正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

文字の大きさ
上 下
19 / 127
第一章 呪われし者

負け惜しみ

しおりを挟む
「何か見えてきましたか、伯爵?」

 資料を食い入るように見ていたルイーズが、そう言ってふと顔を上げる。
 一字一句見落とすまいと資料を見ていたせいだろう。
 ルイーズの目は、ランプの薄明りの中でも酷く充血して見える。

(こいつは今日が初出勤だしな。今夜はこの辺で解放してやるか……) 

「目星は大体ついたからな、だから今夜は――」

 その言葉の終わらぬうちに。
 ルイーズは目をまん丸くしてこう言った。 

「えっ、この資料だけで目星がついちゃうんですか? 私なんか、いくら資料を読み返しても何も閃かなかったのに」

 そう言って、不甲斐なさそうに資料に目を落とすルイーズ。

 エフェルローンはそれを軽く鼻で笑い飛ばすと、両腕を頭の後ろに回し、机の上に足を組みながらこう言った。

「ま、大体だけどな。それに、もう六年この仕事に関わってるんだ。ある程度は分からないほうがおかしいって」

「伯爵、六年って……」

 エフェルローンをじっと見ながら、ルイーズが奇妙な顔をする。
 その視線が意味することは、ただひとつ。
 それを鋭く察したエフェルローンは、憮然とした表情でこう言った。

「……こう見えても俺は二十六だ。お前より遥かに年上で知識も経験もある立派な大人だ。もっと敬え」
「ああ! そうだ、そうでした!」

 大人アピールするエフェルローンを完全に無視し、ルイーズは、ポンと手を叩くと申し訳なさそうにこう言った。

「そういえば伯爵って、見た目はお子様ですけど本当は立派なおじさんなんですよね。そのこと……つい失念してました、すみません」

 はははと困ったように笑いながら、ルイーズはそう言って頭を掻く。
 それから、再度―—今度はしげしげとエフェルローンを見ると、次の瞬間、感慨深そうにこう言った。

「それにしても、お子様な先輩の中におじさんが住んでいるなんて……やっぱり信じられません。伯爵、本当に二十六才なんですか?」

 ルイーズのその問いに、エフェルローンはイラっと来る。

(あれだけ「敬え」と言った矢先にこの反応かよ……ったく、こいつの頭の中は一体どうなってるんだ?)

 エフェルローンは、苛立たしげなため息をひとつ吐くと、手元の紙くずを両手で丸めてルイーズに投げつけた。

「なっ、伯爵! なにするんですか! 失礼なっ!」

 そう言って腹を立てるルイーズに、憮然とした表情でエフェルローンはこう答える。

「失礼なのはお前のほうだろうが。俺をお子様呼ばわりとは、良い度胸だなぁ、おい」

 そう言って凄むエフェルローンに、ルイーズはムッとした表情でこうやり返す。

「あー、ほら! そういうところ! やっぱり二十六歳には見えません!」 
「なっ……」

 そう言って言葉を詰まらせるエフェルローンに、ルイーズはここぞとばかりにこうのたまった。

「精神年齢と実年齢はイコールで必ず結ばれるって訳じゃないんですよ、伯爵。年相応に見られる為には、それなりに人間性を磨く努力をしないと。伯爵みたいに子供の外見に頼ってばかりいると、大人は子供の我がままは我慢できるから、伯爵はどんどん甘やかされて、最後には[最低最悪の大人]になっちゃいますよ?」

(あいつ……俺が、人間性を磨く努力をしてないって、そう言いたい訳か……ったく、馬鹿馬鹿しい。憲兵の基本は人間性だぞ。それが出来てなきゃ、俺は今ここにはいないんだよ!)
 
