40 / 127
第二章 秘められた悪意
陰謀、それとも……
しおりを挟む
憲兵庁に着いたのは、もう午後二刻半を過ぎた頃であった。
濡れた服を予備の制服に取り替え、エフェルローンは執務室の机に両足を乗せ、手元の資料に再度目を通していた。
ルイーズはというと、何をするでもなく何度もため息を吐いては虚空を見つめている。
もちろん、濡れた制服を新しいものに着替えた後ではあるが。
「そういえばダニーさん、持ち場に戻らなくても大丈夫なんですか?」
ふと、ルイーズがそう言ってダニーを心配そうに見た。
憲兵庁の規則では、仕事の無断欠席は昇進の査定に響くことになっていたからである。
「ああ、そのことですか」
ダニーはまるで他人事のようにそう言うと、執務室のソファーにどっしりと腰を落ち着かせる。
そして、先ほどの大通りの露店で買ってきたサンドウィッチを雨に濡れた紙袋から取り出すと、ダニーは中身が濡れていないか吟味しながらこう言った。
「大丈夫ですよ。予め、休みをもらっておいたので」
そう言うと、早速サンドウィッチにかぶり付くダニー。
「なるほど、それ正解ですね。私も休み、取っておけば良かったなぁ」
そういうと、ルイーズは自分の席から立ち上がり、机の上においてあったサンドウィッチが入った紙袋を開けた。
そして、中から紙に包まれたサンドウィッチを一人分取り出すと、それをエフェルローンの机の上に置く。
「はい、これ先輩の分です」
「ああ」
そう空返事すると、エフェルローンは資料から目を離さずにサンドウィッチに手を伸ばした。
そんなエフェルローンにダニーが感心したようにこう言う。
「それにしても、先輩はタフですよね。こんな浮かない気持ちを抱えたまま仕事だなんて、僕にはちょっとキツいなぁ」
エフェルローンは資料から目を上げると、ダニーに向かってこう言った。
「俺だって凹んでるさ。でも、凹んでたって何も解決しないだろ? だから俺は動く。一日も早く犯人を挙げて、あいつの無念を晴らしてやりたいから。ただ、それだけだよ」
脳裏に。
墓地で会った娼婦の女性の悲しげな横顔と、ディーンのやるせない背中が過ぎる。
(……犯人、挙げなきゃな)
心の中でそう呟くと、エフェルローンは視線をまた手元の資料へと戻した。
最初の事件で[魔魂石]にされ殺されたジャーナリストの男性。
やはり、睨んだとおり、遺留品にフィタが入っていた。
そして、第二の事件で殺され[魔魂石]にされた男子学生。
そして今回、[魔魂石]にされ殺されたギル。
やはり三人とも[魔魂石]にされ、[フィタ]をしていたという報告が上がっている。
ベトフォードの民芸品――フィタ。
ということはこの事件、かつて栄華を誇った都市・ベトフォード、つまり[爆弾娘]事件と何か関連があると、そう睨むべきだろうか?
(難しいところだな)
そう心の中で呟くと、エフェルローンは両腕を組み、唸る。
(遺留品から無くなったジャーナリストの[日記]、もしあれが今手元にあれば、そうすれば――)
この事件と[爆弾娘]事件との関連性を見極めることが出来たかもしれない。
そう思うと、無くなった[日記]の存在が酷く口惜しくなる。
[日記]に書いてあったこと―—果たしてそれはなんだったのだろうか。
「くそっ、日記さえなくならなければ」
そう言って、手元の資料を卓上に放り置くエフェルローン。
そう腕を組んだまま、ふつと黙り込むエフェルローンに。
ダニーはふと考えるような仕草をすると、神妙な顔でこう言った。
「それにしても先輩、その[日記]って、本当に存在していたんですか? 僕が遺留品の受け渡しを行ったとき、メモはありましたけど、[日記]らしき物はまったくなかったですけどねぇ」
ダニーが、そのときの事を思い返すようにそう言った。
そんなダニーの言葉に、エフェルローンは確信に満ちた口調で一言、こう言う。
「[日記]は、ある」
その自信に満ちた答えに、ダニーは眉を顰め神妙な顔をする。
「先輩、日記の|在処(ありか)に何か心当たりでもあるんですか?」
訝しむようにそう尋ねるダニーに。
エフェルローンは、手元の資料から目を離すとダニーの目を見てこう言った。
「たぶん、この国の上層部の誰かの机の中にあるだろうよ。もしくは、もう燃やされて灰になったか……」
その言葉に。
ダニーは顔色を無くし、声を上ずらせてこう言った。
