正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第三章 生きることの罪

嵐が去って

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「大方、片付いたみたいですね……」

 静かになった広場を改めて見回すと、ダニーはホッとしたようにそう言った。
 広場から賊は居なくなったものの、代わりに広場の中央を中心にして、動ける兵士や憲兵たちが、けが人や死体を振り分け、その場に寝かせたり座らせたりしている。

「ほんとですね。あ、町の人たちの姿も!」
 
 よく見ると、騒ぎが収まったことを受けて、町の人々も徐々に店の片づけや、怪我人の治療のために続々と家から出て来ているようであった。
 ふと思い至ったように、アダムは後ろを振り返ると、ぼおっと立ち尽くすアダムに、心配そうに尋ねて言った。

「アダム君は、大丈夫ですか。怪我とかしたりは……」

 アダムはと言うと、ダニーの言葉に弾かれたように気を取り戻すと、体のあちこちを触りながらこう言った。

「たぶん……今のところ大丈夫、みたいです。ただ、ちょっと首の所に浅い切り傷があるぐらいで問題なさそうです」

 そう言って、首の正面を軽く手で擦るアダム。
 それを確認すると、ダニーはふと視線を中央の広場に移してこう言った。

「こっちは大丈夫として。先輩たちは……」

 そう言って、額に手をかざし、辺りをゆっくり見回すダニーに。
 ルイーズが目敏くこう言った。

「あ、あそこにいますよ! 先輩、先輩方ー!」

 ルイーズの呼びかけに、ユーイングが噴水の淵に腰かけひらひらと手を振る。
 同じく、エフェルローンも噴水の淵に足をぶらつかせながら座り、ルイーズを面倒くさそうに斜め下から見つめている。
 そんな対照的な二人を前にして。
 ルイーズは不満足そうにこう言った。

「うーん、ユーイングさんはノリがいいのに、先輩は感じ悪いです」

 そう言ってむくれるルイーズを宥める様に。
 ダニーは、少し苦笑気味にこう言った。

「まぁ、仕様がありませんよ。ユーイング先輩は元々サービス精神旺盛な人ですけど、先輩は元々性格ひねくれてて、一匹狼みたいなところありますから」
「ふーん、でもやっぱり納得いきません……」
「はは、は」

 そう言って、乾いた笑い声を発したその時――。

「ふぅー、ひと汗かいたな」

 ユーイングがランニングでも終えたかのような爽やかさでダニーたちの下へ戻ってきた。
 それに続いて、エフェルローンも額の汗を拭いながら人の間を縫うように歩いてやって来る。
 その顔に、疲れという文字は一切ない。

「エフェル、お前また一段とすばしっこくなったんじゃないの? しかも、あれだけ動いてその余裕かよ……って、もう魔術師じゃなくて、いっそのこと剣術師名乗ったらどうよ?」
「……放っておいて下さい」

(まったく、勝手なことを……)

 そう心の中で毒付きつつ、ぴしゃりとそう言い放つと。
 エフェルローンは苛立たし気に眉間に皺を寄せた。
 そんなエフェルローンに、ダニーはくつくつ笑いながらこう言う。

「ユーイング先輩。クェンビー先輩は、腐っても魔術師で居たいんですよ。なんて言っても、先輩の魔術師としてのプライドは果てが無いん……」
「黙れ、ダニー」

(まったく、どいつもこいつも……)
 
 そう言って、ユーイングが来て調子に乗り始めたダニーも黙らせると、エフェルローンは苛立ちも顕に腕を組み、ちっ……と、舌打ちする。
 そんな、「触るな危険」状態のエフェルローンを困ったように見遣ると。
 ユーイングは、しみじみとした口調でこう言った。

「でも、ダニーの言ってることは当たってると思うよ、俺は。お前はプライドが高過ぎ」

 そう言って、親指を下に向けるユーイングに。
 エフェルローンはしれっとした顔でこう言った。

「先輩は、無さすぎですよ」

(自分のことを棚に上げて良く言うよ、ったく……)

 そう心の中でため息を吐くと、エフェルローンはつんとそっぽを向いた。
 自分の話を餌に盛り上がられるのは、正直面白くない。
 そんな不機嫌極まりないエフェルローンを、「やれやれ」と云った面持ちで見遣ると。
 ユーイングはおどけた様に首を竦めてこう言った。

