正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第一章 呪われし者

嵐を呼び込む男

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 キースリーのあおるような言葉に。
 大男は、感情もあらわにこう言った。

「もちろん、俺の前に引きずり出して問い質す! それでらちが明かなければ、殴る! そいつが人の心ってのを理解するまでな!」
 
 そう言って、両の指をバキバキと鳴らす大男。
 その男に賛同するように、赤いメッシュの入った男は拍手で賛同の意を表する。
 やけ酒していた小柄な学生も、酒の手を止め、熱心に手を叩いていた。

 他の学生たちの中にも、手を叩き賛同の意を示す者もあれば、傍観を決め込む者もいたりと、反応は別れてはいたものの、どちらの生徒も事の成り行きに興味津々といった体である。

 だがその時――。

「なにが、[私刑リンチ]だ。馬鹿な事言ってるんじゃないよ!」

 そう言って話に割ってきたのは、波打つ長い黒髪に浅黒い肌の、エキゾチックな女性。
 彼女は戸口に寄り掛かり佇む黒髪の青年を一瞥すると、目を細めてこう言った。

「……イライアスか、懐かしいね」

 そう言って、青年の名を感慨深げに呟くものの、その瞳の奥は笑ってはいない。

「あんたも知っての通り、ここは酒場だ。皆で楽しくやろうって場所で、言い争いや喧嘩をする場所じゃない。喧嘩するなら外でやりな。あと、[私刑しけい]とか言ってる奴らも……今夜は頭を冷やして明日出直してくるんだね!」

 そう言って、エキゾチックな女性――この店の女主人アイーダは、そう啖呵たんかを切った。
 その、ドスの聞いた声に。
 女主人の本気を感じた一部の過激な若者は、そそくさと立ち去っていく。
 それを確認すると、アイーダは、薄ら笑いを浮かべて戸口に佇むキースリーにおもむろに向き直ると、呆れた視線を送りながらこう言った。

「あんたもだよ、イライアス。揉め事を好んで運んでくる奴は、今後一切出入り禁止だ。とっとと出ていっておくれ」

 そんなアイーダの視線を皮肉な笑みで受け流すと、イライアス――キースリーは悪びれもせずにこう言った。

「あーあ、これからが面白くなるところだったのに。残念……」

 その言葉に、ディーンが馬鹿らしいとでも言うように鼻を鳴らした。
 そんなディーンの嘲笑ちょうしょうを笑顔で受け止めると、キースリーは店の卓上に金貨を五枚ほど放り投げる。

「何の真似だい?」

 ムッとするアイーダに、キースリーは意地悪くこう言った。
「迷惑料だよ。お客、いくらか帰っちゃったみたいだし。こんな薄利多売のお店じゃ商売上がったりでしょ? 色々とお世話になってきたこともあるし……そんなわけで、僕からのちょっとした餞別せんべつ。じゃ、さよなら、アイーダ」

 そう言って去っていくキースリーの背を、アイーダは複雑な表情で見送る。
 そして、深いため息とともにこう言った。

「あの子、元々嫌味な子だったけど、また随分性格が歪んじまったねぇ……」

 そう素直な感想を漏らすアイーダに、ディーンはため息交じりにこう言った。

「昔からいけ好かない奴だったけど、今はそれに磨きががかかった感じさ。おかげで仕事がやりづらいったらない」

 そう言って銅貨三枚差し出すディーンに、アイーダは躊躇ためらうことなく麦酒エールを差し出す。

「はいよ。確かあんたは、一杯目はいつも麦酒エールだったはずだ」

 そう自信満々に言い切るアイーダに、ディーンは目を丸くしてこう言った。

「へぇ、覚えていてくれたんだ。嬉しいねぇ」

 そう言って、調子よく振る舞うディーンに。
 アイーダはうんざりしたようにこう言った。

「はっ、お世辞なんか要らないよ。それより……」

 アイーダはエフェルローンからに目を逸らさすにこう言った。

「ディーン、この子は?」

 いぶかしむように。
 アイーダはエフェルローンとディーンを交互に見つめる。
 そして、ふつと黙り込むと、あごに手を当てこう言った。

「まさか、あんたの子だとか言うんじゃ無いだろうね、ディーン」

 そんなアイーダの疑惑の視線に。
 エフェルローンは、身体の端々はしばしから苛立いらだちをほとばしらせながらこう言った。

「こいつが父親? はっ、やなこった」

 苦々しくそう言ってむくれるエフェルローンに。
 ディーンは、腹を抱えて笑いながらこう言った。

「アイーダ、こいつはエフェルローン。キースリーと同類の、鼻持ちならない高飛車な男さ」
「エフェルローン……エフェルローンだって? でも、あの子は確かあんたと同い年……」
 
 そう言って、言葉に詰まるアイーダに。
 ディーンは、肩をすくめながらこう言った。

「四年前、任務に失敗しましてね。奇跡的に命は助かったんですが、妙な呪いを受けちまったみたいで。それでこんな姿に……」

 そう言って、大げさな哀れみの視線を向けるディーン。
 そんなディーンに、アイーダは気の毒そうにこう言った。

「そんなことが……そりゃ、災難だったねぇ」

 そう言って、再度まじまじとエフェルローンを見る。

「あたしはさ、憲兵ってのは、こそ泥とかそういう奴らを捕まえるのが仕事だと思っていたけど、そんな危険なこともあるんだねぇ」

 そう言うと、アイーダは酒の棚から高そうな酒瓶を取り出すと、それを酒杯ゴブレットになみなみとそそいでこう言った。

「はら、お飲み。これはあたしのおごりだ。薄めていない純な酒だよ。あんた、好きだったろ?」

 そう言って差し出されたのは、芳醇ほうじゅんな香りと紅玉ルビー色が美しい上等な葡萄酒。

「ありがとう、アイーダ」

 そう言って、酒杯を掲げるエフェルローンを見届けると。 
 アイーダは、何事も無かったかのように他の席の客と話し始める。
 
 そして、エフェルローンがその上質なワインに口を付けようとしたまさにその時。

「うくっ!」

 エフェルローンを予期しない衝撃しょうげきが襲う。

「エフェル!」

 ディーンの切迫した声音を背に。
 エフェルローンは勢いよく椅子から床に投げ出されるのであった
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