 分かったような口ぶりでそういうルイーズに、エフェルローンはイラっとしながらこう言った。

「だったら聞くが。俺がいつお子様風吹かしてるって? 言えるもんなら言ってみな」

 けんか腰のその言葉に、ルイーズは目をぱちくりさせてこう言った。

「えっ……良いんですか、言っても」

 そんなルイーズの言葉に、エフェルローンは鼻を鳴らしてこう言う。

「ああ、かまわないぜ、言ってみな」

 勝ち誇ったようにそう言うエフェルローン。

「じゃあ、遠慮なく言いますけど」

 そんな自信満々のエフェルローンに、ルイーズは、改まってそう前置きすると、咳ばらいをひとつしてからこう言った。

「今この場でやってますよ、伯爵」
「はぁ?」
「ほら! 今の言い方。私を見下した感まる出しで、『俺様が世界の法律だー』っていう立派なお子様風吹かせてるじゃないですか!」
「ぐっ……」

 確信を抉る見事な口撃に、エフェルローンは思わずたじろいだ。
 その機を逃さすかといわんばかりに、ルイーズも更に畳みかけてこう言う。

「そんなお子様な精神の伯爵を、大人な私が心から許しているという、これはそういう最悪の構図です。伯爵が如何にお子様かってこと……納得いきましたか、伯爵」
「…………」

 押し黙るエフェルローンに、ルイーズは今までになく真面目な顔でこう言った。

「伯爵……プライドが高いから非を認めたくないっていうのは良く分かりますけど。でも、このままいったら伯爵は、本当に只プライドだけが高い[ダメな大人]になっちゃいますよ?」

 ルイーズの言葉が、面白いほどエフェルローンの怒りのツボを突いてくる。

(これ以上何か言われたら、俺は本当に感情を制御できないお子様になっちまう……)

 エフェルローンは、頭に血がのぼるのを感じながらもつとめて冷静にこう言った。

「……分かった、もういい。これ以上何も言うなよ。それから、お前はさっさと仕事に戻れ。その間、俺に話しかけるなよ、いいか……絶対だからな」

 そう一方的に命令すると、エフェルローンはごうごうと煮えたぎる怒りの感情に身悶えしながらも、手元の資料に目を落とした。

 だが、その間。
 ルイーズの言葉のある一節が、浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。

 『俺様が世界の法律』
 『プライドが高い』

(図星過ぎて耳が痛いな)
 
 エフェルローンは思わず苦笑いする。
 
(他人からそう見えてるってことは、俺もまだまだ人間を磨く必要アリってことか)

 そう自ら腑に落ちると、さっきまでの怒りが嘘のように引いていく。

(ルイーズ・ジュペリ……イラっとさせられることが多いけど、まあ……使えなくはない、か。だが、俺を馬鹿にした罪はきちんと償ってもらおう) 

 そんな負け惜しみのような言葉を心の中で呟くと。
 エフェルローンは、半泣きになりながら資料と格闘するルイーズを盗みながら、「今夜はとことん付き合ってもらうぞ」と、心の中で舌を出すのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妹とそんなに比べるのでしたら、婚約を交代したらどうですか?

慶光
ファンタジー
ローラはいつも婚約者のホルムズから、妹のレイラと比較されて来た。婚約してからずっとだ。 頭にきたローラは、そんなに妹のことが好きなら、そちらと婚約したらどうかと彼に告げる。 画してローラは自由の身になった。 ただし……ホルムズと妹レイラとの婚約が上手くいくわけはなかったのだが……。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

記憶喪失となった転生少女は神から貰った『料理道』で異世界ライフを満喫したい

犬社護
ファンタジー
11歳・小学5年生の唯は交通事故に遭い、気がついたら何処かの部屋にいて、目の前には黒留袖を着た女性-鈴がいた。ここが死後の世界と知りショックを受けるものの、現世に未練があることを訴えると、鈴から異世界へ転生することを薦められる。理由を知った唯は転生を承諾するも、手続き中に『記憶の覚醒が11歳の誕生日、その後すぐにとある事件に巻き込まれ、数日中に死亡する』という事実が発覚する。 異世界の神も気の毒に思い、死なないルートを探すも、事件後の覚醒となってしまい、その影響で記憶喪失、取得スキルと魔法の喪失、ステータス能力値がほぼゼロ、覚醒場所は樹海の中という最底辺からのスタート。これに同情した鈴と神は、唯に統括型スキル【料理道[極み]】と善行ポイントを与え、異世界へと送り出す。 持ち前の明るく前向きな性格の唯は、このスキルでフェンリルを救ったことをキッカケに、様々な人々と出会っていくが、皆は彼女の料理だけでなく、調理時のスキルの使い方に驚くばかり。この料理道で皆を振り回していくものの、次第に愛される存在になっていく。 これは、ちょっぴり恋に鈍感で天然な唯と、もふもふ従魔や仲間たちとの異世界のんびり物語。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

処理中です...