9 / 127
第一章 呪われし者
鋼の気位、硝子の心
しおりを挟む
複数のカウンター席と机を巻き込み。
エフェルローンを突如襲った衝撃の元は、ごろんと床に転がった。
「ジュード!」
誰かが、悲壮な声でそう叫ぶ。
エフェルローンを跳ね飛ばし、床にごろんと転がったのは、どうやらジュードという若者らしい。
エフェルローンは床に這いつくばると、頭を二、三回振る。
そして徐に顔を上げたその視線の先には、先ほど啖呵を切っていた野太い声の男が、ジュードという青年の襟首を掴んでいるところであった。
(止めないと)
そうは思っても、先ほどの衝撃で脳震盪を起こしたのか、意識が朦朧として立ち上がることが出来ない。
その間にも、ジュードに対しての野太い男の執拗な口撃と喧嘩を煽る野次は続いていた。
「同じ故郷を失った同志だと思っていたが……違っていたようだな。全く、お前には失望したぜ、ジュード」
「でも私刑は良くないよ、ゲイル。それに、さっきも言ったけれど、僕は爆弾娘には、情状酌量の余地はあると思うんだ。彼女は故意に|殺(や)ったわけじゃないんだから」
「それは、お前が運良く家族をひとりも失わなかったから言える言葉だ。おれは……」
そう言って、言葉を詰まらせるゲイル。
「おれは、全てを失ったんだ。家も家族も思い出も、何もかもすべて……それでもお前は、俺に[爆弾娘]を私刑にするなと言うのか? なあ、ジュード」
そう言って握り拳を震わせるゲイルに、ジュードは申し訳なさそうに頭をもたげた。
「ゲイル……」
野次がぴたりと止まる。
皆、何か思うところがあるのだろう。
まるで母親に叱られた子供のように、ふつと黙り込んでしまう。
しばし訪れる沈黙。
それから、時を見計らったように。
店の女主人アイーダは、若者たちに大号令を発してこう言った。
「さ、あんたら今日はここまでにしときな。あとは静かに飲み直すか帰るか、自分たちで決めな」
アイーダの大号令で、半分の若者たちが白けた様子で店を出て行く。
常連客を除いた最後の若者が店を去ると、アイーダは倒れた机と椅子を元の場所に片付け始める。
と、そんな様子をぼんやりと眺めていたエフェルローンに、ディーンが不意にこう尋ねてこう言った。
「あのとき。国王に尋ねられたあの時。何でお前、あんな事を言ったんだ?」
「あんなこと……そうだな」
そう言って、エフェルローンはそれきり言葉を濁す。
(分かってたら、こんなに悩みはしない、よな……)
そんなエフェルローンのはっきりしないあやふやな態度に、ディーンがイライラとこう言った。
「『わからない』……って、どういうことなんだ?」
――分からない。
今も、よく分からない。
エフェルは答える代わりに酒を一口飲み下した。
「何にでも白黒付けたがるお前が、なんであんな中途半端な回答……らしくない」
そう指摘するディーンに、エフェルローンは机に片肘を突くと、頭をもたげながらこう言った。
「本当に分からなかったんだよ。正直、今もわからない。何が正しくて、何が間違っているのか」
そう言うと、エフェルローンは更に酒を一口飲む。
「更に言えば、俺が今までしてきたこと……俺が正しいと思って決断してきたこと自体、本当に正しかったのかってことまで考えてる」
「……おいおい、そりゃ重症だな」
「まあね」
エフェルは困ったように眉を顰めて苦笑う。
そんなエフェルローンをやっぱり苦笑しつつ眺め遣ると、ディーンは今までとは違う真面目な表情でこう言った。
「俺は、思うんだ。今日の会議で……お前があの[爆弾娘]を執行猶予無しの有罪と言っていたなら、きっとそうなったんじゃないかってな」
「かもね」
気の乗らない返事をエフェルローンはする。
そんな予感は自分の中にも薄々あった。
だからこそ、自分に自信を持てない状態ではっきりとした立場を明言できなかった、ということはある。
(俺の一言で、一人の人間の生死が決まる……そんなの、可笑しいだろう)
アルカサール王国が法治国家である以上、法に則り全てを決める。
そうなると、[爆弾娘]は故殺を証明出来ない理由から[推定無罪]となるだろう。
だがそうなると、残された遺族の感情が収まらない。
――死んでしまった多くの人々の無念は誰が晴らしてくれるのか。
と、そういうことになる。
しかも、加害者は庶民の敵とも言える貴族で、国の三大柱のひとつ、ジュノバ家の血統ときてる。
貴族側としては、殺意がなかったのがだから当然、[推定無罪]主張してくるだろうが、そうなると庶民側としては、貴族の権力乱用を疑い、最悪、貴族対庶民という国家の分裂を招きかねない。
