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第一章 呪われし者
許されぬ償い
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――ダニー・ガスリー。
エフェルローンたちの後輩で、当時、最も期待されていた新人憲兵。
「そうか、あいつ司書やってるのか」
感慨深げにそう言うエフェルローンに、ギルは面白くなさそうにこう言った。
「まあ、本人は好きな本に囲まれて楽しく仕事してるみたいだけどね」
そう言って、空の酒杯を指で弾くギル。
その言葉からは、彼の「納得いかない」という思いがありありと感じ取れる。
「せめて、一人前になるまでは鍛えてやりたかったけど……申し訳ないことをしたな」
底が見えそうな酒杯をぼんやり眺めながら、エフェルローンはそう言って酒杯を煽った。
難しい案件でフォローが行き届かず、初任務は失敗。
自身の至らなさにも少なからずショックを受けていたのだろう。
しばらくの休養の後、ダニーは人知れず憲兵庁を去っていた。
「憲兵になるのが夢だった」と、嬉しそうに語っていたダニーの姿が脳裏を過ぎる。
(俺がもっとしっかりしていれば、今頃あいつは……)
任務の失敗が奪ったもの―—それは、一人の若者の可能性に満ちた未来。
自らの選択の愚かさに、改めて悔しさが込み上げてくる。
そして、そんなエフェルローンの脳裏をよぎるのは――。
――何であの時、[爆弾娘]を見殺しにしなかった?
と、その言葉をなぞる様に。
「なあ、なんであの時、[爆弾娘]に拘ったんだ? もしそうしていなければ……」
そう言って悔しそうに言葉を飲むディーンに、エフェルローンは何も言えずただ黙り込んだ。
[爆弾娘]が大量殺人者だということは誰もが知る事実である。
だが、それが意図しない殺害であった場合、それは[故意による殺人]と言えるのか。
今のエフェルローンには即答できない。
だが、刑法には『故意では無い場合、原則処罰しない』と明記されている。
たとえそれが、多くの人の人生を狂わせ、破壊していたとしても。
だが、果たしてそれは、大切なものを突然失った者たちにとって、公平な裁きといえるのだろうか―—?
エフェルローンには分からない。
そんなエフェルローンの胸中を知ってか知らずか。
ギルは、黙り込むエフェルローンに代わってこう言った。
「エフェルは刑法を遵守しだけだろ? そりゃ、感情を重視すればディーンの言う[極刑]っていうのもありなんだろうけど。でも、残念ながらこの国の法律では[爆弾娘]の犯行は[故意では無い]って事になっているから、晴れて彼女は推定無罪。自由の身ってね?」
含むところが多々あるのだろう、ギルは皮肉めいた口調でそう言った。
「法律でも裁けない[悪]ってのは、やっぱり存在するもんなんだな」
そう神妙に呟くディーンに、ギルが言った。
「人間の作り上げた社会だからね。悪人に都合のいい抜け道なんて五万とあるさ。今回の[爆弾娘]の件みたいにね」
「違いない」
そう言って、苦笑するディーン。
[爆弾娘]=[悪]
そんな持論を展開するディーンやギルに、今まで静かに話を聞いていたルイーズが、難しい顔をしながらこう言った。
「でも、もし[爆弾娘]が自分の犯した罪を後悔していたら?」
そんなルイーズの質問を鼻で笑い飛ばすと、ディーンは吐き捨てるようにこう言った。
「後悔? 大罪を犯していながら兄たちの権力の庇護の元、のうのうと生きている女が? そんな人間が後悔なんてしてるかな?」
暗に『してるわけがない』とそう言いながら、ディーンは嫌悪感も顕にそう嗤った。
そんなディーンの物言いに、ルイーズは釈然としない表情をしながら更にこう質問する。
「[爆弾娘]は罪の意識から、『死にたい』って思うことだってあるかもしれません。もしそうだとしたら?」
その問いに、今度はギルが答えて言った。
「さあ、どうだろうね。でも、少なくとも死んだって話は聞かないから、そう思った事なんてないんじゃないの? 話にならないね」