「そ、そんな。そんなことあるわけが……!」
握り拳を恐怖で震わせながらそう全力で否定するダニーに。
エフェルローンは、ため息交じりにこう言った。
「それが、あるんだよ。残念だがな……」
そう言うと、エフェルローンは口をへの字に引き結ぶと、椅子の背もたれに深く寄り掛かる。
「でも先輩、仮にそうだとして。それってがっつり証拠の[隠蔽]ですよね? は、[犯罪]ですよね?」
「だな。ってことで、これを知ってしまったからには、お前……今夜から、背中には十分気をつけることだな」
脅すようにそう言うエフェルローンに、ダニーは酷く怯えたようにこう言った。
「そんなぁ! ……はあ、ほんと勘弁してくださいよ、先輩」
眉をハの字に寄せ、ダニーは「巻き込まないでくれ」と言わんばかりに頭を抱えてそう言った。
そんなダニーにエフェルローンは軽く笑みを浮かべると、落ち着かせるようにこう言う。
「まあ、最悪の事態っていうのを考えただけだから、あまり気にするな。まだ実際のところ、どの程度上が関わっているのか分からない。もしかしたら、全く関わっていないかもしれない。それに、上じゃないとして、一体誰が関わっているのかもまったくを以って不明だ。だから、最悪の事態を想定して動くに越した事は無いって、ただそういう事だ」
エフェルローンはそう言うと、サンドウィッチをひとかじりする。
「資料からは[日記]の存在自体消えちゃって、しかも[日記]自体もなくなっちゃうし。ほんと、どうなっちゃっているんでしょうね?」
サンドウィッチを両手で持ちながら、ルイーズは心底不思議そうにそう言った。
「さあな」
投げやりにそう言うと。
エフェルローンは更なる思考の深みへと、ゆっくり沈んでいくのであった。
濡れた服を予備の制服に取り替え、エフェルローンは執務室の机に両足を乗せ、手元の資料に再度目を通していた。
ルイーズはというと、何をするでもなく何度もため息を吐いては虚空を見つめている。
もちろん、濡れた制服を新しいものに着替えた後ではあるが。
「そういえばダニーさん、持ち場に戻らなくても大丈夫なんですか?」
ふと、ルイーズがそう言ってダニーを心配そうに見た。
憲兵庁の規則では、仕事の無断欠席は昇進の査定に響くことになっていたからである。
「ああ、そのことですか」
ダニーはまるで他人事のようにそう言うと、執務室のソファーにどっしりと腰を落ち着かせる。
そして、先ほどの大通りの露店で買ってきたサンドウィッチを雨に濡れた紙袋から取り出すと、ダニーは中身が濡れていないか吟味しながらこう言った。
「大丈夫ですよ。予め、休みをもらっておいたので」
そう言うと、早速サンドウィッチにかぶり付くダニー。
「なるほど、それ正解ですね。私も休み、取っておけば良かったなぁ」
そういうと、ルイーズは自分の席から立ち上がり、机の上においてあったサンドウィッチが入った紙袋を開けた。
そして、中から紙に包まれたサンドウィッチを一人分取り出すと、それをエフェルローンの机の上に置く。
「はい、これ先輩の分です」
「ああ」
そう空返事すると、エフェルローンは資料から目を離さずにサンドウィッチに手を伸ばした。
そんなエフェルローンにダニーが感心したようにこう言う。
「それにしても、先輩はタフですよね。こんな浮かない気持ちを抱えたまま仕事だなんて、僕にはちょっとキツいなぁ」
エフェルローンは資料から目を上げると、ダニーに向かってこう言った。
「俺だって凹んでるさ。でも、凹んでたって何も解決しないだろ? だから俺は動く。一日も早く犯人を挙げて、あいつの無念を晴らしてやりたいから。ただ、それだけだよ」
脳裏に。
墓地で会った娼婦の女性の悲しげな横顔と、ディーンのやるせない背中が過ぎる。
(……犯人、挙げなきゃな)
心の中でそう呟くと、エフェルローンは視線をまた手元の資料へと戻した。
最初の事件で[魔魂石]にされ殺されたジャーナリストの男性。
やはり、睨んだとおり、遺留品にフィタが入っていた。
そして、第二の事件で殺され[魔魂石]にされた男子学生。
そして今回、[魔魂石]にされ殺されたギル。
やはり三人とも[魔魂石]にされ、[フィタ]をしていたという報告が上がっている。
ベトフォードの民芸品――フィタ。
ということはこの事件、かつて栄華を誇った都市・ベトフォード、つまり[爆弾娘]事件と何か関連があると、そう睨むべきだろうか?
