正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

捨てられた者の決意

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「先輩――!」

 ダニーが叫ぶのと同時に。
 エフェルローンの呪文が完成した。

 馬車の動きが沼地にはまったかのように遅くなる。

「エ、[重力魔法エルクシ]! よ、良かった……」

 ダニーが、ホッとしたような笑みを浮かべる。
 そんなダニーに。
 エフェルローンは肩で息をしながらげきを飛ばす。

「ダニー! [瞬間移動テレポート]!」 
「は、はい!」

 ルイーズを肩に乗せたまま、ダニーは懸命に呪文を紡いでいく。
 その間にも馬車は確実にエフェルローンたちに迫って来る。

 エフェルローンが、切羽詰まった声でこう叫ぶ。

「ダニー、効力が切れる!」
 
 と、その瞬間――。

 馬の力が魔法の拘束を振りほどき、力強く路面を蹴り上げた。
 勢い付いた馬車がグングンと速度を上げる。

 と同時に。

「――発動エピセスィ!」

 ダニーの魔法も完成した。
 空間がぐにゃりと歪み、エフェルローンをはじめ三人を瞬時に飲み込んでいく。

 と、その時。

 馬車の車両キャリッジ部分が街灯の薄明りのもときらりと光った。

 そして、次の瞬間――。

 エフェルローンの頬を、固く冷たい何かが勢いよくかすっていく。

「…………っ!」

 反射的に手の甲で顔を拭うエフェルローン。
 そして、次の瞬間には、エフェルローンたちは見慣れた場所に立ち尽くしているのだった。



     ※     ※     ※     



 いつものソファー、いつもの執務机、読みかけの報告書や資料の束、座りなれた焦げ茶色の革椅子――。

「執務室か……」

 そう言って、流れる汗を片手の甲で拭うエフェルローンに。
 ダニーが、恐怖と興奮に息を弾ませながらこう言った。

「せ、先輩。あ、あれって……」

 そう、恐怖に顔を引きつらせるダニーに。
 エフェルローンは手の甲に付いた血を見つめながらこう言った。

「[敵]が動いたな」
「ということは、僕らはもう……」

 そう言って、顔色を青白くさせるダニーに。
 エフェルローンは、皮肉な笑みを浮かべながらこう言った。

「奴らの立派な[標的ターゲット]ってことだ」
「そ、そんな……」

 そう言って、ルイーズをソファーに上に横たえると。
 ダニーは膝に両手を突き、肩で息をしながら足元を見つめるとこう言った。

「僕ら、どうなっちゃうんでしょうか」
「さあな、だが――」

 そう言ってエフェルローンが見つめた床の上。
 そこにはナイフのようなものが一本、星明りに照らされ鈍い光を放っている。

「何ですか、それ」

 ダニーが鈍く光るものを訝しそうに眺める。
 エフェルローンは腰のポケットから白いハンカチを取り出すと、それをつまみ上げてこう言った。

小剣ダガーだな」
小剣ダガーって……敵は、先輩を殺すつもりだったんですか!」

 怒りと恐怖に震え上がるダニーに。
 エフェルローンは首を横に振ると、小剣ダガーを注意深く調べてこう言った。

「毒は塗ってない。ということは、これは相手からの脅し、もしくは戦線布告と言ったところか」
「脅し……」
「この件には、触れてくれるなと……そういう意味だろう」

 そう言って、エフェルローンが差し出した小剣ダガーの柄には、[正義の鉄槌]の紋章が型押しされている。

「こ、これって――」

 そう絶句するダニーに。エフェルローンは薄ら笑いを浮かべると、自嘲気味にこう言った。

「バックランド侯爵の紋章だ。これで、[敵]の正体が判明したな……」

 その事実に、エフェルローンは心の中で肩を落とした。

 その正義感に惹かれ、心酔しんすいし、尊敬していたバックランド侯爵。
 かつて、エフェルローンの事を息子のように可愛がり、娘の伴侶にとまで取り立ててくれた、本当の父のような人。
 その尊敬していた正義の代名詞のような男が今、かつて、娘の伴侶にとまで取り立てた男の前に、正義を覆すため立ちはだかろうというのである。

 繋がりは絶たれたとはいえ、これが失望せずにいられるだろうか。

 エフェルローンは唇を噛み、手の中の小剣ダガーをぎゅっと握り締める。
 そして、静かなる怒りと今も止まぬ敬愛の念を込めてこう言った。

「貴方の暴走は、必ず俺が止めて見せる。貴方に、これ以上の罪を犯させはしない……!」

 そう心に誓うと。
 エフェルローンは、窓の外の昏い宵の空をじっと見つめるのであった。
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