正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

文字の大きさ
上 下
67 / 127
第二章 秘められた悪意

正義の鉄槌

しおりを挟む
(クローディアの父上が、[爆弾娘リズ・ボマー]事件の黒幕?)

 エフェルローンは思わず息を呑んだ。
 内心動揺するエフェルローンに代わり、ダニーが熱心に話に喰らい付いていく。

「バックランド侯爵といえば、この国の領主の中でも智謀・知略に長けた人物と聞きます。そんな人がなぜ暴走なんて……」

 信じられないという風に、ダニーはそう言って言葉を濁す。
 だが、エフェルローンには心当たりがある。

 王宮内でよく耳にしたバックランド侯爵に関しての噂。
 そう、彼の二つ名は何と言った――?

「[国法と刑律の王]――それが、バックランド侯爵の異名です。名は体を現すとはよく言ったもので、これは的を射ています。裏を返せば[無慈悲の王]――それが彼です」

 彼の家の家紋――それは、国家に対するどんな小さな悪をも完全に叩きのめす、そう願いが込められた[正義の鉄槌]ではなかったか。

「つまり、彼は何事も[やり過ぎる]って事か」

 エフェルローンはそう言って唇を噛む。

 繋がりの無くなった今なら分かる。
 バックランド侯爵が、なぜ王宮内で[諸刃の剣]と言われ、危険視されていたのかが。
 エフェルローンのその言葉に、アダムは深く頷いた。

「国の為ならば、何でもする。それこそ、人を殺すことも街を破壊する事も厭わない。正義において無慈悲になれる男――それが、バックランド侯爵です。そして――」

 そう言葉を切ると、アダムは一呼吸置いてこう続けた。

「不幸な事件――[爆弾娘リズ・ボマー]事件は起きてしまった」
「バックランド侯爵のことは良く分かりました。でも、そんなバックランド侯爵の暴走と、[爆弾娘リズ・ボマー]事件。これはどう繋がってくるんですか?」

 ルイーズは胸の前で小さく両手を組むと、不思議そうにそう言った。
 そんなルイーズを、一瞬、愛おしそうに見つめるものの、アダムはすぐに視線をエフェルローンへと移し、さらに説明を加えていく。

「丁度その頃、バックランド領内ではグランシール軍とのにらみ合いが続いていました。理由は、アルカサール王国内にある鉱山の所有権に関して大きな問題が持ち上がっていたからです」
「グランシール帝国が、アルカサールの領土の一部が自分たちのものであると主張し始めた事にたんを発する、国益に関する争いのことだな」

 エフェルローンはそう言って腕を組んだ。
 その説明に大きく頷くと、アダムは更に説明を続けていく。

「そうです。元々アルカサールの領地の一部であるタルシス山から、大量の鉱物が取れるようになると、グランシール帝国は、その山を『自分たちの領土』だと主張し始めたのです。ですが、そのような事実も裏付けも、歴史上一切ありません。それで、義憤に燃えたバックランド侯爵が動きました」

「どんな風に動いたんです?」

 ルイーズが好奇心もあらわにそう尋ねる。
 そのルイーズの問いに。
 アダムは一瞬、傷ましそうな顔をするも。
 それでもきっぱりと、しかも迷うことなくこう言い切った。

「国王の承諾も得ず、国益の為という理由で、あの事件―—[爆弾娘リズ・ボマー]事件をたのです。グランシール帝国へ物理的、そして心理的に強烈な一撃を食らわせる為に……」

 その余りに強烈な内容に。
 エフェルローンは、「信じられない」とばかりにこう言った。

「バックランド侯爵が[爆弾娘リズ・ボマー]事件を起こした? つまり、爆殺を仕組んだって、そういうのか……?」

あの人一倍、正義感の強いバックランド侯爵が?

――嘘だろ。

 エフェルローンは、そう心の中で呆然ぼうぜんと呟く。

 国家の利益の為とはいえ、ひとつの街を、多くの人たちの命と生活を奪う。
 これはもはや、国家の大儀とはいえない。

 ――ただの大量虐殺。

(もしこれが真実なら――)

 エフェルローンの背筋に冷たいものが走る。

 そう事の重大さに思わず震撼するエフェルローンの両眼を見つめながら。
 アダムはきっぱりとこう言い切る。

「これは嘘じゃありません、伯爵。これこそが、あの[爆弾娘リズ・ボマー]事件の真実。実際、その事件の全容を知っていた父は、あまりの罪の重さに耐えかね、自殺しました」
「そ、そんな……」

 ルイーズはそう言うと、口元を押さえ息を呑んだ。
 ダニーも、あまりの事の大きさに言葉を失っている。

(バックランド侯爵が、[爆弾娘リズ・ボマー]事件の、大量虐殺の黒幕――?)

 エフェルローンは何度も自分にそう問いかける。
 
(正義に命を懸けていたあの人が、そう簡単に人を……)

――本当に、本当にこれは……真実、なのか。

 あまりに信じ難い話に。
 エフェルローンは一人、考えに沈むのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...