正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

私念

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――公務執行妨害。

 エフェルローンの脅しともとれるその言葉に。

 憲兵の一人――背の高い骨太の男は別段気にする様子もなく、それどころか、敵意剥き出しといった体でこう言った。

「実力の伴わない奴が何をほざいてやがる。まあいい、俺がお前に教えてやるさ。あんたが置かれている現実ってやつをな」

 そう言って指をバキバキと鳴らすと、男は更に首を左右に動かし肩を回した。
 それを横目で見ていた小太りのがたいの良い男は、好都合とばかりに唇を舐める。

「へっ、丁度いい。自分の立場ってのも分からせてやるか」

 そう言うと、憲兵たちはエフェルローンの前に壁のように立ちはだかった。
 憲兵といえども、人を殴り傷つければそれは立派な[暴行罪]である。

 驚いたルイーズは怒りも露にこう怒鳴った。

「あなたたち! それでも本当に憲兵なの? 仕事も差し置いて[私闘リンチ]? 死者を愚弄ぐろうするにも程があるってものよ!」

 そして、続けざまに鑑識責任者の男をきつく睨むと、噛み付くようにこう言い放った。

「それに責任者の貴方も! 何でこの憲兵たちを止めないんですか! 下手したら皆[暴行罪]で牢獄ろうごく行きですよ! それなのに、何もしないでただ傍観ぼうかんしているなんて……間違ってます!」

 怒りに肩を震わせそう叫ぶルイーズを鼻で笑うと、鑑識責任者の男は無精髭をさすりながらこう言い切った。

「これが[暴行罪]だって? 馬鹿言っちゃいけないぜ。こいつらにとっちゃあ、こんなの日常茶飯事、唯のじゃれあい、挨拶さ。上に報告するほどのものじゃない」
「貴方、自分が何を言っているかわかっているの?」

 憲兵の規律を無視した行動に、ルイーズは憤りを感じながらもそこはぐっと堪え、努めて冷静にそう言う。
 そのルイーズの言葉に、鑑識責任者の男は凄みの利いた低い声でこう言い放った。

「ここは俺たち鑑識課の縄張りだ。俺たちのルールに従えないなら、ここから即、出ていきな」

 男の言葉に気圧されながらも、ルイーズは負けじとこう言い放つ。

「そんなこと、まかり通ると思っているの? 上に報告します!」

 そんなルイーズの脅し文句にも怯むどころか、鑑識責任者の男は小馬鹿にしたように鼻で笑うとこう言った。

「はっ、勝手にしな。まあ、上からの指示がある頃には、死体にゃウジが湧いてるだろうよ。さ、どうする? 伯爵さんよ」
「そんな、そんな言い分……!」

 怒りで唇を震わせながら更に食って掛かろうとするルイーズを小さな片手で制すると、エフェルローンは眉間にしわを寄せ、ため息を吐きながらこう言った。

「分かった……もういい、ルイーズ」

 ある種のあきらめとさげすみをはらんだ言葉に、鑑識責任者の男は敏感に反応する。

「何が分かったって? なあ、小さな伯爵さんよ?」

 エフェルローンの言葉から少なからず悪意を感じ取った男は、そう言ってエフェルローンに詰め寄った。

「呪われる前ならいざ知らず、今のあんたに俺たちが馬鹿にできるのかい? なあ、プライドのお高い最下級魔術師さんよ?」

 そう言って、冷たい目で見降ろす鑑識責任者の男を、エフェルローンはじっと見つめる。

(プライドのお高い、か)

 そう心の中で呟き苦笑にがわらうと、エフェルローンは男たちから目を逸らさすに、一歩、また一歩と近づきながらこう言った。
 
「プライドが高いが低かろうが、そんなの俺はどうだっていい。とにかく、死体を見せろ、今すぐにだ」

 そう言って男たちの目の前で立ち止まると、エフェルローンは不敵な笑みを浮かべながら男たちを下から睨みつける。
 だが、男たちにとって子供の姿のエフェルローンの脅しなど、子供だましでしかないのだろう。
 彼らはそんなエフェルローンに失笑の笑みを浮かべると、微動だにせずこう言った。

「家に帰りな、坊や」

 そのやり取りに嫌気が差し始めたエフェルローンは、呆れたようなため息をひとつ吐くと、何を思ったか、姿勢を正してこう言った。

「悪かった。俺が間違っていた。申し訳ない」
「えっ、先輩? 何言って……」

 ルイーズが呆然あぜんとした顔でそう呟く。
 そんなルイーズを尻目に、エフェルローンは頭を下げたまま男たちにこう言った。

「俺は確かに、あなた方の言うように使えない人材だ。本来なら、憲兵をやめるべきなんだろう。それが、未だに過去の実績を盾に憲兵隊に居座っている。しかも、任務のたびに国民の血税から[青銅の魔魂石]を支給してもらっている有様。それでいて憲兵としての特権を振り翳している俺を許せないというのは良く分かる」

