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第二章 秘められた悪意
探り合い
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――僕の事、覚えていますか?
不安そうにそう尋ねる司書――アダム。
そんなアダムを申し訳なさそうに見遣ると。
ルイーズは、全く思い当たる節がなかったのか、申し訳なさそうにこう言った。
「ごめんなさい。私、何も覚えてないみたいで……」
と、そんなルイーズの記憶の悪さにもめげること無く。
青年は、両手に抱えた本をそのままに、ルイーズを眩しそうに見つめながらこう言った。
「数か月前、僕が本の角で額を切ったとき。あなたは僕に白いハンカチを差し出してくれて――」
そう言って、アダムは血の付いた白いレースのハンカチを一枚、上着のポケットから取り出す。
そのハンカチに見覚えがあったのか、ルイーズは合点がいったとばかりにこう言った。
「それ……私のハンカチですね」
「思い出しましたか」
ホッとしたようにそう言うと。
アダムは、それを手のひらに乗せてこう言葉を続ける。
「あの時、僕が足台から足を踏み外さなければこんなことにはならなかったんでしょけど。ほんとに、あの時はありがとうございました」
そう言って、頭を下げるアダムに。
ルイーズは、ホッとしたようにこう言った。
「あのときの司書さんだったんですね。傷はもう良いんですか?」
「ええ。もうすっかり」
そう言って、額の傷跡を見せるアダム。
薄っすらと傷跡のようなものは残っていたが、もうすぐ綺麗に消えてなくなりそうであった。
それを、確認すると。
ルイーズは、心底申し訳なさそうにこう言った。
「あの時は、本当に無理言ってごめんなさい。でも、どうしてもあの時、あの本が読みたくて……」
そう言って俯くルイーズに。
アダムは、横に首を振るとにっこり笑ってこう言った。
「いいんです、それが僕ら司書の仕事ですから。気にしないでください。あっ、そうだ。ハンカチのお礼に何かお返ししなきゃと思って。持ち歩いていたんです、これ」
そう言って、アダムがルイーズに差し出したのは、寒色系のグラデーションが美しい手編みの腕輪。
「あ、これって……」
そう言って言い淀むルイーズに。
アダムは照れ笑いを浮かべながらこう言った。
「フィタっていいます。べトフォードの民芸品の。なんでも、紐が切れると願いが叶うらしいです。良かったら使って下さい。僕の、ちょっとした気持ちです」
「あ、ありがとう」
そうは言ったものの、事件のこともあり複雑な表情でそれを受け取るルイーズ。
そんなルイーズの様子に、不安を覚えたのか。
アダムは、ルイーズを気遣うようにこう言った。
「あ、気に入らなければ捨ててしまって下さい。本当に、ただの気持ちなので」
焦ったようにそう言うアダムに。
ルイーズは大袈裟に首を横に振って見せると「とんでもない」という風にこう言った。
「そんなことありません。大事に使わせて頂きます」
そう言って、制服の胸ポケットにフィタをしまうルイーズ。
その姿を、ホッとしたように見つめると。
アダムはハンカチを胸ポケットに大事にしまい込みながら、ダニーに向かってさらりとこう質問した。
「そう言えば、ここへは何の用で来られたんです?」
核心を込めてというよりは、なんとなく、と言った体で。
アダムは何気なくそう聞いてくる。
そんなアダムのさりげなく見える質問に。
ダニーは、少し警戒しながらこう言った。
「事件のことでちょっと調べ物があって……」
それきり言葉を濁すダニーに。
アダムは解せないといった表情で、さらにこう質問する。
「ダニー先輩は、確か監察課に異動されたんですよね? どうして監察課のダニー先輩と捜査課のルイーズさんが一緒に行動しているんです?」
「そ、それは……」
アダムの鋭い指摘に思わず言い淀むダニー。
そんなダニーの様子から、アダムはルイーズをちらりと見るとこう言った。
「先輩とルイーズさん、一体どんな関係なんです?」
「あ? 僕とルイーズさんの、関係?」
予想していなかった質問に。
ダニーは思わず噴き出した。
「な、何がおかしいんです?」
真面目な顔でそう睨みつけてくる後輩に。
ダニーは目じりを抑えながらこう言った。
「ルイーズさんは、ただの友人。捜査の件で僕は協力してるってだけ」
「……そう、ですか」
少しほっとしたように肩を落とすアダム。
そして、アダムはちらりとルイーズを盗み見ると、意を決したようにこう言った。
「ダニー先輩。良かったら僕も手伝いましょうか? 図書館内では結構顔が広いんですよ、僕」
ルイーズと仲良くなるチャンスとでも思ったのだろうか。
アダムはそう言って、ダニーに自分を売り込みにかかる。
そんな、明らかに何かを企んでいそうなアダムの提案に。
今まで沈黙を貫いていた金髪碧眼の小さな子供――エフェルローンは、臆面も無くこう言った。
「それで。その協力に対するお前への見返りはなんだ。お前は俺たちに何を期待している?」
子供にしては少し低めの声と、その偉そうな物言いに。
アダムは眉間にしわを刻むと、不愉快そうにこう言った。
「なんなんです、この生意気そうな小さな子供は……」
アダムの視界の下、アダムを下からねめつける様に。
