正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

監視

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「ルイーズ、今から大切なことを話す。いいか、よく聞いとけよ」

 そう言うと、エフェルローンは肘掛椅子から前のめりに机に乗り出すと、真顔でルイーズの顔をじっと見つめる。

「せ、先輩? どうしたんです、そんな改まって……って、まさか!」

 何を勘違いしたのか、ルイーズは顔をほんのり赤らめ、もじもじし始める。
 そんな能天気なルイーズを鋭く睨みつけると、エフェルローンは改めてこう言った。

「いいか、お前の命に係わることだ。よく聞け。今回の事件だが……多分、何かしらの権力が絡んでると俺は見ている」

「……権力、ですか」

 背筋を伸ばし、きょとんとした顔でそう呟くルイーズ。
 いまいちピンとこないのだろう、不思議そうに首をかしげている。

 そんなルイーズに一抹の苦々しさを覚えながら、エフェルローンは危機感を煽るように更に続けてこう言った。

「残念なことに、俺たちはその権力を有する何者かに監視されている」

 その言葉に、ルイーズの目が大きく見開く。

 そして―—。

「か、監視って……一体、誰なんです? そんな厭いやらしいことする失礼な人は!」

 ルイーズは、眉を吊り上げてエフェルローンにそう詰め寄った。
 何を思ったか、その顔は怒りと恥ずかしさとで薄っすらと赤く染まっている。

 エフェルローンは椅子の背もたれにゆっくり寄り掛かると、握りつぶした資料を片手に叩きつけながらこう言った。

「お前の言うその[失礼な人]は、今のところ誰なのかは分からない。でも、その[失礼な人]の手先はこの庁舎の中にいる、たぶんね」

 日記が消えたのは庁舎内。
 資料もこの庁舎内で差し替えられている。
 実行犯は内部の人間とみて、まず間違いはないだろう。

「そんな、何かの冗談ですよね?」

 ルイーズが、信じられないという表情でエフェルローンを見つめた。
 その表情かおには笑みが浮かんでいるものの、その瞳の奥は不安で揺らめいている。
 
 とはいえ、それを理由に捜査を打ち切る権利はエフェルローンにはない。
 着任早々気の毒だとは思ったが、エフェルローンは心を鬼にしてこう言い放った。

「そんなわけで、この事件割り当てられた以上、俺たちの意思がどうであれ、俺たちはこれからその黒幕が誰なのか探っていかなくてはいけない。命の危険に晒されてもな。俺たちの行動は何者かに逐一監視されてるはずだ。少しでも奴らにとって有害と見なされれば……俺たちは確実にされるだろう。それでも、俺たちは捜査の手を止めたり、緩めることはしない。この意味、分かるな?」

「命がけ……そう言うことですか?」 
「そうだ。現に、資料も差し替えられてる。鍵を掛けていたにも関わらずね。いつ寝首を掻かれるかわからない、それが現状だ。だから、その隙を掻い潜りながら捜査に当たる」
「……じょ、冗談じゃ……ないんですよね?」

 ルイーズの顔が青くなり、青を通り越して青白くなる。

「まあ、普通の捜査範囲を超えなければ大丈夫だろう。だから、お前には普通以上のことをさせるつもりはない、安心しな」

 そう言うと、エフェルローンは腕を組みながら不敵に笑う。

 だが――。

「でもそれって―—先輩は、普通を超える捜査をして、事件の真相を追うって事ですよね? そんなの、フェアじゃありません! 私も追います!」

「納得できない」とばかりに、ルイーズがエフェルローンにそう噛み付く。

(やっぱり、そう来るか……)

 エフェルローンは深いため息をひとつ吐くと、イライラと面倒くさそうにこう言った。

「俺はいいんだ、慣れてるから。だが、お前はダメだ。カーレンリース卿の手前もある。悪いが事務作業に精を出してもらう、いいな」

(危険な案件に新人の存在は、正直、完全に足手まといだ。今の俺に、こいつを守って事件を解決まで導く余裕や手腕はない。もしこいつに何かあったら、カーレンリース卿が何をしてくるかわからないしな。下手すれば殺されかねない。そう考えると、こいつには悪いが、今回は嫌でも執務室でやり過ごしてもらう)


 そう心の中で固く決意するエフェルローンに。
 ルイーズは、フルフルと唇を震わせながら、怒鳴って言った。

「慣れてるって言ったって、危険なことには変わりないじゃないですか! 納得できません!」

 エフェルローンは、舌打ちしながらこう言った。

「ともかく、いいんだよこれで。分かったなら返事しな」
「分かりません!」

 即そう言い放つと、ルイーズは不服そうに口をへの字に曲げ、恨めしそうにエフェルローンを睨む。
 そんなルイーズに、エフェルローンはため息交じりにこう言った。

「……死にたくないだろ?」

 そう言うエフェルローンに、ルイーズは眉をひくつかせながらこう言った。

「死にたくは、ないですけど……納得はいきません。全然!」

 聞き分けの悪いルイーズに、とうとうエフェルローンの堪忍袋の緒が切れる。
 眉と目じりを吊り上げ、エフェルローンは凄みながらこう言った。

「なら、お前に何が出来るっていうんだ? ああ? 俺の足を引っ張らない! 自分のケツは自分で拭く! そこまでの自信と覚悟はお前にあるのか!」

 そう怒鳴るエフェルローンに、ルイーズは言葉を詰まらせ、後ろに仰のけ反ぞる。

「どうなんだ、言ってみろ!」

 そう矢継やつぎ早に攻め立てるエフェルローン。
 そんなエフェルローンの猛口撃もうこうげきに、ルイーズの顔は更に歪ゆがみ、口はへの字に曲がっていく。

 答えに窮するルイーズに、エフェルローンはとどめとばかりにこう言った。

「何も出来ないくせに、俺に意見するな!」
「う……」

 噛み付くようなエフェルローンの物言いに、ルイーズは半ば気圧けおされ、更に半歩後ろに下がる。

 そして。

 ルイーズの瞳に薄っすらと何かが滲にじんだ。

(マジかよ……)

 エフェルローンはげんなりする。

 と、そのとき――。

 エフェルローンの執務室のドアが数回鳴った。

「なんだ」

 威厳に満ちた声でそう答えるエフェルローン。
 すると、ドアの外から若い男の声がこう言った。

「クェンビー卿、事件に関係すると思われる死体が出ました。直ぐに現場へ向かって下さい」
「被害者は?」
「男性、十八歳。王立大学の学生です」
「ちっ、若いな。分かった、すぐに行く」

 そう言うが早いが、猛スピードで執務室の入り口に消えていくエフェルローン。
 その後を、必死の形相で追いかけるルイーズ。

 こうして。

 互いに納得することなく、二人は無言で現場に向かうのであった。
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