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第三章 生きることの罪
図書館前の攻防
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「ルイーズは図書館に入ったな」
午前十刻になる少し前。
作戦通り、ルイーズが図書館に入って行くのを確認すると、エフェルローンは辺りを気にしながらそう言った。
「はい、無事に。特に、怪しい人物がルイーズさんをつけている様子はありません」
図書館から少し離れたところにあるカフェの席から、自然を装ってルイーズの様子を確認していたダニーは、図書館の出入り口から目を逸らすことなくホットコーヒーを啜る。
「アダムはそろそろか」
そう言って、カモフラージュ代わりに開いていた新聞の横の隙間から、エフェルローンは図書館の出入り口をちらりと見る。
そんな慎重なエフェルローンを前に。
ダニーも緊張に顔を強張らせながら、図書館の出入り口を横目に確認しつつこう言った。
「多分、そろそろ……あ、来ました」
エフェルローンにだけ聞こえるように、そう小さな声で呟くと。
ダニーは、次の作戦に移るべく席を立とうとする。
しかし――。
「ダニー、動くな」
エフェルローンは新聞を見つつ、そうダニーを制した。
「えっ?」
戸惑うダニーに、エフェルローンは低く、緊張した声でこう言う。
「見張られてる。気を抜くなよ」
そう言って、新聞で全身を隠しながら渋い顔をするエフェルローンに。
ダニーは、焦り気味にこう言った。
「このままアダム君と連絡が取れなければ、この作戦は失敗なんじゃ……」
と、その時――。
「よう、今日も野菜と肉の配達ありがとな」
店の奥から、店主の陽気な声が聞こえてくる。
その言葉に、荷物を運んで来たらしい少年が、白い歯を見せながらこう言った。
「おうよ! この運び屋ジャックに運べないものは無いってな! 親父、また頼むぜ!」
そう言って、エフェルローンたちの横を口笛を吹きつつ通り過ぎようとする少年の腕を。
エフェルローンは、渾身の力を込めて無言で掴んだ。
「うわぁ! なんだお前……」
そう言って、驚いた表情でエフェルローンを見つめるそばかす赤毛の少年ジャック。
エフェルローンは、そんな不信感に眉を顰めるジャックに、至極真面目な表情でこう言った。
「運び屋ジャック、君に届けて欲しいものがある」
そう言って、横目で図書館の方を見ながら切羽詰まった声でそういうエフェルローンに。
運び屋ジャックは、何かを感じ取ったのだろう。
真面目な顔で向き直ると、親指で鼻をこすり、胸を張りつつこう言った。
「……何だか分からないけど、あんたにとって大事なことみたいだな。いいぜ。前払いで銅貨十枚だ」
そう言って、片手を突き出すジャックに。
エフェルローンはキュロットのポケットから銅貨十枚を取り出し、少年の手に渡す。
それを手慣れた様に数えると。
運び屋ジャックは、商談成立とばかりにこう言った。
「オーケー。で、何を運ぶ? ヤバいものか?」
そう不敵に笑うジャックに。
エフェルローンは、ポケットから手のひら大の撚れた紙切れを取り出すとこう言った。
「このメモ紙を、あの図書館の入り口にいる黒髪の男に渡してくれ」
差し出されたその紙を無造作に受け取ると。
運び屋ジャックは図書館の方を見て、なるほど……と頷いてこう言った。
「ああ。あの、きょろきょろしてる若い黒髪の兄ちゃんな。りょーかい。任せときな!」
そう言うなり、運び屋ジャックは勢いよく図書館に向かって飛び出していく。
「だ、大丈夫でしょうか」
ホットコーヒーを啜りながら、そう心配そうに横目で様子をうかがうダニーに。