金髪碧眼の少年――エフェルローンは、その青灰色の双眸を鋭く光らせるのであった。
不安そうにそう尋ねる司書――アダム。
そんなアダムを申し訳なさそうに見遣ると。
ルイーズは、全く思い当たる節がなかったのか、申し訳なさそうにこう言った。
「ごめんなさい。私、何も覚えてないみたいで……」
と、そんなルイーズの記憶の悪さにもめげること無く。
青年は、両手に抱えた本をそのままに、ルイーズを眩しそうに見つめながらこう言った。
「数か月前、僕が本の角で額を切ったとき。あなたは僕に白いハンカチを差し出してくれて――」
そう言って、アダムは血の付いた白いレースのハンカチを一枚、上着のポケットから取り出す。
そのハンカチに見覚えがあったのか、ルイーズは合点がいったとばかりにこう言った。
「それ……私のハンカチですね」
「思い出しましたか」
ホッとしたようにそう言うと。
アダムは、それを手のひらに乗せてこう言葉を続ける。
「あの時、僕が足台から足を踏み外さなければこんなことにはならなかったんでしょけど。ほんとに、あの時はありがとうございました」
そう言って、頭を下げるアダムに。
ルイーズは、ホッとしたようにこう言った。
「あのときの司書さんだったんですね。傷はもう良いんですか?」
「ええ。もうすっかり」
そう言って、額の傷跡を見せるアダム。
薄っすらと傷跡のようなものは残っていたが、もうすぐ綺麗に消えてなくなりそうであった。
それを、確認すると。
ルイーズは、心底申し訳なさそうにこう言った。
「あの時は、本当に無理言ってごめんなさい。でも、どうしてもあの時、あの本が読みたくて……」
そう言って俯くルイーズに。
アダムは、横に首を振るとにっこり笑ってこう言った。
「いいんです、それが僕ら司書の仕事ですから。気にしないでください。あっ、そうだ。ハンカチのお礼に何かお返ししなきゃと思って。持ち歩いていたんです、これ」
そう言って、アダムがルイーズに差し出したのは、寒色系のグラデーションが美しい手編みの腕輪。
「あ、これって……」
そう言って言い淀むルイーズに。
アダムは照れ笑いを浮かべながらこう言った。
「フィタっていいます。べトフォードの民芸品の。なんでも、紐が切れると願いが叶うらしいです。良かったら使って下さい。僕の、ちょっとした気持ちです」
「あ、ありがとう」
そうは言ったものの、事件のこともあり複雑な表情でそれを受け取るルイーズ。
そんなルイーズの様子に、不安を覚えたのか。
アダムは、ルイーズを気遣うようにこう言った。
「あ、気に入らなければ捨ててしまって下さい。本当に、ただの気持ちなので」
焦ったようにそう言うアダムに。
ルイーズは大袈裟に首を横に振って見せると「とんでもない」という風にこう言った。
「そんなことありません。大事に使わせて頂きます」
そう言って、制服の胸ポケットにフィタをしまうルイーズ。
その姿を、ホッとしたように見つめると。
アダムはハンカチを胸ポケットに大事にしまい込みながら、ダニーに向かってさらりとこう質問した。
「そう言えば、ここへは何の用で来られたんです?」
核心を込めてというよりは、なんとなく、と言った体で。
アダムは何気なくそう聞いてくる。
そんなアダムのさりげなく見える質問に。
ダニーは、少し警戒しながらこう言った。
「事件のことでちょっと調べ物があって……」
それきり言葉を濁すダニーに。
アダムは解せないといった表情で、さらにこう質問する。
「ダニー先輩は、確か監察課に異動されたんですよね? どうして監察課のダニー先輩と捜査課のルイーズさんが一緒に行動しているんです?」
「そ、それは……」
アダムの鋭い指摘に思わず言い淀むダニー。
そんなダニーの様子から、アダムはルイーズをちらりと見るとこう言った。
「先輩とルイーズさん、一体どんな関係なんです?」
「あ? 僕とルイーズさんの、関係?」
予想していなかった質問に。
ダニーは思わず噴き出した。
「な、何がおかしいんです?」
真面目な顔でそう睨みつけてくる後輩に。
ダニーは目じりを抑えながらこう言った。
「ルイーズさんは、ただの友人。捜査の件で僕は協力してるってだけ」
「……そう、ですか」
少しほっとしたように肩を落とすアダム。
そして、アダムはちらりとルイーズを盗み見ると、意を決したようにこう言った。
「ダニー先輩。良かったら僕も手伝いましょうか? 図書館内では結構顔が広いんですよ、僕」
ルイーズと仲良くなるチャンスとでも思ったのだろうか。
アダムはそう言って、ダニーに自分を売り込みにかかる。
そんな、明らかに何かを企んでいそうなアダムの提案に。
今まで沈黙を貫いていた金髪碧眼の小さな子供――エフェルローンは、臆面も無くこう言った。
「それで。その協力に対するお前への見返りはなんだ。お前は俺たちに何を期待している?」
子供にしては少し低めの声と、その偉そうな物言いに。
アダムは眉間にしわを刻むと、不愉快そうにこう言った。
「なんなんです、この生意気そうな小さな子供は……」
アダムの視界の下、アダムを下からねめつける様に。
金髪碧眼の少年――エフェルローンは、その青灰色の双眸を鋭く光らせるのであった。
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