正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

隠された日記

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 べトフォードの、大量虐殺。 
 その黒幕が、バックランド侯爵。

 予想だにしていなかったその事実に。
 エフェルローンは冷静かつ慎重に、アダムに向かって改めてこう問い質す。

「アダム、お前が言うように、バックランド侯爵が事件の黒幕として。お前は、その事実を裏付ける何か決定的な証拠を持っているのか」

 エフェルローンが一番気にかけていたこと、それは、この話の裏付けとなる物的証拠の存在の有無であった。
 確かな証拠さえあれば、事件はどうにでも片付く。

 だが、証拠がなければ――?

 待っているのは、権力により貶められる悲惨な末路だ。

(あいつらは納得しないだろうが……)
 
 エフェルローンは考えた末、アダムに向かってこう言った。

「もし、その部分に確実な証拠がないのなら。やはり、ダニーとルイーズには手を引かせる」

 その一方的な発言に。
 案の定、アダムとルイーズは顔を真っ赤にしてこう言った。

「先輩! 話が違いますよ!」
「そうです! さっきはいいって。そう言ってたじゃないですか!」

 ダニーとルイーズが声を揃えて猛抗議する中。 
 エフェルローンは、二人の意向を完全に無視し、有無を言わせぬ強い口調でこう言った。

「アダムの話を聞いていて、これは冗談じゃなく危険だと感じた。もしこの話が本当で、俺たちが事実の証明に失敗したなら、俺たちに明日の命はないだろう。だが、今なら。今この事件から手を引くなら。少々の監視は付くかもしれないが、普通の生活を送ることが出来るだろう。わざわざ危ない橋を渡る必要はない。二人とも、悪いことは言わない、ここで降りろ」

 エフェルローンのその言葉に、ルイーズが猛反発してこう言った。

「権力の犬に怯えながら生きるなんて。そんなの私、絶対嫌です!」
「僕も、嫌ですよ。毎日怯えならが過ごすぐらいなら、自分が正しいと思うことを貫いて死ぬほうがよっぽどいいですからね」

 静かな怒りを言葉の端々に漂わせながら、ダニーもそう言って反発する。
 あくまでも強情にそう言い張る二人に。
 エフェルローンは深いため息をひとつ吐くと、こめかみに片手を当ててこう言った。

「そこまで言うなら、もう止めはしない。その代わり、俺の言うことは必ず聞いてもらう。自分勝手な行動も駄目だ、いいな!」

 強情な二人を押しとどませるには至らなかったものの、かろうじて、釘を刺すことは出来たエフェルローンであった。
 
 が、しかし――。

「隠された真実を探る。なんか、格好いいですよね。凄腕諜報員にでもなった気分です!」

 目を爛々と輝かせ、ルイーズが軽いノリでそう言うと。
 ダニーも、高揚する気持ちを抑えることなく、元々青白い顔を赤く染め、嬉しそうにこう言った。

「本当ですね! 国家の陰謀を暴くなんて、まるで本の主人公にでもなった気分ですよ!」

 そんな、事の重要性を半分も分かっていない二人を尻目に。
 エフェルローンは諦めにも似た深いため息をひとつ吐くと、目の前のアダムに尋ねて言った。

「こんな訳で、俺としてはこいつらを守るためにも形のある証拠が欲しい。バックランド侯爵を敵に回す以上、誰が見ても彼が[爆弾娘リズ・ボマー]事件の黒幕である事が分かるような、はっきりとした証拠が」

(このアダムの答えによって、俺たちの運命はほぼ決まる。殺されるか、はたまた生殺しか、晴れて自由の身か)

 そう身構えるエフェルローンに。
 アダムは少し弱ったような表情をすると、声のトーンを少し落として言った。

「日記が……」
「日記?」

 エフェルローンはそう問い返す。

 証拠とは日記なのだろうか?
 そうだとするならば、誰の? 

 アダムか、それともバックランド侯爵――?

「私の父の日記に、そのことが克明に書かれています。今、手元にはありませんが、誰にも分からない場所に保管してあります。伯爵が言われる[はっきりとした証拠]に当たるかは分かりませんが……」
「日記か……」

 エフェルローンはそう呟くと、何とも言えない難しい顔をして黙り込むのであった。
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