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第一章 呪われし者
事件の始まり
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「[魔魂石]を取り出す、か……」
そう言って、エフェルローンが資料から目を離したのは、夜の八刻半頃のことであった。
窓ガラスの外に静かに降り注ぐ月の光が、薄いヴェールのように地上に降り注いでいる。
とはいえ、夜の庁舎内は月の光もあまり届かず、かなり暗い。
そんな中。
ガラス製のオイルランプだけを頼りに、エフェルローンとルイーズは事件の概要の把握に努めていた。
――[魔魂石殺人事件]。
概要はこうである。
数日前、城下の空家から死体が発見される。
被疑者の名前は、グラハム・エイブリー。
職業はジャーナリスト。
護身術として魔術を嗜んでいたようで、腕はそれなりのものだったという。
死体は死後半日ぐらい経っていて、外傷は特になく、凶器による殺人ではないらしい。
その代わり、精神と生命力を同時に抜き取られた痕跡があり、検死課は「極度の衰弱による死亡」と断定。
被疑者の遺留品と思われる日記に挟まれていた紙のメモ類から、被疑者は魔術・[精神石化]を使い、標的の精神と生命力を同時に抜き取り[魔魂石]を作ろうとしていたものと推測される。
被疑者が行なっていたのと同じ手法で被疑者が殺されていることから、容疑者は被疑者の共犯者、もしくは被疑者の手口を十分知りつくしている者の可能性が高い。
(被疑者が殺害された理由は、[魔魂石]の売買による分け前争いってところか。[魔魂石]は闇で流せば金になるからな。それより――)
「[精神石化]か。」
エフェルローンの知識と経験が、危険を告げる。
徐に顎に片手を当てると、エフェルローンは椅子の背もたれに背を預け、資料を持ったまま小さく唸った。
[精神石化]――魔力を結晶化させ、[魔魂石]を作る補助魔法のひとつ。上位・中位・下位と三段階に魔術の強さが分かれており、魔術の強ければ強いほど、より純度の高い[魔魂石]を作ることができるとされていた。
ただし、上位魔術は[禁忌]扱いであり、もしその術に手を出したならその者は極刑は免れない。
なぜならそれは――。
「犠牲者の命と引き換えだから」
(ちっ、新人抱えてこの事件……少し厄介だな)
そうひとりごちると。
エフェルローンは制服の胸ポケットから月明かりに鈍く光る、青銅が混じったような青い水晶の塊を取り出す。
魔術師の必需品と言っても過言ではない[青銅の魔魂石]。
それを生み出す[精神石化]は、大陸でもポピュラーな部類の魔術に入るが、使い方を間違えれば自他ともに死を招きかねない。
そのため、比較的命の危険が少ない[下級魔術]は[青銅の魔魂石]を作る呪文として巷に流通している。
しかし、一部条件付きの[中級魔術]は[下級魔術]に比べ、命の危険度が格段に跳ね上がるため、上級魔術師以上の実力を持つ魔術師が各国の国主の許可を得なければ、呪文自体に触れることが出来ない仕組みになっている。
[上級魔術]に至っては[禁忌扱い]であるため、アルカサール王国では国主の許可だけではなく、魔術の専門家で構成される魔術師団・禁忌魔法管理部の長の許可も必要であった。
それらを鑑みると、この被疑者は相当な腕を持つ魔術師の手にかかったものと思われた。
なぜなら、被疑者の死因は[極度の衰弱]だったからである。
(ということは、犯人は[精神石化]の[中級魔術]を扱えるレベルの技量の持ち主――かなりの凄腕ってわけか。ま、かつての俺ならなんてことのない案件だが……)
「ちょっときついな」
そう呟くと、エフェルローンは卓上の冷めたコーヒーに手を伸ばし、それを一口口に含む。
([精神石化]の[中級魔術]は、昔、何度か使ったことはある。かなり複雑で時間も掛かる魔術だった。何より精神力を半端なく使う。それを考えると、被疑者をただ殺すだけならもっと簡単で、時間の掛からない魔法の方が犯人にとって危険が少なく、扱いやすいはずだ。それなのに、こんな手のかかる方法で被疑者を殺害するっていうのは――)
「この魔術を使って被疑者を殺さなくてはいけない理由があった……?」
こうなると、事件は一筋縄ではいかない。
エフェルローンは、頭をもたげて前髪を書き上げると、椅子の背もたれに体を投げ出した。
(新人もいる事だし、できればマニュアル通りの基本に沿った案件が欲しかったところなんだけど)
昼間のキースリーとのやり取りを思い出し、首を横に振る。
(ま、それは無理、か……)
