正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第三章 生きることの罪

見せたかったもの

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「これが、父の日記になります」

 そう言って、アダムが懐から取り出したのは、何の装飾もない茶色の革表紙の日記であった。
 ただ、見開き側の真ん中の端に、鉄でできた鍵のようなものがしっかりと付いている。

「これが……」

 そう言って、日記を手に取るエフェルローンの手の中を覗き込みながら。
 ルイーズが、珍しそうに日記に着いた鍵を見つめてこう言った。

「鍵……後付けなんですね。数字を四桁入れるタイプですか」
「ええ、万が一日記を奪われた時のささやかな対処法としてね。あと、数字四桁を入れるタイプの鍵にしたのは、普通の錠だと鍵を無くすと開けられなくなってしまうので」
 
 そう言って、アダムはするすると鍵の数字を合わせていく。
 
「それと、この鍵には魔法で呪いも掛かっていて、暗証番号を一回でも間違うと魔法が発動するようになっています」
「ちなみに、アダム君。その呪いっていったいどんな……」

 怖いもの見たさとでも言うのだろうか。
 ダニーが恐る恐るアダムにそう尋ねる。
 アダムはというと、酷く意地悪い笑みを浮かべてこう言った。
 
「激しい頭痛の呪いです」
「激しい、頭痛……」

 ダニーは苦痛に顔を歪ませ、そう声を絞り出した。

「なんか、地味に嫌な呪いですね」

 ルイーズも、心底嫌そうに眉間に眉を顰める。
 そんな二人に、アダムはとても得意げにこう言った。

「はい。しかもそれが、未来永劫続きます」
「生きてるのが嫌になりそうですね……」

 ルイーズがそう正直な感想を口にする。
 そんな、聞いているだけでも頭が痛くなりそうな話を横に逸らすと。
 エフェルローンは、話を先に進める様にこう言った。

「で、この日記の鍵の暗証番号は?」

 そんな、先を急くエフェルローンに。
 アダムは、苦笑しながらも手早く鍵の数字を合わせてこう言った。

「これです」

  アダムの手元を覗き込み、エフェルローンはその数字を記憶する。

――4864。

「分かった」
「じゃあ、ダイヤル回します」

 そう言って、鍵のダイヤルを親指の腹でランダムに合わせるアダム。
 それから、ふと何かを思い出したように顔を上げると、自分のブレザーの左胸部分を軽く触ってこう言った。

「あっ、それと。ルイーズさん、これをルイーズさんの後継人、カーレンリース伯爵へ渡して頂けませんか」

 そう言って、まさぐっていた胸ポケットから出したのは、バイブルサイズのラッピングされた箱であった。
 ルイーズはそれを受け取ると訝しそうにこう言った。

「これを、カーレンリース伯爵にですか? まあ、良いですけど……カーレンリース卿はちょっと人と感性が違うので、あまり反応を期待しない方がよいと思いますよ?」

 そう申し訳なさそうに眉を顰めるルイーズに。
 アダムは、「そんなことは構わな」とでも言うようにこう言った。

「別に、喜んでいただかなくても良いんです。ただ、届けて下さるだけで。それに、たぶん……伯爵ならきっと気に入って下さると思いますから」
「そう、ですか。分かりました。お渡ししておきますね」

 そこまで断言するアダムを不思議に思いながらも、ルイーズはそれを斜め掛けの赤いバッグの中に一応しまう。
 それを確認すると、アダムはホッとしたように体の力を抜いた。
 と、その時、ダニーは急に何かを思い出したかのように両掌りょうてのひらを打ち付けると、軽く手もみをしながら尋ねて言った。

「そういえば、アダム君。ルイーズさんに見せたいのがあるって言ってましたよね。あれって、結局何だったんですか」

 そう興味津々の体で尋ねて来るダニーに。
 アダムは恥ずかしそうに頭を搔くと、申し訳なさそうにこう言った。

「ああ、あれは……この街の人たちの営みについて……だったのですが、結局こんなことになってしまったので」

 そう言って、無念そうに口を引き結ぶアダムに。
 ルイーズは、気遣うような口調でこう言った。

「でも、アダムさんの言っている事……何となく分かる気がします。この街に来た時に肌で感じた活気と幸せな空気とか。まるで、あの事件が無かったかのように生きる街の人たちの姿とか……あんなに恐ろしい事があったのに、なんか……凄いなって」
「六年前のあの時から、多くの人たちは過去とも向き合いながら、確実に前に進んでいます。時間は掛かるでしょうが、時が解決していくこともたくさんあると、僕は思います……って、そんなちょっとした僕の気づきなんですが、どうしてもルイーズさんと共有したくて」

 そう言って、恥ずかしそうに頬を搔くアダムに。
 ダニーが横に首を振りながらこう言った。

「いやいや、確かに……一人で抱えているだけじゃ勿体ない話ですよ、その話は」
「確かに。アダムさんの話聞けて、良かったです」

 ルイーズも、心なしか嬉しそうにそう頷く。
 そんな二人の反応に、アダムもまんざらでもなさそうに笑みを作るとこう言った。

「お役に立てたのなら、僕も嬉しいです」
 
 そう言って、アダムの「ちょっといい話」に花を咲かせる三人を前に。
 エフェルローンは一人、思考の世界に沈みながら心の中でこう呟いた。

(時が解決、か……)
 
 エフェルローンは自分の小さな手を見つめながら、自分自身に問いかける。

(俺も……時が経てば、全てを受け入れられる時が来るんだろうか)

呪いで魔力が減退したことも、体が子供化してしまったことも、言葉や身体的暴力を振るわれることも、苛めや蔑みの視線に曝されることも……それらすべてを受け入れ、それでも笑顔で前に進める日が、そんな日がいつか来るのだろうか。

(俺の場合、この呪いが解かれない限りは、夢のまた夢……だよな)

 そう結論を下すと、エフェルローンは口元に弱々しい笑みを微かに浮かべるのであった。
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