正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

名ばかり貴族の憂鬱

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「先輩は、貴族ですよね? お屋敷とか、その……無いんですか?」

 葡萄酒片手にリアの手料理を楽しんでいる最中。
 珍し気に部屋を眺めていたルイーズは、おずおすとエフェルローンにそう尋ねた。
 その問いに、エフェルローンはステーキを頬張りながらあっさりとこう答える。

「ない」
「えっ、ないんですか!」

 ルイーズは持っていたフォークを皿の上に落としかけると、驚いたようにそう言った。

「うちは、弱小貴族。しかも名前だけの貴族だ。財産は祖父の代に全て失くしたらしい」

 そう言うと、葡萄酒ワインを一口飲むエフェルローン。

「なくなった父は、貴族の名前を大事にしていたから、俺の代でそれをどうこうするっていうのはなんとなく出来なくてね。未だに貴族の名前を売ることも出来ないでいる。だから、周りには『貴族の称号に固執してる、みみっちい奴』だとか、未だに思われていたりする。こっちにはこっちの都合っていうのがあるのにな、全く」

 昔を思い出し、エフェルローンは滅入る気持ちを葡萄酒ワインで静める。

「先輩、結構大変なんですね」

 ルイーズがそう感想を漏らすと、ダニーが頷きながらこう言った。

「まあ、大学時代から先輩たちの周りでは喧嘩が絶えませんでしたからね。先輩の身分がどうの、成績が不正だとか。色々と、ね、先輩?」

 意味ありげにそう語尾を上げるダニーに、エフェルローンは居心地悪そうに空の皿をフォークで突いた。

「まあ、そんな事もあったな」
「見てくれが良くて喧嘩も強いから、女子たちがキャーキャー言っちゃって。でも、先輩。モテる割に、女の子選ぶの下手でしたよね」

 さらりとそう言うと、ダニーは何事もなかったかのようにブロッコリーのサラダを口いっぱいに頬張る。

「…………」

 能天気にサラダを頬張るダニーを不穏な眼差しで睨み付けると、エフェルローンは皿の上のステーキを苦々しげに突き刺す。

 しかし―—。

「そう、そうなのよ!」

 以外にも。

 ダニーのその言葉に強く反応したのは、ルイーズではなくエフェルローンの姉リアであった。
 彼女は、テーブルの上に焼きたてのキッシュをドンと置くと、顔をほんのり上気させ、こう熱弁を振るう。

「だって、この子が選んでくる女の子って、見た目は憂いがあって儚くてかわいい感じなんだけど、実際は裏があるーって子ばかりだったんですもの!」
「えっ、そうなんですか? それはなんというか……」

 ルイーズが気の毒そうに眉をひそめながらそう言葉を濁す。
 そんなルイーズに、エフェルローンはチッと舌打ちするとふて腐れたようにこう言った。

「うるせーよ、そんなの俺の勝手だろうが」

 そんなエフェルローンにダニーがとどめとばかりにこう言う。

「それにしてもですよ、先輩。学生時代付き合った女の子三人の内、一人が刑務所行き、一人が精神療養中、そしてもう一人が大陸一の裏組織の幹部の娘って、なんかおかしくないですか」
「先輩……」

 ルイーズの瞳に同情の色が浮かぶ。

「もう、好きにしてくれ……」

 エフェルローンはそういうと、卓上テーブルの中心に置かれた山盛りのステーキにフォークを突き立て、憤りにまかせてそれを食べ始めた。

「あっ、先輩ずるい!」

 後を追いかけるようにダニーもステーキに手を出す。
 その様子に、リアはホッとしたように笑うとルイーズにこう言った。

「そんな事もあってね、貴方みたいな[普通]の子があの子の相棒になってくれて安心しているのよ。ほんと、良かったわ」
「[普通]……ですかねぇ、私」

 ルイーズは、なぜか思案するようにそう言った。
 そんなルイーズに、リアはこう太鼓判を押す。

「安心して。私が見てきたあの子の彼女たち……特に、あの子の元婚約者と比べたら、貴方は普通よ」
「婚約者……」

 ルイーズは複雑な表情をして葡萄酒ワインを一口啜る。

「確かクローディア、だったかしら。あの子ったら、超が付くほどのファザコンでね。あんな子と結婚してたら、エフェルが不幸になるだけだったわ。だから、内心ホッとしているの、エフェルの結婚話がお流れになって。まあ、エフェルがそれをどう思ってるかは分からないけれど、たぶん、私の見立てでは幸せにはなれなかったと思うわ」
「…………」

 どう反応していいか分からず黙り込むルイーズに、リアは「困らせてごめんなさいね」と言うと、申し訳なさそうにこう言った。
「今の話は忘れて頂戴」

 そして、気を取り直して胸の前で両手を叩くとルイーズに笑いかけながらこう言った。

「それじぁや、私たちもいただきましょうか。早く食べないと、この大食い共たちに全部食べられちゃうわよ!」
「はい!」

 小さな家の中で大きな温もりを感じながら。
 若人わこうどたちは、過ぎ行く時を存分に味わうのであった。
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