正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

文字の大きさ
上 下
84 / 127
第三章 生きることの罪

危険で過保護な後見人

しおりを挟む
 突然現れたカーレンリス伯レオンを前に、面白いほど固まるエフェルローンをよそに。

「あ……」

 そう言って後ろを振り返り、驚いたように目を丸くするルイーズ。
 そんな、目じりを涙で濡らした哀れなルイーズに。
 もう一つの影――灰黒色アッシュグレーの髪に灰茶色はいちゃいろの瞳の、腰につるぎいた男は、ルイーズに優しく微笑んだ。

 そして、すぐに正面を向くと。
 眉を顰め、責めるような表情かおでエフェルローンをじっと見据える。
 と、そんな男の、怒りというよりは蔑むような視線に。
 エフェルローンは、罪悪感というより先に羞恥心に駆られ、思わずふいと横を向いた。

 とはいえ、どう考えても絶対に言い逃れなど出来ないこの状況に。
 エフェルローンは羞恥心も然ることながら、恐怖に生唾を飲み込む。

(今の会話、絶対聞かれてたよな……?)

 額に汗して腰を浮かせるエフェルローンに。
 カーレンリース伯レオンは、両手で「座るように」と促すと、含むような笑みを浮かべてこう言った。

「どうも。私の大事なルイーズがお世話になっているようで、何よりだよ」
「そんなことは……どうも。お久しぶりです、カーレンリース卿」

 エフェルローンは視線を逸らしたまま、出ない声を無理やり絞り出すかのような、苦しい挨拶をした。
 そんな、明らかに「へまをやらかしました」と言わんばかりのエフェルローンを前に。

 カーレンリース伯レオンはため息と共に苦笑すると、探るような視線をエフェルローンに向けたまま、至極真面目な顔でこう言った。

「……まぁ、上司の命に部下が従うのは、当然のことと云えば当然なんだろうが、だが、部下が全力で嫌がっていることを上司が圧力を掛けて強要するのは如何なものだろうか。まあ私は、そこら辺の傲慢で狭量ですぐ憤る貴族たちとは全然違うから、強要するのにそれなりの理由があれば、そう簡単に怒ったりはしないけれどね」

 そう言って、今さっきまでダニーが座っていた席に、当たり前のよう腰を下ろすレオン。
 と、そんな、ある種、脅しと取れるような言葉を躊躇ちゅうちょ無く、滔々とうとうと述べるレオンに。
 灰黒色アッシュグレーの髪の側近は、呆れた様に鼻を鳴らすと、一部補足するようにこう言った。

「貴方の場合[怒ったり]ではなくて、そこを通り越して[って]しまうのでしょう? そういう傲慢で狭量ですぐ憤るところは、アルカサール王国の名を背負う上級貴族としてどうなんでしょうか」

 エフェルローンヘのプレッシャーなのだろうか。
 そう恐ろしいことをさらりと言ってのけると。 
 レオンの側近ヨハンは、しれっとした顔でレオンの対となる席に腰を下ろし、給仕係ウェイターに二人分の飲み物を注文する。
 と、そんな冗談とも本気ともつかないことを真顔で、しかも苦々しく語る側近を、レオンは面倒くさそうに眺め遣ると。
 食卓テーブルに行儀悪く両肘を突き、顎を乗せつつ、うんざりしたようにこう言った。

「嘘を言うな、ヨハン。大体私がそんな軽率なことをするはずがないだろう? ほら、そんなこと言うからクェンビー伯爵が私の事を誤解して怯えているじゃないか」

 そう言って、顔色を青くし、体を強張らせているエフェルローンを指さしつつ。
 レオンは、「お前のせいだ」と云わんばかりにヨハンをぐだぐだと糾弾する。
 と、そんな締まりのないレオンを軽く無視すると、ヨハンは小さなため息をひとつ吐いてこう言った。

「誤解? そうでしょうか。この際だから言わせてもらえば、貴方が『軽率なことをしない』ということは、つまりは手堅く、確実にるという事なのでしょう? 実際、貴方は数年前に怒りに任せそれを実行されておられましたし。私から言わせれば、貴方は軽率だろうがそうでなかろうが、『最終的にやる事は一緒』とお見受けしますが」
「あ、あのねぇ、ヨハン……」

 身も蓋もない言い方に、レオンが所在なく抗議の声を上げる。

 だが――。

 ヨハンは、それも鼻で笑い飛ばすと、目を細め、これでもかと云わんばかりにこう言った。

「では、お伺いしますが。数年前の、あの[紅い月]の壊滅……あれはどう説明なさるおつもりですか。あれが『軽率ではなかった』と、そう断言できますか?」
「そ、それは、だな……」

 そう言って口ごもる主君レオンを、側近ヨハンが勝ち誇ったように見下す。

([赤い月]? [赤い月]って、狂悪殺人芸術集団クレイジー・マーダーアート・クランの[赤い月アフマル・シャフル]の事か――?)