(国の安定を担う執政官たちは、すぐにでも[爆弾娘]を処刑して国民の気持ちを宥めたいところだろうが――)
――人の命はそう簡単に扱われるべきじゃない。
「お前も知ってるだろう、ディーン。法に則れば、殺意を証明できない場合、それは[推定無罪]。命は軽々しくやり取りされるべきじゃない。それに結果はもう出た。今更なんだっていうんだ……」
そんなエフェルローンのうんざりした様子など気にする風もなく、ディーンは更に話を進める。
「じゃあ聞くが。あのとき、あの六年前の事件で、多くの人たちが罪もなく死んだ。その中には、[爆弾娘(リズ・ボマー)]と同じぐらいの娘も多くいたはずだ……それなのに、だ。あの[爆弾娘(リズ・ボマー)]は今、ジュノバ公とカーレンリース伯爵の庇護の元、何不自由なく生きている。生きているんだぞ、エフェル! ジュノバ公の義妹だというだけで、人をたくさん殺しておきながらのうのうとな……! それは、果たして公正と言えるか? なあ、エフェル」
そう言って、酒杯を握るディーンの手が震える。
「お前だって、多くを失っただろう? 身体の変化、魔力の減退、役職の解雇、それに、ずっと付き合ってきた婚約者だって……!」
「そうだね」
ディーンの言っている事は本当の事だ。
呪いに掛かり、多くを失い、そして傷ついた。
今も時々思う。
――あの時の選択は、本当に正しかったのだろうか、と。
「知っているか、エフェル。お前の元婚約者……」
「ああ、結婚して幸せに暮らしてるさ」
投げやりにそう答えるエフェルローンに、ディーンはため息交じりにこう言った。
「それが、郊外の館に逃げ込んでいるそうだ。なんでも、キースリーとの結婚を未だに受け入れていないらしい」
「そう。だから、何? 俺にはもう関係ない」
そうは言ったものの。
彼女の事を思うと、胸の奥が微かに痛んだ。
愛していなかった、といえば嘘になる。
それは、相手も同じはずだ。
利害関係があったとはいえ、互いに好意を持っていた。
友人以上の好意を。
その愛した女性《ひと》が今、愛してもいない男の支配の下で苦しみ続けている。
「なんでそんなことに?」
自分のせいだと薄々感じながらも、エフェルローンはそう尋ねる。
そんなエフェルローンに。
ディーンは眉間にしわを寄せると、呆れたようにこう言った。
「なんでって……原因はお前だろうよ、エフェル。お前ら、凄く仲良さそうだったしな」
「……そう、か」
エフェルローンの脳裏に苦い思い出が蘇る。
縁談が破棄になった後。
彼女の新たな婚約者が毎晩違う女と派手に遊び回っていると聞いて、エフェルローンはその男に事の真実を詰め寄った。
そんなエフェルローンに男は勝ち誇ったようにこう言ったものだ。
――彼女はもう君のものじゃない。第一、君が彼女と一緒になったところで、一体その小さな体で何を守れるって言うんだ? どう彼女を幸せにする? はっきり言わせてもらうが、君には無理だ。地位も名誉も魔力も持たない、元天才魔術師のエフェルローン・フォン・クェンビー様?
そう言ってせせら笑うその男の下卑た声音を思い出し、エフェルローンは頭を振る。
そんなエフェルローンを気の毒そうに見やると、ディーンは酒杯を手の中で回しながらこう問いかけた。
「本当に、お前はこれで良いと思うのか? お前の人生を、多くの人の人生を破壊した[爆弾娘]を生かしたままで、本当に良いと思うのか……?」
「…………」
そういうと、ディーンは酒杯を空にして机の上にコトリと置いた。
「まあ、これは俺の愚痴だがな。悪かったな、エフェル。嫌な思いさせちまって……今日の話は全部聞き流してくれ。今日は俺の奢りだ」
そう言って、銀貨一枚をテーブルの上に投げるように置くと、ディーンは一度も振り返ることなく店を後にした。
残されたエフェルローンは、酒杯の中の残った酒を見つめると、そこに映る自分の歪んだ顔を一気に飲み干す。
(まるで、俺の心そのものだな……)
今にも泣きだしそうな心に、エフェルローンは苦笑した。
力がないことの、なんと惨めなことか。
力がないことの、なんと情けないことか。
自信がないことの、なんと頼りないことか。
心の奥底から怒りや悲しみ、憎しみや後悔といった負の感情が次々と沸き上がってくる。
――あのとき。
[子供化の呪い]をこの身に受けた、あの時、あの瞬間――。
脳裏を過ぎるのは、過去の忌まわしい記憶。
(なんで俺は、あの[大量殺人者]を助けた――?)