馬鹿にしたようにそういうと、軽蔑するような冷たい笑みを浮かべるギル。
「じゃあ、どうすればお二人は[爆弾娘]を許せるんですか?」
「…………」
その問いに、ディーンとギルは、一瞬固まった。
そんな二人の反応を、エフェルローンは面白そうに見詰める。
ディーンとギルはというと、互いに顔を見合わせ、驚いた表情でルイーズを見た。
「『許す』ねぇ……君ってほんと、妙なことを言うね」
そういうと、ギルは真面目な表情でこう言った。
「正直言って、何をしても許せないかな。あれは……あの事件はね、そんなに簡単に割り切れる出来事じゃ無いからさ」
過去に思いを馳せるかのように、ギルは遠い目をしてそう言った。
ディーンも、言葉に悔しさを滲ませながらこう言う。
「そう、たとえ[爆弾娘]が死んだとしても、俺の……俺たちの無念は晴れないってね」
そう言って、ディーンは寂しそうに手首を摩った。
「あ、まだ付けてたんだ……ってか、俺も付けてるんだけどね」
そう言うと、ギルは腕に巻いてある腕輪のようなものを皆に見せる。
「紐を柄になるように編みこんだ、これは確か、フィタでしたっけ?」
ルイーズはそう言うと、興味深そうにギルの腕を覗き込んだ。
「そう。良く知ってるね、ルイーズ」
ルイーズがフィタを知っていたことが意外だったのだろう。
ギルは少し驚いたような表情を浮かべると、ルイーズにさらにこう説明する。
「これはね、身に着けている者の命が危険にさらされたとき、身代わりになってくれるっていうお守りでね、ベトフォードって呼ばれていた都市の民芸品なんだよ」
「ベトフォード、ですか」
ルイーズが一瞬、身を固くした。
「そう、爆殺された廃墟都市・ベトフォード。俺と、このギルはそこの出身なんだ」
そういうと、ディーンも腕をまくってフィタを見せた。
白に黒の波模様のフィタ――。
「妹の手作りなんだ。俺の仕事柄、付けろ付けろって煩くてね。そのおかげで、俺は一人、あの爆発の中を生き延びる事ができたってね。ギルも似たようなもんだ。だから、許せないのさ。[爆弾娘]にどんな償いをされたとしてもね」
「そう、なんですね……」
そう言うと、ルイーズは視線を下に落とし、ふつと黙り込むのだった。
エフェルローンたちの後輩で、当時、最も期待されていた新人憲兵。
「そうか、あいつ司書やってるのか」
感慨深げにそう言うエフェルローンに、ギルは面白くなさそうにこう言った。
「まあ、本人は好きな本に囲まれて楽しく仕事してるみたいだけどね」
そう言って、空の酒杯を指で弾くギル。
その言葉からは、彼の「納得いかない」という思いがありありと感じ取れる。
「せめて、一人前になるまでは鍛えてやりたかったけど……申し訳ないことをしたな」
底が見えそうな酒杯をぼんやり眺めながら、エフェルローンはそう言って酒杯を煽った。
難しい案件でフォローが行き届かず、初任務は失敗。
自身の至らなさにも少なからずショックを受けていたのだろう。
しばらくの休養の後、ダニーは人知れず憲兵庁を去っていた。
「憲兵になるのが夢だった」と、嬉しそうに語っていたダニーの姿が脳裏を過ぎる。
(俺がもっとしっかりしていれば、今頃あいつは……)
任務の失敗が奪ったもの―—それは、一人の若者の可能性に満ちた未来。
自らの選択の愚かさに、改めて悔しさが込み上げてくる。
そして、そんなエフェルローンの脳裏をよぎるのは――。
――何であの時、[爆弾娘]を見殺しにしなかった?
と、その言葉をなぞる様に。
「なあ、なんであの時、[爆弾娘]に拘ったんだ? もしそうしていなければ……」
そう言って悔しそうに言葉を飲むディーンに、エフェルローンは何も言えずただ黙り込んだ。
[爆弾娘]が大量殺人者だということは誰もが知る事実である。
だが、それが意図しない殺害であった場合、それは[故意による殺人]と言えるのか。
今のエフェルローンには即答できない。
だが、刑法には『故意では無い場合、原則処罰しない』と明記されている。
たとえそれが、多くの人の人生を狂わせ、破壊していたとしても。
だが、果たしてそれは、大切なものを突然失った者たちにとって、公平な裁きといえるのだろうか―—?
