21 / 127
第一章 呪われし者
安酒場と悪友と
しおりを挟む
エフェルローンとルイーズが向かったのは、安酒場[蜂と女王]であった。
扉を開け、中に入る。
威勢のよい歌に熱い会話、そしていたるところで湧き上がる大きな笑い声。
学生御用達の酒場は、今夜も独特の熱気に包まれていた。
「…………」
不慣れなのだろうか、ルイーズが居心地悪そうに辺りを気にしている。
(しょうがない、端の方に行くか)
エフェルローンが選んだのは、喧騒から少し離れた四人がけの席だった。
「ほら、立ってないで座りなよ」
先に席に腰掛けると、エフェルローンは足をぶらつかせながら卓上に乱雑に置いてあるメニューを手に取った。
「これが、俗にいう[酒場]というやつですか、伯爵?」
ルイーズが、辺りを警戒しながらコソコソとそう聞いてくる。
「酒場は酒場だけど、学生御用達の[安酒場]だよ。君だってこの手の酒場、友達や同期と行った事ぐらいあるだろ?」
不思議そうにそう尋ねるエフェルローンに、ルイーズは恥ずかしそうにこう言った。
「すみません、私ってば、勉強ばかりしていて友達とかあんまり、いなくて……」
最後は消え入るようにそう言うと、ルイーズはしょんぼりと肩を落とした。
「なんだ、仲間はずれにでもされてたのか?」
そうさりげなく尋ねるエフェルローンに、ルイーズは「うーん」唸ると、言葉を選びながらこう言った。
「仲間はずれというか、人付き合いを疎かにしていたと言うか、気付いたら誰も居なかったというか。でも、主席で大学を卒業できたので問題ありません!」
そう言ってウインクし、親指を立てて見せるルイーズ。
(……違うだろ)
萎えるエフェルローンの脳裏に、先ほどの会話の情景が蘇る。
妙によく回る舌、そして無遠慮な物言い、癇に障る話題。
(まあ、普通の奴らになら避けられて当然、か)
エフェルローンは一人納得する。
「で、君は何食べるの? そこから適当に選んで……」
エフェルローンがそう言い終える前に、ルイーズはぼそりとこう言った。
「[白身魚のフライとポテト]を」
「は?」
エフェルローンは思わず身を乗り出して聞き返した。
(ステーキとか、サーモンのマリネとか、パスタとか、アヒージョとかじゃなくて?)
「[白身魚のフライとポテト]?」
「はい、是非!」
そう言うと、ルイーズは顔を紅潮させながら嬉しそうにそう言った。
その安さと腹持ちのよさから、貧乏学生の昼の友と呼ばれる[白身魚のフライとポテトの大皿盛り――フィッシュ・アンド・チップス]。
(こいつ、味覚に障害ありだな)
自分のことを棚に上げそんな事を思っていると、店のウェイターがのっそりと注文を取りにやって来る。
明日の任務のことも考慮に入れ、エフェルローンは手早く注文した。
「[白身魚のフライとポテト]一つと、[豚肉の生姜焼き]に、ライスとサラダ付けたのを頼むよ」
「[白身魚のフライとポテト]に[豚肉の生姜焼き]のサラダ・ライス付きですね、畏まりました」
「あと、赤葡萄酒をグラスで一杯」
「畏まりました」
そう言うと、ウェイターはのっそのっそとカウンターに去っていった。
([白身魚のフライとポテト])ねえ)
エフェルローンはまじまじとルイーズを見る。
その視線に気付いたのだろう。
ルイーズは、恥ずかしそうにこう言った。
「私、今まで一度も[白身魚のフライとポテト]を食べたことなくて。あ……カーレンリース伯爵から美味しいって聞いてもいたし、一度食べてみたくて、それで思い切って頼ませて頂きました」
「食べた事がない? あれを一度も?」
「……はい」
「じゃあ、学生時代の昼は、何食べてたの?」