[爆弾娘]――街ひとつ壊滅させた、無差別殺人者。
本来なら、死して然るべき存在の少女。
(それなのに、どうして俺はあの少女を助けたんだ――?)
これでもかと込み上げてくるのは、決して消えない後悔の念。
(もしあの時、あの場所に戻れるなら、俺は……俺の正義を、信念を捨ててもいい!)
守りたいものも守れない信念ならば――。
「クローディア、君の幸せが守れるなら、俺は……」
(そう出来るなら俺は……俺はこの手で、[爆弾娘]を――)
空の酒杯を握る手に力がこもる。
悔やんでも悔やみきれない、過去に対する後悔の念。
それに。
(子供化にならなければ、俺は[あいつ]なんかに……)
かつて、魔術師としての頂点を競い合ったキースリー。
だが今は、地位も名誉も、魔術師としても、その足元には及ばない。
「くそっ」
滲む涙を手の甲で拭うと、エフェルローンはアイーダに追加の酒を注文する。
外は、闇。
目の前に差し出された酒杯を一瞥すると、エフェルローンはそれを一気に煽るのであった。
エフェルローンを突如襲った衝撃の元は、ごろんと床に転がった。
「ジュード!」
誰かが、悲壮な声でそう叫ぶ。
エフェルローンを跳ね飛ばし、床にごろんと転がったのは、どうやらジュードという若者らしい。
エフェルローンは床に這いつくばると、頭を二、三回振る。
そして徐に顔を上げたその視線の先には、先ほど啖呵を切っていた野太い声の男が、ジュードという青年の襟首を掴んでいるところであった。
(止めないと)
そうは思っても、先ほどの衝撃で脳震盪を起こしたのか、意識が朦朧として立ち上がることが出来ない。
その間にも、ジュードに対しての野太い男の執拗な口撃と喧嘩を煽る野次は続いていた。
「同じ故郷を失った同志だと思っていたが……違っていたようだな。全く、お前には失望したぜ、ジュード」
「でも私刑は良くないよ、ゲイル。それに、さっきも言ったけれど、僕は爆弾娘には、情状酌量の余地はあると思うんだ。彼女は故意に|殺(や)ったわけじゃないんだから」
「それは、お前が運良く家族をひとりも失わなかったから言える言葉だ。おれは……」
そう言って、言葉を詰まらせるゲイル。
「おれは、全てを失ったんだ。家も家族も思い出も、何もかもすべて……それでもお前は、俺に[爆弾娘]を私刑にするなと言うのか? なあ、ジュード」
そう言って握り拳を震わせるゲイルに、ジュードは申し訳なさそうに頭をもたげた。
「ゲイル……」
野次がぴたりと止まる。
皆、何か思うところがあるのだろう。
まるで母親に叱られた子供のように、ふつと黙り込んでしまう。
しばし訪れる沈黙。
それから、時を見計らったように。
店の女主人アイーダは、若者たちに大号令を発してこう言った。
「さ、あんたら今日はここまでにしときな。あとは静かに飲み直すか帰るか、自分たちで決めな」
アイーダの大号令で、半分の若者たちが白けた様子で店を出て行く。
常連客を除いた最後の若者が店を去ると、アイーダは倒れた机と椅子を元の場所に片付け始める。
と、そんな様子をぼんやりと眺めていたエフェルローンに、ディーンが不意にこう尋ねてこう言った。
「あのとき。国王に尋ねられたあの時。何でお前、あんな事を言ったんだ?」
「あんなこと……そうだな」
そう言って、エフェルローンはそれきり言葉を濁す。
(分かってたら、こんなに悩みはしない、よな……)
そんなエフェルローンのはっきりしないあやふやな態度に、ディーンがイライラとこう言った。
「『わからない』……って、どういうことなんだ?」
――分からない。
今も、よく分からない。
エフェルは答える代わりに酒を一口飲み下した。
「何にでも白黒付けたがるお前が、なんであんな中途半端な回答……らしくない」
そう指摘するディーンに、エフェルローンは机に片肘を突くと、頭をもたげながらこう言った。
「本当に分からなかったんだよ。正直、今もわからない。何が正しくて、何が間違っているのか」
そう言うと、エフェルローンは更に酒を一口飲む。
「更に言えば、俺が今までしてきたこと……俺が正しいと思って決断してきたこと自体、本当に正しかったのかってことまで考えてる」
「……おいおい、そりゃ重症だな」
「まあね」
エフェルは困ったように眉を顰めて苦笑う。
