正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

文字の大きさ
上 下
39 / 127
第二章 秘められた悪意

雨宿りの産物

しおりを挟む
「雨も降って来ましたし、どこかで雨宿りでもしませんか? ルイーズさんもいる事ですし」

 墓地から仕事場の憲兵棟への帰り道。
 エフェルローンの後輩・ダニーがそう遠慮がちに提案してきた。
 確かに、雨足は強くなる一方で、今のところ止む気配はない。

(ルイーズに風邪を引かれたら色々と面倒くさそうだし)

 ルイーズの後見人・レオンの顔が脳裏を過ぎる。
 預かっているのはレオンの大事な友人の娘。
 何かあってからではまずい。
 いや、まずいどころか命が無くなりかねない。

 エフェルローンは辺りを見回した。

 野菜を売る店や生果せいか店、それに雑貨屋や装飾品の店。
 それに混じって、時間を潰せる手頃な店もいくつかある。
 考えてみれば、今歩いているところは丁度城下町の大通りだ。
 雨宿りできる場所を探すのには打って付けの場所である。

 エフェルローンはダニーの言う通り、雨宿りできるところを探す事にした。
 昼食もまだだった事を思い出し、手頃なランチを取れる店が無いか辺りを見回す。

 ――と、そのとき。

「あら、エフェル? エフェルじゃない! それに、ダニーまで! それにしてもどうしたの? こんな雨の中、傘も差さないで」
 エフェルローンと同じ、癖の無い金色の髪を後ろできつく団子状に束ねた女性は、澄んだあおい瞳でエフェルローンたちを不思議そうに見つめた。

(げっ……)

 エフェルローンは反射的に体を小さく丸め、顔をそむける。
 
 しかし。

「……あ、リアさん! お久し振りです!」

 突然現れた金髪碧眼きんぱつへきがんの美しい女性に、ダニーは嬉しそうにそう言った。
 リアと言われた女性も、ダニーの姿を懐かしそうに見つめながらこう言う。

「ほんと、久し振りねぇ。最後に会ってからもう何年になるかしら」
「四年ですね。月日つきひが経つのは早いものです」

 頭を掻きながらダニーはしみじみとそう言った。
 リアも、感慨深そうに頷く。

「本当にそうね。でも、こうして今でもエフェルに付き合ってくれて、嬉しいわ。ありがとう、ダニー」

 そう言って微笑むリア。
 そんなリアに、ダニーは照れ笑いを浮かべながらこう言った。

「いえ、付き合ってもらってるのは僕の方ですから。ほんと、先輩には感謝してます」

 そう謙遜するダニー。

 そんな二人の会話についていけていないルイーズが、困惑した様子でエフェルローンに小声でこう尋ねた。

「あのぅ、先輩。小さくなってるところ悪いんですけど、この素敵な女性はどなたですか?」

 ルイーズの質問に、エフェルローンは答えにくそうにぼそりとこう呟いた。

「……姉貴」
「えっ、えっ? 先輩のお姉さんなんですか?」

 ルイーズが目を大きく見開いて、リアとエフェルローンを交互に見る。
 そして、納得したように頷くとこう言った。

「確かに、男女差はありますが、髪質とか見た目の雰囲気とか。そこはかとなく似ていますね! まるで、そう! お母さんとその子供みたいな感じです!」

 ルイーズは鼻息も荒くそう言うと、興奮のあまり顔を上気させた。

(はぁ。だからこいつにだけは姉貴の存在、知られたくなかったんだよ……)

 ルイーズの素直すぎる反応に、エフェルローンはげんなりした。
 とはいえ、このことに関して言えば、何もルイーズの反応だけが特別という訳ではない。

(小さくなったばかりの頃は皆、俺たち姉弟きょうだいの事、完全に親子だと勘違してたからな)

 リアの買い物に付き合わされた時など、何度店員に間違われたか分からない。
 それに、もう一つ。
 エフェルローンには触れて欲しくない話題があった。

 それは――。

「あら、その子? 例のエフェルの新しい相棒になった子って」

 今度はリアの声が明らかに弾む。

「あっ、初めまして! ルイーズ・ジュペリと言います。先……あ、伯爵には色々とお世話になってます!」

 エフェルローンが答える代わりに、ルイーズがそう元気よく挨拶をした。
 リアは口元を綻ばせると、にっこり笑ってこう言った。

「こちらこそ、うちの小さいおじさんがお世話になってます」
「えっ? ち、ちいさい、おじさん……?」

 綺麗な顔で毒紛いの言葉をさらりと吐くリアに。
 ルイーズは思わず目を剝きのけぞった。

「ええ、小さいおじさんがお世話に……」

 そう言って頭を軽く下げると、リアは心底心配そうな面持ちでルイーズを下からのぞき込みながらこうのたまった。

「変な事されたりしてない? この子、こう見えてももうすぐ二十七歳のおじさんでしょ? 何かあったらすぐに私に言ってね。任務に失敗して小さくなった上に、セクハラで懲戒免職ちょうかいめんしょくなんてことになったら、本当に目も当てられないから」

