正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

文字の大きさ
上 下
30 / 127
第二章 秘められた悪意

監視

しおりを挟む
「ルイーズ、今から大切なことを話す。いいか、よく聞いとけよ」

 そう言うと、エフェルローンは肘掛椅子から前のめりに机に乗り出すと、真顔でルイーズの顔をじっと見つめる。

「せ、先輩? どうしたんです、そんな改まって……って、まさか!」

 何を勘違いしたのか、ルイーズは顔をほんのり赤らめ、もじもじし始める。
 そんな能天気なルイーズを鋭く睨みつけると、エフェルローンは改めてこう言った。

「いいか、お前の命に係わることだ。よく聞け。今回の事件だが……多分、何かしらの権力が絡んでると俺は見ている」

「……権力、ですか」

 背筋を伸ばし、きょとんとした顔でそう呟くルイーズ。
 いまいちピンとこないのだろう、不思議そうに首をかしげている。

 そんなルイーズに一抹の苦々しさを覚えながら、エフェルローンは危機感を煽るように更に続けてこう言った。

「残念なことに、俺たちはその権力を有する何者かに監視されている」

 その言葉に、ルイーズの目が大きく見開く。

 そして―—。

「か、監視って……一体、誰なんです? そんな厭いやらしいことする失礼な人は!」

 ルイーズは、眉を吊り上げてエフェルローンにそう詰め寄った。
 何を思ったか、その顔は怒りと恥ずかしさとで薄っすらと赤く染まっている。

 エフェルローンは椅子の背もたれにゆっくり寄り掛かると、握りつぶした資料を片手に叩きつけながらこう言った。

「お前の言うその[失礼な人]は、今のところ誰なのかは分からない。でも、その[失礼な人]の手先はこの庁舎の中にいる、たぶんね」

 日記が消えたのは庁舎内。
 資料もこの庁舎内で差し替えられている。
 実行犯は内部の人間とみて、まず間違いはないだろう。

「そんな、何かの冗談ですよね?」

 ルイーズが、信じられないという表情でエフェルローンを見つめた。
 その表情かおには笑みが浮かんでいるものの、その瞳の奥は不安で揺らめいている。
 
 とはいえ、それを理由に捜査を打ち切る権利はエフェルローンにはない。
 着任早々気の毒だとは思ったが、エフェルローンは心を鬼にしてこう言い放った。

「そんなわけで、この事件割り当てられた以上、俺たちの意思がどうであれ、俺たちはこれからその黒幕が誰なのか探っていかなくてはいけない。命の危険に晒されてもな。俺たちの行動は何者かに逐一監視されてるはずだ。少しでも奴らにとって有害と見なされれば……俺たちは確実にされるだろう。それでも、俺たちは捜査の手を止めたり、緩めることはしない。この意味、分かるな?」

「命がけ……そう言うことですか?」 
「そうだ。現に、資料も差し替えられてる。鍵を掛けていたにも関わらずね。いつ寝首を掻かれるかわからない、それが現状だ。だから、その隙を掻い潜りながら捜査に当たる」
「……じょ、冗談じゃ……ないんですよね?」

 ルイーズの顔が青くなり、青を通り越して青白くなる。

「まあ、普通の捜査範囲を超えなければ大丈夫だろう。だから、お前には普通以上のことをさせるつもりはない、安心しな」

 そう言うと、エフェルローンは腕を組みながら不敵に笑う。

 だが――。

「でもそれって―—先輩は、普通を超える捜査をして、事件の真相を追うって事ですよね? そんなの、フェアじゃありません! 私も追います!」

「納得できない」とばかりに、ルイーズがエフェルローンにそう噛み付く。

(やっぱり、そう来るか……)

 エフェルローンは深いため息をひとつ吐くと、イライラと面倒くさそうにこう言った。

「俺はいいんだ、慣れてるから。だが、お前はダメだ。カーレンリース卿の手前もある。悪いが事務作業に精を出してもらう、いいな」

(危険な案件に新人の存在は、正直、完全に足手まといだ。今の俺に、こいつを守って事件を解決まで導く余裕や手腕はない。もしこいつに何かあったら、カーレンリース卿が何をしてくるかわからないしな。下手すれば殺されかねない。そう考えると、こいつには悪いが、今回は嫌でも執務室でやり過ごしてもらう)