そんなエフェルローンをやっぱり苦笑しつつ眺め遣ると、ディーンは今までとは違う真面目な表情でこう言った。
「俺は、思うんだ。今日の会議で……お前があの[爆弾娘]を執行猶予無しの有罪と言っていたなら、きっとそうなったんじゃないかってな」
「かもね」
気の乗らない返事をエフェルローンはする。
そんな予感は自分の中にも薄々あった。
だからこそ、自分に自信を持てない状態ではっきりとした立場を明言できなかった、ということはある。
(俺の一言で、一人の人間の生死が決まる……そんなの、可笑しいだろう)
アルカサール王国が法治国家である以上、法に則り全てを決める。
そうなると、[爆弾娘]は故殺を証明出来ない理由から[推定無罪]となるだろう。
だがそうなると、残された遺族の感情が収まらない。
――死んでしまった多くの人々の無念は誰が晴らしてくれるのか。
と、そういうことになる。
しかも、加害者は庶民の敵とも言える貴族で、国の三大柱のひとつ、ジュノバ家の血統ときてる。
貴族側としては、殺意がなかったのがだから当然、[推定無罪]主張してくるだろうが、そうなると庶民側としては、貴族の権力乱用を疑い、最悪、貴族対庶民という国家の分裂を招きかねない。
(国の安定を担う執政官たちは、すぐにでも[爆弾娘]を処刑して国民の気持ちを宥めたいところだろうが――)
――人の命はそう簡単に扱われるべきじゃない。
「お前も知ってるだろう、ディーン。法に則れば、殺意を証明できない場合、それは[推定無罪]。命は軽々しくやり取りされるべきじゃない。それに結果はもう出た。今更なんだっていうんだ……」
そんなエフェルローンのうんざりした様子など気にする風もなく、ディーンは更に話を進める。
「じゃあ聞くが。あのとき、あの六年前の事件で、多くの人たちが罪もなく死んだ。その中には、[爆弾娘(リズ・ボマー)]と同じぐらいの娘も多くいたはずだ……それなのに、だ。あの[爆弾娘(リズ・ボマー)]は今、ジュノバ公とカーレンリース伯爵の庇護の元、何不自由なく生きている。生きているんだぞ、エフェル! ジュノバ公の義妹だというだけで、人をたくさん殺しておきながらのうのうとな……! それは、果たして公正と言えるか? なあ、エフェル」
そう言って、酒杯を握るディーンの手が震える。
「お前だって、多くを失っただろう? 身体の変化、魔力の減退、役職の解雇、それに、ずっと付き合ってきた婚約者だって……!」
「そうだね」
ディーンの言っている事は本当の事だ。
呪いに掛かり、多くを失い、そして傷ついた。
今も時々思う。
――あの時の選択は、本当に正しかったのだろうか、と。
「知っているか、エフェル。お前の元婚約者……」
「ああ、結婚して幸せに暮らしてるさ」
投げやりにそう答えるエフェルローンに、ディーンはため息交じりにこう言った。
「それが、郊外の館に逃げ込んでいるそうだ。なんでも、キースリーとの結婚を未だに受け入れていないらしい」
「そう。だから、何? 俺にはもう関係ない」
そうは言ったものの。
彼女の事を思うと、胸の奥が微かに痛んだ。
愛していなかった、といえば嘘になる。
それは、相手も同じはずだ。
利害関係があったとはいえ、互いに好意を持っていた。
友人以上の好意を。
その愛した女性《ひと》が今、愛してもいない男の支配の下で苦しみ続けている。
「なんでそんなことに?」
自分のせいだと薄々感じながらも、エフェルローンはそう尋ねる。
そんなエフェルローンに。
ディーンは眉間にしわを寄せると、呆れたようにこう言った。
「なんでって……原因はお前だろうよ、エフェル。お前ら、凄く仲良さそうだったしな」
「……そう、か」
エフェルローンの脳裏に苦い思い出が蘇る。
縁談が破棄になった後。
彼女の新たな婚約者が毎晩違う女と派手に遊び回っていると聞いて、エフェルローンはその男に事の真実を詰め寄った。
そんなエフェルローンに男は勝ち誇ったようにこう言ったものだ。
――彼女はもう君のものじゃない。第一、君が彼女と一緒になったところで、一体その小さな体で何を守れるって言うんだ? どう彼女を幸せにする? はっきり言わせてもらうが、君には無理だ。地位も名誉も魔力も持たない、元天才魔術師のエフェルローン・フォン・クェンビー様?
