正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

師匠と弟子と、その絆

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「コールリッジ捜査官の案件を引き継ぎたい?」

 手元の書類から目を上げると、キースリーは訝しむような視線をエフェルローンに向けた。

 ――午前十刻を少し過ぎた頃。

 エフェルローンとルイーズは、キースリーの執務室を訪れていた。
 二人の目的は、ディーンたちが追いかけていた事件の引継ぎ。

 ディーンが何を考え、一体どう行動しようとしているのか。
 それを知るために、どうしてもこの案件が欲しい――。

 そんな思惑もあり。

 エフェルローンは、ダメ元でキースリーに事件の引継ぎを掛け合ってみようと、そう思ったのである。

(さて、勢いでここまで来たものの、こいつをどう説き伏せていくかだが……)

 そう心の中で呟くと。
 
 エフェルローンはキースリーの執務机にゆっくりと近づく。
 そして、その机に両手を突くと、前のめりながら交渉に入った。

「長官も知っているとは思いますが、昨日さくじつ亡くなったノーランド捜査官と、今日憲兵を退職したコールリッジ捜査官は私の友人。彼らの捜査方法や事の運び方は熟知しているつもりです。彼らをよく知らない他の憲兵を後任に充てるより、私の方が良い結果を出せると思います」
「それで?」

 キースリーにそう促され、エフェルローンは話を外堀から理論で埋めていく。

「それに、コールリッジ捜査官らが追っていたアデラ・クロウリー。彼女は私の魔術の師だった人です。彼女の操る魔術の癖や手法、弱みや強みはよく知っているつもりです。彼女を捕らえろと言われれば、何かしらの方法はあるかと。それに……」
「それに?」
「我々が追っていた事件の被疑者・グラハム・エイブリー。彼は、同じ手口で殺され、やはり事件の被害者となったノーランド捜査官とは[魔魂石まこんせき]を通して繋がりがあります。それは鑑識の調べた証拠からも明らかです。それが証明された以上、私が追っていた事件は、ディーンたちが追っていた事件と何かしらの関連性があるものと考えられます。ですから、どうか我々にギルたちの事件も追わせて……」
「駄目だ」

 まるで最初からその気はないとでも言うように。
 キースリーは間髪入れず即答した。
 キースリーのその反応の速さに。
 エフェルローンは一瞬言葉を失うものの、すぐに気持ちを切り替えてこう噛み付く。

「なぜです! 私の担当事件とノーランド捜査官の死には、明らかな繋がりが……!」

 尚も食い下がろうとするエフェルローンに。
 キースリーは、手元の資料を机の上に軽く放り投げると、冷めた表情かおでこう言った。

「自分でも言っていたと思うけど、君は誰の弟子だっけ?」
「……アデラ。アデラ・クロウリーですが、何か……」

 言い難そうにそう語尾を濁すエフェルローンに。
 キースリーは呆れたような視線を送ると、にべもなくこう言い放った。

「そんな常軌を逸した女の直弟子である君に、どう解釈したらコールリッジの案件を渡せる? それに第一、世間がそれを許すと思うかい?」

 その尤もな意見に、エフェルローンはグッと言葉を飲み込む。
 そんなエフェルローンに、キースリーはため息交じりにこう言った。

「アデラの養子で、アデラの愛弟子――君は、アデラとの絆が強すぎる」

 そう、ぴしゃりと撥ね退けるキースリーに、エフェルローンはそれでも負けじと食い下がった。

「でも、今は師匠とは何もない! 忖度する気も毛頭ない!」
「あのね、クェンビー伯爵」
 
 呆れたようにそう言うと。
 キースリーは大きなため息をひとつ吐き、げんなりした顔でこう言った。

「君ともあろう者が……。はぁ、こんなこと……僕から言われなくても分かっているだろうけど」

 そう切り出すと。

 キースリーはおもむろに黒革張りの椅子の背もたれに深く寄りかかり、腹の上で手を組みながらこう言った。

「いいかい。もしここで、僕が君らを事件の担当にしたとしよう。君は、犯人かもしれない魔術師の弟子で、養子とはいえ、その犯人と十年以上家族だった。そんな君が、事件の解決にあたって『主観なしで事件を解決に導ける』だなんて、一体誰が信じると思う? それとも、それを証明できる何か強力な証拠でもあるわけ?」

「そ、それは……」

 そう言い淀むエフェルローンに。
 キースリーは更に追い打ちをかけるようにこう言った。

「しかも君は、以前[爆弾娘リズ・ボマー]の命を優先させ、アデラを逃した経緯もある。そんな君に、アデアが関わっているかもしれない事件を任せられる訳ないだろう。もし任せたとして、君の前科を知っている貴族や国民たちは、憲兵庁に『犯人を捕まえる気があるのか』と不満を口にするに決まっている。もしそうなれば、自ずと君はこの事件から更迭だ。そんな訳で、無駄なことが嫌いな僕としては、君にこの事件を託す訳にはいかない」

(こんなところで出てくるのか、[爆弾娘あの]事件の事が……)

 その現実に。

 エフェルローンは心の中で震撼し、その口惜しさに思わず唇を噛む。

 と、そんなエフェルローンの胸中など知ってか知らずか。
 キースリーは、面倒くさそうにに資料を手を伸ばすと「邪魔だ」と言わんばかりにこう言った。

「さあ、この話はこれで終わりだ。僕は忙しんだ、さっさと出てってくれる?」

 そんなキースリーの情け容赦ない対応に。
 エフェルローンは返す言葉も見つからず、ただ悔しさに身を焦がしながらキースリーに背を向けた。

「失礼、しました」

 そして、腹の底から絞り出すようにそう言うと。
 エフェルローンは執務室のドアの前までゆっくりと歩を進め、ドアノブにそっと手を伸ばすのだった。
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