正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

陰謀、それとも……

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 憲兵庁に着いたのは、もう午後二刻半を過ぎた頃であった。

 濡れた服を予備の制服に取り替え、エフェルローンは執務室の机に両足を乗せ、手元の資料に再度目を通していた。
 ルイーズはというと、何をするでもなく何度もため息を吐いては虚空きょくうを見つめている。
 もちろん、濡れた制服を新しいものに着替えた後ではあるが。

「そういえばダニーさん、持ち場に戻らなくても大丈夫なんですか?」

 ふと、ルイーズがそう言ってダニーを心配そうに見た。
 憲兵庁の規則では、仕事の無断欠席は昇進の査定に響くことになっていたからである。

「ああ、そのことですか」

 ダニーはまるで他人事のようにそう言うと、執務室のソファーにどっしりと腰を落ち着かせる。
 そして、先ほどの大通りの露店で買ってきたサンドウィッチを雨に濡れた紙袋から取り出すと、ダニーは中身が濡れていないか吟味しながらこう言った。

「大丈夫ですよ。あらかじめ、休みをもらっておいたので」

 そう言うと、早速サンドウィッチにかぶり付くダニー。

「なるほど、それ正解ですね。私も休み、取っておけば良かったなぁ」

 そういうと、ルイーズは自分の席から立ち上がり、机の上においてあったサンドウィッチが入った紙袋を開けた。
 そして、中から紙に包まれたサンドウィッチを一人分取り出すと、それをエフェルローンの机の上に置く。

「はい、これ先輩の分です」
「ああ」

 そう空返事すると、エフェルローンは資料から目を離さずにサンドウィッチに手を伸ばした。
 そんなエフェルローンにダニーが感心したようにこう言う。

「それにしても、先輩はタフですよね。こんな浮かない気持ちを抱えたまま仕事だなんて、僕にはちょっとキツいなぁ」

 エフェルローンは資料から目を上げると、ダニーに向かってこう言った。

「俺だってへこんでるさ。でも、へこんでたって何も解決しないだろ? だから俺は動く。一日も早く犯人を挙げて、あいつの無念を晴らしてやりたいから。ただ、それだけだよ」

 脳裏に。

 墓地で会った娼婦の女性の悲しげな横顔と、ディーンのやるせない背中が過ぎる。

(……犯人、挙げなきゃな)

 心の中でそう呟くと、エフェルローンは視線をまた手元の資料へと戻した。

 最初の事件で[魔魂石]にされ殺されたジャーナリストの男性。
 やはり、睨んだとおり、遺留品にフィタが入っていた。

 そして、第二の事件で殺され[魔魂石]にされた男子学生。
 そして今回、[魔魂石]にされ殺されたギル。

 やはり三人とも[魔魂石]にされ、[フィタ]をしていたという報告が上がっている。

 ベトフォードの民芸品――フィタ。

 ということはこの事件、かつて栄華を誇った都市・ベトフォード、つまり[爆弾娘リズ・ボマー]事件と何か関連があると、そう睨むべきだろうか?

(難しいところだな)

 そう心の中で呟くと、エフェルローンは両腕を組み、唸る。

(遺留品から無くなったジャーナリストの[日記]、もしあれが今手元にあれば、そうすれば――)

 この事件と[爆弾娘リズ・ボマー]事件との関連性を見極めることが出来たかもしれない。
 そう思うと、無くなった[日記]の存在が酷く口惜しくなる。

[日記]に書いてあったこと―—果たしてそれはなんだったのだろうか。

 「くそっ、日記さえなくならなければ」

 そう言って、手元の資料を卓上に放り置くエフェルローン。
 そう腕を組んだまま、ふつと黙り込むエフェルローンに。

 ダニーはふと考えるような仕草をすると、神妙な顔でこう言った。

「それにしても先輩、その[日記]って、本当に存在していたんですか? 僕が遺留品の受け渡しを行ったとき、メモはありましたけど、[日記]らしき物はまったくなかったですけどねぇ」

 ダニーが、そのときの事を思い返すようにそう言った。 
 そんなダニーの言葉に、エフェルローンは確信に満ちた口調で一言、こう言う。

「[日記]は、ある」

 その自信に満ちた答えに、ダニーは眉を顰め神妙な顔をする。

「先輩、日記の|在処(ありか)に何か心当たりでもあるんですか?」

 訝しむようにそう尋ねるダニーに。
 エフェルローンは、手元の資料から目を離すとダニーの目を見てこう言った。

「たぶん、この国の上層部の誰かの机の中にあるだろうよ。もしくは、もう燃やされて灰になったか……」

 その言葉に。
 ダニーは顔色を無くし、声を上ずらせてこう言った。

「そ、そんな。そんなことあるわけが……!」

 握り拳を恐怖で震わせながらそう全力で否定するダニーに。
 エフェルローンは、ため息交じりにこう言った。

「それが、あるんだよ。残念だがな……」

 そう言うと、エフェルローンは口をへの字に引き結ぶと、椅子の背もたれに深く寄り掛かる。
 
「でも先輩、仮にそうだとして。それってがっつり証拠の[隠蔽いんぺい]ですよね? は、[犯罪]ですよね?」
「だな。ってことで、これを知ってしまったからには、お前……今夜から、背中には十分気をつけることだな」

 脅すようにそう言うエフェルローンに、ダニーは酷く怯えたようにこう言った。

「そんなぁ! ……はあ、ほんと勘弁してくださいよ、先輩」

 眉をハの字に寄せ、ダニーは「巻き込まないでくれ」と言わんばかりに頭を抱えてそう言った。
 そんなダニーにエフェルローンは軽く笑みを浮かべると、落ち着かせるようにこう言う。

「まあ、最悪の事態っていうのを考えただけだから、あまり気にするな。まだ実際のところ、どの程度上が関わっているのか分からない。もしかしたら、全く関わっていないかもしれない。それに、上じゃないとして、一体誰が関わっているのかもまったくを以って不明だ。だから、最悪の事態を想定して動くに越した事は無いって、ただそういう事だ」

 エフェルローンはそう言うと、サンドウィッチをひとかじりする。

「資料からは[日記]の存在自体消えちゃって、しかも[日記]自体もなくなっちゃうし。ほんと、どうなっちゃっているんでしょうね?」

 サンドウィッチを両手で持ちながら、ルイーズは心底不思議そうにそう言った。

「さあな」

 投げやりにそう言うと。
 エフェルローンは更なる思考の深みへと、ゆっくり沈んでいくのであった。
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