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第三章 生きることの罪
最凶魔術師、再び
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昼休みを終えたダニーが仕事に戻り、エフェルローンとルイーズだけが残された大通りのカフェの一角。
エフェルローンは食後の温かい珈琲を片手に、持ち込んだ新聞を広げると、早速一面に目を通した。
――王立騎士団・第二師団・第一連隊、任期を終え、バックランド領・南部戦線より撤退完了。
――王立騎士団・第二師団・第二連隊が、入れ替わりで南部前線へ投入。
南部戦線――アルカサール王国とグランシール帝国の国境で、雪の無い時期は衝突が絶えないアルカサール唯一の戦線である。
「王立騎士団・第一連隊か。第一連隊には、確かユーイング先輩が……」
イアン・ユーイング――王立騎士団・第二師団・第一連隊、その副連隊長を務めるエフェルローンの学生時代の先輩である。
アルカサール国内でもトップクラスの実力を持つユーイングは、眉目秀麗な上級騎士だったが、残念なことに、騎士としての根幹のひとつともいえる上品さという面で甚だ問題があり、騎士団の中でも[問題児]として扱われていた。
本来ならそこで信用は失墜するのだが、彼の場合、天性の鷹揚さがそんな彼に不思議と魅力を与え、女性騎士からはおろか、同性の騎士からの信頼も思いのほか厚かった。
と、そんな下品で鷹揚な彼のあだ名は、[変わり種]。
貴族の母と平民の父の血を引く、アルカサール王国ではあまり良しとはされていない、貴族と平民の間から生まれた、まさに[混血児]であった。
「あの人、帰って来るのか……っていうか、あの人、生きているのか?」
そう神妙な顔で呟くエフェルローン。
すると――。
「あのう、先輩。明日の事なんですけど」
言い出し辛そうにもじもじしていたルイーズが、思い切った様にそう言った。
それから、新聞ですっぽり覆い隠れているエフェルローンを、新聞越しにおずおずと伺う。
と、そんないつもの図々しさとは打って変わって、いたく殊勝に尋ねてくるルイーズに。
エフェルローンは嫌な予感しかせず、思わず身を固くした。
そして、新聞の見出しから目を離すことなく、すげない口調でこう言う。
「あ? 明日が何だって?」
「そ、それは……」
そういって、またもじもじし始めるルイーズを尻目に。
エフェルローンは新聞の一点をじっと見つめると、深く考えに沈んだ。
(明日の事なんかより。ユーイング先輩に、ギルやディーンの事……どう伝えたらいいのか)
ギルもディーンも、もちろんエフェルローンもだが。
大学時代、ユーイングにはかなり目をかけてもらった経緯がある。
その恩のあるユーイングに。
ギルが死に、ディーンが罪を犯して憲兵隊から逃げ回っているなどということを、一体どう説明したらいいのか。
と、そんなことを必死に考えあぐねていると。
再び、意を決したのだろう。
ルイーズが、今度は顔をうっすらと赤く染めると、両足を交互にばたつかせ、突然、喚くようにこう言った。
「だから、もう……! 明日はあれです! アダムと、その……デートの日で! でも、それって……ほんとに、付き合わなきゃダメなんですか」
そう顔を赤くしたまま眉を顰めると、ルイーズはしゅんと肩を落とした。
と、そんな心底煮え切らないルイーズに。
エフェルローンは大きなため息をひとつ吐くと、「やってられない」という風にこう言った。
「ったく、今更それかよ……」
「だって……!」
更に顔を赤くし、両の拳で食卓を強く叩くルイーズに。
エフェルローンは「もう、うんざりだ」とでも言うように新聞を丸めると、酷く投げやりにこう言った。
「お前が拒めば、俺もお前も、下手すりゃダニーだって百パーセント失職だ。それでもかまわないって言うんであれば、本人に断るでも逃げるでも、何でもするんだな」
突き放すようにそう言うと。
エフェルローンは、イライラと珈琲をがぶ飲みする。
そんな、明らかに気分を害しているエフェルローンを前に。
ルイーズは更に肩を落とし、しょんぼりと下を向くと、口をへの字に曲げながらこう呟く。
「そ、そんな言い方しなくても……」
そう言ってルイーズは唇を噛むと、両目にじんわりと涙を滲ませる。
(ちっ、また泣くのかよ……)
心の中で、そうウンザリしながら舌打ちすると、エフェルローンは大仰に天を仰いだ。
と、そのとき――。
まるで、図ったようなタイミングで、二つの人影がルイーズの背後にぬっと現れた。
ひとつの影は、ゆったりと両腕を組み、もうひとつの影は、腰の剣の柄に右手を軽く乗せている。
(……誰だ?)
