正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

文字の大きさ
上 下
114 / 127
第三章 生きることの罪

チョコレート、かく語りき

しおりを挟む
「よお、お前ら。元気にしてるかぁ?」
 
 そう言って、エフェルローンの執務室にふらりと現れたのは。
 焦げ茶のピタッとしたベロアシャツの前を寛げ、シルバーの重そうなアクセサリーを身に着けた赤黒い革パン姿のユーイングであった。

「ユーイング先輩! どうしたんです、こんな真昼間から」

 そう言って、驚いたように黒い瞳を見開くダニーに。
 ユーイングは、「それを言うか!」とでもいうように、少しおどけてこう言った。

「なぁに、見ればわかるでしょーが。休暇中で暇してんの」

 そう言って、ソファーにドカッと腰を下ろし、ふんぞり返るユーイング。
 そんなユーイングの手元で燦然と輝く赤と白のストライプの紙袋に目を留めると。   
 ルイーズは、少し興奮したように目敏く尋ねてこう言った。

「あ、それ! チョコの老舗・ヴィル・メーダの限定チョコレートの紙袋ですね。開店から凄い行列が出来てるって聞いてますけど。彼女さんとかへのプレゼントですか?」

 そう言って、期待に目を輝かせるルイーズに。
 ユーイングは「期待に沿えず悪いね」と苦笑しながら謝ると、紙袋をルーズに手渡しこう言った。

「これは、君たちと君たちの上司への差し入れだよ。限定だから量はそんなに無いけど、後で皆で適当に食べておくれ」
「やったぁ! ありがとうございます、ユーイング先輩」

 素直に袋の中を覗いて喜ぶルイーズを横目に。
 ダニーは恐縮したように尋ねて言った。

「いいんですか、先輩。あんな高そうなもの……」

 ヴィル・メーダと言えば、王家御用達のチョコレート店として、アルカサール王国内では知らぬ者のいない名店である。 
 そんなこともあり、そのチョコレートのお値段はというと、たくさんあるチョコレート店の中でもトップクラスであり、ヴィル・メーダのチョコレートを一ディール(一ダース)買うだけで、一か月分の昼代が飛ぶと言われていた。
 確かに、それだけの材料と手間を掛けているだけあり、そのお味は王室お墨付きではあったが。

「いいって、いいって。チョコレートはこう見えて、血液を作るのに必要な鉄分を多く含んでるからね。チョコが大好きなエフェルには丁度いいでしょ」

 ユーイングはそう言うと、ダニーに片目を瞑って見せる。
 そんなユーイングを嬉しそうに見つめると。
 ルイーズは、感動したというようにこう言った。

「ふふ。皆、考えることは同じなんですね」
「ん? てことは、ひょっとしてルイーズちゃんたちも?」

 そう言って、ソファーから身を乗り出すユーイングに。 
 ルイーズは控えめに笑うとこう言った。

「はい、ブランドは違いますけど。私たちは、ラペルです」
「おー、ラペルかぁ。ちょっと甘めだけど、それがまた美味しいんだよね。それにしても……愛されてるじゃないの、エフェル。おにーさん、超ー安心したよ……」

 そう言って、泣き真似をするユーイング。
 そんな、ある意味後輩想いであろうユーイングを横目に。
 ルイーズはというと、さっきから神妙な顔をして顎に手を当てるエフェルローンを不審に思い、声を掛けてこう言った。

「……先輩? 先輩ってば!」
「あ?」

 顎から、弾かれたように片手を離すと。
 エフェルローンは、目を二、三回瞬かせると、「何事か」というようにルイーズを眇め見る。
 そんなエフェルローンに。
 ルイーズは、困ったように大きなため息をひとつ吐くと、ずんずんとエフェルローンに近づきこう言った。

「先輩、大丈夫ですか? 何だか、ぼぉーっとしてたみたいですけど。あ、もしかして、貧血、ですか……?」

 ルイーズはそう言うと、心配そうにエフェルローンの顔を真剣な面差しで覗き込もうとする。
 と、そんなルイーズを片手で押し退けると。
 エフェルローンは、目の前のソファーに我が物顔で座るユーイングを見つけ、明らかに不審そうにこう言った。

「……ユーイング先輩? 何で先輩がここに……?」
「何でって、お前のことが気になってだな……って。おい、どした、エフェル? さっきっからなんか無反応だし。どっか変だぞ、お前……」

 野生の勘とでも云うのだろうか。
 元々色んなところで勘の鋭いユーイングが、そう言って首を捻る。
 エフェルローンは、口に出せない危険な想いを悟られないよう、慎重に言葉を選んでこう言った。

「すみません、先輩。ちょっと、止め処ない事をあれこれと考えていて。それより、今日はどうされたんです?」

 上手く話をすり替え、エフェルローンは何食わぬ顔でそう話を切り返す。
 そんなエフェルローンの心を知ってか知らずか。
 ダニーがいち早く反応し、エフェルローンを睨め付けるとため息交じりにこう言った。

