正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

神様のプレゼント

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「昨夜、そんなことがあったんですね……」

 朝食を得て、落ち着きを見せ始めたルイーズに胸を撫で下ろしつつ。
 エフェルローンは、スクランブルエッグをフォークで口元に運びながらこう言った。

「ああ、だから。あまりキースリーを刺激するよなことはしないで欲しい」

 ある種、懇願にも似た忠告をするエフェルローンに。
 ルイーズは、心外だと言わんばかりにこう言った。

「刺激する訳じゃありません。正義を貫いているだけです」

 そう言って、同じくスクランブルエッグを口に運ぶルイーズに。
 エフェルローンは眉間に皺を寄せてこう言う。

「だから、それがキースリーをイラつかせることになるんじゃないか……」

(何度言えばわかるんだ、このバカ娘は……)

 いい加減、心の中でげんなりするエフェルローン。

 それでも。

 キースリーと円滑な交渉が出来るようにと、再度説得を試みようと口を開く。

 だが――。

 ルイーズは、納得するどころか、更に感情を爆発させてこう言った。

「そんなの、変です! なんで、正義を貫くのにキースリーの許可がいるんですか!」

 ルイーズが怒りと共に、そう正論を吐く。
 その顔は、抑えきれない憤りに薄ら赤く染まっている。

――確かに。

 普通に考えればおかしな事なのかもしれない。
 だが、キースリーのご機嫌を取らなければ、貫きたい正義が潰されかねないのもまた事実なのである。
 まあ、こんな風に正義が捻じ曲げられていることは、今に始まったことではないのだが――。

「確かにそうなんだが。でも、奴の機嫌を取らないことには今貫きたい正義も貫き通せな……」

 そう、更なる説得を試みるエフェルローンの言葉を遮るように。
 ルイーズは、鼻息も荒くこう言い放つ。

「それでも。正義は……自分の心が正しいと思うことは、最後まで貫くべきです!」

 馬鹿の一つ覚えのようにそう繰り返すルイーズに。
 エフェルローンはうんざりしながらこう尋ねる。

「正義、正義って……お前のその正義ってのは、一体、何処から湧いて来るものなんだ?」

 あまりに自信に満ちたルイーズのその物言いに。
 少し興味を覚えたエフェルローンは、期待せずにそう尋ねた。

 すると。

 ルイーズは得意げに胸を張ると、親指で胸の中央を指しこう言った。

「それは、ここです!」

 その答えに、エフェルローンは眉間に皺を刻み目を細めるとこう言う。

「心臓?」

 そう訝しむエフェルローンに。
 ルイーズは、口を尖らせながらこう言った。

「いいえ、違います。こころ、良心です!」
 
 そう言って、得意気な表情を浮かべるルイーズに。
 エフェルローンは、フォークでスクランブルエッグを突きながらこう言った。

「良心、ねぇ……」

 青臭いと言わんばかりに鼻を鳴らすと。
 エフェルローンは、行儀悪く食卓に肘を突き、懐疑的にそう呟く。
 そんなエフェルローンに、ルイーズは両手を強く握り締めると、確信を込めてこう言った。
 
「そうですとも。良心が少しでも痛んだり、後ろめたさを感じたら、それは悪い事なんです。だから、良心が喜ぶことを行う、それが正義だと私は思ってます」

(正義……正義、か。俺も昔は――)

 ディーンにギル。
 
 立場の弱い国民のため、平等なる正義をこの国に行き渡らせようと。
 そう誓い合い、憲兵隊に入隊したあの頃。

 あの頃、俺たちの心には正義の炎が熱く燃えていなかったか――?

(それを、その熱く燃える正義を良心と呼ぶならば、今の俺に正義は、良心は……ない)

 その事実に思い至ったエフェルローンは、思わず心の中で嗤う。
 
(俺は、本当に腐った役人だな。それも、とことん腐りきった救いようのない役人だ)

 そう心の中で自嘲気味に呟くと。

 エフェルローンは、目の前で拳を作り、鼻息も荒く目を輝かせるルイーズに、素直に頷くとこう言った。

「良心イコール正義ね、確かに」

 そう言って、千切ったクロワッサンを口に放り込むエフェルローンに。
 今度はルイーズが、興味津々と言った体でこう尋ねる。

「先輩の正義は、どんな正義なんですか」
「俺の正義?」

 予想だにしなかった質問に。
 エフェルローンは口に運ぶフォークを止めると、思わずふつと黙り込んでしまう。

 そんな、エフェルローンの心情などお構いなく。
 ルイーズは、目をキラキラさせると更に前のめりにこう尋ねる。

「はい。先輩は、何を基準に善悪を判断しているんですか?」
「善悪を判断……何を基準に、何を――」

 そう、自分に問い尋ねる様に。
 エフェルローンはそう一人呟くと、遠い記憶を思い返しながら鼻で笑ってこう言った。

「俺に、正義はない。俺の正義は、強いて言うなら……そう。バックランド侯爵、その人だった」
「バックランド侯爵? どういう意味ですか」

 不思議そうにそう尋ねるルイーズに。
 エフェルローンは、自分の中で一語一語、言葉の意味を確かめるようにこう言った。

「俺は、バックランド侯爵に傾倒し、自分が信じる正義の為ならばどんな手を使ってでも、その正義を貫くことが正しい事なんだと信じていた。だが、[爆弾娘リズ・ボマー]を前に仲間の命と彼女の命の選択に迫られた時、迷いが生じた。俺が信じていた正義の法則での答えは出ていた。だが、ふと思いついてしまったんだ。『正義を貫くため、また、仲間を救うために、犯罪者とはいえ、たった一つのその命を奪ってしまっても良いのか』ってな」
「…………」

 聞いてはいけないことに踏み込んでしまったと思ったのだろう。
 ルイーズは、そっと目を伏せると、申し訳なさそうに黙り込む。
 そんなルイーズを、エフェルローンは困ったように見つめると、視線を自分の手元に落とし、神妙な顔でこう言った。

「だが今は、その考えすら正しかったのか間違っていたのか、分からないでいる」
「そう、だったんですね」

 そう言って俯き、視線も更に下に落とすルイーズに。
 エフェルローンは、「もう過ぎたことだ」と云わんばかりにため息を吐くと。
 皮肉な笑みを浮かべながら、肩を竦めてこう言った。

「ま、こうなってしまった以上、今はマニュアル通り、法律と罪状を照らし合わせて物事を判断していくしかないんだけどな。でも、良いこと聞いたよ。正義は心か。確かに、そうかも知れないな……」

 そう言って、椅子の背もたれに腕組みして寄り掛かるエフェルローン。
 そんなエフェルローンに。
 ルイーズはコーヒーを両手に持つと、そのコーヒーの中をじっと見つめながらこう言った。

「[爆弾娘リズ・ボマー]と出会った時。先輩はきっと、頭の中の正義じゃなくて、心の中の正義を貫いたんです。だったら、それは……立派な正義です。心の声は、神様がくれた善悪を見分けるためのプレゼントです。無視したら絶対にいけないものだと、私は……私はそう、思っています」

 そう言って、目を伏せたまま一口コーヒーを啜るルイーズを目の前に。
 エフェルローンは、呟くようにこう言った。

「神か……」

 もし、神がいるのならどうして――。

「どうして、こんなことになってしまったんだろうな……」

 自分の小さな手を見つめながら、エフェルローンはそう自分に問いかけるのであった。
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