エフェルローンは、新聞の横の隙間からジャックとアダムの様子を伺いながらこう言った。
「見張りが欲しい絵は、俺たちがアダムと接触するところだ。俺たちが接触しない限り、見張りは手を出したくても出せないはずだ。だから、これでいい」
「なるほど……あ、アダム君が無事メモ紙を受け取って、図書館の中に入って行きます。成功ですね!」
ホッとしたように笑みを漏らすダニー。
エフェルローンも、深いため息をひとつ吐くとこう言った。
「ああ、後はルイーズからの[囁き]での連絡を待つだけだな」
そう言って、水を一口飲むエフェルローン。
しかし、そう肩の荷を下ろしたのも束の間。
同じく、一息ついてコーヒーを啜っていたダニーが、いち早く異変に気付いてこう言った。
「あれ? アダム君の後に誰か入って行きます。もしかして、見張りでしょうか」
不審そうに、ダニーはその人影の消えた入り口をじっと見つめる。
見張りの介入を予め予想はしていたエフェルローンは、落ち着いた声でこう言った。
「かもな。ルイーズに伝える」
そう言うと、エフェルローンは口先で小さく呪文を呟く。
そして、呪文が完成したと同時に心で強く念じてこう言った。
――ルイーズ、聞こえるか。追手が入った。[瞬間移動]急げ。
そう[囁き]の魔法で、ルイーズの脳裏に語り掛けるエフェルローン。
直ぐに、ルイーズの声が脳裏に響く。
――[瞬間移動]入ります。場所は[べトフォード]。
そう聞くや否や。
「行くぞ」
エフェルローンは新聞を机の上に放り置くと、すくっと椅子から立ち上がる。
そして、厳しい表情で辺りを警戒すると、足早に店の脇道の奥目指して歩き始めた。
「あ、先輩! 何処に行くんです?」
そんな周りに目もくれず、作戦成功の為に邁進するエフェルローン。
そんなエフェルローンの言葉少なで強引な行動に翻弄されながらも。
ダニーは、飲みかけのコーヒーをぐいと飲み干すと。
心得ているとばかりに、エフェルローンの小さな背中を律儀にも大股で追って行くのであった。
午前十刻になる少し前。
作戦通り、ルイーズが図書館に入って行くのを確認すると、エフェルローンは辺りを気にしながらそう言った。
「はい、無事に。特に、怪しい人物がルイーズさんをつけている様子はありません」
図書館から少し離れたところにあるカフェの席から、自然を装ってルイーズの様子を確認していたダニーは、図書館の出入り口から目を逸らすことなくホットコーヒーを啜る。
「アダムはそろそろか」
そう言って、カモフラージュ代わりに開いていた新聞の横の隙間から、エフェルローンは図書館の出入り口をちらりと見る。
そんな慎重なエフェルローンを前に。
ダニーも緊張に顔を強張らせながら、図書館の出入り口を横目に確認しつつこう言った。
「多分、そろそろ……あ、来ました」
エフェルローンにだけ聞こえるように、そう小さな声で呟くと。
ダニーは、次の作戦に移るべく席を立とうとする。
しかし――。
「ダニー、動くな」
エフェルローンは新聞を見つつ、そうダニーを制した。
「えっ?」
戸惑うダニーに、エフェルローンは低く、緊張した声でこう言う。
「見張られてる。気を抜くなよ」
そう言って、新聞で全身を隠しながら渋い顔をするエフェルローンに。
ダニーは、焦り気味にこう言った。
「このままアダム君と連絡が取れなければ、この作戦は失敗なんじゃ……」
と、その時――。
「よう、今日も野菜と肉の配達ありがとな」
店の奥から、店主の陽気な声が聞こえてくる。
その言葉に、荷物を運んで来たらしい少年が、白い歯を見せながらこう言った。
「おうよ! この運び屋ジャックに運べないものは無いってな! 親父、また頼むぜ!」
そう言って、エフェルローンたちの横を口笛を吹きつつ通り過ぎようとする少年の腕を。
