正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第一章 呪われし者

負け惜しみ

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「何か見えてきましたか、伯爵?」

 資料を食い入るように見ていたルイーズが、そう言ってふと顔を上げる。
 一字一句見落とすまいと資料を見ていたせいだろう。
 ルイーズの目は、ランプの薄明りの中でも酷く充血して見える。

(こいつは今日が初出勤だしな。今夜はこの辺で解放してやるか……) 

「目星は大体ついたからな、だから今夜は――」

 その言葉の終わらぬうちに。
 ルイーズは目をまん丸くしてこう言った。 

「えっ、この資料だけで目星がついちゃうんですか? 私なんか、いくら資料を読み返しても何も閃かなかったのに」

 そう言って、不甲斐なさそうに資料に目を落とすルイーズ。

 エフェルローンはそれを軽く鼻で笑い飛ばすと、両腕を頭の後ろに回し、机の上に足を組みながらこう言った。

「ま、大体だけどな。それに、もう六年この仕事に関わってるんだ。ある程度は分からないほうがおかしいって」

「伯爵、六年って……」

 エフェルローンをじっと見ながら、ルイーズが奇妙な顔をする。
 その視線が意味することは、ただひとつ。
 それを鋭く察したエフェルローンは、憮然とした表情でこう言った。

「……こう見えても俺は二十六だ。お前より遥かに年上で知識も経験もある立派な大人だ。もっと敬え」
「ああ! そうだ、そうでした!」

 大人アピールするエフェルローンを完全に無視し、ルイーズは、ポンと手を叩くと申し訳なさそうにこう言った。

「そういえば伯爵って、見た目はお子様ですけど本当は立派なおじさんなんですよね。そのこと……つい失念してました、すみません」

 はははと困ったように笑いながら、ルイーズはそう言って頭を掻く。
 それから、再度―—今度はしげしげとエフェルローンを見ると、次の瞬間、感慨深そうにこう言った。

「それにしても、お子様な先輩の中におじさんが住んでいるなんて……やっぱり信じられません。伯爵、本当に二十六才なんですか?」

 ルイーズのその問いに、エフェルローンはイラっと来る。

(あれだけ「敬え」と言った矢先にこの反応かよ……ったく、こいつの頭の中は一体どうなってるんだ?)

 エフェルローンは、苛立たしげなため息をひとつ吐くと、手元の紙くずを両手で丸めてルイーズに投げつけた。

「なっ、伯爵! なにするんですか! 失礼なっ!」

 そう言って腹を立てるルイーズに、憮然とした表情でエフェルローンはこう答える。

「失礼なのはお前のほうだろうが。俺をお子様呼ばわりとは、良い度胸だなぁ、おい」

 そう言って凄むエフェルローンに、ルイーズはムッとした表情でこうやり返す。

「あー、ほら! そういうところ! やっぱり二十六歳には見えません!」 
「なっ……」

 そう言って言葉を詰まらせるエフェルローンに、ルイーズはここぞとばかりにこうのたまった。

「精神年齢と実年齢はイコールで必ず結ばれるって訳じゃないんですよ、伯爵。年相応に見られる為には、それなりに人間性を磨く努力をしないと。伯爵みたいに子供の外見に頼ってばかりいると、大人は子供の我がままは我慢できるから、伯爵はどんどん甘やかされて、最後には[最低最悪の大人]になっちゃいますよ?」

(あいつ……俺が、人間性を磨く努力をしてないって、そう言いたい訳か……ったく、馬鹿馬鹿しい。憲兵の基本は人間性だぞ。それが出来てなきゃ、俺は今ここにはいないんだよ!)
 
 分かったような口ぶりでそういうルイーズに、エフェルローンはイラっとしながらこう言った。

「だったら聞くが。俺がいつお子様風吹かしてるって? 言えるもんなら言ってみな」

 けんか腰のその言葉に、ルイーズは目をぱちくりさせてこう言った。

「えっ……良いんですか、言っても」

 そんなルイーズの言葉に、エフェルローンは鼻を鳴らしてこう言う。

「ああ、かまわないぜ、言ってみな」

 勝ち誇ったようにそう言うエフェルローン。

「じゃあ、遠慮なく言いますけど」

 そんな自信満々のエフェルローンに、ルイーズは、改まってそう前置きすると、咳ばらいをひとつしてからこう言った。

「今この場でやってますよ、伯爵」
「はぁ?」
「ほら! 今の言い方。私を見下した感まる出しで、『俺様が世界の法律だー』っていう立派なお子様風吹かせてるじゃないですか!」
「ぐっ……」

 確信を抉る見事な口撃に、エフェルローンは思わずたじろいだ。
 その機を逃さすかといわんばかりに、ルイーズも更に畳みかけてこう言う。

「そんなお子様な精神の伯爵を、大人な私が心から許しているという、これはそういう最悪の構図です。伯爵が如何にお子様かってこと……納得いきましたか、伯爵」
「…………」

 押し黙るエフェルローンに、ルイーズは今までになく真面目な顔でこう言った。

「伯爵……プライドが高いから非を認めたくないっていうのは良く分かりますけど。でも、このままいったら伯爵は、本当に只プライドだけが高い[ダメな大人]になっちゃいますよ?」

 ルイーズの言葉が、面白いほどエフェルローンの怒りのツボを突いてくる。

(これ以上何か言われたら、俺は本当に感情を制御できないお子様になっちまう……)

 エフェルローンは、頭に血がのぼるのを感じながらもつとめて冷静にこう言った。

「……分かった、もういい。これ以上何も言うなよ。それから、お前はさっさと仕事に戻れ。その間、俺に話しかけるなよ、いいか……絶対だからな」

 そう一方的に命令すると、エフェルローンはごうごうと煮えたぎる怒りの感情に身悶えしながらも、手元の資料に目を落とした。

 だが、その間。
 ルイーズの言葉のある一節が、浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。

 『俺様が世界の法律』
 『プライドが高い』

(図星過ぎて耳が痛いな)
 
 エフェルローンは思わず苦笑いする。
 
(他人からそう見えてるってことは、俺もまだまだ人間を磨く必要アリってことか)

 そう自ら腑に落ちると、さっきまでの怒りが嘘のように引いていく。

(ルイーズ・ジュペリ……イラっとさせられることが多いけど、まあ……使えなくはない、か。だが、俺を馬鹿にした罪はきちんと償ってもらおう) 

 そんな負け惜しみのような言葉を心の中で呟くと。
 エフェルローンは、半泣きになりながら資料と格闘するルイーズを盗みながら、「今夜はとことん付き合ってもらうぞ」と、心の中で舌を出すのであった。
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