赤い月アフマル・シャフル]――狂悪殺人芸術集団クレイジー・マーダーアート・クランと名乗る、暗殺組織。
 庶民を苦しめる貴族たちをターゲットとし、そのターゲットを精神的、肉体的に拷問し、追い詰め、最後には精神崩壊にまで追い込み殺す、殺人を芸術と呼ぶ、世界中の貴族の間では悪名高い暗殺集団。

(確か、あれは数年前に一人の傭兵によって壊滅させられたと、風の噂で聞いたことがあるけど、違うのか……)

 そう心の中で首を傾げるエフェルローンを気に留める風もなく。

 これでもかと云わんばかりに、主君レオンをそう攻め立てるヨハン。
 と、そんな側近ヨハンの厳しい口撃に。
 レオンは渋い顔をすると、非常に言い難そうにこう言った。

「うるさい、あれは……若気の至りだ。忘れろ。それより」

 そう前置きすると。
 レオンは深いため息をひとつ吐きながら、不服そうにこう言った。

「お前さ。どうしてこうも敬愛してやまないであろう私の事を、そう大悪党みたいに言うんだ?」
 
 納得いかないとばかりに。
 レオンは両手に顎を乗せたまま、ヨハンをジト目で睨む。

 しかし――。

 睨まれたヨハンはというと。
 灰茶色はいちゃいろの瞳をギラリと光らせ、酷く冷めた口調でこう言った。

「敬愛? 誰が誰をです?」

 その一言で。
 その場が一瞬にして凍り付いた。

 何とも言い難い深い沈黙が四人の間に重く圧し掛かる。

 エフェルローンはというと、その冷戦を顔色を青くしながらも唖然と見つめていた。

(事件の現場検証の時も然り……この人たち、一体何がしたいんだ)

 とはいえ。
 明らかに、ここに居座る気満々なレオンとヨハンを前に。
 エフェルローンは戦々恐々と新聞を折りたたむと、凍り付いたその場を和ませるため、改めてレオンに向き直りこう言った。

「伯爵。伯爵は今日、何の用で城下に?」

 話題を変えるため、エフェルローンはそう当たり障りのない質問をする。
 と、その何気ない質問に。
 レオンはふっと笑みをこぼすと、肩を竦めてこう言った。
 
「なに、仕事の溜まりきった屋敷にいても、息が詰まって仕方ないから散歩に出ただけさ。それで、何か面白いことでも起きてないかなぁーと辺りを見回してたら、なんと、君とルイーズがいるじゃないか。何を話しているのか、後見人として気になってね。ちょっとお邪魔させてもらった次第さ」

 そう言って、檸檬紅茶レモンティーの匂いを深く吸い込むと、レオンは満足気にこう言った。

「若い男女がお洒落なカフェで二人だけ……何も起きない訳がない。いやはや、これは何とも興味深い有意義なひと時になりそうじゃないか。なぁ、ヨハン」

 そう言って無邪気に喜ぶレオンに、無理やり同意を求められたヨハンはというと。
 恨みの籠った視線をレオンに向けつつ、諦めにも似たため息をひとつ吐きながらこう言った。

「仕事をほったらかして、こうしている時間が興味深くて有意義ですか。私としては、窓際貴族とはいえ、毎日遊び回って溜め込んだ書類の山の方に深い興味を持って頂き、どうにかして欲しい所なんですけど。まったく、ジュノバ公から貴方のお世話の一切を託されている私は、一体このことを、こうに何と説明申し上げれば良いのやら……」

 泣き言交じりにくどくどとそう言うと、ヨハンは眉を顰め、無意識に胃の辺りを擦った。
 と、そんな不憫で居た堪れないヨハンを。
 レオンは申し訳なさそうに見遣るものの、すぐに真面目な口調でこう言った。

「まあ、そう言うなヨハン。でも、お前だって気になるだろう? ルイーズがクェンビー伯爵にどう扱われているのか」
 
 そんなレオンの問いかけに、ヨハンは渋々ながらにこう言った。

「まぁ、それは……そうですが」

 と、言いつつも。
「話の論点はそこではない」と、目で訴えるヨハン。

 だが、そんなヨハンのもっともな訴えを無言で黙殺すると。
 レオンは、隣の席で顔を強張らせ硬直するエフェルローンに、神妙な顔でこう尋ねる。

「クェンビー君、少し聞きたいんだが……」

 そう言って、意味ありげに言葉を切るレオンに。
 エフェルローンはごくりと唾を飲み込む。

「なん、でしょうか」

 そういって、恐々と肩を丸めるエフェルローンに。
 レオンは檸檬紅茶レモンティーを無造作に一口啜ると、口元に満面の笑みを浮かべながらこう言った。

「ルイーズが一日デートするって……一体誰と、どうしてそうなったわけ?」

 赤紫の瞳を妖しく光らせると。
 カーレンリース伯レオンは、そうエフェルローンに笑顔で圧力を掛けるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった

今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。 しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。 それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。 一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。 しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。 加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。 レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。

透明の「扉」を開けて

美黎
ライト文芸
先祖が作った家の人形神が改築によりうっかり放置されたままで、気付いた時には家は没落寸前。 ピンチを救うべく普通の中学2年生、依る(ヨル)が不思議な扉の中へ人形神の相方、姫様を探しに旅立つ。 自分の家を救う為に旅立った筈なのに、古の予言に巻き込まれ翻弄されていく依る。旅の相方、家猫の朝(アサ)と不思議な喋る石の付いた腕輪と共に扉を巡り旅をするうちに沢山の人と出会っていく。 知ったからには許せない、しかし価値観が違う世界で、正解などあるのだろうか。 特別な能力なんて、持ってない。持っているのは「強い想い」と「想像力」のみ。 悩みながらも「本当のこと」を探し前に進む、ヨルの恋と冒険、目醒めの成長物語。 この物語を見つけ、読んでくれる全ての人に、愛と感謝を。 ありがとう 今日も矛盾の中で生きる 全ての人々に。 光を。 石達と、自然界に 最大限の感謝を。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活

ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。 「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。 現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。 ゆっくり更新です。はじめての投稿です。 誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

婚約破棄されるのらしいで、今まで黙っていた事を伝えてあげたら、婚約破棄をやめたいと言われました

新野乃花(大舟)
恋愛
ロベルト第一王子は、婚約者であるルミアに対して婚約破棄を告げた。しかしその時、ルミアはそれまで黙っていた事をロベルトに告げることとした。それを聞いたロベルトは慌てふためき、婚約破棄をやめたいと言い始めるのだったが…。

処理中です...