エフェルローンは、渾身の力を込めて無言で掴んだ。
「うわぁ! なんだお前……」
そう言って、驚いた表情でエフェルローンを見つめるそばかす赤毛の少年ジャック。
エフェルローンは、そんな不信感に眉を顰めるジャックに、至極真面目な表情でこう言った。
「運び屋ジャック、君に届けて欲しいものがある」
そう言って、横目で図書館の方を見ながら切羽詰まった声でそういうエフェルローンに。
運び屋ジャックは、何かを感じ取ったのだろう。
真面目な顔で向き直ると、親指で鼻をこすり、胸を張りつつこう言った。
「……何だか分からないけど、あんたにとって大事なことみたいだな。いいぜ。前払いで銅貨十枚だ」
そう言って、片手を突き出すジャックに。
エフェルローンはキュロットのポケットから銅貨十枚を取り出し、少年の手に渡す。
それを手慣れた様に数えると。
運び屋ジャックは、商談成立とばかりにこう言った。
「オーケー。で、何を運ぶ? ヤバいものか?」
そう不敵に笑うジャックに。
エフェルローンは、ポケットから手のひら大の撚れた紙切れを取り出すとこう言った。
「このメモ紙を、あの図書館の入り口にいる黒髪の男に渡してくれ」
差し出されたその紙を無造作に受け取ると。
運び屋ジャックは図書館の方を見て、なるほど……と頷いてこう言った。
「ああ。あの、きょろきょろしてる若い黒髪の兄ちゃんな。りょーかい。任せときな!」
そう言うなり、運び屋ジャックは勢いよく図書館に向かって飛び出していく。
「だ、大丈夫でしょうか」
ホットコーヒーを啜りながら、そう心配そうに横目で様子をうかがうダニーに。
エフェルローンは、新聞の横の隙間からジャックとアダムの様子を伺いながらこう言った。
「見張りが欲しい絵は、俺たちがアダムと接触するところだ。俺たちが接触しない限り、見張りは手を出したくても出せないはずだ。だから、これでいい」
「なるほど……あ、アダム君が無事メモ紙を受け取って、図書館の中に入って行きます。成功ですね!」
ホッとしたように笑みを漏らすダニー。
エフェルローンも、深いため息をひとつ吐くとこう言った。
「ああ、後はルイーズからの[囁き]での連絡を待つだけだな」
そう言って、水を一口飲むエフェルローン。
しかし、そう肩の荷を下ろしたのも束の間。
同じく、一息ついてコーヒーを啜っていたダニーが、いち早く異変に気付いてこう言った。
「あれ? アダム君の後に誰か入って行きます。もしかして、見張りでしょうか」
不審そうに、ダニーはその人影の消えた入り口をじっと見つめる。
見張りの介入を予め予想はしていたエフェルローンは、落ち着いた声でこう言った。
「かもな。ルイーズに伝える」
そう言うと、エフェルローンは口先で小さく呪文を呟く。
そして、呪文が完成したと同時に心で強く念じてこう言った。
――ルイーズ、聞こえるか。追手が入った。[瞬間移動]急げ。
そう[囁き]の魔法で、ルイーズの脳裏に語り掛けるエフェルローン。
直ぐに、ルイーズの声が脳裏に響く。
――[瞬間移動]入ります。場所は[べトフォード]。
そう聞くや否や。
「行くぞ」
エフェルローンは新聞を机の上に放り置くと、すくっと椅子から立ち上がる。
そして、厳しい表情で辺りを警戒すると、足早に店の脇道の奥目指して歩き始めた。
「あ、先輩! 何処に行くんです?」
そんな周りに目もくれず、作戦成功の為に邁進するエフェルローン。
そんなエフェルローンの言葉少なで強引な行動に翻弄されながらも。
ダニーは、飲みかけのコーヒーをぐいと飲み干すと。
心得ているとばかりに、エフェルローンの小さな背中を律儀にも大股で追って行くのであった。
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