正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

安らぎのとき

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「よく来たわね、さあ入って!」

 日はかげり、辺りが薄暗くなる午後六の刻。

 仕事帰りの二人の憲兵と一人の監察官を明るく迎え入れたのは、エフェルローンの姉リアであった。
 エフェルローンの家は、街の大通りから少し離れた閑静な場所にある。
 それは、ごく普通の一般庶民がひしめき合いながら住む手頃な住宅地で、貴族が住むような高級な場所ではなかった。

「あ、いい匂いがしますね!」

 入るなり、ダニーが興奮気味にそう言った。

「ほんと。美味しそうな匂い」

 ルイーズも、部屋に充満している食欲を誘う匂いに辺りを見回す。

「今、キッシュを石釜で焼いているから……きっと、その匂いね」

 ダニーやルイーズの言うとおり、部屋の中は食欲をそそる匂いがそこかしこに漂っていた。
 食卓を見ると、中央に置かれたオイルランプを中心に、ブロッコリーと卵とマヨネーズを和えたサラダと、サーモンと玉ねぎのマリネ、遠く楼蘭(ロウラン)の調味料・醤油と、ニンニクで焼いたステーキが、ローストした玉ねぎと共に一口サイズのトマトに彩られ盛られている。

(姉貴の奴……まるで、祭りの日みたいな気合の入れようだな)

 エフェルローンは半分呆れたようにそう心の中で呟いた。
 こんな料理、年に数度食べられるかどうかである。
 自慢じゃないが、エフェルローンの給料は、扶養手当も入れてルイーズの初任給の三割り増しぐらいでしかない。
 二人で生きていくには少々の倹約が必要なレベルであった。
 それでも、こうして旨い料理を毎日口に出来るのは、ひとえに姉の料理の腕と倹約術のなせる業である。

 とはいえ。

(この流れで行くと……明日から、一品減るな)

 そんな事をぼんやりと思いながら、いつもの様に椅子に腰掛けるエフェルローン。
 改めて食卓の上を見る。

 所狭しとならぶ料理の数々。
 そして、ワインボトルが一本。

「ずいぶんと張り切ったじゃないか、姉貴」

 取り皿も含めれば、食卓の上はパンク状態である。
 そんなエフェルローンの言葉に、リアは当然とばかりにこう言った。

「だって、貴方たちの顔……酷いものよ。顔色は悪いし、眉間に皺は寄ってるし。そんな時はね、こうして美味しいものを食べて、楽しい会話をするのが一番の薬なのよ」

 そう言ってにっこりと笑うリア。

 確かに、ルイーズやダニーを見ると皆、何かを思い詰めている顔をしている。
 そして、何よりもエフェルローン自身が色々な面で思い悩んでいた。
 この食事会は、そんなエフェルローンたちを見かねたリアの、ちょっとした心遣いだったのかもしれない。

「さあ、そんなところにぼおっと立ってないで。さあ、座って、座って!」

 リアが笑顔でそう席を勧める。

「あっ、すみません」
「ありがとうございます」

 ダニーとルイーズがそう言って席につくと、リアはワインコルク引き抜き、各々のグラスに赤ワインを注ぐ。
 そして、釘を刺すようにこう言った。

「仕事の話はしないこと、いいわね?」

 今まさに口火を切ろうとしていた三人は、思わず引きつった笑みを浮かべるのであった。
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