「おっと、これは一本取られたか。ってか、動いたせいで喉が渇いたな……」

 辺りを見回しながらそう呟くユーイングに。
 ルイーズが気を利かせて、こう言った。

「あ、私……水取ってきますね!」

 教会で水を配っているのを目ざとく見つけたルイーズは、そう言うと、急ぎ足で教会に向かって行く。
 ユーイングは、改めて広場を見回すと、渋い顔をしてこう言った。

「国民はもちろんだが、騎士や憲兵にもかなり被害が出てるっぽいなぁ」

 そう言って、顎に片手を当てて扱くユーイングに。
 エフェルローンは、神妙な顔つきで口を開いてこう言った。

「先輩、さっき俺が対応した奴らで、妙な感じの賊が居たんです。統制が取れていて、狙いはクロー……キースリー伯爵夫人でした。たぶん、バックランド候に恨みを抱く、グランシールの騎士、もしくは元騎士なんじゃないかと」

(クローディアだけをターゲットに定めたあの集中攻撃。あれは目的のある組織の統率の取れた攻撃だった。自分の利益しか頭にない寄せ集めの賊には、あんな攻撃……出来るわけがない)

 そんなエフェルローンの話に被せる様に、ダニーが首を捻りながらこう付け加える。

「でも、明らかに賊っぽい人たちもいましたよね」

 ダニーは、自分の記憶を手繰り寄せながらそう言う。 
 ダニーが見たのは、露店の商品を大きな布袋に、山の様に詰め込んでいく、にやけた顔の賊たちの姿だった。
 そんな話を流すように聞いていたユーイングは、うーんと唸ると話をまとめてこう言った。

「つまり、今回の襲撃……賊の襲撃に見せかけたバックランド候への物理的かつ心理的攻撃、または脅しってことか……」

 そんなことを男三人で話し合っているところに、ルイーズが息を切らせて戻って来た。
 その両手には、紙で出来たコップから溢れんばかりの水が二つ。

「先輩たち、水をお持ちしましたー!」
「おう、ルイーズちゃん。ありがと」

 待ちに待った水の到着に、ユーイングは旨そうにそれを一気に煽る。

「はい、先輩」
「どーも」

 エフェルローンもそれを受け取ると、同じく一気に飲み干す。
 水を飲み終わり、一息ついたユーイングは紙のコップを片手で捻り潰すと、エフェルローンを真面目な顔で見つめてこう言った。

「約束しておいて悪いんだが、ちょっと騎士団の詰め所に行って来るわ」

 一騎士師団・副連隊長の立場にあるユーイングである。
 バックランド候の一人娘が標的だったかもしれない賊の襲撃とあっては、看過する訳にもいかないのだろう。
 エフェルローンは、真摯に頭を下げるとこう言った。

「先輩、せっかくの休暇の時間を……ありがとうございました」

 そんなエフェルローンに、ユーイングは問題ないというように首を竦めると、ニヤリと笑ってこう言った。

「なに、あんま気にすんなよ。俺も独り身で毎日暇してんだ。もしその気があるなら、飲みにでも誘ってくれよ。まあ、一人酒も嫌いじゃないが、たまにはかわいい後輩たちとパァーといきたいこともあるしな」

 そう言って、楽しそうに笑うユーイングに。
 ダニーが真心を込めてこう言った。

「先輩。僕、絶対誘いますから!」

 そんな、優しいダニーの心遣いに。
 ユーイングは、心底感動したようにこう言った。

「ダニー、ほんとお前って子は……それに比べて、エフェルときたらほんと、薄情な……」

 そう悲し気にため息を吐くユーイングに。
 エフェルローンは、「もうたくさんだ」と云わんばかりに素気無くこう言った。

「誘います、誘いますから! ……もう行っていいですよ、先輩」

 素っ気ないエフェルの態度にめげる様子もなく、ユーイングは念を押すようにこう言った。

「いいか、エフェル。絶対だぞ? 楽しみにしてるからな? てなわけで、行くわ」

 そう言って、広間の中央に向かって行くユーイングの背中を見つめながら。
 ダニーは、肩を落として残念そうにこう言った。

「行っちゃいましたね、ユーイング先輩」

 そんなダニーを面白くなさそうに横目で見遣ると。
 エフェルローンはダニー、ルイーズ、アダムの三人の顔を見回し、気を取り直してこう言った。

「さて、俺たちも……やること、全部済ませようか。アダム、良いだろ?」

 そう言って、アダムの気持ちを伺うエフェルローンに。
 アダムは、諦めともつかぬため息をひとつ吐くと、深く頷いてこう言った。

「……そうですね、もうデートなんて言ってる場合じゃなさそうですし。良いですよ、お渡しします。僕の父の日記を」

 そう言うと、アダムは自身の紺色のブレザーの内ポケットにそっと手を入れるのであった。
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