 そう心の中で固く決意するエフェルローンに。
 ルイーズは、フルフルと唇を震わせながら、怒鳴って言った。

「慣れてるって言ったって、危険なことには変わりないじゃないですか! 納得できません!」

 エフェルローンは、舌打ちしながらこう言った。

「ともかく、いいんだよこれで。分かったなら返事しな」
「分かりません!」

 即そう言い放つと、ルイーズは不服そうに口をへの字に曲げ、恨めしそうにエフェルローンを睨む。
 そんなルイーズに、エフェルローンはため息交じりにこう言った。

「……死にたくないだろ?」

 そう言うエフェルローンに、ルイーズは眉をひくつかせながらこう言った。

「死にたくは、ないですけど……納得はいきません。全然!」

 聞き分けの悪いルイーズに、とうとうエフェルローンの堪忍袋の緒が切れる。
 眉と目じりを吊り上げ、エフェルローンは凄みながらこう言った。

「なら、お前に何が出来るっていうんだ? ああ? 俺の足を引っ張らない! 自分のケツは自分で拭く! そこまでの自信と覚悟はお前にあるのか!」

 そう怒鳴るエフェルローンに、ルイーズは言葉を詰まらせ、後ろに仰のけ反ぞる。

「どうなんだ、言ってみろ!」

 そう矢継やつぎ早に攻め立てるエフェルローン。
 そんなエフェルローンの猛口撃もうこうげきに、ルイーズの顔は更に歪ゆがみ、口はへの字に曲がっていく。

 答えに窮するルイーズに、エフェルローンはとどめとばかりにこう言った。

「何も出来ないくせに、俺に意見するな!」
「う……」

 噛み付くようなエフェルローンの物言いに、ルイーズは半ば気圧けおされ、更に半歩後ろに下がる。

 そして。

 ルイーズの瞳に薄っすらと何かが滲にじんだ。

(マジかよ……)

 エフェルローンはげんなりする。

 と、そのとき――。

 エフェルローンの執務室のドアが数回鳴った。

「なんだ」

 威厳に満ちた声でそう答えるエフェルローン。
 すると、ドアの外から若い男の声がこう言った。

「クェンビー卿、事件に関係すると思われる死体が出ました。直ぐに現場へ向かって下さい」
「被害者は?」
「男性、十八歳。王立大学の学生です」
「ちっ、若いな。分かった、すぐに行く」

 そう言うが早いが、猛スピードで執務室の入り口に消えていくエフェルローン。
 その後を、必死の形相で追いかけるルイーズ。

 こうして。

 互いに納得することなく、二人は無言で現場に向かうのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

引退賢者はのんびり開拓生活をおくりたい

鈴木竜一
ファンタジー
旧題:引退賢者はのんびり開拓生活をおくりたい ~不正がはびこる大国の賢者を辞めて離島へと移住したら、なぜか優秀な元教え子たちが集まってきました~ 【書籍化決定!】 本作の書籍化がアルファポリスにて正式決定いたしました! 第1巻は10月下旬発売! よろしくお願いします!  賢者オーリンは大陸でもっと栄えているギアディス王国の魔剣学園で教鞭をとり、これまで多くの優秀な学生を育てあげて王国の繁栄を陰から支えてきた。しかし、先代に代わって新たに就任したローズ学園長は、「次期騎士団長に相応しい優秀な私の息子を贔屓しろ」と不正を強要してきた挙句、オーリン以外の教師は息子を高く評価しており、同じようにできないなら学園を去れと告げられる。どうやら、他の教員は王家とのつながりが深いローズ学園長に逆らえず、我がままで自分勝手なうえ、あらゆる能力が最低クラスである彼女の息子に最高評価を与えていたらしい。抗議するオーリンだが、一切聞き入れてもらえず、ついに「そこまでおっしゃられるのなら、私は一線から身を引きましょう」と引退宣言をし、大国ギアディスをあとにした。  その後、オーリンは以前世話になったエストラーダという小国へ向かうが、そこへ彼を慕う教え子の少女パトリシアが追いかけてくる。かつてオーリンに命を助けられ、彼を生涯の師と仰ぐ彼女を人生最後の教え子にしようと決め、かねてより依頼をされていた離島開拓の仕事を引き受けると、パトリシアとともにそこへ移り住み、現地の人々と交流をしたり、畑を耕したり、家畜の世話をしたり、修行をしたり、時に離島の調査をしたりとのんびりした生活を始めた。  一方、立派に成長し、あらゆるジャンルで国内の重要な役職に就いていた《黄金世代》と呼ばれるオーリンの元教え子たちは、恩師であるオーリンが学園から不当解雇された可能性があると知り、激怒。さらに、他にも複数の不正が発覚し、さらに国王は近隣諸国へ侵略戦争を仕掛けると宣言。そんな危ういギアディス王国に見切りをつけた元教え子たちは、オーリンの後を追って続々と国外へ脱出していく。  こうして、小国の離島でのんびりとした開拓生活を希望するオーリンのもとに、王国きっての優秀な人材が集まりつつあった……

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

追放幼女の領地開拓記~シナリオ開始前に追放された悪役令嬢が民のためにやりたい放題した結果がこちらです~

一色孝太郎
ファンタジー
【小説家になろう日間1位!】 悪役令嬢オリヴィア。それはスマホ向け乙女ゲーム「魔法学園のイケメン王子様」のラスボスにして冥界の神をその身に降臨させ、アンデッドを操って世界を滅ぼそうとした屍(かばね)の女王。そんなオリヴィアに転生したのは生まれついての重い病気でずっと入院生活を送り、必死に生きたものの天国へと旅立った高校生の少女だった。念願の「健康で丈夫な体」に生まれ変わった彼女だったが、黒目黒髪という自分自身ではどうしようもないことで父親に疎まれ、八歳のときに魔の森の中にある見放された開拓村へと追放されてしまう。だが彼女はへこたれず、領民たちのために闇の神聖魔法を駆使してスケルトンを作り、領地を発展させていく。そんな彼女のスケルトンは産業革命とも称されるようになり、その評判は内外に轟いていく。だが、一方で彼女を追放した実家は徐々にその評判を落とし……? 小説家になろう様にて日間ハイファンタジーランキング1位! ※本作品は他サイトでも連載中です。

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

処理中です...