正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

同業者

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 ディーンの家は、城下町の大通りメインストリートの近くにあった。
 姉と同居しているエフェルローンと違い、独り身のディーンにとっては繁華街に近いほうが何かと都合が良いのかも知れない。

 大通りから裏通りに回り少し行ったところに、ディーンの住んでいる家はあった。

 一階建てで、煉瓦造りの横長の建物。
 一人暮らし用に建てられた長屋のような造りの家で、煉瓦の壁一枚で区切られた一部屋ごとに扉が付いていた。

「なんか、窮屈そうな家ですね」

 ルイーズが率直な感想を漏らす。
 そんなルイーズに、エフェルローンは容赦なくこう言った。

「安月給で男の一人暮らしとくれば……ま、こんなもんだろ。誰しも、君のようなお屋敷に住んでいる訳じゃないからね」

 そんなエフェルローンの少々毒気のある言葉に、ルイーズは申し訳なさそうに下を向くとこう言った。

「すみません。私、少し常識から外れているみたいで……」
「分かってるんなら、少しずつ直していくんだな」

 投げやりにそう言うと、エフェルローンは一軒一軒の表札を見て回る。
 すると、いつの間にか反対側から表札を確認していたルイーズが声を上げた。

「先輩! ここです! この部屋みたいです!」

 小走りにその場に向かうエフェルローン。
 見ると、その扉の表札には薄く文字が書かれていた。

 雨曝あまざらしになっていたこともあるだろう。
 表札の文字は、月日の経過により薄くなってしまっているようであったが、そこには、紛れもなくディーンのファミリーネームが書かれていた。
 
 ディーンが憲兵を辞めた直後の初めての訪問である。

 エフェルローンは、緊張した面持ちでディーンの家の扉の前に立つと、ノックをするため、その小さな手を握り締めた。

 と、そのとき。

「おい、お前ら。こんなところで何してる?」

 四角い顔をしたガタイの良い男が、そう言ってエフェルローンの首根っこを掴み、ぐいと高く持ち上げた。
 男は、赤に黒の刺し色の入った機能的な制服――憲兵隊の制服を着ている。

「うっ……おまえ、なにするん――!」

 襟首のカーラー部分に指を咄嗟とっさに入れ、苦しそうにもがくエフェルローン。
 まるで、動物でも扱うようにエフェルローンをつまみ上げる四角い顔の男に、ルイーズは腹を立てて猛抗議する。

「ちょっと、あなた! 失礼じゃない! 私たちはあなたと同業の[憲兵]よ。直ぐにせん……彼を下して!」
「私たち?」

 四角い顔の男は、エフェルローンを頭からつま先まで訝しそうに眺めてこう言った。

「どうみても、これは十歳そこそこのガキじゃないか。それとも、『魔力が低すぎて直接攻撃しないとダメージも与えられない』なんていう、あの[戦う魔術師]クェンビー伯爵様だとでも言うんじゃないだろうな?」

 茶化すように、男はそう言ってわらう。
 そんな失礼極まりない男に、ルイーズは眉をきりきりと吊り上げると、おくびもせずにこう言った。

「貴方の手にしているその彼――彼がその[戦う魔術師]、正真正銘のクェンビー伯爵よ! 放しなさい!」

 ルイーズのその言葉に。
 四角い顔をしたガタイの良い男は、驚いたようにエフェルローンを見る。

 そして――。

「おっと、こりゃ失礼」

 そう言って、ぱっとエフェルローンの首から手を離すと、男は意地の悪い笑みを浮かべて見せた。

 その瞬間――。

 約五十ミル(約五十センチ)下にある地面に、両足からストンと落ちるエフェルローン。
 二本の足で踏ん張るものの、さすがに両足が痺れて少しよろけてしまう。

 そんなエフェルローンの様子を見ていた四角い顔の男は、ふんと鼻を鳴らすと気に食わないといわんばかりにこう言った。

「たかだかあれぐらいの衝撃でよろけるなんてな。さすがは[戦う魔術師]様。支給品の[ブルゾス魔魂石まこんせき]を惜しげもなく全部使い切っちまう訳だ」

 嫌味な男の言葉に、エフェルローンは鋭い眼光を飛ばす。

「おお怖い、怖い。でもな、お前……[ブルゾス魔魂石まこんせき]が一体どれだけの値がするのか分かってるのか? 一個、金貨約百枚(約百万円)だぞ? しかも、国民の血と汗と涙の税金で買われた物だ。それを、お前は惜しげもなく全部使い切る」

 敵意むき出しの男の言葉に、ルイーズがムッとした表情で反論する。

「先輩は、悪戯いたずらに[ブルゾス魔魂石まこんせき]を全部使いきってる訳じゃありません! 生きて、任務を完遂させる為です。それとも、あなたは[ブルゾス魔魂石まこんせき]を使うぐらいなら、彼に死ねと……そう言うわけですか?」

 言葉に怒りを滲ませながらも、つとめて冷静に言葉を紡ぐルイーズに、四角い顔のガタイの良い男は困ったように苦笑にがわらうとこう言った。

「いいや、そうは言ってない。ただ、憲兵としての……公僕としての自覚があまりに足りないと、そう言っているだけだ」

 四角い顔の男は、悪びれた風もなくそうきっぱりと言い切るのであった。
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