正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

然るべき罰

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 気が付けば、黒く立ち込めた雲間くもまから、冷たい雨が容赦なく降り注いでいた。

「然るべき罰、か」

 エフェルローンの心に栗色の髪の女の言葉が突き刺さる。

 ――あのとき。
 
 数日前の、あの[爆弾娘リズ・ボマー]事件の会議の時。
[分からない]と、そう言ってしまった自分が恨めしい。
 全てを失ってしまった者たちの無念さを考えるならば、ディーンを援護すべきだった。

 でも――。

 公平さを考える時、[爆弾娘リズ・ボマー]の状況も見過ごす事は出来ない。

 本人の意思とは関係のない、魔力の暴走。
 それは、果たして断罪されるべきものと云えるのか、それとも不幸な事故なのか。

(すまない、ギル。俺にはやっぱり分からない。分からないんだ)

 エフェルローンはもう一度、ギルの棺を見る。

 まばらに散った花の上に、無慈悲に土がかけられていく。
 数少ない参列者たちが、各々、さまざまな想いを抱きながら棺に背を向けて去っていく。

 後ろを、何度も何度も振り向き去る者。
 後ろを振り向くことなくそのまま去る者。

 エフェルローンは、一旦棺に背を向けるものの、ギルとの別れに名残惜しさを感じ、ふと後ろを振り返った。

 と、そのとき。

 エフェルローンの横をディーンが強張った顔で通り過ぎる。
「ディー……」
 そうエフェルローンが声をかけようとしたその瞬間――。

「くっ、アデラ……!」

 ディーンはそう呟くと、目を怒らせてギルの眠る墓穴はかあなをじっと睨んだ。
 驚き、弾かれたように後ろを振り返るエフェルローン。

(アデラ? どういうことだ――?)

「ディーン先輩?」

 そう言って、耳ざといダニーも訝しみながら後ろを振り向く。

「…………」

 エフェルローンは眉間に眉をひそめ、墓穴はかあなの淵に佇むディーンを盗み見た。

 肩を落とし、憔悴しきったようにギルの棺を呆然と見下ろすディーン。
 その瞳は残酷な現実を前に、完全に色を無くしている。

(なんでディーンの口から師匠の、アデラの名が? もしかして、アデラがギルを――?)

 嫌な想像が頭を過り、エフェルローンはその考えを脳裏から無理やり追い払う。

(アデラが、師匠が俺の友人と知りながらギルを殺すなんて――馬鹿らしい。でも、もしそうだとするなら、アデラはなぜギルを殺した――?)

 いくつかの悔いと、一つの謎を残したまま――。

 ギルの死は、深い闇へと葬られていく。
 墓守が、鉄のシャベルを無造作に操り、無表情のまま黙々と棺に土をかける。

 それを、無言で見守りながら。

 ディーンは、微動だにせずその光景を見守っている。
 
 気が付けば、雨脚は一層強くなり、それはギルを見送るディーンの髪や服を容赦なく濡らしていく。

(俺には二人に何か出来る事があったはずだ、それなのに俺は――)

 自分の解呪の事ばかりに気を取られ、友人への気遣いを二の次にしてしまった自分。

(もっと……もっと俺が、ギルの事に関心を持っていれば、ギルが死ぬことはなかったかもしれない。それに、ディーンがこんな苦痛を味わうことだって――)

 今更そう思ったところで、[ギルの死]という現実をエフェルローンが変える事は出来ない。
 降り注ぐ雨が、エフェルローンの罪を断罪するように、心に深く、冷たく染み込んでいく。

(ディーン、すまない。俺は――)

――俺はなんて愚かだったんだ。

 掛ける言葉もなく。

 エフェルローンはたまらずきびすを返し、歩を早めた。
 
 故郷を失い、家族も失い、命までも奪われたギル。
 そして、故郷も、家族も、そして相棒までも奪われたディーン。

「こんなの、フェアじゃないだろ……」

 エフェルローンは、昏く淀んだ空を見上げた。
 大粒の冷たい雨が、容赦なくエフェルローンの顔に打ちつける。

(俺は、許さない。こんなギルの幕引きなんて……俺は、絶対に許さない!)

 怒りに歯をギリギリと食いしばり、エフェルローンは心の中で空に向かって吼えるのだった。
 
 こうして。

 黒い雲が垂れ込め、冷たい雨が降りしきる無縁墓地の一角で。
 表面上の身内と、ほんの一握りの盟友たちだけで行われた物悲しい葬儀は、ひっそりと幕を閉じるのであった。
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