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第二章 秘められた悪意
黒塗りの捜査資料
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あるとき、ディーンが言っていた言葉を思い出す。
――[爆弾娘]は笑っているのに、あいつは……妹はもう笑うことも出来ない。こんな不公平ってあるかよ!
(不公平、か)
あのとき――と、エフェルローンは思う。
四年前のあの時、あの瞬間――。
(俺は、[爆弾娘]を殺すべきだったのだろうか?)
そうすれば、皆、幸せになったのだろうか?
でも、それは一人の人間の犠牲――[爆弾娘]を犠牲にした上で成り立つ幸せだ。
誰かの犠牲の上に成り立つ幸せ。
果たして、それでいいのか。
エフェルローンは自分自身にそう問いかける。
多くの人の幸せのために一人を犠牲にすることは正しい事なのか、と。
※ ※ ※
「先輩、お望みの資料です……」
そう言って、考えに沈んでいたエフェルローンの机の上に耳を揃えて資料を置いたのは、ダニーであった。
「二度は無理なので、一度で根こそぎ持ってきましたよ。はぁ、きつい……」
ダニーは、ぐったりとした様子でソファーに腰を下すと、詰襟の留め金を外してそう言った。
その顔は青ざめ、酷くげっそりとしている。
「よくやった、ダニー。後で好きなだけスイーツ奢ってやるよ」
手元に資料を手繰り寄せ、エフェルローンは中身を引っ張り出す。
「ダニー先輩て、甘いの大丈夫なんですか?」
ルイーズが驚いたようにそう尋ねた。
その問いに、ダニーは頭を掻きながらこう答える。
「ええ。恥ずかしながら僕、甘いものが大好きなんですよ。でも、お酒にはてんで弱くて」
「そういえば、先輩も甘いの食べてましたよね? 夜食にチョコレートとか」
ダニーの話を半分聞き流し、ルイーズはそうエフェルローンに話を振る。
だが、エフェルローンは手元の資料から目を逸らすことが出来なかった。
ノリの悪いエフェルローンにルイーズが再度声を掛ける。
「ね、先輩? 先輩ってば!」
同意を求めるルイーズの問いかけを無視し、エフェルローンは一人呟いてこう言った。
「……やられたな」
「なにがです?」
「どうしました、先輩? そんな怖い顔をして」
その言葉に、ルイーズもダニーも訝しそうな面持ちでエフェルローンを見る。
エフェルローンの目の前にある資料――それは、いたるところが黒く塗りつぶされたものであった。
エフェルローンはその資料を机の上に広げて見せる。
「わっ、ほぼ黒いですね」
ルイーズが素直な感想を述べる。
ダニーはというと、顔を青白くさせこう言った。
「これって、僕ら、危険なんじゃ……」
「だな」
エフェルローンはあっさりとそう言い切った。
たぶん、この国の権力者の探られたくない腹を探ってしまったのだのだろう。
危険以外の何物でもない。
「そ、そんなぁ」
ダニーが絶望のあまり、自分の膝の上に突っ伏す。
エフェルローンは、更に追い討ちをかけるようにこう言った。
「残念だが、これを知ってしまったからには、俺たちの命は狙われる可能性がある」
「ええっ! 私たち、殺されちゃうんですかぁ!」
ルイーズがとんでもないと言わんばかりにそう叫んだ。
裏返って高くなったその声に、エフェルローンもダニーも片耳を塞ぐ。
「声を落とせ、ルイーズ。誰が聞いているか分からない。出来るだけ長く生きていたければ黙ってろ!」
有無を言わせぬエフェルローンの言葉に、ルイーズはコクコクと無言で頷く。
「はぁ、これってやっぱり、アデラ以外にも誰かが……それも、国の重要人物が関わっているって事なんでしょうか」
半分諦めにも似た表情を浮かべながら、ダニーはそうエフェルローンに尋ねる。
「この、黒塗りの資料を見た限りではそう考えるのが妥当だろう。この資料、なるべく早めに元に戻したほうがいいな」
そういうと、エフェルローンは資料をファイルの中に戻し、ダニーに突き出す。
「悪いな、頼む」
差し出されたファイルを、ダニーはしょんぼりと受け取る。
「はぁ。こうなりますよね、やっぱり」
「ダニー先輩、みんなの命が掛かってます! ファイトです!」
多大なるプレッシャーを与えつつ、そう無邪気に励ますルイーズに、ダニーは引きつった笑みを浮かべながら頷いた。
「それじゃ、また明日。命があればですけど……」
そう言うと、ダニーはその背中に哀愁を漂わせながら去っていくのであった。
――[爆弾娘]は笑っているのに、あいつは……妹はもう笑うことも出来ない。こんな不公平ってあるかよ!