 美しい顔からは想像がつかない、毒を孕んだ物言い。
 顔と性格のギャップに不意を突かれたルイーズは、思わず本音を漏らしてこう言った。

「はぁ、まあ。今のところは許容範囲です、ハイ」
「エフェル!」

 眉を吊り上げ、リアがエフェルローンを頭ごなしにそう怒鳴りつける。
 エフェルローンはびくりと肩を震わせると、上目遣いに恐る恐る姉を見上げた。

「あとでよく話し合いましょうね」

 にっこり。

「…………」

 姉の極上の笑みに、エフェルローンは内心項垂れる。
 
(……はぁ、今夜は地獄だな)

 そんなことをぼんやり考えていると。

「あ、そうだわ」

 そんなエフェルローンの心の声など気にする様子もなく、リアが[名案]とでも言うように、胸の前で両手を打ち合わせるとこう言った。

「今夜、うちで食事でもどうかしら?」

 その誘いに、ダニーが嬉しそうにこう言った。

「えっ、良いんですか?」

 目を輝かせるダニーに片目をつぶって見せると、リアは心底嬉しそうにこう言った。

「良いも何も、私が誘いたいんですもの。良いに決まっているじゃない!」
「それでは、是非! リアさんの料理は絶品ですから!」

 ダニーがよだれをたらしそうな勢いでそう言う。

「えっ、そんなに美味しいんですか? 伯爵のお姉さんの料理」

 ルイーズが期待に満ちた眼差まなざしでダニーを見る。

「そりゃもう、そこらへんの店のシェフにも負けない腕前ですよ。特に、かぼちゃのキッシュなんかもう絶品で……」

 そう言って、至福の表情を浮かべるダニー。
 そんなダニーをよそに、ルイーズはルイーズでまた自分勝手に盛り上がっている。

「先輩の家! それに、美味しいキッシュ……凄い、凄く楽しみです!」
「良かった、それじゃあ決まりね! 良いわよね、エフェル?」

 念押しに近い姉の問いに、エフェルローンは肩を落としながらこう言った。

「姉貴に任せるよ……」 

(どうせ、俺の意見は無視なんだろうしさ……)

 そう心の中で拗ねるエフェルローンを尻目に。
 ルイーズとダニーは、エフェルローンの姉によりクェンビー家に食事招待される事となったのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女が性格良いと誰が決めたの?

仲村 嘉高
ファンタジー
子供の頃から、出来の良い姉と可愛い妹ばかりを優遇していた両親。 そしてそれを当たり前だと、主人公を蔑んでいた姉と妹。 「出来の悪い妹で恥ずかしい」 「姉だと知られたくないから、外では声を掛けないで」 そう言ってましたよね? ある日、聖王国に神のお告げがあった。 この世界のどこかに聖女が誕生していたと。 「うちの娘のどちらかに違いない」 喜ぶ両親と姉妹。 しかし教会へ行くと、両親や姉妹の予想と違い、聖女だと選ばれたのは「出来損ない」の次女で……。 因果応報なお話(笑) 今回は、一人称です。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

記憶喪失となった転生少女は神から貰った『料理道』で異世界ライフを満喫したい

犬社護
ファンタジー
11歳・小学5年生の唯は交通事故に遭い、気がついたら何処かの部屋にいて、目の前には黒留袖を着た女性-鈴がいた。ここが死後の世界と知りショックを受けるものの、現世に未練があることを訴えると、鈴から異世界へ転生することを薦められる。理由を知った唯は転生を承諾するも、手続き中に『記憶の覚醒が11歳の誕生日、その後すぐにとある事件に巻き込まれ、数日中に死亡する』という事実が発覚する。 異世界の神も気の毒に思い、死なないルートを探すも、事件後の覚醒となってしまい、その影響で記憶喪失、取得スキルと魔法の喪失、ステータス能力値がほぼゼロ、覚醒場所は樹海の中という最底辺からのスタート。これに同情した鈴と神は、唯に統括型スキル【料理道[極み]】と善行ポイントを与え、異世界へと送り出す。 持ち前の明るく前向きな性格の唯は、このスキルでフェンリルを救ったことをキッカケに、様々な人々と出会っていくが、皆は彼女の料理だけでなく、調理時のスキルの使い方に驚くばかり。この料理道で皆を振り回していくものの、次第に愛される存在になっていく。 これは、ちょっぴり恋に鈍感で天然な唯と、もふもふ従魔や仲間たちとの異世界のんびり物語。

処理中です...