正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

文字の大きさ
上 下
61 / 127
第二章 秘められた悪意

後ろめたい取引

しおりを挟む
「ル、ルイーズさん!」

 アダムの毒気に当てられ、ふらりとよろめくルイーズを。
 ダニーの骨ばった両手がとっさに支える。

 そんなアダムの、告白にしてはあまりに乱暴すぎるやり方に。
 ダニーが思わず抗議の声を発した。

「アダム君! 君は、ルイーズさんになんて失礼なことを……謝って下さい!」
 
 そんなダニーの抗議の声など気にする様子も無く。
 アダムはふと視線を足元に落とすと、独り言のようにこう言った。

「別に、恋人にしたいとかそう云うんじゃない。ただ一日、一日だけでいい。彼女と二人だけで過ごしたい」

 そう言って、胸元に手を当てるアダムに。
 ルイーズは視点の定まらない目で懸命にアダムを見据えると、声を震わせこう言った。

「い、嫌です。そんな好きでもない人と二人だけで一日過ごすだなんて」

 そう憤りに顔を紅潮させるルイーズに、アダムは傷ついたような笑みを浮かべてこう言った。

「好きでもない、か。それでも……」

 気持ちを切り替える様に顔を上げると、アダムは真面目な顔でこう言った。

「もしこの取引に乗って貰えるなら、そうしたら、[禁書]の話……僕がなんとかする」
「なんとかって……出来るんですか、アダム君」

 ダニーが、疑いの眼差しでアダムを見る。
 そんなダニーの懐疑的な視線にも、アダムは気後れすることなくこう言った。

「[禁忌魔法管理部]のハインツって人。その人、その部のおさの奥さんと出来てるらしくて。だから、ちょっと脅せば[許可証]は簡単に手にると思います」

 憐みの欠片など微塵も感じさせず、アダムはそう淡々と語る。

(なーにが、「ではありませんが……」だ。「ちょっと脅せば」って、ハインツにも俺にも、端から脅す気満々じゃないか)

じゃない」といいつつ、全く悪びれた様子のないアダムのそのやり口に。
 エフェルローンはそう心の中で愚痴ると同時に、うすら寒いものも感じる。

「さて、どうします? 僕と取引しますか、それとも禁書の閲覧は諦めますか?」

 エフェルローンは沈黙した。

 正直、この取引にエフェルローンは大きな魅力を感じていた。
 とはいえ、ルイーズの意志を無視して取引を成立させるわけにはいかない。

 もしかしたら。

 エフェルローンが懇願すれば、ルイーズは折れるかもしれない。
 だがそれは、相手の弱みに付け込んだ下劣な行為だ。

 それでも、とエフェルローンは思う。
 
(それでも俺は、ギルを殺した犯人をこの手で捕え、その無念を晴らしたいと思っている)
 
そんな自分に、エフェルローンは心の中で苦笑う。

(下衆だな、俺は……)

 とはいえ。

 持ち前の正義感と、憲兵としての微かな誇りが、エフェルローンにそれを許しはしなかった。

(俺にもまだ、人の心は生きている、か)

 そう心の中で嗤うと、エフェルローンは迷いなくこう言った。

「アダム、悪いがこの件は――」

 と、そう言葉を口にした、まさにその時。

「……私、付き合います」

 突然、ルイーズがそう声を上げる。

「え」
 
 その予想だにしていなかった答えに。
 エフェルローンは思わずそう声を上げた。

「ル、ルイーズさん……良いんですか?」

 ルイーズの体を支えていたダニーも。
 今までのルイーズの反応からは考えられない展開に、かなり戸惑っているようである。
 と、そんなダニーの心配をよそに。
 ルイーズはというと。
 自分を賭けの対象にしたアダムの双眸をしっかり見つめながら、気丈にもこう言い切った。

「はい、もう決めました。やります」

 そのきっぱりとした答えに。
 アダムが満足そうにこう言った。

「じゃあ、決まりかな? 禁書を見た時点で、契約成立ってことで。それでいいですか、伯爵?」

 アダムの再度の念押しに。
 エフェルローンは、ルイーズの目をしっかり見つめながらこう問いかける。

「良いのか、本当に」

 その問いに、ルイーズは青白い顔に懸命に笑みを作ってこう言った。

「女に二言はありません。一日だけ、ですよね」

 そのルイーズの問いに、アダムが苦笑気味にこう答える。

「もちろん、一日だけだよ。約束する」

 その答えにルイーズが頷くと。
 エフェルローンは、大きなため息と共にこう決断を下す。
 
「……分かった、良いだろう。交渉成立だ。よろしく頼む」

 そう言って差し出されるエフェルローンの小さな片手を、アダムはしっかりと握る。

「で、いつ頃見られる?」

 その問いに。
 アダムは苦笑しながらこう答える。

「早くて今日のお昼過ぎかな。そのぐらいに来てくれれば[禁書室]にご案内しますよ」
「分かった、じゃあ午後の二の刻にここで」
「午後の二の刻ですね。分かりました。それでは僕は、これから一仕事あるのでこの辺で。それと、ルイーズさん」

 その声に。
 ルイーズの肩がピクリと反応する。
 そんなルイーズを困ったように見つめながら。
 アダムは、手を伸ばせばすぐにでも触れられそうな距離までルイーズに近づくと、念を押すようにこう言った。
 
「約束、忘れないでね。それと、僕のことはアダムって呼ぶように」

 そう言うと、アダムはルイーズの髪に愛おしそうに触れると、足取りも軽く図書館を後にするのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...