(不公平、か)
あのとき――と、エフェルローンは思う。
四年前のあの時、あの瞬間――。
(俺は、[爆弾娘]を殺すべきだったのだろうか?)
そうすれば、皆、幸せになったのだろうか?
でも、それは一人の人間の犠牲――[爆弾娘]を犠牲にした上で成り立つ幸せだ。
誰かの犠牲の上に成り立つ幸せ。
果たして、それでいいのか。
エフェルローンは自分自身にそう問いかける。
多くの人の幸せのために一人を犠牲にすることは正しい事なのか、と。
※ ※ ※
「先輩、お望みの資料です……」
そう言って、考えに沈んでいたエフェルローンの机の上に耳を揃えて資料を置いたのは、ダニーであった。
「二度は無理なので、一度で根こそぎ持ってきましたよ。はぁ、きつい……」
ダニーは、ぐったりとした様子でソファーに腰を下すと、詰襟の留め金を外してそう言った。
その顔は青ざめ、酷くげっそりとしている。
「よくやった、ダニー。後で好きなだけスイーツ奢ってやるよ」
手元に資料を手繰り寄せ、エフェルローンは中身を引っ張り出す。
「ダニー先輩て、甘いの大丈夫なんですか?」
ルイーズが驚いたようにそう尋ねた。
その問いに、ダニーは頭を掻きながらこう答える。
「ええ。恥ずかしながら僕、甘いものが大好きなんですよ。でも、お酒にはてんで弱くて」
「そういえば、先輩も甘いの食べてましたよね? 夜食にチョコレートとか」
ダニーの話を半分聞き流し、ルイーズはそうエフェルローンに話を振る。
だが、エフェルローンは手元の資料から目を逸らすことが出来なかった。
ノリの悪いエフェルローンにルイーズが再度声を掛ける。
「ね、先輩? 先輩ってば!」
同意を求めるルイーズの問いかけを無視し、エフェルローンは一人呟いてこう言った。
「……やられたな」
「なにがです?」
「どうしました、先輩? そんな怖い顔をして」
その言葉に、ルイーズもダニーも訝しそうな面持ちでエフェルローンを見る。
エフェルローンの目の前にある資料――それは、いたるところが黒く塗りつぶされたものであった。
エフェルローンはその資料を机の上に広げて見せる。
「わっ、ほぼ黒いですね」
ルイーズが素直な感想を述べる。
ダニーはというと、顔を青白くさせこう言った。
「これって、僕ら、危険なんじゃ……」
「だな」
エフェルローンはあっさりとそう言い切った。
たぶん、この国の権力者の探られたくない腹を探ってしまったのだのだろう。
危険以外の何物でもない。
「そ、そんなぁ」
ダニーが絶望のあまり、自分の膝の上に突っ伏す。
エフェルローンは、更に追い討ちをかけるようにこう言った。
「残念だが、これを知ってしまったからには、俺たちの命は狙われる可能性がある」
「ええっ! 私たち、殺されちゃうんですかぁ!」
ルイーズがとんでもないと言わんばかりにそう叫んだ。
裏返って高くなったその声に、エフェルローンもダニーも片耳を塞ぐ。
「声を落とせ、ルイーズ。誰が聞いているか分からない。出来るだけ長く生きていたければ黙ってろ!」
有無を言わせぬエフェルローンの言葉に、ルイーズはコクコクと無言で頷く。
「はぁ、これってやっぱり、アデラ以外にも誰かが……それも、国の重要人物が関わっているって事なんでしょうか」
半分諦めにも似た表情を浮かべながら、ダニーはそうエフェルローンに尋ねる。
「この、黒塗りの資料を見た限りではそう考えるのが妥当だろう。この資料、なるべく早めに元に戻したほうがいいな」
そういうと、エフェルローンは資料をファイルの中に戻し、ダニーに突き出す。
「悪いな、頼む」
差し出されたファイルを、ダニーはしょんぼりと受け取る。
「はぁ。こうなりますよね、やっぱり」
「ダニー先輩、みんなの命が掛かってます! ファイトです!」
多大なるプレッシャーを与えつつ、そう無邪気に励ますルイーズに、ダニーは引きつった笑みを浮かべながら頷いた。
「それじゃ、また明日。命があればですけど……」
そう言うと、ダニーはその背中に哀愁を漂わせながら去っていくのであった。
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