そう言ってせせら笑うその男の下卑た声音を思い出し、エフェルローンは頭を振る。
そんなエフェルローンを気の毒そうに見やると、ディーンは酒杯を手の中で回しながらこう問いかけた。
「本当に、お前はこれで良いと思うのか? お前の人生を、多くの人の人生を破壊した[爆弾娘]を生かしたままで、本当に良いと思うのか……?」
「…………」
そういうと、ディーンは酒杯を空にして机の上にコトリと置いた。
「まあ、これは俺の愚痴だがな。悪かったな、エフェル。嫌な思いさせちまって……今日の話は全部聞き流してくれ。今日は俺の奢りだ」
そう言って、銀貨一枚をテーブルの上に投げるように置くと、ディーンは一度も振り返ることなく店を後にした。
残されたエフェルローンは、酒杯の中の残った酒を見つめると、そこに映る自分の歪んだ顔を一気に飲み干す。
(まるで、俺の心そのものだな……)
今にも泣きだしそうな心に、エフェルローンは苦笑した。
力がないことの、なんと惨めなことか。
力がないことの、なんと情けないことか。
自信がないことの、なんと頼りないことか。
心の奥底から怒りや悲しみ、憎しみや後悔といった負の感情が次々と沸き上がってくる。
――あのとき。
[子供化の呪い]をこの身に受けた、あの時、あの瞬間――。
脳裏を過ぎるのは、過去の忌まわしい記憶。
(なんで俺は、あの[大量殺人者]を助けた――?)
[爆弾娘]――街ひとつ壊滅させた、無差別殺人者。
本来なら、死して然るべき存在の少女。
(それなのに、どうして俺はあの少女を助けたんだ――?)
これでもかと込み上げてくるのは、決して消えない後悔の念。
(もしあの時、あの場所に戻れるなら、俺は……俺の正義を、信念を捨ててもいい!)
守りたいものも守れない信念ならば――。
「クローディア、君の幸せが守れるなら、俺は……」
(そう出来るなら俺は……俺はこの手で、[爆弾娘]を――)
空の酒杯を握る手に力がこもる。
悔やんでも悔やみきれない、過去に対する後悔の念。
それに。
(子供化にならなければ、俺は[あいつ]なんかに……)
かつて、魔術師としての頂点を競い合ったキースリー。
だが今は、地位も名誉も、魔術師としても、その足元には及ばない。
「くそっ」
滲む涙を手の甲で拭うと、エフェルローンはアイーダに追加の酒を注文する。
外は、闇。
目の前に差し出された酒杯を一瞥すると、エフェルローンはそれを一気に煽るのであった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?
小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」
勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。
ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。
そんなある日のこと。
何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。
『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』
どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。
……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?
私がその可能性に思い至った頃。
勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。
そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~
eggy
ファンタジー
もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。
村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。
ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。
しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。
まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。
幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。
「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

お姉ちゃん今回も我慢してくれる?
あんころもちです
恋愛
「マリィはお姉ちゃんだろ! 妹のリリィにそのおもちゃ譲りなさい!」
「マリィ君は双子の姉なんだろ? 妹のリリィが困っているなら手伝ってやれよ」
「マリィ? いやいや無理だよ。妹のリリィの方が断然可愛いから結婚するならリリィだろ〜」
私が欲しいものをお姉ちゃんが持っていたら全部貰っていた。
代わりにいらないものは全部押し付けて、お姉ちゃんにプレゼントしてあげていた。
お姉ちゃんの婚約者様も貰ったけど、お姉ちゃんは更に位の高い公爵様との婚約が決まったらしい。
ねぇねぇお姉ちゃん公爵様も私にちょうだい?
お姉ちゃんなんだから何でも譲ってくれるよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる