76 / 127
第二章 秘められた悪意
捨てられた者の決意
しおりを挟む
「先輩――!」
ダニーが叫ぶのと同時に。
エフェルローンの呪文が完成した。
馬車の動きが沼地に嵌ったかのように遅くなる。
「エ、[重力魔法]! よ、良かった……」
ダニーが、ホッとしたような笑みを浮かべる。
そんなダニーに。
エフェルローンは肩で息をしながら檄を飛ばす。
「ダニー! [瞬間移動]!」
「は、はい!」
ルイーズを肩に乗せたまま、ダニーは懸命に呪文を紡いでいく。
その間にも馬車は確実にエフェルローンたちに迫って来る。
エフェルローンが、切羽詰まった声でこう叫ぶ。
「ダニー、効力が切れる!」
と、その瞬間――。
馬の力が魔法の拘束を振りほどき、力強く路面を蹴り上げた。
勢い付いた馬車がグングンと速度を上げる。
と同時に。
「――発動!」
ダニーの魔法も完成した。
空間がぐにゃりと歪み、エフェルローンをはじめ三人を瞬時に飲み込んでいく。
と、その時。
馬車の車両部分が街灯の薄明りの下きらりと光った。
そして、次の瞬間――。
エフェルローンの頬を、固く冷たい何かが勢いよく掠っていく。
「…………っ!」
反射的に手の甲で顔を拭うエフェルローン。
そして、次の瞬間には、エフェルローンたちは見慣れた場所に立ち尽くしているのだった。
※ ※ ※
いつものソファー、いつもの執務机、読みかけの報告書や資料の束、座りなれた焦げ茶色の革椅子――。
「執務室か……」
そう言って、流れる汗を片手の甲で拭うエフェルローンに。
ダニーが、恐怖と興奮に息を弾ませながらこう言った。
「せ、先輩。あ、あれって……」
そう、恐怖に顔を引きつらせるダニーに。
エフェルローンは手の甲に付いた血を見つめながらこう言った。
「[敵]が動いたな」
「ということは、僕らはもう……」
そう言って、顔色を青白くさせるダニーに。
エフェルローンは、皮肉な笑みを浮かべながらこう言った。
「奴らの立派な[標的]ってことだ」
「そ、そんな……」
そう言って、ルイーズをソファーに上に横たえると。
ダニーは膝に両手を突き、肩で息をしながら足元を見つめるとこう言った。
「僕ら、どうなっちゃうんでしょうか」
「さあな、だが――」
そう言ってエフェルローンが見つめた床の上。
そこにはナイフのようなものが一本、星明りに照らされ鈍い光を放っている。
「何ですか、それ」
ダニーが鈍く光るものを訝しそうに眺める。
エフェルローンは腰のポケットから白いハンカチを取り出すと、それをつまみ上げてこう言った。
「小剣だな」
「小剣って……敵は、先輩を殺すつもりだったんですか!」
怒りと恐怖に震え上がるダニーに。
エフェルローンは首を横に振ると、小剣を注意深く調べてこう言った。
「毒は塗ってない。ということは、これは相手からの脅し、もしくは戦線布告と言ったところか」
「脅し……」
「この件には、触れてくれるなと……そういう意味だろう」
そう言って、エフェルローンが差し出した小剣の柄には、[正義の鉄槌]の紋章が型押しされている。
「こ、これって――」
そう絶句するダニーに。エフェルローンは薄ら笑いを浮かべると、自嘲気味にこう言った。
「バックランド侯爵の紋章だ。これで、[敵]の正体が判明したな……」
その事実に、エフェルローンは心の中で肩を落とした。
その正義感に惹かれ、心酔し、尊敬していたバックランド侯爵。
かつて、エフェルローンの事を息子のように可愛がり、娘の伴侶にとまで取り立ててくれた、本当の父のような人。
その尊敬していた正義の代名詞のような男が今、かつて、娘の伴侶にとまで取り立てた男の前に、正義を覆すため立ちはだかろうというのである。
繋がりは絶たれたとはいえ、これが失望せずにいられるだろうか。
エフェルローンは唇を噛み、手の中の小剣をぎゅっと握り締める。
そして、静かなる怒りと今も止まぬ敬愛の念を込めてこう言った。
「貴方の暴走は、必ず俺が止めて見せる。貴方に、これ以上の罪を犯させはしない……!」
そう心に誓うと。
エフェルローンは、窓の外の昏い宵の空をじっと見つめるのであった。
ダニーが叫ぶのと同時に。
エフェルローンの呪文が完成した。
馬車の動きが沼地に嵌ったかのように遅くなる。
「エ、[重力魔法]! よ、良かった……」
ダニーが、ホッとしたような笑みを浮かべる。
そんなダニーに。
エフェルローンは肩で息をしながら檄を飛ばす。
「ダニー! [瞬間移動]!」
「は、はい!」
ルイーズを肩に乗せたまま、ダニーは懸命に呪文を紡いでいく。
その間にも馬車は確実にエフェルローンたちに迫って来る。
エフェルローンが、切羽詰まった声でこう叫ぶ。
「ダニー、効力が切れる!」
と、その瞬間――。
馬の力が魔法の拘束を振りほどき、力強く路面を蹴り上げた。
勢い付いた馬車がグングンと速度を上げる。
と同時に。
「――発動!」
ダニーの魔法も完成した。
空間がぐにゃりと歪み、エフェルローンをはじめ三人を瞬時に飲み込んでいく。
と、その時。
馬車の車両部分が街灯の薄明りの下きらりと光った。
そして、次の瞬間――。
エフェルローンの頬を、固く冷たい何かが勢いよく掠っていく。
「…………っ!」
反射的に手の甲で顔を拭うエフェルローン。
そして、次の瞬間には、エフェルローンたちは見慣れた場所に立ち尽くしているのだった。
※ ※ ※
いつものソファー、いつもの執務机、読みかけの報告書や資料の束、座りなれた焦げ茶色の革椅子――。
「執務室か……」
そう言って、流れる汗を片手の甲で拭うエフェルローンに。
ダニーが、恐怖と興奮に息を弾ませながらこう言った。
「せ、先輩。あ、あれって……」
そう、恐怖に顔を引きつらせるダニーに。
エフェルローンは手の甲に付いた血を見つめながらこう言った。
「[敵]が動いたな」
「ということは、僕らはもう……」
そう言って、顔色を青白くさせるダニーに。
エフェルローンは、皮肉な笑みを浮かべながらこう言った。
「奴らの立派な[標的]ってことだ」
「そ、そんな……」
そう言って、ルイーズをソファーに上に横たえると。
ダニーは膝に両手を突き、肩で息をしながら足元を見つめるとこう言った。
「僕ら、どうなっちゃうんでしょうか」
「さあな、だが――」
そう言ってエフェルローンが見つめた床の上。
そこにはナイフのようなものが一本、星明りに照らされ鈍い光を放っている。
「何ですか、それ」
ダニーが鈍く光るものを訝しそうに眺める。
エフェルローンは腰のポケットから白いハンカチを取り出すと、それをつまみ上げてこう言った。
「小剣だな」
「小剣って……敵は、先輩を殺すつもりだったんですか!」
怒りと恐怖に震え上がるダニーに。
エフェルローンは首を横に振ると、小剣を注意深く調べてこう言った。
「毒は塗ってない。ということは、これは相手からの脅し、もしくは戦線布告と言ったところか」
「脅し……」
「この件には、触れてくれるなと……そういう意味だろう」
そう言って、エフェルローンが差し出した小剣の柄には、[正義の鉄槌]の紋章が型押しされている。
「こ、これって――」
そう絶句するダニーに。エフェルローンは薄ら笑いを浮かべると、自嘲気味にこう言った。
「バックランド侯爵の紋章だ。これで、[敵]の正体が判明したな……」
その事実に、エフェルローンは心の中で肩を落とした。
その正義感に惹かれ、心酔し、尊敬していたバックランド侯爵。
かつて、エフェルローンの事を息子のように可愛がり、娘の伴侶にとまで取り立ててくれた、本当の父のような人。
その尊敬していた正義の代名詞のような男が今、かつて、娘の伴侶にとまで取り立てた男の前に、正義を覆すため立ちはだかろうというのである。
繋がりは絶たれたとはいえ、これが失望せずにいられるだろうか。
エフェルローンは唇を噛み、手の中の小剣をぎゅっと握り締める。
そして、静かなる怒りと今も止まぬ敬愛の念を込めてこう言った。
「貴方の暴走は、必ず俺が止めて見せる。貴方に、これ以上の罪を犯させはしない……!」
そう心に誓うと。
エフェルローンは、窓の外の昏い宵の空をじっと見つめるのであった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!


無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる