正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第一章 呪われし者

安酒場と悪友と

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 エフェルローンとルイーズが向かったのは、安酒場[蜂と女王ビーアンドクイーン]であった。

 扉を開け、中に入る。
 
 威勢のよい歌に熱い会話、そしていたるところで湧き上がる大きな笑い声。
 学生御用達の酒場は、今夜も独特の熱気に包まれていた。

「…………」

 不慣れなのだろうか、ルイーズが居心地悪そうに辺りを気にしている。

(しょうがない、端の方に行くか)

 エフェルローンが選んだのは、喧騒から少し離れた四人がけの席だった。

「ほら、立ってないで座りなよ」

 先に席に腰掛けると、エフェルローンは足をぶらつかせながら卓上に乱雑に置いてあるメニューを手に取った。

「これが、俗にいう[酒場]というやつですか、伯爵?」

 ルイーズが、辺りを警戒しながらコソコソとそう聞いてくる。

「酒場は酒場だけど、学生御用達の[安酒場]だよ。君だってこの手の酒場、友達や同期と行った事ぐらいあるだろ?」

 不思議そうにそう尋ねるエフェルローンに、ルイーズは恥ずかしそうにこう言った。

「すみません、私ってば、勉強ばかりしていて友達とかあんまり、いなくて……」

 最後は消え入るようにそう言うと、ルイーズはしょんぼりと肩を落とした。

「なんだ、仲間はずれにでもされてたのか?」

 そうさりげなく尋ねるエフェルローンに、ルイーズは「うーん」唸ると、言葉を選びながらこう言った。

「仲間はずれというか、人付き合いを疎かにしていたと言うか、気付いたら誰も居なかったというか。でも、主席で大学を卒業できたので問題ありません!」

 そう言ってウインクし、親指を立てて見せるルイーズ。

(……違うだろ)

 萎えるエフェルローンの脳裏に、先ほどの会話の情景が蘇る。
 妙によく回る舌、そして無遠慮な物言い、しゃくに障る話題。

(まあ、普通の奴らになら避けられて当然、か)

 エフェルローンは一人納得する。

「で、君は何食べるの? そこから適当に選んで……」

 エフェルローンがそう言い終える前に、ルイーズはぼそりとこう言った。

「[白身魚のフライフィッシュ・アンド・ポテトチップス]を」
「は?」

 エフェルローンは思わず身を乗り出して聞き返した。

(ステーキとか、サーモンのマリネとか、パスタとか、アヒージョとかじゃなくて?)

「[白身魚のフライフィッシュ・アンド・ポテトチップス]?」
「はい、是非!」
 そう言うと、ルイーズは顔を紅潮させながら嬉しそうにそう言った。

 その安さと腹持ちのよさから、貧乏学生の昼の友と呼ばれる[白身魚のフライとポテトの大皿盛り――フィッシュ・アンド・チップス]。

(こいつ、味覚に障害ありだな)

 自分のことを棚に上げそんな事を思っていると、店のウェイターがのっそりと注文を取りにやって来る。
 明日の任務のことも考慮に入れ、エフェルローンは手早く注文した。

「[白身魚のフライフィッシュ・アンド・ポテトチップス]一つと、[豚肉のポーク・アンド・生姜焼きジンジャーロースト]に、ライスとサラダ付けたのを頼むよ」
「[白身魚のフライフィッシュ・アンド・ポテトチップス]に[豚肉のポーク・アンド・生姜焼きジンジャーロースト]のサラダ・ライス付きですね、畏まりました」
「あと、赤葡萄酒ワインをグラスで一杯」
「畏まりました」

 そう言うと、ウェイターはのっそのっそとカウンターに去っていった。

([白身魚のフライフィッシュ・アンド・ポテトチップス])ねえ)

 エフェルローンはまじまじとルイーズを見る。
 その視線に気付いたのだろう。
 ルイーズは、恥ずかしそうにこう言った。

「私、今まで一度も[白身魚のフライフィッシュ・アンド・ポテトチップス]を食べたことなくて。あ……カーレンリース伯爵から美味しいって聞いてもいたし、一度食べてみたくて、それで思い切って頼ませて頂きました」
「食べた事がない? あれを一度も?」
「……はい」
「じゃあ、学生時代の昼は、何食べてたの?」

 驚くエフェルローンにルイーズは顎に人差し指を当てながら神妙な顔でこう言った。

「えっと……フォアグラとキャビアのサンドイッチとか、サーモンとチーズにキャビアを挟んだサンドイッチとかですかね」

 フォアグラにキャビア――料理好きの姉、リアにプレゼントしたくても出来ない、それはそれは高価な食材の名が並ぶ。

「あ、そう」
 
 エフェルローンは面白くなさそうにそう言った。

(なんだ……金持ちのお嬢様かよ、馬鹿馬鹿しい)

「どうかしましたか?」

 不思議そうにエフェルローンを見るルイーズ。

「べつに」

 素っ気無くそう言うと、エフェルローンは先に運ばれてきた赤葡萄酒をがぶ飲みする。

(チッ、金持ちは嫌いなんだよ)

 心の中でそう毒つくとエフェルローンはイライラと机を中指で叩く。

「あの私、なにか……」

 ルイーズが不安そうにそう言いかけたとき。

「よう、エフェルじゃないか! 奇遇だなぁ!」

 つい最近聞いたばかりの、面倒くさそうな男の声がエフェルローンの背中越しから聞こえてくる。
 嫌な予感と共に後ろを振り返るエフェルローン。

 その視線の先には―—。

「……ディーン。それに、ギル……?」

 エフェルローンの声に、ギルと呼ばれた若者は陽気に答えてこう言った。

「は~い、エフェル元気? 相変わらず小っさいね!」

 そばかすの青年魔術師――ギルはそう言うと、軽く手を左右に振った。
 そしてディーンはというと。

 エフェルローンと同席するルイーズの姿に、なぜかニヤニヤと笑うのであった。
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