どした、エフェル? さっきっからなんか無反応だし。どっか変だぞ、お前……」

 野生の勘とでも云うのだろうか。
 元々色んなところで勘の鋭いユーイングが、そう言って首を捻る。
 エフェルローンは、口に出せない危険な想いを悟られないよう、慎重に言葉を選んでこう言った。

「すみません、先輩。ちょっと、止め処ない事をあれこれと考えていて。それより、今日はどうされたんです?」

 上手く話をすり替え、エフェルローンは何食わぬ顔でそう話を切り返す。
 そんなエフェルローンの心を知ってか知らずか。
 ダニーがいち早く反応し、エフェルローンを睨め付けるとため息交じりにこう言った。

「どうされたって……先輩のこと心配して、チョコレートを持ってきてくれたんですよ! ユーイング先輩は」

 半分呆れ、半分憤るダニーの言葉を半分聞き流すと。
 エフェルローンは、申し訳なさそうに眉を顰めると、エフェルローンには珍しく、真摯な態度でこう言った。

「……そう、だったんですか、先輩。昨日から色々と、すみません。しかも、こんな気まで使わせてしまって……」

(昨日の夜といい……先輩にはここの所、心配や迷惑を掛けてばっかりだな……)

 そう言って畏まるエフェルローンの心を読んだかのように。
 ユーイングは、片手をひらひらとさせると、「気にするな」とばかりにこう言った。

「なに。いいってことよ。それよりよ、エフェル」

 そう言うと、ユーイングは声のトーンを落とすと、ユーイングにしては少し躊躇いがちにこう言った。

「今夜暇か?」

 ユーイングからの突然の声掛けに。
 エフェルローンは思わず面食らうものの、気を取り直してこう言った。

「暇……と言えば、暇ですけど。飲みですか?」

 体のことを考えたら少し休息を取るべきなのだろうが、元々活動的なエフェルローンにとって、それはある意味苦痛でしかない。

(たぶん、飲みの誘いだろうが。姉貴には怒られそうだけど、家で時間を持て余して余計なことを考えるぐらいなら……)

 そう決断すると、エフェルローンは即答した。

「ええ、いいですよ」

 そんなエフェルローンを少し申し訳なさそうに見つめながら。
 ユーイングは肩を竦めると、軽く微笑んでこう言った。

「お前さんの退院祝いってことで、ちょっとな。一応、俺のおごりだ」
「ただ俺は、姉貴に散々止められてるので今日は飲めませんけど」

(酒は傷の治りが遅くなるって、医者も姉貴も目を吊り上げて言ってたしな……)

 そんなことをぼんやりと考えるエフェルローンに。
 ユーイングは、「問題ない」というように片手を振るものの、只「これだけは譲れない」という風にこう言った。

「その代わり、食べ物のチョイスだけは、今回、俺に任せてもらおう……って。あ、そうだ。お前らも来る?」

 そう言って、ルイーズとダニーの方を向くユーイングに。
 ダニーは今にも飛び上がりそうなほど嬉しそうに頷くと、目を輝かせながらこう言った。

「はい、是非! うわぁ、先輩と飲むの久しぶりですね!」
「はは、飲むっつっても、お前いっつも[パイナップルジュース]じゃねぇか……」

 そう言って、腹に手を当て可笑しそうに笑うユーイングに。
 ルイーズは控えめに笑うと、瞳をキラキラさせながら嬉しそうにこう言った。

「私は……ユーイング先輩と飲むのは初めてなので、今から凄く楽しみです」
「お、ルイーズちゃんは飲める方なのかな?」

 期待のこもったユーイングの熱視線に。
 ルイーズは、「うーん」と唸ると、頬をかきかきこう言った。

「はい、一応嗜む程度は。たぶん……」
「おっしゃあ! 悪いがエフェルが飲めない分、俺に付き合ってよね。よろしく、ルイーズちゃん」

 そう言って、上機嫌になるユーイングに。
 ルイーズは期待に応えようと、ない胸を懸命に逸らしながらこう言った。

「は、はい! が、頑張りますっ!」
「てな訳で……級士官系の酒場だと、ちと堅苦しいから、[蜂と女王ビー・アンド・クイーン]で食うか」

 顎に片手を添え、思案するようにそう呟くユーイングに。
 ダニーは、ホッとしたような顔をすると、満面の笑みを浮かべてこう言った。

「はい! そこなら僕らも行き慣れてるんで、思いっきり楽しめそうです」
「よし、決まりだな。んじゃ、ちょっと早いが夕の五刻頃、[蜂と女王ビー・アンド・クイーン]で落ち合おう」
「はい、先輩!」
「ユーイング先輩、よろしくお願いします!」

 ダニーとルイーズの元気な返事に満足そうに頷くと。
 ユーイングはソファーから徐に立ち上がると、執務室のドアに向かって歩き出す。

「んじゃ、またあとでな。エフェル、まあ、なんだ……あんま思い詰めんなよ?」

 そう言って、ドアノブを捻ると。
 ユーイングは後ろ手に扉を閉め、去って行くのだった。



     ※     ※     ※



 そんな、何とも後輩想いのユーイングを見送ったエフェルローンは、机に片肘を突くいてその上に顎を乗せる。
 そして、心配されて嬉しいような、でも煙たいような感覚に、照れる自分をひた隠しながら、何故か、少し怒ったようにこう言った。

「ったく、お節介な人だな……あの人は」

 自分の気持ちに素直になれず、憎まれ口しか叩けないエフェルローンをため息交じりに見つめると。
 ダニーとルイーズは互いに肩を竦め合い、ただただ、困ったように笑い合うのであった。
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