 真摯な口調でそう言うと、エフェルローンは更に話を続けてこう言った。

「堅実な仕事を誇りとするあなた方に、俺はもっと敬意をもって接するべきだった。俺はあなた方と比べたら取るに足りない人間なのに……本当に申し訳ない」

 そう言って深々と頭を下げたエフェルローンは、そのままの姿勢でこう言葉を続ける。

「今更許される事とは思わないが、俺は事件解決のために、どうしても現場を確認する必要がある。だからどうか、無理を承知でお願いしたい。ここを通してくれ」

 そんな愁傷しゅうしょうなエフェルローンに、背の高い骨太の憲兵は吐き捨てるようにこう言った。

「ふん、初めからそうしてれば良いんだよ、出来損ないのチビが」

 だが、もう一人の小太りのがたいの良い憲兵は怒り収まらぬといった体で、こうのたまった。

「だがな、今更遅いってもんよ、伯爵さん。あんたのせいで、俺たちの自尊心はボロボロさ。あんた、一体どうやってこれを癒してくれるっていうんだ? あぁ?」

 エフェルローンの襟首を掴み、男はそう凄む。

「俺に、どうしろと?」

 努めて殊勝にそう尋ねるエフェルローンに、小太りのがたいの良い憲兵はえげつない笑みを浮かべてこう言った。

「そうだなぁ。とりあえず、靴でも舐めて貰おうか」
「ふ、ふざけないで下さい!」

 それにいち早く反応したのはルイーズであった。
 ルイーズは必死の形相で憲兵の男に詰め寄る。

「うるさいな、あんたは黙ってな!」

 憲兵の男はそう言ってルイーズを突き飛ばした。

「きゃっ」

 そのまま尻餅を付くルイーズ。
 その顔には信じられないという表情が浮かんでいる。

 ルイーズの無事を確認すると、エフェルローンは視線を憲兵の男――小太りのがたいの良い男――に向け、至極真面目な顔で尋ねて言った。

「靴を舐めればいいんだな」

 その言葉に、小太りの男はニヤニヤしながら頷く。

「ああ」
「ヤーヴェ神に懸けて誓うか?」
「いいぜ、誓ってやるとも。何度でもな」

(これ以上、この男たちの私念に振り回されたくはない。それに――)

 今こうしている間にも、上層部による証拠品の隠滅いんめつが図られているかもしれないのである。
 エフェルローンは、自分の怒りの感情を押し殺すと、意を決してこう言った。

「分かった、いいだろう」

 ルイーズが目を見開いて猛抗議する。

「先輩! 何考えてるんですか! そんなの無視すればいいんです! 先輩? 聞いてます? 先輩ってば!」
「うるさい、黙ってろ!」
「うっ……」

 そう涙目で言葉を飲み込むルイーズを横目に。
 エフェルローンは小さなため息をひとつ吐く。

(一人の若者の死が、事件解決の糸口が、こんなことで有耶無耶うやむやにされてしまう……そんなのは、許せない。いや、許さない!)

 身を焦がすような屈辱感を覚えない訳ではない。
 
 だが、真実が闇にほうむり去られるぐらいなら、こんな茶番……さっさと終わらせるに越した事はない。

 エフェルローンは意を決するとツカツカと小太りの男の前まで歩み寄り、そして身をかがめた。
 その光景に、残りの憲兵や監察官たちの好奇こうきの視線が集まる。

 そして、漏れる下卑た笑い。

「先輩……」

 ルイーズが目に涙をためてその光景を凝視する。
 そして、エフェルローンが憲兵の男の薄汚れた靴の前に屈み、それに口を近づけようとした、そのとき。

「さっきから見ていれば……これってあれだよね、パワハラの反対の―—」
「逆ハラです」

 煉瓦色れんがいろの髪の青年の言葉に、灰黒色アッシュ・グレーの髪を軽く固めた男がそうフォローする。

「誰だ、お前……」

 いい所を邪魔されたと言わんばかりの不機嫌な表情かおで、小太りのがたいの良い憲兵は煉瓦色れんがいろの髪の男をにらんだ。
 他の憲兵や監察官たちも一斉にその男を見る。

 皆の視線を一身に受け、煉瓦色れんがいろの髪の男はなぜか嬉しそうに微笑ほほえむと、赤味あかみ掛かった紫の瞳を鋭く光らせるとこう言った。

「私かい? 私はレオン。レオン・フォン・カーレンリース。[紫眼のプリンス・オブ・貴公子イビル]とは、私の事さ」

「――――!」
 
 憲兵と鑑識官たちの顔は、面白いほど一斉に青ざめるのであった。
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