そう心の中で呟くと、エフェルローンは手元の資料を指で弾き、机の上にバサッと放り投げた。
そう言って、エフェルローンが資料から目を離したのは、夜の八刻半頃のことであった。
窓ガラスの外に静かに降り注ぐ月の光が、薄いヴェールのように地上に降り注いでいる。
とはいえ、夜の庁舎内は月の光もあまり届かず、かなり暗い。
そんな中。
ガラス製のオイルランプだけを頼りに、エフェルローンとルイーズは事件の概要の把握に努めていた。
――[魔魂石殺人事件]。
概要はこうである。
数日前、城下の空家から死体が発見される。
被疑者の名前は、グラハム・エイブリー。
職業はジャーナリスト。
護身術として魔術を嗜んでいたようで、腕はそれなりのものだったという。
死体は死後半日ぐらい経っていて、外傷は特になく、凶器による殺人ではないらしい。
その代わり、精神と生命力を同時に抜き取られた痕跡があり、検死課は「極度の衰弱による死亡」と断定。
被疑者の遺留品と思われる日記に挟まれていた紙のメモ類から、被疑者は魔術・[精神石化]を使い、標的の精神と生命力を同時に抜き取り[魔魂石]を作ろうとしていたものと推測される。
被疑者が行なっていたのと同じ手法で被疑者が殺されていることから、容疑者は被疑者の共犯者、もしくは被疑者の手口を十分知りつくしている者の可能性が高い。
(被疑者が殺害された理由は、[魔魂石]の売買による分け前争いってところか。[魔魂石]は闇で流せば金になるからな。それより――)
「[精神石化]か。」
エフェルローンの知識と経験が、危険を告げる。
徐に顎に片手を当てると、エフェルローンは椅子の背もたれに背を預け、資料を持ったまま小さく唸った。
[精神石化]――魔力を結晶化させ、[魔魂石]を作る補助魔法のひとつ。上位・中位・下位と三段階に魔術の強さが分かれており、魔術の強ければ強いほど、より純度の高い[魔魂石]を作ることができるとされていた。
ただし、上位魔術は[禁忌]扱いであり、もしその術に手を出したならその者は極刑は免れない。
なぜならそれは――。
「犠牲者の命と引き換えだから」
(ちっ、新人抱えてこの事件……少し厄介だな)
そうひとりごちると。
エフェルローンは制服の胸ポケットから月明かりに鈍く光る、青銅が混じったような青い水晶の塊を取り出す。
魔術師の必需品と言っても過言ではない[青銅の魔魂石]。
それを生み出す[精神石化]は、大陸でもポピュラーな部類の魔術に入るが、使い方を間違えれば自他ともに死を招きかねない。
そのため、比較的命の危険が少ない[下級魔術]は[青銅の魔魂石]を作る呪文として巷に流通している。
しかし、一部条件付きの[中級魔術]は[下級魔術]に比べ、命の危険度が格段に跳ね上がるため、上級魔術師以上の実力を持つ魔術師が各国の国主の許可を得なければ、呪文自体に触れることが出来ない仕組みになっている。
[上級魔術]に至っては[禁忌扱い]であるため、アルカサール王国では国主の許可だけではなく、魔術の専門家で構成される魔術師団・禁忌魔法管理部の長の許可も必要であった。
それらを鑑みると、この被疑者は相当な腕を持つ魔術師の手にかかったものと思われた。
なぜなら、被疑者の死因は[極度の衰弱]だったからである。
(ということは、犯人は[精神石化]の[中級魔術]を扱えるレベルの技量の持ち主――かなりの凄腕ってわけか。ま、かつての俺ならなんてことのない案件だが……)
「ちょっときついな」
そう呟くと、エフェルローンは卓上の冷めたコーヒーに手を伸ばし、それを一口口に含む。
([精神石化]の[中級魔術]は、昔、何度か使ったことはある。かなり複雑で時間も掛かる魔術だった。何より精神力を半端なく使う。それを考えると、被疑者をただ殺すだけならもっと簡単で、時間の掛からない魔法の方が犯人にとって危険が少なく、扱いやすいはずだ。それなのに、こんな手のかかる方法で被疑者を殺害するっていうのは――)
「この魔術を使って被疑者を殺さなくてはいけない理由があった……?」
こうなると、事件は一筋縄ではいかない。
エフェルローンは、頭をもたげて前髪を書き上げると、椅子の背もたれに体を投げ出した。
(新人もいる事だし、できればマニュアル通りの基本に沿った案件が欲しかったところなんだけど)
昼間のキースリーとのやり取りを思い出し、首を横に振る。
(ま、それは無理、か……)
そう心の中で呟くと、エフェルローンは手元の資料を指で弾き、机の上にバサッと放り投げた。
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