正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

文字の大きさ
上 下
95 / 127
第三章 生きることの罪

邂逅

しおりを挟む
 その町は、城下町とは全く違う開放的な活気で満ち溢れていた。
 
 午前十一刻を、少し回った頃。

 復興の町べトフォードは、いつにもまして賑やかで、美味しそうな匂いに溢れていた。

 普段は並んでいない珍しい露店や、ちょっとした屋台の店が、町の大通りや広場に所狭しと並び、多くの町人や旅人たちが珍しい物に感嘆の声を漏らしたり、美味しそうな料理や酒に舌鼓を打ったりしている。
 荒くれ者のイメージの強い荷役の男たちも、この日ばかりは皆で肩を組み、麦酒片手に陽気に[荷役者の誇り]を大合唱していた。

 大広場の中央では、旅芸人の一座だろうか。

 派手な衣装を着込み、アコーディーンやヴァイオリンを片手に、ずんぐりした男とひょろ長い男が陽気な音楽を軽快に奏でている。
 その周りで、大人たちがタンバリン片手にダンスを踊り、子供たちはそんな大人たちの周りを終始笑顔で駆け回っていた。

 喧騒から離れ、路地裏でまったりする猫、子供たちと一緒に駆け回る犬、屋根の上でさえずる色鮮やかな小鳥たち。

 そんな人々の瞳に宿るのは、過去に縛られる悲壮感ではなく、未来への限りない希望であった。

「あんな事件があったのに……皆、凄く幸せそうですね」

 復興中のべトフォードに初めて足を踏み入れたダニーは、そう正直な感想を漏らした。

「今日は、復興一周年のお祭りだそうです。道理で盛り上がっている訳ですね」

 そう言って微笑むダニーに。
 エフェルローンは、同意するように深く頷く。

「ああ、[爆弾娘事件]の影なんか微塵も感じない。もっと、どんよりした雰囲気を想像していたんだが……平和だな」

 とはいえ、彼らはあの事件を忘れたわけではないはずである。
 それに、つい最近出た[爆弾娘事件]の判決も知っているはずだ。

 それでも、前に向かって進んでいくことが出来るのは、ひとえに事件を現実として受け入れ受け止め、経緯はどうあれ[爆弾娘]を許した、べトフォードの人々の勇気に他ならない。
 エフェルローンは、そんな勇気あるべトフォードの人々に敬意の念を抱かずにはいられなかった。

「べトフォード、か」

 思い出すのは、死んだギルと逃亡中のディーン。

(ディーン。お前は今、何処で何をしているんだ――?)
 
 今も、[爆弾娘]への復讐を遂げるため、虎視眈々とチャンスを狙っているのだろうか。

 家族の復讐を遂げるため、守るべき人々の命を奪い、罪人となったディーン。
 果たしてこれが、無くなった家族がディーンに望んだ未来なのだろうか。

 エフェルローンはもう一度、町をぐるりと見回す。

 皆、争うことも無く、陽気に笑い、歌い、踊り、そして飲んで、食べる。
 どこを見ても、笑顔と幸福の尽きない平和な町――べトフォード。

 家族が望んだのはきっと、このべトフォードの人々のような生き方だったのではないだろうか。
 
(俺がもっと早く、この町の存在を知っていれば、もしかしたら――)

 そう思うと、遣り切れない気持ちでいっぱいになる。
 だが、過ぎてしまった事をとやかく言ったところで、過去を変えられるわけではない。

 エフェルローンは気持ちを切り替えると、辺りをざっと見回した。

「ルイーズの奴、どこ行ったんだ……」

 [囁きウィスパー]を使って一度、呼びかけたものの、なかなか返事が来ない。
 
(まさか、襲撃されてるなんてことはないよな……)

 べトフォードは、それなりに大きな町である。
 [囁きウィスパー]を使わなければ、相手を探し出すことは至難の業だろう。
 
 エフェルローンたちでさえ、探すのに苦労しているのである。
 そう簡単に、敵――見張りたちに見つかることはないと、そう信じたい。

 そんな心配もあり、エフェルローンはもう一度ルイーズに呼びかける。

――追手が来てる。奴らは、お前たちを探している。出来れば合流したい。

 そう呼び掛けてから数十秒。
 脳裏に、ルイーズの声が直接響いた。

――先輩は、今どこですかー?

 呑気そうにそう問いかけてくるルイーズに、エフェルローンは苛立ちを押し殺してこう言う。

――広場の入り口、大通りの角にいる。

 そう素っ気なく答えるエフェルローンに。
 ルイーズは、自分が何かやらかした事を悟り、おずおずとこう言う。

――あ……近くなので、アダムを連れてすぐ行きます。
――わかった、気をつけて来い。

 そう言って、一方的に会話を終了させると。 
 エフェルローンは、屋台のクレープを頬張るダニーに向かってこう言った。

「ルイーズと連絡取れたぞ。すぐ来るそうだ」

 口をもぐもぐと動かし、ダニーは幸せそうにこう言った。

「そうですか。取り敢えず、無事みたいですね」
「ああ、だが油断は禁物だ……気をつけろよ」

 そう釘をさすと。
 エフェルローンは、ダニーの手元のクレープをねめつける。
 と、そんな抜け目ないエフェルローンに引きつった笑みを浮かべながら、ダニーは頭を搔き搔きこう言った。

「は、はい……」

 と、その時――。

「見てー! [青い宝石ブルーサファイア]よー!」

 街の大通りの一部に人だかりが出来始め、そこからどよめきが湧き起こる。
 人だかりは、人がゆっくり歩くぐらいの速度で、エフェルローンやダニーの居る広場の方へ近づいて来る。 
 その人だかりはどんどん大きくなっていき、人だかりの中心の人物を一目見た町人たちは、感動に目を潤ませ喜びの声を上げる。

「バックランドの宝、[青い宝石ブルーサファイア]だよ! あたしらの働きを労いに来てくれたんだってさ! 自警団の為にたくさん寄付もしてくれたよ! ほんと、バックランドの宝だ……ありがたいねぇ」

 そう言って感涙する、エプロンを身に着けた小太りの女。
 その女の話に、少し腰の曲がった老婆は嬉しそうに目を細める。

「おやまぁ。結婚して王都に言ったと聞いていたけど、あたしたちの事……忘れちゃいなかったんだねぇ……」

 感極まったようにそう言うと、老婆は目頭をそっと拭った。
 人だかりの外、店先の大きな樽の上から人だかりの中心を除いていた男は、顔を紅潮させ、興奮気味にこう言った。

「[青い宝石ブルーサファイア]クローディア……いつ見ても美しいや」

 若い男はそう言って鼻を擦った。
 エフェルローン、思わずその方向を見る。

 そこには、四年前と変わらないクローディアの姿――。

 思わず、エフェルローンは胸のブローチを握り締めた。
 小さな心臓が、一瞬、ぎゅっと収縮する。

 数名の近衛騎士を伴い、復興に取り組む町の人々を労いながら、クローディアはエフェルローンの前を笑顔でゆっくり通り過ぎていく。
 
 髪をサイドに編み込み、リボンで飾り付けたクローディアの、その顕になった耳元には、灰色がかった青色の翡翠のピアス――。

(あ……)

 思いがけない偶然に、エフェルローンの灰青色はいあおいろの瞳は、クローディアの耳元に釘付けになる。
 クローディアも、エフェルローンの存在に気づき、ハッとしたように足を止めた。

 否応なく絡み合う二人の、驚愕と喜びの入り混じったような視線――。

(クローディア、何で君は……)

――翡翠のピアスを?

 唇を震わせ、そう心の中で問いかけるエフェルローン。

 そんなエフェルローンの心情など知ってか知らずか。
 何も知らず、大通りにやってきたルイーズは、エフェルローンとダニーを見つけると、片手を突きあげ笑顔で手を振った。

「せんぱーい、あ……」

 そう言って、息を飲み固まるルイーズをよそに。
 エフェルローンとクローディアは、互いの視線に囚われてしまったかのように、一瞬、動けなくなってしまうのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

嫌われ者のお姫様、今日も嫌われていることに気付かず突っ込んでいく

下菊みこと
ファンタジー
家族の愛をひたすら待つのではなく、家族への愛をひたすら捧ぐ少女がみんなから愛されるまでのお話。 小説家になろう様でも投稿しています。 ごめんなさいどのジャンルに含まれるのかわからないのでとりあえずファンタジーで。違ってたらご指摘ください。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

処理中です...