「どうされたって……先輩のこと心配して、チョコレートを持ってきてくれたんですよ! ユーイング先輩は」

 半分呆れ、半分憤るダニーの言葉を半分聞き流すと。
 エフェルローンは、申し訳なさそうに眉を顰めると、エフェルローンには珍しく、真摯な態度でこう言った。

「……そう、だったんですか、先輩。昨日から色々と、すみません。しかも、こんな気まで使わせてしまって……」

(昨日の夜といい……先輩にはここの所、心配や迷惑を掛けてばっかりだな……)

 そう言って畏まるエフェルローンの心を読んだかのように。
 ユーイングは、片手をひらひらとさせると、「気にするな」とばかりにこう言った。

「なに。いいってことよ。それよりよ、エフェル」

 そう言うと、ユーイングは声のトーンを落とすと、ユーイングにしては少し躊躇いがちにこう言った。

「今夜暇か?」

 ユーイングからの突然の声掛けに。
 エフェルローンは思わず面食らうものの、気を取り直してこう言った。

「暇……と言えば、暇ですけど。飲みですか?」

 体のことを考えたら少し休息を取るべきなのだろうが、元々活動的なエフェルローンにとって、それはある意味苦痛でしかない。

(たぶん、飲みの誘いだろうが。姉貴には怒られそうだけど、家で時間を持て余して余計なことを考えるぐらいなら……)

 そう決断すると、エフェルローンは即答した。

「ええ、いいですよ」

 そんなエフェルローンを少し申し訳なさそうに見つめながら。
 ユーイングは肩を竦めると、軽く微笑んでこう言った。

「お前さんの退院祝いってことで、ちょっとな。一応、俺のおごりだ」
「ただ俺は、姉貴に散々止められてるので今日は飲めませんけど」

(酒は傷の治りが遅くなるって、医者も姉貴も目を吊り上げて言ってたしな……)

 そんなことをぼんやりと考えるエフェルローンに。
 ユーイングは、「問題ない」というように片手を振るものの、只「これだけは譲れない」という風にこう言った。

「その代わり、食べ物のチョイスだけは、今回、俺に任せてもらおう……って。あ、そうだ。お前らも来る?」

 そう言って、ルイーズとダニーの方を向くユーイングに。
 ダニーは今にも飛び上がりそうなほど嬉しそうに頷くと、目を輝かせながらこう言った。

「はい、是非! うわぁ、先輩と飲むの久しぶりですね!」
「はは、飲むっつっても、お前いっつも[パイナップルジュース]じゃねぇか……」

 そう言って、腹に手を当て可笑しそうに笑うユーイングに。
 ルイーズは控えめに笑うと、瞳をキラキラさせながら嬉しそうにこう言った。

「私は……ユーイング先輩と飲むのは初めてなので、今から凄く楽しみです」
「お、ルイーズちゃんは飲める方なのかな?」

 期待のこもったユーイングの熱視線に。
 ルイーズは、「うーん」と唸ると、頬をかきかきこう言った。

「はい、一応嗜む程度は。たぶん……」
「おっしゃあ! 悪いがエフェルが飲めない分、俺に付き合ってよね。よろしく、ルイーズちゃん」

 そう言って、上機嫌になるユーイングに。
 ルイーズは期待に応えようと、ない胸を懸命に逸らしながらこう言った。

「は、はい! が、頑張りますっ!」
「てな訳で……級士官系の酒場だと、ちと堅苦しいから、[蜂と女王ビー・アンド・クイーン]で食うか」

 顎に片手を添え、思案するようにそう呟くユーイングに。
 ダニーは、ホッとしたような顔をすると、満面の笑みを浮かべてこう言った。

「はい! そこなら僕らも行き慣れてるんで、思いっきり楽しめそうです」
「よし、決まりだな。んじゃ、ちょっと早いが夕の五刻頃、[蜂と女王ビー・アンド・クイーン]で落ち合おう」
「はい、先輩!」
「ユーイング先輩、よろしくお願いします!」

 ダニーとルイーズの元気な返事に満足そうに頷くと。
 ユーイングはソファーから徐に立ち上がると、執務室のドアに向かって歩き出す。

「んじゃ、またあとでな。エフェル、まあ、なんだ……あんま思い詰めんなよ?」

 そう言って、ドアノブを捻ると。
 ユーイングは後ろ手に扉を閉め、去って行くのだった。



     ※     ※     ※



 そんな、何とも後輩想いのユーイングを見送ったエフェルローンは、机に片肘を突くいてその上に顎を乗せる。
 そして、心配されて嬉しいような、でも煙たいような感覚に、照れる自分をひた隠しながら、何故か、少し怒ったようにこう言った。

「ったく、お節介な人だな……あの人は」

 自分の気持ちに素直になれず、憎まれ口しか叩けないエフェルローンをため息交じりに見つめると。
 ダニーとルイーズは互いに肩を竦め合い、ただただ、困ったように笑い合うのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

チートを極めた空間魔術師 ~空間魔法でチートライフ~

てばくん
ファンタジー
ひょんなことから神様の部屋へと呼び出された新海 勇人(しんかい はやと)。 そこで空間魔法のロマンに惹かれて雑魚職の空間魔術師となる。 転生間際に盗んだ神の本と、神からの経験値チートで魔力オバケになる。 そんな冴えない主人公のお話。 -お気に入り登録、感想お願いします!!全てモチベーションになります-

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

eggy
ファンタジー
 もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。  村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。  ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。  しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。  まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。  幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...