正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第三章 生きることの罪

危険で過保護な後見人

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 突然現れたカーレンリス伯レオンを前に、面白いほど固まるエフェルローンをよそに。

「あ……」

 そう言って後ろを振り返り、驚いたように目を丸くするルイーズ。
 そんな、目じりを涙で濡らした哀れなルイーズに。
 もう一つの影――灰黒色アッシュグレーの髪に灰茶色はいちゃいろの瞳の、腰につるぎいた男は、ルイーズに優しく微笑んだ。

 そして、すぐに正面を向くと。
 眉を顰め、責めるような表情かおでエフェルローンをじっと見据える。
 と、そんな男の、怒りというよりは蔑むような視線に。
 エフェルローンは、罪悪感というより先に羞恥心に駆られ、思わずふいと横を向いた。

 とはいえ、どう考えても絶対に言い逃れなど出来ないこの状況に。
 エフェルローンは羞恥心も然ることながら、恐怖に生唾を飲み込む。

(今の会話、絶対聞かれてたよな……?)

 額に汗して腰を浮かせるエフェルローンに。
 カーレンリース伯レオンは、両手で「座るように」と促すと、含むような笑みを浮かべてこう言った。

「どうも。私の大事なルイーズがお世話になっているようで、何よりだよ」
「そんなことは……どうも。お久しぶりです、カーレンリース卿」

 エフェルローンは視線を逸らしたまま、出ない声を無理やり絞り出すかのような、苦しい挨拶をした。
 そんな、明らかに「へまをやらかしました」と言わんばかりのエフェルローンを前に。

 カーレンリース伯レオンはため息と共に苦笑すると、探るような視線をエフェルローンに向けたまま、至極真面目な顔でこう言った。

「……まぁ、上司の命に部下が従うのは、当然のことと云えば当然なんだろうが、だが、部下が全力で嫌がっていることを上司が圧力を掛けて強要するのは如何なものだろうか。まあ私は、そこら辺の傲慢で狭量ですぐ憤る貴族たちとは全然違うから、強要するのにそれなりの理由があれば、そう簡単に怒ったりはしないけれどね」

 そう言って、今さっきまでダニーが座っていた席に、当たり前のよう腰を下ろすレオン。
 と、そんな、ある種、脅しと取れるような言葉を躊躇ちゅうちょ無く、滔々とうとうと述べるレオンに。
 灰黒色アッシュグレーの髪の側近は、呆れた様に鼻を鳴らすと、一部補足するようにこう言った。

「貴方の場合[怒ったり]ではなくて、そこを通り越して[って]しまうのでしょう? そういう傲慢で狭量ですぐ憤るところは、アルカサール王国の名を背負う上級貴族としてどうなんでしょうか」

 エフェルローンヘのプレッシャーなのだろうか。
 そう恐ろしいことをさらりと言ってのけると。 
 レオンの側近ヨハンは、しれっとした顔でレオンの対となる席に腰を下ろし、給仕係ウェイターに二人分の飲み物を注文する。
 と、そんな冗談とも本気ともつかないことを真顔で、しかも苦々しく語る側近を、レオンは面倒くさそうに眺め遣ると。
 食卓テーブルに行儀悪く両肘を突き、顎を乗せつつ、うんざりしたようにこう言った。

「嘘を言うな、ヨハン。大体私がそんな軽率なことをするはずがないだろう? ほら、そんなこと言うからクェンビー伯爵が私の事を誤解して怯えているじゃないか」

 そう言って、顔色を青くし、体を強張らせているエフェルローンを指さしつつ。
 レオンは、「お前のせいだ」と云わんばかりにヨハンをぐだぐだと糾弾する。
 と、そんな締まりのないレオンを軽く無視すると、ヨハンは小さなため息をひとつ吐いてこう言った。

「誤解? そうでしょうか。この際だから言わせてもらえば、貴方が『軽率なことをしない』ということは、つまりは手堅く、確実にるという事なのでしょう? 実際、貴方は数年前に怒りに任せそれを実行されておられましたし。私から言わせれば、貴方は軽率だろうがそうでなかろうが、『最終的にやる事は一緒』とお見受けしますが」
「あ、あのねぇ、ヨハン……」

 身も蓋もない言い方に、レオンが所在なく抗議の声を上げる。

 だが――。

 ヨハンは、それも鼻で笑い飛ばすと、目を細め、これでもかと云わんばかりにこう言った。

「では、お伺いしますが。数年前の、あの[紅い月]の壊滅……あれはどう説明なさるおつもりですか。あれが『軽率ではなかった』と、そう断言できますか?」
「そ、それは、だな……」

 そう言って口ごもる主君レオンを、側近ヨハンが勝ち誇ったように見下す。

([赤い月]? [赤い月]って、狂悪殺人芸術集団クレイジー・マーダーアート・クランの[赤い月アフマル・シャフル]の事か――?)

