正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

守りたい一線

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「ちょっと待て、ルイーズ!」
 
 ルイーズの上着の裾を思いっきり引っ張ると。
 エフェルローンはルイーズの正面にくるりと回って静かにねめつける。
 そして、一歩前に足を踏み出すと、苦々しい口調でこう言った。
 
「今行ってどうする? 約束の時間には一刻以上早い。追い返されるのが関の山だ。それでも行くつもりか?」

(そんなことをしたら、キースリーを無駄に怒らせるだけだ。なんでそれが分からない!)

 そう心では怒鳴り、表では出来る限り理詰めで追い立てるエフェルローンに。
 ルイーズは、ムッとした顔をすると瞳を潤ませこう言った。

「……悪い。先輩が悪い」

 そう言って、今にも泣きだしそうなルイーズを目の前に。

(おいおい、勘弁してくれよ……)

 エフェルローンは心の中でチッと舌打ちすると、片手で口元を扱き、ともかくルイーズを落ち着かせようとこう言った。

「分かった、分かった、俺が全面的に悪かった! だから、俺の話をともかく聞いてくれ!」

 そう、平に懇願するエフェルローンに。
 ルイーズは目頭を拭うと、口を尖らせながらこう言った。

「話はちゃんと聞きます。でも、[魔魂石まこんせき]は私が拾います」

 そう言って、鼻をひと啜りするルイーズ。

(ったく、なんて聞き訳が悪い奴なんだ……)

 そうウンザリしつつ、大きなため息をひとつ吐くと。
 フェルローンは抑えようと思っても湧き上がってくる腹立たしさに、声を荒げてこう言い放つ。

「駄目だ! あいつを、キースリーの機嫌を損ねて[魔魂石まこんせき]を貰い損ねるわけにはいかない」
「でも!」

 「納得できない」とばかりにルイーズがそう強く反抗する。
 その顔は、怒りの為か薄っすらと赤みを帯びてきている。

(くそ、怒っても駄目なら――)

 そう心の中で呟くと。
 エフェルローンはルイーズを真剣なまなざし見つめ、懇願するようにこう言った。

「頼む、ルイーズ。これは俺の我儘だ。だから敢えて言う、見過ごしてくれ……」

 そう言って、頭を下げるエフェルローンを。
 ルイーズは、驚愕の表情を浮かべて見下ろす。

 だが、エフェルローンの意に反し、ルイーズの怒りは収まるどころか更にヒートアップした。

「見過ごすだなんて、そんなこと……そんな正義に反する事、出来ません!」

 そんな聞き分けの無いルイーズを、エフェルローンは冷めた目で見つめると。
 口元に冷たい笑みを浮かべながら、無情にもこう言い放った。
 
「はっきり言う。お前がそう言うなら、それは俺に『死ね』と言っているのも同じことだ」

 そう胸に刺さるような鋭い言葉を容赦なく吐くと。
 エフェルローンはルイーズをきつく睨んだ。

 そんなエフェルローンの鋭く冷たい物言いに。
 ルイーズはというと、口元を横一文字に引き結び、口惜しそうにこう言った。

「そんな……そんな言い方! ずるい……!」

 そう言って、涙を溜めるルイーズ。

(あー、くそっ)

 エフェルローンは、後頭部をがしがしとくと。
 大きなため息をひとつ吐き、ルイーズを言い聞かせようと真剣な眼差しでこう言った。

「お前の気持ちは痛いほど分かっているつもりだ。ありがたくも思う。だが、俺にも……譲れない一線があるんだ。プライドを捨ててでも守りたい一線が」

 そう言って、言葉を切るエフェルローンに。
 ルイーズは、鼻を赤くしながら涙声でこう尋ねる。

「先輩の、守りたい一線って、何なんですか」

 恨みがましく睨みつけてくるルイーズに。
 エフェルローンは迷うことなくこう言った。

「俺の、たった一人の家族――姉のリアだ。姉貴を……リアを守れないくらいなら、俺は死んでも構わない」

 そう真顔で言い切るエフェルローンに。
 ルイーズは、顔色を青くしながらこう言った。
 
「死ぬだなんて。そんな軽々しく……」

 額に汗しつつ、そう口元を引き攣らせるルイーズに。
 エフェルローンは真摯な眼差しを向けると、ゆっくりと、だが揺るぎない口調でこう言った。

「大袈裟でも何でもない、俺の本当の気持ちだ」

 そんなエフェルローンの固い意志に。
 ルイーズは、瞳を伏せると胸に片手を当ててこう言った。

「大事なんですね、お姉様の事……」
「ああ、俺の命やプライドよりもな」

 そう深いため息と共に言葉を切るエフェルローン。
 そんなエフェルローンに、ルイーズは諦めた様にこう言った。

「……先輩の言い分は分かりました。でも」

 そう言葉を切ると。
 ルイーズは意を決したようにエフェルローンを見つめ、有無を言わせずこう言った。

「私にも守りたい一線があります」

 ルイーズのその断固たる宣言に。
 エフェルローンは嫌な予感に身を固くする。

(おいおい、ルイーズの奴。俺の話をちゃんと聞いてるのか……)

 そう言って、頭を抱えたくなる衝動に駆られるエフェルローンを尻目に。
 ルイーズは、さらに追い打ちをかける様にこう言った。

「私の一線……それは、先輩です!」
「は……」

 ある程度、予想はしていた事とはいえ。
 あんまりにあんまりな発言に、エフェルローンは開いた口も塞がらず、只々唖然とする。
 そんなエフェルローンの心情を知ってか知らずか。
 ルイーズは、言葉に熱を込めて、更に意気揚々とこう言い放った。

「[魔魂石まこんせき]の事は諦めます。でも、違う方法で先輩を助けて見せます!」

 そう、瞳にやる気の炎を灯らせるルイーズに。 
 エフェルローンは冷や水を浴びせるべく、こう言い放つ。

「いや、助けなくていいから。むしろ、お前はトラブル起こす方だから」
「でも私には、先輩に返さなくちゃいけない恩がたくさんあるんです!」

 にべもなくそう言い返されたエフェルローンは、ルイーズの言葉のある部分に疑問を覚えてこう言った。

「恩?」

 エフェルローンには今の今まで、ルイーズに恩を売った覚えなどひとつも無い。

(どういう意味だ?)

 そう、心の中で首を捻るエフェルローンを余所に。
 ルイーズは、気持ちの良いぐらいすっきりした顔でこう言い切った。

「はい。だから今回、キースリーには一泡吹いて貰います」
「はい?」

 耳を疑いたくなるような言葉を笑顔で言い捨てるルイーズに。
 エフェルローンは頭を鈍器で殴られたかのような眩暈を覚える。

 そして最後には、満面の笑みを浮かべてこう言い放った。

「見ていて下さい、『イッツ・ショー・タイム』です!」

 そう言って両手で拳を作り、気合を入れるルイーズに。
 エフェルローンは、鼻峰を指で押さえながら頭を横に振ってこう言った。

「ルイーズ、取り合えず落ち着こうか……」

 そう言って、ルイーズの背中の下の部分を軽く叩くエフェルローンに。
 ルイーズは、茶々を入れられたと言わんばかりに頬を膨らませると、ムッとしながらこう言った。

「言われなくても、私は落ち着いています!」

 淡い栗色の瞳を爛々と輝かせ、猛然とそう言い張るルイーズに。
 エフェルローンは、面倒くさいとばかりに頭をきこう言った。

「あー、ともかく! 腹は減っては何とやら、だ。ちょっと遅くなったが、朝食を食べに行くぞ。この時間なら、まだモーニングやってるだろ」

 そう言って、腰を搔くと。
 エフェルローンは、片手をひらひらさせて、後ろを振り返ることなくこう言った。

「早くしないと置いて行くぞー」
「え? あ、はい……」

 エフェルローンの朝食作戦ですっかり毒気を抜かれたルイーズは、憮然とした表情をするものの、置いて行かれまいと急いでエフェルローンの後を追うのであった。
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