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第一章 呪われし者
最凶魔術師の思惑
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その請願、というより決意表明に近いその言葉に。
キースリーは面白くなさそうなため息を吐き、この話の当事者であるルイーズは大きく目を見広くと、声を大にしてこう言った。
「そ、そんな! そんなのダメです! 絶対認めません!」
色白の顔をこれでもかといわんばかりに真っ赤に染め、必死の形相でそう否定するルイーズ。
だが、そんなルイーズの反応などお構いなく、エフェルローンはさらに言葉を続けてこう言った。
「長官も知ってのとおり、今の私は自分で自分の命を守るのが精いっぱいの状態。こんなことを願い出られる身分ではないことも重々承知してはいるのですが。それでも、私に新人の命を守り切る自信はありません。他の人に回して下さい。私より適した教育係は大勢いるはずですから」
そう言って、言葉を切るエフェルローンに。
キースリーは顎を上げ、片手でその顎をゆっくりと扱くと、ふんと鼻を鳴らし、面白くもなさそうにこう言った。
「僕もさ、魔術師団最低ランクの君は『適任じゃない』と意見したんだよ。だけど、その子の後見人――カーレンリース伯が、『クェンビー伯爵にお願いしたい』との一点張りでね。だから君を[教育係]に任命するしかなかったってわけ。決して僕の一存じゃない。ま、僕が決められる立場だったなら、君には決して頼まなかっただろうけど」
嫌味交じりにそう話を締めくくると。
キースリーは「この話は終わりだ」、とばかりにファイルの中身を机の上にバサッと広げた。
(カーレンリース卿がこの俺を指名?)
カーレンリース伯レオン――悪魔の瞳を持つ、大陸最凶の大魔術師。
(そんな大魔術師が、なんで俺なんかを――)
エフェルローンは魔術師の中でも底辺に限りなく近い下級魔術師である。
そんなエフェルローンに、なぜ自分が後見人を務める大切な女性の命を預けようとするのか。
預けようと思えば、もっと有能な魔術師を指名することは出来たはずである。
それなのに――。
――この辞令、何か裏がある。
そうピンときたものの。
その辞令の裏に一体どんな秘密が隠されているのか、エフェルローンには全く想像がつかない。
(あまりいい気はしないが、今はカーレンリース卿の手の中で踊るしかない、か)
と、そんなことを目まぐるしく思い巡らせていると。
「……クェンビー。ねえ、聞いてる?」
そう問いかけてくるキースリーの声が遠くに聞こえ、エフェルローンの意識は瞬時に現実へと引き戻される。
顔を上げ、視線を正面に合わせるエフェルローン。
エフェルローンの注意が自分の方に向いたことを確認すると。
キースリーは不愉快そうに片肘を突き、ため息交じりにこう言った。
「まあ、そんな訳でさ。君には悪いけど、この辞令……嫌でも受けてもらうよ、クェンビー。さもなくば、君の憲兵証は憲兵庁へ返してもらう」
そんな、有無を言わせぬキースリーの物言いに、エフェルローンは内心ムッとしながらこう答える。
「ですが、万が一この新人が命を落としてしまったら? 私への処分は当然として、誰がこの一連の任命責任を取るんですか。あなたですか、それともカーレンリース卿ですか」
ある種、脅しともとれるエフェルローンのその脅迫めいた言葉に。
キースリーは、怯むことなくきっぱりとこう言い放った。
「文句があるなら憲兵証を出せ。[憲兵隊のお荷物]で[血税泥棒]のクェンビー。過去の功績のおかげで首の皮一枚繋がっているだけの君に、元々選択権なんてものはない。憲兵隊に所属してられるだけありがたく思うことだ」
にべもなくそう言い放つと、キースリーは口元に人の悪い笑みを浮かべこう言った。
「それに、君を指名した相手は大陸でも知らぬ者はいない最凶・最悪の大魔術師。自らの目的の為ならば、手段を択ばない冷血漢。君も、そんなカーレンリース伯爵を敵に回したくはないだろう?」
飴と鞭を巧みに使い分け、そう同意を求めてくるキースリーに。
エフェルローンは頑として首を縦には振らず、それどころかむすっと押し黙る。
と、そんな無言の抵抗を続けるエフェルローンに。
キースリーは呆れたようなため息をひとつ吐くと、「無駄だ」と言わんばかりにこう言った。
「僕はね、クェンビー。このジュペリ君の辞令は、君にとっても憲兵隊にとってもかなり幸運な話だと思っているんだ。なにせその子は王立大学魔法学部・魔術科を主席で卒業した今期卒業生の期待の新人だからね。それに、魔術の実技に関しても申し分ない実績がある。きっと、上手いこと君の尻拭いをして憲兵隊への損害を減らしてくれるだろう。ま、そんな訳でだ」
そう言うと、キースリーは机のふちに手を掛け、前のめりになりながらこう凄んだ。
「エフェルローン・フォン・クェンビー、これは命令だ。ルイーズ・ジュペリを上手く使え。でも殺すなよ。君の命と、僕の出世の為にもね……」
そう言って、意地悪くにやりと笑うキースリーに。
エフェルローンはもはや怒りを通り越し、悲しみすら覚え始めるのだった。
キースリーは面白くなさそうなため息を吐き、この話の当事者であるルイーズは大きく目を見広くと、声を大にしてこう言った。
「そ、そんな! そんなのダメです! 絶対認めません!」
色白の顔をこれでもかといわんばかりに真っ赤に染め、必死の形相でそう否定するルイーズ。
だが、そんなルイーズの反応などお構いなく、エフェルローンはさらに言葉を続けてこう言った。
「長官も知ってのとおり、今の私は自分で自分の命を守るのが精いっぱいの状態。こんなことを願い出られる身分ではないことも重々承知してはいるのですが。それでも、私に新人の命を守り切る自信はありません。他の人に回して下さい。私より適した教育係は大勢いるはずですから」
そう言って、言葉を切るエフェルローンに。
キースリーは顎を上げ、片手でその顎をゆっくりと扱くと、ふんと鼻を鳴らし、面白くもなさそうにこう言った。
「僕もさ、魔術師団最低ランクの君は『適任じゃない』と意見したんだよ。だけど、その子の後見人――カーレンリース伯が、『クェンビー伯爵にお願いしたい』との一点張りでね。だから君を[教育係]に任命するしかなかったってわけ。決して僕の一存じゃない。ま、僕が決められる立場だったなら、君には決して頼まなかっただろうけど」
嫌味交じりにそう話を締めくくると。
キースリーは「この話は終わりだ」、とばかりにファイルの中身を机の上にバサッと広げた。
(カーレンリース卿がこの俺を指名?)
カーレンリース伯レオン――悪魔の瞳を持つ、大陸最凶の大魔術師。
(そんな大魔術師が、なんで俺なんかを――)
エフェルローンは魔術師の中でも底辺に限りなく近い下級魔術師である。
そんなエフェルローンに、なぜ自分が後見人を務める大切な女性の命を預けようとするのか。
預けようと思えば、もっと有能な魔術師を指名することは出来たはずである。
それなのに――。
――この辞令、何か裏がある。
そうピンときたものの。
その辞令の裏に一体どんな秘密が隠されているのか、エフェルローンには全く想像がつかない。
(あまりいい気はしないが、今はカーレンリース卿の手の中で踊るしかない、か)
と、そんなことを目まぐるしく思い巡らせていると。
「……クェンビー。ねえ、聞いてる?」
そう問いかけてくるキースリーの声が遠くに聞こえ、エフェルローンの意識は瞬時に現実へと引き戻される。
顔を上げ、視線を正面に合わせるエフェルローン。
エフェルローンの注意が自分の方に向いたことを確認すると。
キースリーは不愉快そうに片肘を突き、ため息交じりにこう言った。
「まあ、そんな訳でさ。君には悪いけど、この辞令……嫌でも受けてもらうよ、クェンビー。さもなくば、君の憲兵証は憲兵庁へ返してもらう」
そんな、有無を言わせぬキースリーの物言いに、エフェルローンは内心ムッとしながらこう答える。
「ですが、万が一この新人が命を落としてしまったら? 私への処分は当然として、誰がこの一連の任命責任を取るんですか。あなたですか、それともカーレンリース卿ですか」
ある種、脅しともとれるエフェルローンのその脅迫めいた言葉に。
キースリーは、怯むことなくきっぱりとこう言い放った。
「文句があるなら憲兵証を出せ。[憲兵隊のお荷物]で[血税泥棒]のクェンビー。過去の功績のおかげで首の皮一枚繋がっているだけの君に、元々選択権なんてものはない。憲兵隊に所属してられるだけありがたく思うことだ」
にべもなくそう言い放つと、キースリーは口元に人の悪い笑みを浮かべこう言った。
「それに、君を指名した相手は大陸でも知らぬ者はいない最凶・最悪の大魔術師。自らの目的の為ならば、手段を択ばない冷血漢。君も、そんなカーレンリース伯爵を敵に回したくはないだろう?」
飴と鞭を巧みに使い分け、そう同意を求めてくるキースリーに。
エフェルローンは頑として首を縦には振らず、それどころかむすっと押し黙る。
と、そんな無言の抵抗を続けるエフェルローンに。
キースリーは呆れたようなため息をひとつ吐くと、「無駄だ」と言わんばかりにこう言った。
「僕はね、クェンビー。このジュペリ君の辞令は、君にとっても憲兵隊にとってもかなり幸運な話だと思っているんだ。なにせその子は王立大学魔法学部・魔術科を主席で卒業した今期卒業生の期待の新人だからね。それに、魔術の実技に関しても申し分ない実績がある。きっと、上手いこと君の尻拭いをして憲兵隊への損害を減らしてくれるだろう。ま、そんな訳でだ」
そう言うと、キースリーは机のふちに手を掛け、前のめりになりながらこう凄んだ。
「エフェルローン・フォン・クェンビー、これは命令だ。ルイーズ・ジュペリを上手く使え。でも殺すなよ。君の命と、僕の出世の為にもね……」
そう言って、意地悪くにやりと笑うキースリーに。
エフェルローンはもはや怒りを通り越し、悲しみすら覚え始めるのだった。
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