赤い月アフマル・シャフル]――狂悪殺人芸術集団クレイジー・マーダーアート・クランと名乗る、暗殺組織。
 庶民を苦しめる貴族たちをターゲットとし、そのターゲットを精神的、肉体的に拷問し、追い詰め、最後には精神崩壊にまで追い込み殺す、殺人を芸術と呼ぶ、世界中の貴族の間では悪名高い暗殺集団。

(確か、あれは数年前に一人の傭兵によって壊滅させられたと、風の噂で聞いたことがあるけど、違うのか……)

 そう心の中で首を傾げるエフェルローンを気に留める風もなく。

 これでもかと云わんばかりに、主君レオンをそう攻め立てるヨハン。
 と、そんな側近ヨハンの厳しい口撃に。
 レオンは渋い顔をすると、非常に言い難そうにこう言った。

「うるさい、あれは……若気の至りだ。忘れろ。それより」

 そう前置きすると。
 レオンは深いため息をひとつ吐きながら、不服そうにこう言った。

「お前さ。どうしてこうも敬愛してやまないであろう私の事を、そう大悪党みたいに言うんだ?」
 
 納得いかないとばかりに。
 レオンは両手に顎を乗せたまま、ヨハンをジト目で睨む。

 しかし――。

 睨まれたヨハンはというと。
 灰茶色はいちゃいろの瞳をギラリと光らせ、酷く冷めた口調でこう言った。

「敬愛? 誰が誰をです?」

 その一言で。
 その場が一瞬にして凍り付いた。

 何とも言い難い深い沈黙が四人の間に重く圧し掛かる。

 エフェルローンはというと、その冷戦を顔色を青くしながらも唖然と見つめていた。

(事件の現場検証の時も然り……この人たち、一体何がしたいんだ)

 とはいえ。
 明らかに、ここに居座る気満々なレオンとヨハンを前に。
 エフェルローンは戦々恐々と新聞を折りたたむと、凍り付いたその場を和ませるため、改めてレオンに向き直りこう言った。

「伯爵。伯爵は今日、何の用で城下に?」

 話題を変えるため、エフェルローンはそう当たり障りのない質問をする。
 と、その何気ない質問に。
 レオンはふっと笑みをこぼすと、肩を竦めてこう言った。
 
「なに、仕事の溜まりきった屋敷にいても、息が詰まって仕方ないから散歩に出ただけさ。それで、何か面白いことでも起きてないかなぁーと辺りを見回してたら、なんと、君とルイーズがいるじゃないか。何を話しているのか、後見人として気になってね。ちょっとお邪魔させてもらった次第さ」

 そう言って、檸檬紅茶レモンティーの匂いを深く吸い込むと、レオンは満足気にこう言った。

「若い男女がお洒落なカフェで二人だけ……何も起きない訳がない。いやはや、これは何とも興味深い有意義なひと時になりそうじゃないか。なぁ、ヨハン」

 そう言って無邪気に喜ぶレオンに、無理やり同意を求められたヨハンはというと。
 恨みの籠った視線をレオンに向けつつ、諦めにも似たため息をひとつ吐きながらこう言った。

「仕事をほったらかして、こうしている時間が興味深くて有意義ですか。私としては、窓際貴族とはいえ、毎日遊び回って溜め込んだ書類の山の方に深い興味を持って頂き、どうにかして欲しい所なんですけど。まったく、ジュノバ公から貴方のお世話の一切を託されている私は、一体このことを、こうに何と説明申し上げれば良いのやら……」

 泣き言交じりにくどくどとそう言うと、ヨハンは眉を顰め、無意識に胃の辺りを擦った。
 と、そんな不憫で居た堪れないヨハンを。
 レオンは申し訳なさそうに見遣るものの、すぐに真面目な口調でこう言った。

「まあ、そう言うなヨハン。でも、お前だって気になるだろう? ルイーズがクェンビー伯爵にどう扱われているのか」
 
 そんなレオンの問いかけに、ヨハンは渋々ながらにこう言った。

「まぁ、それは……そうですが」

 と、言いつつも。
「話の論点はそこではない」と、目で訴えるヨハン。

 だが、そんなヨハンのもっともな訴えを無言で黙殺すると。
 レオンは、隣の席で顔を強張らせ硬直するエフェルローンに、神妙な顔でこう尋ねる。

「クェンビー君、少し聞きたいんだが……」

 そう言って、意味ありげに言葉を切るレオンに。
 エフェルローンはごくりと唾を飲み込む。

「なん、でしょうか」

 そういって、恐々と肩を丸めるエフェルローンに。
 レオンは檸檬紅茶レモンティーを無造作に一口啜ると、口元に満面の笑みを浮かべながらこう言った。

「ルイーズが一日デートするって……一体誰と、どうしてそうなったわけ?」

 赤紫の瞳を妖しく光らせると。
 カーレンリース伯レオンは、そうエフェルローンに笑顔で圧力を掛けるのであった。
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