エフェルローンには分からない。
そんなエフェルローンの胸中を知ってか知らずか。
ギルは、黙り込むエフェルローンに代わってこう言った。
「エフェルは刑法を遵守しだけだろ? そりゃ、感情を重視すればディーンの言う[極刑]っていうのもありなんだろうけど。でも、残念ながらこの国の法律では[爆弾娘]の犯行は[故意では無い]って事になっているから、晴れて彼女は推定無罪。自由の身ってね?」
含むところが多々あるのだろう、ギルは皮肉めいた口調でそう言った。
「法律でも裁けない[悪]ってのは、やっぱり存在するもんなんだな」
そう神妙に呟くディーンに、ギルが言った。
「人間の作り上げた社会だからね。悪人に都合のいい抜け道なんて五万とあるさ。今回の[爆弾娘]の件みたいにね」
「違いない」
そう言って、苦笑するディーン。
[爆弾娘]=[悪]
そんな持論を展開するディーンやギルに、今まで静かに話を聞いていたルイーズが、難しい顔をしながらこう言った。
「でも、もし[爆弾娘]が自分の犯した罪を後悔していたら?」
そんなルイーズの質問を鼻で笑い飛ばすと、ディーンは吐き捨てるようにこう言った。
「後悔? 大罪を犯していながら兄たちの権力の庇護の元、のうのうと生きている女が? そんな人間が後悔なんてしてるかな?」
暗に『してるわけがない』とそう言いながら、ディーンは嫌悪感も顕にそう嗤った。
そんなディーンの物言いに、ルイーズは釈然としない表情をしながら更にこう質問する。
「[爆弾娘]は罪の意識から、『死にたい』って思うことだってあるかもしれません。もしそうだとしたら?」
その問いに、今度はギルが答えて言った。
「さあ、どうだろうね。でも、少なくとも死んだって話は聞かないから、そう思った事なんてないんじゃないの? 話にならないね」
馬鹿にしたようにそういうと、軽蔑するような冷たい笑みを浮かべるギル。
「じゃあ、どうすればお二人は[爆弾娘]を許せるんですか?」
「…………」
その問いに、ディーンとギルは、一瞬固まった。
そんな二人の反応を、エフェルローンは面白そうに見詰める。
ディーンとギルはというと、互いに顔を見合わせ、驚いた表情でルイーズを見た。
「『許す』ねぇ……君ってほんと、妙なことを言うね」
そういうと、ギルは真面目な表情でこう言った。
「正直言って、何をしても許せないかな。あれは……あの事件はね、そんなに簡単に割り切れる出来事じゃ無いからさ」
過去に思いを馳せるかのように、ギルは遠い目をしてそう言った。
ディーンも、言葉に悔しさを滲ませながらこう言う。
「そう、たとえ[爆弾娘]が死んだとしても、俺の……俺たちの無念は晴れないってね」
そう言って、ディーンは寂しそうに手首を摩った。
「あ、まだ付けてたんだ……ってか、俺も付けてるんだけどね」
そう言うと、ギルは腕に巻いてある腕輪のようなものを皆に見せる。
「紐を柄になるように編みこんだ、これは確か、フィタでしたっけ?」
ルイーズはそう言うと、興味深そうにギルの腕を覗き込んだ。
「そう。良く知ってるね、ルイーズ」
ルイーズがフィタを知っていたことが意外だったのだろう。
ギルは少し驚いたような表情を浮かべると、ルイーズにさらにこう説明する。
「これはね、身に着けている者の命が危険にさらされたとき、身代わりになってくれるっていうお守りでね、ベトフォードって呼ばれていた都市の民芸品なんだよ」
「ベトフォード、ですか」
ルイーズが一瞬、身を固くした。
「そう、爆殺された廃墟都市・ベトフォード。俺と、このギルはそこの出身なんだ」
そういうと、ディーンも腕をまくってフィタを見せた。
白に黒の波模様のフィタ――。
「妹の手作りなんだ。俺の仕事柄、付けろ付けろって煩くてね。そのおかげで、俺は一人、あの爆発の中を生き延びる事ができたってね。ギルも似たようなもんだ。だから、許せないのさ。[爆弾娘]にどんな償いをされたとしてもね」
「そう、なんですね……」
そう言うと、ルイーズは視線を下に落とし、ふつと黙り込むのだった。
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