そう心の中で呟き、目を凝らすエフェルローン。
不意に、数日前のデジャヴが蘇り、エフェルローンは思わず息を飲んだ。
(まさか……)
口元を、ばつが悪そうに片手で押さえ、そして、思わず声にならない声を上げる。
「あ――」
そう言って、顔色を失い、言葉に詰まるエフェルローンに。
その人影のひとつ――ゆったりと腕を組んでいる方は、まるで旧友にでも出会ったかのように片手を軽く上げると、満面の笑みを浮かべながらこう言った。
「やぁ、クェンビー伯爵じゃないか。こんなところで会えるとは、ふふふ……奇遇だねぇ」
葡萄酒色のジャケットと黒のズボン、それに磨き込まれた黒の長靴。
そして、赤茶色の髪に、妖しく光る怒気を帯びた赤紫色の瞳――。
泣く子も黙る、[世界最凶の大魔術師]――。
「カーレンリース卿……」
辛うじてそう声を発したものの、不甲斐なく新聞を取り落としそうになってしまうエフェルローンを前に。
[世界最凶の大魔術師]――カーレンリース伯レオンは、これ見よがしに殺人的な笑みを浮かべて見せるのであった。
エフェルローンは食後の温かい珈琲を片手に、持ち込んだ新聞を広げると、早速一面に目を通した。
――王立騎士団・第二師団・第一連隊、任期を終え、バックランド領・南部戦線より撤退完了。
――王立騎士団・第二師団・第二連隊が、入れ替わりで南部前線へ投入。
南部戦線――アルカサール王国とグランシール帝国の国境で、雪の無い時期は衝突が絶えないアルカサール唯一の戦線である。
「王立騎士団・第一連隊か。第一連隊には、確かユーイング先輩が……」
イアン・ユーイング――王立騎士団・第二師団・第一連隊、その副連隊長を務めるエフェルローンの学生時代の先輩である。
アルカサール国内でもトップクラスの実力を持つユーイングは、眉目秀麗な上級騎士だったが、残念なことに、騎士としての根幹のひとつともいえる上品さという面で甚だ問題があり、騎士団の中でも[問題児]として扱われていた。
本来ならそこで信用は失墜するのだが、彼の場合、天性の鷹揚さがそんな彼に不思議と魅力を与え、女性騎士からはおろか、同性の騎士からの信頼も思いのほか厚かった。
と、そんな下品で鷹揚な彼のあだ名は、[変わり種]。
貴族の母と平民の父の血を引く、アルカサール王国ではあまり良しとはされていない、貴族と平民の間から生まれた、まさに[混血児]であった。
「あの人、帰って来るのか……っていうか、あの人、生きているのか?」
そう神妙な顔で呟くエフェルローン。
すると――。
「あのう、先輩。明日の事なんですけど」
言い出し辛そうにもじもじしていたルイーズが、思い切った様にそう言った。
それから、新聞ですっぽり覆い隠れているエフェルローンを、新聞越しにおずおずと伺う。
と、そんないつもの図々しさとは打って変わって、いたく殊勝に尋ねてくるルイーズに。
エフェルローンは嫌な予感しかせず、思わず身を固くした。
そして、新聞の見出しから目を離すことなく、すげない口調でこう言う。
「あ? 明日が何だって?」
「そ、それは……」
そういって、またもじもじし始めるルイーズを尻目に。
エフェルローンは新聞の一点をじっと見つめると、深く考えに沈んだ。
(明日の事なんかより。ユーイング先輩に、ギルやディーンの事……どう伝えたらいいのか)
ギルもディーンも、もちろんエフェルローンもだが。
大学時代、ユーイングにはかなり目をかけてもらった経緯がある。
その恩のあるユーイングに。
ギルが死に、ディーンが罪を犯して憲兵隊から逃げ回っているなどということを、一体どう説明したらいいのか。
と、そんなことを必死に考えあぐねていると。
再び、意を決したのだろう。
ルイーズが、今度は顔をうっすらと赤く染めると、両足を交互にばたつかせ、突然、喚くようにこう言った。
「だから、もう……! 明日はあれです! アダムと、その……デートの日で! でも、それって……ほんとに、付き合わなきゃダメなんですか」
そう顔を赤くしたまま眉を顰めると、ルイーズはしゅんと肩を落とした。
と、そんな心底煮え切らないルイーズに。
エフェルローンは大きなため息をひとつ吐くと、「やってられない」という風にこう言った。
「ったく、今更それかよ……」
「だって……!」
更に顔を赤くし、両の拳で食卓を強く叩くルイーズに。
エフェルローンは「もう、うんざりだ」とでも言うように新聞を丸めると、酷く投げやりにこう言った。
「お前が拒めば、俺もお前も、下手すりゃダニーだって百パーセント失職だ。それでもかまわないって言うんであれば、本人に断るでも逃げるでも、何でもするんだな」
突き放すようにそう言うと。
エフェルローンは、イライラと珈琲をがぶ飲みする。
そんな、明らかに気分を害しているエフェルローンを前に。
ルイーズは更に肩を落とし、しょんぼりと下を向くと、口をへの字に曲げながらこう呟く。
「そ、そんな言い方しなくても……」
そう言ってルイーズは唇を噛むと、両目にじんわりと涙を滲ませる。
(ちっ、また泣くのかよ……)
心の中で、そうウンザリしながら舌打ちすると、エフェルローンは大仰に天を仰いだ。
と、そのとき――。
まるで、図ったようなタイミングで、二つの人影がルイーズの背後にぬっと現れた。
ひとつの影は、ゆったりと両腕を組み、もうひとつの影は、腰の剣の柄に右手を軽く乗せている。
(……誰だ?)
そう心の中で呟き、目を凝らすエフェルローン。
不意に、数日前のデジャヴが蘇り、エフェルローンは思わず息を飲んだ。
(まさか……)
口元を、ばつが悪そうに片手で押さえ、そして、思わず声にならない声を上げる。
「あ――」
そう言って、顔色を失い、言葉に詰まるエフェルローンに。
その人影のひとつ――ゆったりと腕を組んでいる方は、まるで旧友にでも出会ったかのように片手を軽く上げると、満面の笑みを浮かべながらこう言った。
「やぁ、クェンビー伯爵じゃないか。こんなところで会えるとは、ふふふ……奇遇だねぇ」
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そして、赤茶色の髪に、妖しく光る怒気を帯びた赤紫色の瞳――。
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「カーレンリース卿……」
辛うじてそう声を発したものの、不甲斐なく新聞を取り落としそうになってしまうエフェルローンを前に。
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