正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

炙り出し

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「先輩、今度は何の用です? 資料の件はもう無理ですよ」

 ダニーは身構えると、勘弁してくれと云わんばかりにそう言った。
 手元には、整理されていない資料の束が握られている。

 時刻は、午後二の刻を少し回った頃。
 エフェルローンは憲兵棟内にある証拠品保管室に来ていた。

「資料はもういい。もう一つ、お前に頼みたい事ができて」
「法律違反に手を貸すのはお断りします」

 エフェルローンの話が終わらないうちに、ダニーはきっぱりそう言った。
 だが、エフェルローンも負けてはいない。

(法律違反じゃなきゃいいって訳か。よし、それなら)

「法律範囲内だ。むしろ、法律違反者を取り締まろうって言うんだ。安心しろ」

 ルイーズの襲おうと企んでいるやからを捕まえる――それなら、憲兵規律にも引っかからない。

 それでも、ダニーはかなり慎重だった。

「……信じられませんね」

 怪しい物売りでも見るかのように、エフェルローンを見下ろすダニー。

(ちっ、疑り深い奴め)

 心でそう舌打ちすると、エフェルローンはそんなダニーに深いため息を吐く。
 そして、「お前ね、今さらだけど、俺のこと何だと思ってるわけ?」と、苛立いらだたしげにそう尋ねた。
 ダニーはというと、そんなエフェルローンを冷めた目で見遣みやると、冷たくこう言い放つ。

「要注意人物」
「あっそう」

 エフェルローンは眉間に立皺たてじわを刻み、憎々しげにそう答えた。

「お前がそこまで言うなら、俺にも考えがある」
「ほら、それ! そう云う横暴なところが[要注意人物]って言われる所以ゆえんなんですよ、分かります?」

 うんざりした表情でエフェルローンを見下ろすダニーをキッと見上げながら、エフェルローンはこう怒鳴った。 

「うるさい! いいか、俺はお前が首を縦に振るまで、絶対にここから動かないからな!」
「はぁ」
「絶対だぞ!」
「ああ、そうですか。どうぞ、ご勝手に」

 ――それから、数十分。

 証拠品保管室から立ち去る様子のないエフェルローンに、とうとうダニーは根負けしてこう言った。

「……はぁ。参りました、参りましたよ、先輩。で、今度は一体何しようって云うんです?」

 ダニーのその言葉に、待ってましたとばかりにエフェルローンはこう言った。

「ルイーズの帰宅の護衛を頼む」
「ルイーズさんの帰宅の護衛、ですか。でも、ルイーズさん、帰りはいつも[瞬間移動テレポート]で帰っていますよね? 何かあったんですか?」

 不思議そうにそう尋ねるダニーに、エフェルローンは偉そうにこう言った。

おとり捜査をすることになった。それで、おとりになるルイーズの護衛を頼みたい」
おとり捜査って……先輩、そんな危険なことをルイーズさんに押し付けたんですか!」

 呆れた、と云わんばかりにそう言うダニーに、エフェルローンは言い訳がましくこう言う。

「ルイーズは快く承諾してくれたし……」

 そんなエフェルローンの答えに、ダニーは情けないとばかりに肩を落とすと、片手でこめかみを押さえながらこう言った。

「ルイーズさんの好意を利用して、そんな危険なことをさせようだなんて……先輩。僕、先輩を見損ないましたよ」

 軽蔑するような眼差しをエフェルローンに向けると、ダニーは承諾できないとばかりにこう言った。

「そんなの……絶対に駄目ですよ、先輩。ルイーズさんに何かあったら、先輩、カーレンリース伯爵にどう責任取るつもりなんですか? そこのところ、ちゃんと考えてます?」
「だから。お前に護衛を頼んでるんじゃないか、ダニー。お前になら、安心して……」
「そういう問題じゃありませんよ!」

 珍しく、温厚なダニーが声を荒げてそう言った。
 さすがのエフェルローンもこれには驚き、思わず言葉を飲んで一歩後ろに仰け反る。

「もし、もし守りきれなかったら? 先輩、ほんとにどう責任取るんですか! 人間はその辺にある石ころとは訳が違うんですよ? 何かあってからじゃ遅いんですよ! そこのところ、ちゃんと分かってるんですか、先輩!」
 
 ダニーの言っている事は、たぶん正しいのだろう。

――それでも。

 エフェルローンは譲れなかった。
 友として、何も出来なかったギルへの償いのためにも。
 どんな犠牲を払ったとしても、犯人を挙げる―—たとえ誰かの、自らの命が危険に晒されたとしても。

「分かっている。そのときは……俺も死ぬ」
「先輩、頭冷やしてきたほうがいいですよ」
 冷ややかにそう言い放つダニーに、エフェルローンは沈黙する。

(分かってる、分かってはいるんだ。それでも――)

 エフェルローンは返す言葉が見つからず、ただ沈黙し、立ち尽くすのであった。
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