驚くエフェルローンにルイーズは顎に人差し指を当てながら神妙な顔でこう言った。
「えっと……フォアグラとキャビアのサンドイッチとか、サーモンとチーズにキャビアを挟んだサンドイッチとかですかね」
フォアグラにキャビア――料理好きの姉、リアにプレゼントしたくても出来ない、それはそれは高価な食材の名が並ぶ。
「あ、そう」
エフェルローンは面白くなさそうにそう言った。
(なんだ……金持ちのお嬢様かよ、馬鹿馬鹿しい)
「どうかしましたか?」
不思議そうにエフェルローンを見るルイーズ。
「べつに」
素っ気無くそう言うと、エフェルローンは先に運ばれてきた赤葡萄酒をがぶ飲みする。
(チッ、金持ちは嫌いなんだよ)
心の中でそう毒つくとエフェルローンはイライラと机を中指で叩く。
「あの私、なにか……」
ルイーズが不安そうにそう言いかけたとき。
「よう、エフェルじゃないか! 奇遇だなぁ!」
つい最近聞いたばかりの、面倒くさそうな男の声がエフェルローンの背中越しから聞こえてくる。
嫌な予感と共に後ろを振り返るエフェルローン。
その視線の先には―—。
「……ディーン。それに、ギル……?」
エフェルローンの声に、ギルと呼ばれた若者は陽気に答えてこう言った。
「は~い、エフェル元気? 相変わらず小っさいね!」
そばかすの青年魔術師――ギルはそう言うと、軽く手を左右に振った。
そしてディーンはというと。
エフェルローンと同席するルイーズの姿に、なぜかニヤニヤと笑うのであった。
扉を開け、中に入る。
威勢のよい歌に熱い会話、そしていたるところで湧き上がる大きな笑い声。
学生御用達の酒場は、今夜も独特の熱気に包まれていた。
「…………」
不慣れなのだろうか、ルイーズが居心地悪そうに辺りを気にしている。
(しょうがない、端の方に行くか)
エフェルローンが選んだのは、喧騒から少し離れた四人がけの席だった。
「ほら、立ってないで座りなよ」
先に席に腰掛けると、エフェルローンは足をぶらつかせながら卓上に乱雑に置いてあるメニューを手に取った。
「これが、俗にいう[酒場]というやつですか、伯爵?」
ルイーズが、辺りを警戒しながらコソコソとそう聞いてくる。
「酒場は酒場だけど、学生御用達の[安酒場]だよ。君だってこの手の酒場、友達や同期と行った事ぐらいあるだろ?」
不思議そうにそう尋ねるエフェルローンに、ルイーズは恥ずかしそうにこう言った。
「すみません、私ってば、勉強ばかりしていて友達とかあんまり、いなくて……」
最後は消え入るようにそう言うと、ルイーズはしょんぼりと肩を落とした。
「なんだ、仲間はずれにでもされてたのか?」
そうさりげなく尋ねるエフェルローンに、ルイーズは「うーん」唸ると、言葉を選びながらこう言った。
「仲間はずれというか、人付き合いを疎かにしていたと言うか、気付いたら誰も居なかったというか。でも、主席で大学を卒業できたので問題ありません!」
そう言ってウインクし、親指を立てて見せるルイーズ。
(……違うだろ)
萎えるエフェルローンの脳裏に、先ほどの会話の情景が蘇る。
妙によく回る舌、そして無遠慮な物言い、癇に障る話題。
(まあ、普通の奴らになら避けられて当然、か)
エフェルローンは一人納得する。
「で、君は何食べるの? そこから適当に選んで……」
エフェルローンがそう言い終える前に、ルイーズはぼそりとこう言った。
「[白身魚のフライとポテト]を」
「は?」
エフェルローンは思わず身を乗り出して聞き返した。
(ステーキとか、サーモンのマリネとか、パスタとか、アヒージョとかじゃなくて?)
