正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

図書館にて

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 ルイーズのいらぬ気遣いにより、普段より高く付いてしまった朝食を完食すると。
 エフェルローンたちは早速、当初の目的である王立図書館へと足を運んだ。

――時刻は、朝の八刻を丁度半分過ぎた頃。

 窓ひとつない薄暗くて静かな館内に足を踏み入れてから間もなく、ルイーズが身体を震わせこう言った。

「相変わらず、ここは寒いですよね。膝掛けが欲しいところです」

 その言葉に、ダニーも声を震わせこう頷く。

「冷え性にはこたえるんですよね、この寒さ」

 本に[焼け]が起こらないよう、図書館には窓という窓が存在していない。
 そのため、館内の光源は太陽の日差しに代わり、半永久的にとも蝋燭ろうそくが、使われていた。
 とはいえ、所詮、蝋燭は人工の明かりである。
 陽の光に比べたら、露程つゆほどにも満たないその明るさでは、光と影の陰影をくっきりと浮かび上がらせてしまう。
 そのため、図書館を利用するものは皆、手元を照らすためのキャンドルランタンやオイルランプを持参し資料を閲覧するのが通例であった。

 入り口を通り過ぎ、陳列棚付きの書棚の間を約数十フィール(約数十メートル)ほど真っ直ぐ進むと、黒大理石で出来た半円形のカウンターが見えてくる。
 カウンターの上には、明り取りの為のカンテラが数個、無造作に置かれていて、その合間合間の隙間には、返却された本や新しく入荷した本が所狭しと並べられていた。

「うわぁ、今日はまた本が大量ですね。司書さんたち、大変そう……」
 
 そう言って、司書でもないのにげんなりした顔をするルイーズに。
 元図書館員のダニーは、「とんでもない」と云わんばかりにこう言った。

「たぶん、そんなことはないと思いますよ。今日は、何といっても月に一回の新刊の入荷日ですからね。新しい本をいち早く知ることが出来るので、皆、嬉しさのあまり疲れなんて吹き飛んでますよ。しかも、今日のお昼休みなんかは、その新刊の話題で凄く盛り上がるはずですから尚更です! あー! 僕も話に加わりたい!」

 そう楽しそうに説明するダニーに。

「司書さんもですけど、ダニーさんも凄く楽しそうですね。いいなぁ!」
  
 あこがれた様にそう言うルイーズ。
 そんなルイーズの言葉に、ダニーは恥ずかしそうに顔を赤らめると、頭をかきかきこう言った。

「あはは、実は僕……本と甘いものにはてんで目がなくて。あ、ルイーズさんは何か好きな本とか、作家とかいるんですか? 僕は、ショーカー・パイドルの[世界に一本だけの薔薇]とか、ジークェン・ミュゼルの[よだかの夢]とかがすごく好きで……」

 通路の真ん中で立ち止まり、そう熱を入れて話し始めるダニーの横を、司書らしき人たちが重そうな本を両手に抱え、何度も足早に通り過ぎる。
 彼らは口には出さないが、ダニーのことを「邪魔だ」と云わんばかりに横目で睨みつけていく。

(ったく、ダニーの奴。好きなことになると先が見えなくなるからな……)

 エフェルローンはそう心の中で呟くと、面倒くさそうにダニーに言った。

「おい、ダニー。お前、邪魔になって……」

 そうエフェルローンが注意しかけた、まさにそのとき――。

「うわぁ!」
「うっ……!」

 本を抱え、足早にすれ違った司書の一人とダニーの肩が激しくぶつかる。
 その瞬間、司書の抱えていた本が数冊、床にドサドサと落ちた。

「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
 
 そう言って、慌てて落ちた本を拾うダニー。
 ダニーとぶつかった司書も、腕に抱えていた本を一旦床に下し、申し訳なさそうにこう言った。

「僕の方こそすみませんでした、って……あ」
「あ、あれ?」

 司書とダニーはそう言ってお互い動きを止めると、まじまじと顔を見合わる。
 
「おいおい……なんだ、どうした?」

 不可解そうにそう尋ねるエフェルローンを軽く無視し。
 二人は互いに互いを指さすと、驚きも隠さずこう言った。

「ダニー先輩?」
「ア、アダム君?」

 そういって、しばし沈黙する男二人を冷めた目で見遣ると。
 エフェルローンは面白くもなさそうにこう言った。

「なんだ、知り合いか?」

 その問いに、ダニーが何とも言えない複雑な表情でこう言った。

「知り合いというか、なんというか。図書館勤務時代の仕事の同僚だった子なんですけど、これがまた凄く自信過剰な子で……って、あれ? アダム君?」

 エフェルローンにそう説明するダニーを完全に無視し。
 ダニーに「アダム」と呼ばれた司書は、ダニーの横にポツンと佇んでいたルイーズの前に吸い寄せられるように近づいた。
 そして、癖のない黒い前髪を落ち着かな気に二、三度搔き上げると。
 司書の男――アダムは、期待と不安に満ちた緑の瞳をそっと伏せ、乾いた唇を数回舐めると、両手をグッと握り締めながらこう言った。

「ルイーズさん! あ、あの……僕です。アダム・バートンです。あの……僕の事、覚えていますか?」

 そう言って、若草色の澄んだ瞳を熱く潤ませながら、おずおずと顔を上げるアダム。
 そんな、無言の圧力をかけてくるアダムを前に。

「えっ、と……」

 ルイーズはおどおどと視線を彷徨わせると、困ったように頬を搔くのであった。
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