正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

文字の大きさ
上 下
103 / 127
第三章 生きることの罪

アダムの試練

しおりを挟む
「アダムさん、あの……大丈夫ですか」

 エフェルローンの思考に、ルイーズの心配そうな声が飛び込んで来る。
 そんなルイーズの心配そうな顔を見つめながら、アダムは脂汗を手の甲でそっと拭うと、安心させるような笑みを浮かべてこう言った。

「あ、ああ……すみません。ちょっと眩暈がして……」

 そう言うなり、アダムは剥き出しの地面の上に崩れる様に足を折る。
 と、そんなアダムのただならぬ様子に、ダニーは「ただ事ではない」とばかりに顔を少し青くさせてこう言った。

「あ、アダム君! 大丈夫ですか、立てますか?」
「す、すみません……なんか、足に力が……入ら、なくて」

 ダニーに片腕を掴まれたまま、アダムは額に脂汗を滲ませ、とうとうその場にへたり込んでしまう。

(何かを口にした訳でも、触れたわけでもない。どういうことだ――?)

 エフェルローンは思考をフル回転し、アダムの至る所を注意深く調べ上げる。
 そして直ぐに、一か所――アダムの体に異変を発見した。

「アダム、お前その首の傷は……」

 そう言ったエフェルローンの視線の先。
 そこには、赤黒く変色した傷口が、真一文字に浮かび上がっている。

「あ、傷口が……さっきはそんな跡、何処にもなかったのに」

 ダニーが、驚いたようにそう言う。
 ルイーズも、困惑しながらこう言った。

「さっきは只の薄い傷跡だけだったのに、どうして――」

 そんな二人の会話から、エフェルローンはしてやられたとばかりにこう言った。

「毒か、くそっ……!」

 そう言って、舌打ちするエフェルローンに。
 ダニーが、困惑の表情を浮かべながらこう尋ねる。

「でも、さっきアダム君……薄く掠った程度だって。そのぐらいで一気に毒って回るものなんですか?」

 ダニーのその問いに、エフェルローンは苦々し気にこう説明する。

「毒性が強ければ強い程、少量でも効果は発揮されるし致死率も上がる。ものによっては解毒剤も効かないものもあるらしい」
「そんな……」

 ルイーズが、顔色を青くしながらそう呟く。

「先輩、どうしますか。魔術医師なら、複数名の方が来ているみたいですけど」

 ダニーがそう言って広場を見る。
 そこには、軍や憲兵に所属する魔法医師や、街の薬草医師たちが怪我人たちの治療に当たっていた。

「魔術医師か……」

 そう言って、エフェルローンは腕を組む。

(魔術医師で毒の専門家か。毒を研究をしている魔術師は、それなりにいるかもしれないが……取り敢えず、探してみるか)

 慎重にそう結論を出すエフェルローンよりも早く、ルイーズは本能的に口を開くと、広場に向かって叫んで言った。

「あの! 毒の専門家の方、いらっしゃいますかー? ここに、毒に置かされている人が一人いるんですー! お願いします、助けて下さーい!」

すると、ものの数秒も経たないうちに、腰に革のポーチを下げた女性がエフェルローンたちの下へやってきた。
 女は、額の汗も気にせず、辺りを見回しながらこう言った。

「毒に犯されてるってのはどいつだい?」

 女の問いに、ルイーズが弾かれたようにアダムの側に駆け寄る。

「あ、この人です!」
「どれ、見せてみな」

 女は、ポーチから万年筆のような形の明かりを取り出すと、アダムの横にひざを折り、アダムを横抱きに抱き起すと、その両眼を食い入るように覗き込む。
 それから、首元にある傷口をじっと見つめると、女は渋い顔をしてこう言った。

「まずいね、これは……グランシールでよく使われている即死性の高い毒だ。悪いが、これに関しては解毒剤がまだ作られてなくてね。力になれなくて悪いけど」

 そう言うと、女はポーチにペンライトをしまい、徐に立ち上がる。
 ルイーズは、青い顔をさらに青白くさせ、戸惑いながらこう言った。

「そんな……それじゃあアダムさんは、死……」

 そう言って、口元に手を当て眉間に眉を寄せるルイーズに。
 女は、困ったような笑みを浮かべると、ルイーズの肩を、軽く二回叩いてこう言った。
 
「まあまあ、落ち着きなって。話は最後まで聞くもんだよ、お嬢さん。実は今日、この街には巡回神父が来ていてね、神の力を授かっている方らしいから、そっちに頼んでみるといいかもしれないよ。神の力は万能だっていうからさ」
「巡回神父……って、あ」

 ダニーが、思い出したと云わんばかりに声を上げる。

「先輩の傷を治して下さったあの少年神父様……!」

(そうだった、あの神父の力――あの力なら!)

 エフェルローンも、「忘れてた」と云わんばかりに舌打ちすると、今まその方法に全く思い至らなかった自分への憤りも込めてこう怒鳴った。

「ルイーズ! 神父を探して連れて来てくれ。至急だ!」
「は、はい!」

 そう言って、慌てて教会へ急ぐルイーズの後ろ姿を眺めながら。
 女魔法医師は、苦し気に息をするアダムを悔しそうに見下ろすと、首に片手を当てながらこう言った。
 
「役に立てなくて悪かったね。それと、その子に幸あらんことを……」

 そう言って、無念そうに去っていく女魔法医師を横目に。
 
「アダム君、どんどん顔色が悪くなっていきますね」

 ダニーが、心配そうに手にしたハンカチでアダムの汗を拭う。
 
(アダム、頑張れ。死ぬんじゃないぞ……)

 エフェルローンもそう心の中で強く願うと。
 ルイーズと神父の到着を、今か今かとじりじりした想いを抱えながら、待ち続けるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

まさか転生? 

花菱
ファンタジー
気付いたら異世界?  しかも身体が? 一体どうなってるの… あれ?でも…… 滑舌かなり悪く、ご都合主義のお話。 初めてなので作者にも今後どうなっていくのか分からない……

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

不遇職【薬剤師】はS級パーティを追放されても薬の力で成り上がります

山外大河
ファンタジー
 薬剤師レイン・クロウリーは薬剤師の役割が賢者の下位互換だとパーティリーダーのジーンに判断され、新任の賢者と入れ替わる形でSランクの冒険者パーティを追放される。  そうして途方に暮れるレインの前に現れたのは、治癒魔術を司る賢者ですら解毒できない不治の毒に苦しむ冒険者の少女。  だが、レインの薬学には彼女を救う答えがあった。  そしてレインは自分を慕ってパーティから抜けて来た弓使いの少女、アヤと共に彼女を救うために行動を開始する。  一方、レインを追放したジーンは、転落していく事になる。  レインの薬剤師としての力が、賢者の魔術の下位互換ではないという現実を突きつけられながら。  カクヨム・小説家になろうでも掲載しています。

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

処理中です...