「[白身魚のフライとポテト]?」
「はい、是非!」
そう言うと、ルイーズは顔を紅潮させながら嬉しそうにそう言った。
その安さと腹持ちのよさから、貧乏学生の昼の友と呼ばれる[白身魚のフライとポテトの大皿盛り――フィッシュ・アンド・チップス]。
(こいつ、味覚に障害ありだな)
自分のことを棚に上げそんな事を思っていると、店のウェイターがのっそりと注文を取りにやって来る。
明日の任務のことも考慮に入れ、エフェルローンは手早く注文した。
「[白身魚のフライとポテト]一つと、[豚肉の生姜焼き]に、ライスとサラダ付けたのを頼むよ」
「[白身魚のフライとポテト]に[豚肉の生姜焼き]のサラダ・ライス付きですね、畏まりました」
「あと、赤葡萄酒をグラスで一杯」
「畏まりました」
そう言うと、ウェイターはのっそのっそとカウンターに去っていった。
([白身魚のフライとポテト])ねえ)
エフェルローンはまじまじとルイーズを見る。
その視線に気付いたのだろう。
ルイーズは、恥ずかしそうにこう言った。
「私、今まで一度も[白身魚のフライとポテト]を食べたことなくて。あ……カーレンリース伯爵から美味しいって聞いてもいたし、一度食べてみたくて、それで思い切って頼ませて頂きました」
「食べた事がない? あれを一度も?」
「……はい」
「じゃあ、学生時代の昼は、何食べてたの?」
驚くエフェルローンにルイーズは顎に人差し指を当てながら神妙な顔でこう言った。
「えっと……フォアグラとキャビアのサンドイッチとか、サーモンとチーズにキャビアを挟んだサンドイッチとかですかね」
フォアグラにキャビア――料理好きの姉、リアにプレゼントしたくても出来ない、それはそれは高価な食材の名が並ぶ。
「あ、そう」
エフェルローンは面白くなさそうにそう言った。
(なんだ……金持ちのお嬢様かよ、馬鹿馬鹿しい)
「どうかしましたか?」
不思議そうにエフェルローンを見るルイーズ。
「べつに」
素っ気無くそう言うと、エフェルローンは先に運ばれてきた赤葡萄酒をがぶ飲みする。
(チッ、金持ちは嫌いなんだよ)
心の中でそう毒つくとエフェルローンはイライラと机を中指で叩く。
「あの私、なにか……」
ルイーズが不安そうにそう言いかけたとき。
「よう、エフェルじゃないか! 奇遇だなぁ!」
つい最近聞いたばかりの、面倒くさそうな男の声がエフェルローンの背中越しから聞こえてくる。
嫌な予感と共に後ろを振り返るエフェルローン。
その視線の先には―—。
「……ディーン。それに、ギル……?」
エフェルローンの声に、ギルと呼ばれた若者は陽気に答えてこう言った。
「は~い、エフェル元気? 相変わらず小っさいね!」
そばかすの青年魔術師――ギルはそう言うと、軽く手を左右に振った。
そしてディーンはというと。
エフェルローンと同席するルイーズの姿に、なぜかニヤニヤと笑うのであった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!
――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。
「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」
すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。
最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2022/02/14 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2022/02/13 小説家になろう ハイファンタジー日間59位
※2022/02/12 完結
※2021/10/18 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2021/10/19 アルファポリス、HOT 4位
※2021/10/21 小説家になろう ハイファンタジー日間 17位
異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~
水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート!
***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!
転生キッズの魔物研究所〜ほのぼの家族に溢れんばかりの愛情を受けスローライフを送っていたら規格外の子どもに育っていました〜
西園寺わかば🌱
ファンタジー
高校生の涼太は交通事故で死んでしまったところを優しい神様達に助けられて、異世界に転生させて貰える事になった。
辺境伯家の末っ子のアクシアに転生した彼は色々な人に愛されながら、そこに住む色々な魔物や植物に興味を抱き、研究する気ままな生活を送る事になる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる