正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第一章 呪われし者

残酷な遊び

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 控えめなノック音に続き。
 エフェルローンはスッと息を吸い込むと、両手を後ろ組み、姿勢を正してこう言った。

「エフェルローン・フォン・クェンビー、長官の命により参りました」

  エフェルローンに続いてルイーズも、見よう見まねでこう言う。

「あ、お……同じく、ルイーズ・ジュペリ、参りました!」

その声に。

「入って」

 室内から、男性にしては少し高めの声がドア越しに響く。

「失礼します」

 そう言って、扉をゆっくりと開くと。
 エフェルローンはつかつかと長靴ちょうかかかとを鳴らし、部屋の中央で立ち止まる。
 そして、両足のかかと同士をぴたりと付けると、長官に向かい短く敬礼をした。

 ルイーズも。

 エフェルローンの動作を盗み見ながら、同じように部屋の中央に立つと、ぎこちない仕草で敬礼する。

 机に向かっていたキースリーが顔を上げ、椅子の後ろにゆっくりと反り返ると。
 狭い室内は、ピンと張り詰めた空気で覆われる。

 と、そんな息の詰まりそうな雰囲気にかなり満足したのだろうか。
 後ろ手に括った長めの銀髪と、切れ長の黒い瞳が印象的な憲兵庁長官は、肘付きの椅子に両肘を乗せて腕を組むと、上機嫌でこう言った。

「僕が上司で君が部下。毎度の事だけど、実に気分がいいね、この瞬間は。そうは思わない? ねぇ、クェンビー?」

 エフェルローンはつり目気味の双眸に怒りを灯らせると、長官――キースリーを鋭く睨み上げる。

 と、そんなエフェルローンの一挙手一投足を楽しそうに見下ろすと。
 キースリーは、その切れ長の目に人を見下すような笑みを湛え、心底嬉しそうにこう言った。

「ふふ、その目だ……その怒りと憎しみと、屈辱に満ちたその瞳。いいねぇ……実に愉快だ」

 そう言って、満足そうにエフェルローンを嘲笑するキースリー。
 そんな鬼畜とも思えるキースリーの言動に。

 正義感の強いルイーズはというと、両の肩と拳をふるふると振るわせながら、怒りと驚きが入り混じった視線をキースリーに向けていた。
 
 見ると、その顔はあまりの衝撃に色を無くしている。

 しかし、そんなルイーズの心情などお構いなく。
 自分の欲望を大方達し終えたキースリーは、何事もなかったかのようにこう言った。

「さて、お遊びはこれくらいにして。早速、本題に入ろうか」

 そう言って卓上のファイルに手を伸ばすキースリーに。

「待ってください」

 エフェルローンは、そう言ってキースリーの動きを遮った。
 キースリーはというと。
「自分に指図するのか」とでも言いたげにエフェルローンを睨みつけると、低く、威圧的な口調でこう言う。

「……なんだ」

 そんな、有無を言わせぬ強い語調に臆することもなく。
 エフェルローンは、キースリーの双眸をまっすぐに見据えてこう言った。

「任務の前に……ひとつお願いしたい事があります、長官」

 その嘆願に。
 キースリーは改めてエフェルローンに向き合うと、興味津々といった体でこう言った。

「へぇ……プライド高い君が、最も毛嫌いするこの僕に願い事? ふん、実に面白い。いいだろう、内容によっては叶えてやらなくもない」

 そう言って話を促すキースリーの黒い瞳は意地悪く、隙あらばエフェルローンをおとしめてやろうという並々ならぬ決意に満ちみちていた。
 
 それでも。

 エフェルローンは、臆することなく一歩前に足を踏み出すと、その場から一歩も引かぬ覚悟でこう言った。

「ルイーズ・ジュペリの教育係の件ですが、お断りさせて頂きます」
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