正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第三章 生きることの罪

父の背中

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「父さん?」

 困惑した顔でおろおろするダニーに。
 ダニーの父は今までになく目を怒らせると、低く、力強い声できびしくこう言い放った。

「お前の捜査に対する信念は、憲兵としての矜持きょうじは、敵の大きさや脅しによって左右されるような、そんな安っぽいものなのか」
「そ、それは、その……」

 そう言い淀み、しどろもどろになるダニーに。
 ダニーの父は、右肩を左手で庇いながら、右手でダニーの上着の裾を強く掴むと、ダニーの目をしっかりと見つめつつ、教え諭すようにこう言った。

「お前は憲兵だ。悪人に罪を償わせるのがお前の仕事だろう。それがどんな小者であろうがどんな大物であろうが、一歩も引くことなく命がけで立ち向かうのが、お前の、憲兵としての務めではないのか」
 
 真摯な眼差しで、そう穏やかに尋ねる父に。
 家族の安全を第一に考えているであろうダニーは、父の話に戸惑いながらこう言った。
 
「で、でも……父さんの、家族の安全は? 家族の誰かに何かあったら僕は――!」

 そう反論するダニーに。
 ダニーの父は、顔色一つ変えずにこう言った。

「お前も憲兵の端くれなら、どんなに小さな悪をも見過ごすな、ダニー。私や家族の事など心配する必要はない。そんなことは、どうとでもなる問題だ」

 確かに、一国の連隊長クラスの騎士が襲撃され、深い傷を負ったのである。
 万が一、騎士団が動かなくとも、ダニーの父が率いる連隊の騎士たちならば、命令されなくとも自ら護衛を申し出るに違いない。
 ダニーの父が言うように、家族の安全はある意味、「どうとでもなる問題」なのかもしれない。

「父さん……」

 その言葉に、心の中の枷がひとつ下りたのだろう。
 ダニーは緊張で怒らせていた肩をストンと落とすと、ホッとしたように微笑した。
 そうして、大きな枷をひとつ解かれ、笑みを取り戻したダニーに。
 ダニーの父は、力強い声と共にこう言った。

「一人の人間である前に、自分が何者なのか……それを忘れるんじゃないぞ。いいな、ダニー」
「……はい、父さん」

 そう真剣な眼差しで頷くダニーから、おもむろに視線をエフェルローンに移すと。
 ダニーの父は、穏やかな声音でこう言った。

「見ての通り、気弱で意気地のない不肖の息子ではありますが、私にとっては何よりもかけがえのない大切な宝です。どうか、この子を……よろしくお願いします」

 そう言って、自分よりも一回り以上も若いエフェルローンに深々と頭を下げるダニーの父。
 
(一級の、それもエリート中のエリート騎士が、こんなしがない下級憲兵の俺に頭を下げるなんて……本当にどうかしてる、本当に……)

 そう心の中で、信じがたいとばかりに鼻を鳴らすエフェルローンだったが。

 それでも――。

 謙虚にエフェルローンに頭を下げる、父という名の存在に。
 エフェルローンは、畏敬の念を覚えながらこう言った。

「先ほども言いましたが、ダニーに世話になっているのは私の方なんです。私が彼に教えられることなんて、実際、何ひとつありません。ですからどうか頭を上げて下さい。ガスリー連隊長、お願いです」
 
 眉を顰め、必死の形相でそう呼びかけるエフェルローンに。
 ダニーの父は、微笑を浮かべると「それは違う」とばかりにこう言った。

「何を言われる。伯爵は下級憲兵でありながらも強大な権力に怯まず、立派に憲兵としての役目を果たそうとしている。それだけでもダニーにとっては立派な手本です。ダニーだけじゃない。多くの若い憲兵たちの手本といっても過言ではないでしょう。伯爵、貴方には敬服するばかりだ。本当に、ダニーの先輩が貴方で良かった」

 そう言って、満足そうに微笑むダニーの父に。

「……恐縮です」

 思わず感極まり、エフェルローンの目には、不覚にも薄っすらと涙が浮かんでしまう。

――自分のやってきた事が、他の人に認められる。

 それが、こんなにも嬉しく、充足感で満たされる事だったとは。

 そんな些細なことに今更ながら気づいたエフェルローンは、誰にも気付かれないように、その涙をそっと拭った。
 
 と、そんな、らしくないエフェルローンを横目に。
 ダニーは敵わないと云った風に頭をかくと、少し恥ずかしそうにこう言った。

「父さん、色々と……その、ありがとう」

 そう言って、直ぐに顔をくしゃっと歪め、鼻を赤くしながら涙を浮かべるダニーに。
 ダニーの父は、真剣な眼差まなざしでこう言った。

「……行きなさい、ダニー。それから、死ぬんじゃないぞ」
「はい」

 そう言って、自然と固く抱き合う親子の、深く、強い絆を前に。
 エフェルローンはその絆を只々ただただ羨ましく、そして、心の底からねたましく思うのであった。
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