(難しいところだな)
そう心の中で呟くと、エフェルローンは両腕を組み、唸る。
(遺留品から無くなったジャーナリストの[日記]、もしあれが今手元にあれば、そうすれば――)
この事件と[爆弾娘]事件との関連性を見極めることが出来たかもしれない。
そう思うと、無くなった[日記]の存在が酷く口惜しくなる。
[日記]に書いてあったこと―—果たしてそれはなんだったのだろうか。
「くそっ、日記さえなくならなければ」
そう言って、手元の資料を卓上に放り置くエフェルローン。
そう腕を組んだまま、ふつと黙り込むエフェルローンに。
ダニーはふと考えるような仕草をすると、神妙な顔でこう言った。
「それにしても先輩、その[日記]って、本当に存在していたんですか? 僕が遺留品の受け渡しを行ったとき、メモはありましたけど、[日記]らしき物はまったくなかったですけどねぇ」
ダニーが、そのときの事を思い返すようにそう言った。
そんなダニーの言葉に、エフェルローンは確信に満ちた口調で一言、こう言う。
「[日記]は、ある」
その自信に満ちた答えに、ダニーは眉を顰め神妙な顔をする。
「先輩、日記の|在処(ありか)に何か心当たりでもあるんですか?」
訝しむようにそう尋ねるダニーに。
エフェルローンは、手元の資料から目を離すとダニーの目を見てこう言った。
「たぶん、この国の上層部の誰かの机の中にあるだろうよ。もしくは、もう燃やされて灰になったか……」
その言葉に。
ダニーは顔色を無くし、声を上ずらせてこう言った。
「そ、そんな。そんなことあるわけが……!」
握り拳を恐怖で震わせながらそう全力で否定するダニーに。
エフェルローンは、ため息交じりにこう言った。
「それが、あるんだよ。残念だがな……」
そう言うと、エフェルローンは口をへの字に引き結ぶと、椅子の背もたれに深く寄り掛かる。
「でも先輩、仮にそうだとして。それってがっつり証拠の[隠蔽]ですよね? は、[犯罪]ですよね?」
「だな。ってことで、これを知ってしまったからには、お前……今夜から、背中には十分気をつけることだな」
脅すようにそう言うエフェルローンに、ダニーは酷く怯えたようにこう言った。
「そんなぁ! ……はあ、ほんと勘弁してくださいよ、先輩」
眉をハの字に寄せ、ダニーは「巻き込まないでくれ」と言わんばかりに頭を抱えてそう言った。
そんなダニーにエフェルローンは軽く笑みを浮かべると、落ち着かせるようにこう言う。
「まあ、最悪の事態っていうのを考えただけだから、あまり気にするな。まだ実際のところ、どの程度上が関わっているのか分からない。もしかしたら、全く関わっていないかもしれない。それに、上じゃないとして、一体誰が関わっているのかもまったくを以って不明だ。だから、最悪の事態を想定して動くに越した事は無いって、ただそういう事だ」
エフェルローンはそう言うと、サンドウィッチをひとかじりする。
「資料からは[日記]の存在自体消えちゃって、しかも[日記]自体もなくなっちゃうし。ほんと、どうなっちゃっているんでしょうね?」
サンドウィッチを両手で持ちながら、ルイーズは心底不思議そうにそう言った。
「さあな」
投げやりにそう言うと。
エフェルローンは更なる思考の深みへと、ゆっくり沈んでいくのであった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します
湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。
そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。
しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。
そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。
この死亡は神様の手違いによるものだった!?
神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。
せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!!
※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中
異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~
水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート!
***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる