正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

類は友を……

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 エフェルローンが声を掛けるより先に。
 ルイーズが人懐っこそうな笑みを浮かべ声を掛ける。

「ソーヤーさん。今日もお仕事ご苦労様です」 

 今までの押し問答が嘘のように。
 ルイーズが、そうなごやかに頭を下げた。

 芝居がかったその言動に、エフェルローンは内心冷やりとする。
 だが、ソーヤーは特に気にする様子もなくこう言った。

「貴方もね、ルイーズさん。それより伯爵、コールリッジ捜査官の件で何か情報はありますか?」

 ルイーズをさらりと無視し、早速、事件の情報について探りを入れてきたソーヤーに、エフェルローンは内心緊張した。
 禁書室での一件もあり、言葉ひとつを発するのにも相当の緊張を強いられる局面である。

 エフェルローンは、ソーヤーから要らぬ誤解を受けぬよう、慎重に言葉を選びながらこう言った。

「残念ながら、今のところは何も」

 お手上げという風に、エフェルローンは両掌を上に向けて肩をすくませる。
 そんなエフェルローンに、ソーヤーは深いため息をひとつ吐くと、少し残念そうにこう言った。

「ま、そうですよね。何せ、伯爵は非番中なのですから。こっちも地道にやりますよ」
「えっ」

 エフェルローンは思わず心の中で息をのんだ。
 
(もうその情報が耳に入っているのか)

 心の中で冷や汗をかきながら。

 エフェルローンは平常心を心掛け、努めて冷静な対処を試みる。

「もうその噂が……早いな。ちなみに、その話はどこで?」

 張り付いた笑みを浮かべながらも、詰問に近い質問をするエフェルローンに、ソーヤーは苦笑にがわらいながら声を潜めてこう言った。

「キースリー長官ですよ。なんでも聞いた話だと、伯爵は今、受け持っていた案件から外され[非番中]らしいじゃないですか。それなのに、色々と事件の事を嗅ぎ回っていて目障りだと、そう愚痴を洩らされてましたよ。今日あたり、呼び出しでもあるんじゃないですか」

 そう言って眼鏡を押し上げるソーヤーに、エフェルローンは大きく胸をなでおろした。
 禁書室の閲覧がばれていないことだけでも御の字である。
 そんなこともあり、エフェルローンはソーヤーの話題にこれ幸いと便乗する。

「長官の呼び出しか……まいったな」

 そう言って顎に手を当て、大袈裟に眉間に皺を寄せると、エフェルローンは片手で後頭部を掻きながらこう言った。

「目立たないようにやっていたつもりだったんだけど、さすがはキースリー長官というところか……色んな点で抜け目ない」
 そんなエフェルローンの嫌味交じりの言葉に、ソーヤーは甘いとでも言うようにこう言った。

「……伯爵、噂によるとですね。キースリー伯爵は数十人の密偵いぬを飼っているとのことですよ。我々も、いつ何時、何を監視されている事やら」

 そう言って皮肉な笑みを浮かべて見せるソーヤー。
 ひょっとして、彼もエフェルローンと同じく、キースリーとは基本的に相性が合わない人種なのかもしれない。

「そういう訳で、迂闊な事をしてるとキースリー伯爵にあること無い事密告されて極刑を食らう、なんてことになりかねませんから、お互い、羽目を外さない程度に上手くやって行きましょう。伯爵も、長生きしたいでしょう?」

 意味ありげにそう言うソーヤーに、エフェルローンも素直に同調し、話を終息へと誘う。

「ま、そうだな」
「さて」

 そういうと、ソーヤーは手元の懐中時計を開いてこう言った。

「これから仕事の約束があるので、私はこの辺で。それでは伯爵、ルイーズさん、ごきげんよう」

 そう言って、踵をカツカツと鳴らしながらソーヤー捜査官はきびきびと去っていくのであった。
 と、そんなソーヤーの背中を見送りながら、ルイーズがふと思いついたようにこう言う。

「ソーヤーさんて、ひょっとしてキースリーが嫌いなんでしょうか?」
「かもな、あと……」

 そう言うと、エフェルローンは眉を顰め、渋い顔をしながらこう言った。

「[キースリー]はよせ。せめて[さん]は付けろ」

 片手でこめかみを押さえながら、エフェルローンは足早に大通りへと向かうのであった。
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