正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

気の利いた言葉

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 禁書室のある地下から地上に出てきたのは、図書館に入ってから約二時間半後の午後四刻半を過ぎた頃であった。
 
 遺留品管理室に向かうダニーと夕食の約束をして別れてから、エフェルローンとルイーズは言葉少なに執務室へと向かっている。
 そんな、執務室への道すがら。
 エフェルローンはぼんやりと、禁書室での会話を思い出していた。

 禁書室での話の内容が内容なだけに、怖くないと言えば嘘になる。

 憲兵歴もそれなりに長いエフェルローンでさえ、「今、誰かに見張られているのでは?」と、思わず後ろを振り返りたくなる始末。

 この恐ろしさは言葉では言い表せない。

 そしてそれは、新人であるルイーズにも言えることで、案の定、彼女は地上に上がってからというもの、ずっと辺りを警戒し、表情を硬く強張らせている。

(そうなるよな、やっぱり……)

 気の利いた言葉の一つや二つ、掛けてやるのが上司の務めなのかもしれない。
 だが、そういう領分が思い切り欠けているエフェルローンにはどう言葉をかけてよいか分からず、ただ悪戯に重苦しい沈黙だけが過ぎる。

 とはいえ、考えてばかりいては何も解決しない。

 エフェルローンは、どうすればこの窮地――恐怖で無口になったルイーズを励ますことが出来るのか、考えに考えた末こう言った。

「なんか、冷えてきたな」

 だが――。

「…………」

 聞こえなかったのだろうか。
 ルイーズは進行方向を虚ろな目でじっと見据え、頼りなげな足取りで歩いていた。

(無理させ過ぎたか……)

 エフェルローンはそう心の中で反省する。

 考えてもみれば、ルイーズにとってはすべてが初めての事ばかりなのである。
 初めての仕事、初めての任務、初めての情報取引…疲れないはずがない。

 (今日は、帰らせるか)

 捜査はアダムからの連絡がなければ先に進むことは出来ない。
 それを踏まえ、エフェルローンはふらつきながら歩くルイーズにこう言った。

「ルイーズ、今日はもういい。帰れ」
 
 その、エフェルローンの命令口調の言葉に。
 ルイーズは、ハッと我に返るとムッとした表情でこう言った。

「嫌です。だってこの後、今後の作戦の詳細を練るんですよね? 私も参加します」

 聞き分けなくそう言い張るルイーズに。
 エフェルローンは深いため息をひとつ吐くと、イライラを滲ませながらこう言った。

「いいから、家に帰れ、そして、寝ろ。明日にはアダムからの連絡も入るだろうし、忙しくなる」

 突き放すような、冷たい口調でそう嗜めると。
 エフェルローンは上着の内ポケットから懐中時計を取り出す。

「明日は、朝八時までに執務室に来い。ぞれじゃあ、俺は行く。お疲れ」

 そう言って片手をあげ立ち去ろうとするエフェルローンの襟首を、ルイーズは有無を言わさず背後から鷲掴む。

「うっ……」

 思わず後ろに仰け反るエフェルローン。
 そんなエフェルローンを座った目でじっと見つめると。
 ルイーズは、口元に薄ら笑いを浮かべながら、淡々とした口調でこう言った。

「先輩がそう出るなら、私にも考えがあります」
 
 そう言い切るルイーズの顔には揺るぎない決意の色がはっきり見て取れた。

「なんだっていうんだ……」

 うんざりと。
 詰襟の喉元に二本の指を入れると、エフェルローンは顔色を青くしながらそう尋ねる。
 そんなエフェルローンに。
 ルイーズはムッとした表情をすると、これでもかと云わんばかりにこうのたまった。

「私、アダムさんとデートはしません」
「なにぃ!」

 そう激怒し、ルイーズを下からねめつけるエフェルローンを。
 ルイーズは、上から冷たく見下ろしながらこう言った。

「でも、先輩が是非に『今夜の夕食会を兼ねた作戦会議に私を招きたい』とおっしゃるのなら。私もデートの事、考え直してもいいかなぁ、なんて」

 そういって、満面の笑みを湛えるルイーズに。
 エフェルローンは、憎々し気にこう言った。

「人が、気を使って言ってやってるってのに……!」

 そんなエフェルローンに、ルイーズはムッとしながらこう言った。

「私だってチームの一員です。女だからって変な気を回さないで下さい。それで、先輩。私の事、招いて下さるんですか」

 そんな、明らかな脅迫行為を前に。
 エフェルローンは返す言葉もなく、深いため息と共にこう言った。

「わかった。勝手にしろ……」
「はい! 勝手にします!」

ルイーズは嬉しそうにそう言うと、この時初めてエフェルローンの後ろ襟首を離した。
 エフェルローンは恨みがましくルイーズを見上げると、イライラしながら吐き捨てる様にこう言う。

「だが明日、朝八の刻の出勤時間に遅れたら、只じゃ置かないからな、いいな!」
「はーい」
「はぁ……」

 そんなルイーズの、気の抜けた返事に頭を抱えながら。
 エフェルローンが、ダニーとの約束の場所である大通りに向かって歩いていると。
 ちょうど向かい側から、見知った顔が近づいて来るのが見えた。

 短髪の黒髪に黒茶ダークブラウンの瞳、そして眼鏡―—。

(確か、あいつは)

 エフェルローンは記憶をフル回転させる。
 相手もエフェルローンたちに気付いたようで、その場でぴたっと立ち止まる。

「おや? クェンビー伯爵ではありませんか。こんなところで会うとは奇遇ですね」

 眼鏡の中心を押し上げ、黒髪の銀縁眼鏡男ぎんぶちめがねおとこはそう言って苦笑するのだった。
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